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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第8話 ナギの過去と決闘の行く末

 萌ゆる草花が夏の匂いを孕んだ風に揺れる。


 そこは一面平原。可愛らしいヒダマリ花が咲き誇る大地。


 地平線の彼方まで黄色と新緑の絨毯が広がるその世界に一本の道が伸びる。二つの馬車がゆっくりと進んでいた。


 その一つの馬車の中に少女が二人、いた。


「わたくしの勝ちですわ!」

「コチお姉さま、ズルしたでしょ!」

「勝てればよかろうなのですわ!」


 一人はコチという名の少女。ドレスを着ており、年の頃は十三か。


 勝気な性分がその可愛らしくも美しい顔によく表れており、金髪を揺らしつり目がちの蒼穹の瞳を輝かせ、ガッツポーズをしている。


「もう、コチお嬢さまは……」


 そしてもう一人はナギ。年の頃は七か八つか。


 メイド服を着た彼女は上目遣いで拗ねたようにコチを睨んでいた。


「こら、ナギ。二人の時はお姉さまと呼びなさいといったですわよね?」

「ふんっ。ズルするコチお嬢さまなんてお姉さまじゃありません」


 貴族である父と移民のメイドの間に生まれた子ども。それがナギであり、コチの腹違いの妹だ。


 本来なら母共々家を追い出されていたかもしれない彼女は、けれど奥さまとその娘のコチが温かく受け入れてくれ、コチと姉妹のように育った。


 幸せな生活を送っていた。


「それにわたしもコチおねえ……お嬢さまのメイドとして王都の学園にいくんです。言葉遣いは気を付けないと」

「そんなつまらない事を気にする必要はないですわ! もし貴方に文句をいう輩がいたら、大天才魔法使いのわたくしが魔法でボッコボコのケッチョンケチョンにしてあげるですわ!」

