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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第7話 決闘

 ヴィントシュティレ街に着いて、早二週間が経ちました。


 私たちはヴィントシュティレ辺境伯の屋敷にいました。クロウに話があったのです。


 単刀直入にセイランが要件を言います。


「クロウ様。明日、アタシたちは旅立つ」

「……そうか」


 ナギの面倒はもう見ることはできません、と言外に言いました。


 クロウは驚くことはなく、分かっていたように頷きました。食料などを買い込みましたから既に悟られていたのでしょう。


 しばらく黙り込んだ彼は、深々と私たちに頭を下げました。


「最後に頼みがある。ナギと決闘をしてやってはくれないか。そしてナギを立ち直れないくらいに叩きのめしてほしい」


 切実な願いでした。


「あの子はあなた方に随分懐いた。だからこそ、あなた方が厳しくしてくだされば諦めてくれるはずなんだ。もちろん子どもを傷つけるのが嫌なのはわかる。家の資産からは無理だが、僕の蓄えからでも五年は遊べるお金を出せる。どうか、頼む」


 報酬をクロウが出すということは、ヴィントシュティレ辺境伯の意向ではなく、彼の個人的な依頼ということでしょう。

 

「何故、そこまで?」

「……あの子は昔ああではなかったのだ。怖がりで大人しく、それでいて好奇心が強く賢い。よく彼女(・・)と一緒に