「ぼ、暴力はよくないです!」


 拳に炎を纏わせながらシャドーボクシングをするコチに、ナギは慌てるやら呆れるやら。


 本当にコチお姉さまは……と心配になる。この勝気な性格が、いつか彼女を危険に晒さないか心配なのだ。


 目を伏せるナギにコチは頬を緩め、優しく頭を撫でた。


「ナギ。そう怖がる必要はないですわ。わたくしがそばにいるですわ」

「……いつもはいない。授業の時はバラバラです」


 十三歳になったコチはこれから王都の学園に通うこととなる。ナギはお付きのメイドとしてついていくのだ。


 家を離れ、見知らぬ土地で過ごす。


 いくら大好きな姉と一緒にいたいがためにメイドとしてついていくと自ら申し出たとはいえ、八歳なったばかりなのだ。不安だし、怖いのだ。


 コチはそんなナギをぎゅっと抱きしめ、懐からあるものを取り出した。


「本当は王都についてから渡すつもりだったのですけど」

「……バレッタ?」


 それは蝶モチーフのバレッタだった。


 コチはもう片方の手のひらを上に向け、魔力をうねらせた。手のひらから煌めく蝶が生まれ、舞う。


 ナギはキラキラと目を輝かせる。


「貴方は昔からこの魔法が、蝶が好きですわね」

「……綺麗だから。コチお姉さまみたいで」

「そう」


 コチは蝶モチーフのバレッタをナギのショートの黒髪に飾り付けた。


「なら、これで貴方は一人じゃないですわ。心細くはないですわね?」

「……うん。ありがとう」


 ぽすっとナギはコチの胸元に顔を押し付けた。耳が真っ赤に染まっていた。


 それに頬を緩めたコチは、次の瞬間、おどけたように笑う。


「それよりもわたくしはナギが王都でさらわれないか心配ですわ」

「さ、さらうなんてっ」

「驚くことはないですわ。だって貴方は世界一可愛くて賢くて優しい女の子ですもの。誰だって、それこそわたくしだってさらって傍においておきたいですわ」

「わ、わたしはコチお姉さまの妹ですからずっと傍にいます、よ」

「あ~もう! わたくしの妹可愛すぎですわ!!」

「あうっ」


 コチに力いっぱいぎゅっと抱きしめられ、少し苦しくなるナギ。けれど、コチの温もりを感じて嬉しくなった。


 それからしばらく雑談していると、コチが手を打った。


「そうだ、ナギ。いつもの魔法書を読む練習をしますわよ」

「……コチお姉さま。前から思っていましたけどわたしは魔法が使えませんよ? 学ぶ理由があるの?」

「でも、魔法は好きですわよね?」

「……コチお姉さまが教えてくれるから」

「そう。ならなおさら、学ぶ必要があるですわ。なんせ、アナタは将来魔術を使うんでものも」

「魔術?」


 魔術がガラクタと呼ばれているのが世間の常識だ。ナギが胡乱な目になる。


 コチがニッと笑った。


「このわたくし以上に大天才だった賢者ヨシノ。彼女が創った魔術がガラクタなわけがないですわ。魔術の本質は、貴方みたいに魔法の才がなくとも魔法が使えることにあるのですわ」

「……わたしでも蝶を生み出せるの?」

「必ずできますわ。今はまだ、魔力の法則と聖霊語との対応はまだ分かっていないですけど、わたくしが絶対に解き明かしてみせるですわ!」


 コチは笑った。


「だから、その時のために魔法書を読めるようになっておかないといけないのですわ」

「……コチお姉さま。教えて」

「もちのろんですわ!」


 コチはナギを膝の上にのせ、魔法書の読み方を教えてた。


 ゆっくりとした時間が流れ、しかしそれは突然起こった。


「ガァアアアアアアーーーッッ!!」

「ッ、なんですのっ!?」

「きゃあっ」


 心胆を寒からしめる咆哮が響き渡ると同時に、悲鳴のような馬が(いなな)きが聞こえ馬車が大きく揺れた。馬が酷く暴れているのだ。


 このままでは馬車が横倒しになる。そう判断したコチは恐怖に足をすくませているナギを抱きかかえ。


「ナギ。降りるですわ!」

「っ」


 馬車を飛び降りた。


 そしてそいつが視界に入った。


「グゥルルルーー」

「……竜」


 屋敷を踏みつぶすほどの巨躯。天を覆い隠すほどの翼。まるで金属のように輝く紅き鱗。とぐろを巻く二本の角。ぬるりと地面を這う尻尾。


 そして天に輝く太陽よりも煌々と燃ゆる炎。呼吸をするたびに口から噴き上がる火炎は、紫電を奔らせながら全身へと伝い、ドレスのように纏わりつく。


 ああ、炎の化身と彼のものを指すのか。畏怖を抱く。


 されど、竜はコチたちに一瞥もくれない。ただただ天を見上げて喉を鳴らし、ゆっくりと座り込み眠る仕草をとった。


 彼のものはただ一息つくために地面に降り立っただけなのだ。吹けば消し飛ぶようなコチたちのことなどどうでもいいのだ。


 炎が草原に飛び火して燃え広がってはいるが、手出しをしなければ問題なく逃げられる。


 そう悟ったコチは、目の前をいっていた馬車を見た。両親やナギの母が乗っていた馬車だ。


 そして目を見開いて息を飲み、叫ぶ。


「やめなさいっ!!」


 普段であれば騎士の(かがみ)と称賛されるであろうその行いは、けれど今は愚の骨頂。いや、そもそもあまりの事態に冷静さをかいているのか。


 馬車を守っていた騎士の一人が竜へと駆けだした。残りの騎士が両親たちを抱きかかえ、逃げようとしていた。


 コチの制止も届かず、走り出した騎士は魔法で水の槍を作り出して竜に向かって投擲した。


「グルア?」

「っ」


 瞼のカーテンを開いた。炎が宙を踊り、騎士へと伝った。絶叫すらも燃やされた。


「グルアアアアアアア!!」


 眠りを邪魔された怒りか、その咆哮は恐ろしかった。全身から炎が溢れ出て、周囲を一瞬で覆いつくした。


「ッァア!!」


 寸でのところでコチが自分とナギを覆うように〝魔盾〟を張ったため無事だったが、それ以外は全て焼きつくされた。焼け野原だけが残った。


「ぁ……」

「ぇ……」


 唖然とする二人。


「グルァ」


 人智を超えた災害が、竜がゆっくりとこちらを向いた。殺気が黄金の(まなこ)に宿る。みすみす見逃すことは、もう決してない。


「ぁ……あぁ……」

「っ、ナギ……」


 ナギは腰を抜かしていた。恐怖に絶望し、泣きながらうずくまっていた。逃げる気力すらわかないのだ。


 だからこそ、コチはぎゅっと唇をかみしめて優しくナギを抱きしめた。


「大丈夫ですわ」

「お、お姉さま?」


 恐怖でぐちゃぐちゃになった視界は、けれどコチの手が震えていることに気が付く。


 そしてまた、コチがその勝気な顔を目一杯歪ませ、笑っているのも。


 太陽よりも眩しい笑顔でコチは、ナギの頭を、蝶モチーフのバレッタを撫でていった。


「わたくしはいつまでも一緒にいるですわ」

「……え」


 コチは懐から短剣とワンドを取り出しながら、地面に触れる。魔力を流して魔法で地面を操り、ナギの足元に穴を作った。


 ナギは身長の二倍ほどの深さのある穴に落ちた。見上げればコチが見下ろしていた。


祈りと豊穣の女神(マーテルディア)さま、どうかこの子が光の道を歩めるよう、お守りください」

「お、おねえ――」


 コチは悲痛で、されど天すらも敵わないほど輝くように微笑み。


「愛しているですわ」


 消えるように哀しく優しい声音を残して、ナギの視界から消えた。


 そして同時に。


「わたくしはコチ・リヒトヴェーク!! 大天才魔法使いですわ!」


 勝気な声が聞こえた。


「さぁ、焔禍竜(えんかりゅう)エルドエルガー。わたくしの英雄譚の始まり、竜殺しの序章に貴方の名を刻んであげるですわ! むせびなくといいですわ!」

「グルアアアアアアア!!」

「はあああああああ!!」


 咆哮と裂帛の叫びが交差した。


 そして火炎と無数の轟音と魔力の輝きは次第に遠ざかっていった。ナギはずっと息をひそめて、隠れていた。


 数時間後、冒険者がナギを穴から引き上げた。焼け野原には短剣だけが残っていた。


 ほかの何も残っていなかった。



 Φ



 体が痛い。軋む。


 歪む視界で上を見上げれば、グフウの顔が見えた。


 もじゃもじゃのひげで覆い隠された口元は、けれど苦しそうに歪められているのが分かった。


 ……本当は理解している。諦めるべきなのだと。


 人は災害には敵わないのだ。自然には抗えないのだ。


 けれど、だけど、それでも。


 どうして家族が、コチお姉さまが吸うはずだった空気を今も燃やすアイツを許せようか!


 だから、その日。竜に劣りはすれど、弱き者にとっては災害と変わりない亜竜を簡単に倒したグフウとセイランに魅せられた。


 彼らの弟子になれば弱い自分でも強くなれると思った。必死に頼めば、仲良くなれば、弟子にしてもらえると思った。


 結果はこのざま。


「貴方は強くなれない(・・・・・)。竜殺しは不可能です。諦めなさい」

「……」


 朦朧とした意識の中、グフウの言葉を聞いた。


(……強くなれない)


 強さとはなんだろう。グフウの言葉を聞いて、ふと、そんな疑問が湧いた。


 自分は強くない。弱い。自明だ。


 グフウ達は強い。自分では傷一つつけられないほど、たぶん焔禍竜すらも倒せるほどに強い。そう思う。


 じゃあ、ならばコチお姉さまは弱かったのか。強くなかったのか。


(……そんな、わけ、ない!!)


 ナギは心から強く否定した。


(……あの日、コチお姉さまは恐怖していた)


 絶望に動けなくなっていた自分と同じく、恐怖していた。


 なのに、笑って威勢を張って、ナギを生かすためにどうしようもない絶望に立ち向かった。


 強かった。強くないはずがない!!


 もしあの時、自分の足が動いていれば、コチお姉さまと一緒に逃げることができたのだろうか。


 逃げる勇気さえなかった自分が憎くて、恨めしくて。過去に戻りたいと何度も神さまたちに祈って、願って。


 けれどそれは無意味だから、強くなろうと思った。


 アイツを倒せなくてもいい。


 コチお姉さまを見殺した、こんな臆病で最低最悪な自分でも立ち向かう勇気が欲しかった。


「〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)――」

「おねえ、さまみたいなっ……」


 勇気(強さ)が!!


「〝二重唱(ドゥオ)〟ッ!」


 魔力を振り絞った。先ほど見た魔術(それ)を再現した。


 魔術は模倣がその本質だから。才無き者でも使えるはずだから。


「〝我が想い(アルカエル・)に舞い(トリア・)踊れ――夢蝶(シュメッターリング)〟」

「〝煌めき舞え。(アルブム・)月夜の光よ(ドゥアエ・)――光蝶(リヒト)〟」


 無数の光輝く蝶を生み出す魔術を行使した。


 

 Φ



 私の視界を無数の蝶が覆い隠しました。


「ッ」


 瞬間、魔力探知からナギが消えました。


「〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)穿て――魔弾(ゲヴェーア)〟ッ!」

「〝魔の光よ。(コロル・)聳えて守れ(ウーナ・)――魔盾(シルト)〟っ」


 死角から飛んでくるだろうと予測していた〝魔弾(ゲヴェーア)〟は、しかし蝶に覆い隠された正面から飛んできたことに少し慌て、けれど確実に防ぎます。


「シッ」


 同時に背後から短剣が飛んできます。それを杖で弾いたその時。


「ハアアアアアア!!」

「ッ!?」


 横からナギが突進してきました。


 意識外だったのもあります。けれど何より、今の今まで傷つける攻撃しかしてこなかった彼女が、突然私を円の外へ押し(・・・・・・)出そうとする攻撃(・・・・・・・・)をしてきたのです。


 自分で言っておいてすっかり忘れていたその勝利条件を、ナギは決して忘れることはなく、私が油断しきるこの瞬間を狙ってきたのです。


 反応に遅れました。


 私は倒れ、円の外に出ました。


「……ドワーフがヒューマンの子どもに押し出されるとか」

「はぁ……はぁ……」


 肩で息をするナギを一瞥した後、セイランがもつ砂時計を見やりました。


 その瞬間、砂が落ち切りました。


 つまり。


「ナギ。貴方の勝ちですよ」

「ッ!!」


 私は負けました。


 そして砂時計を放り投げたセイランが一瞬でこちらに走ってきて。


「ナギ! ごめん。試すような真似をして、ごめんなっ」


 ナギを強く抱きしめました。彼女は驚き、目を見開きました。


「お前は凄いよ、偉い。誰が何と言おうと、アタシがお前を褒める。ずっと褒める。抱きしめてやるっ!」

「……セイラン様」


 たぶん、私よりもセイランが辛かったのだと思います。


 境遇が少しばかり似ているからこそ、ナギの気持ちが分かって。けれど、自然の理不尽さを理解しているエルフだからこそ、ナギの無謀さも知っていて。


 彼女は迷っていました。


「アタシは酷い人間だ。臆病で弱い。自分で傷つけず、グフウに手を下させた。グフウはともかくアタシはお前が望むような人間ではない。それでも、いいか?」

「……わたしはグフウ様もセイラン様も好きですわ。お二人の優しさはこの二週間、たくさん受けたですから。だから、わたしはお二人のもとで強く……」

「そうか……なら、アタシも一肌脱がないとな」


 セイランは顔をあげました。ナギを抱きかかえ叫びます。


「皆が見ての通りグフウが負けた! 故に決闘の見届け人として宣言する。今日よりナギはアタシたちの弟子だ!」

「え、話が違――!」


 クロウが慌てますが、セイランは無視して叫び続けます。


「我が名はセイラン。災害のボルボルゼンを討ちし戦士にして、エルフが十八聖葉(せいよう)一葉(ひとり)神樹(かみき)の国のセイラン! この言葉の意味、分かるなっ!」

「は?」

「えっ」


 まさかセイランってエルフ議会の議員なのですかっ!? めっちゃくちゃ偉い人じゃないですかっ!


 驚く私を他所に、セイランは唖然とするクロウに言いました。


「ナギはアタシたちが貰い受ける」

「え、きゃあっ」


 いつの間にか巾着袋を片手に持ったセイランは、ナギを抱えながら高く跳び上がりました。魔法で作った風の足場の上に立ちます。


「おいグフウ。何している。早く逃げるぞ!」

「あ、待ってください」


 私は慌てて近くに放り投げてあったトランクの取っ手を握り、飛行魔術を行使して浮き上がります。


 我に返ったクロウが叫びます。


「あ、おい! 待て! ナギを返せ!」

「貴方がナギに言ったのでしょう。勝ったら弟子にすると。ドワーフは義理堅いので約束は守りますよ! では、またいつかお会いしましょう」


 私たちはナギを弟子にし、攫いました。隣国のネーエルン王国へと一目散に逃げました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

また、感想があると励みになります。

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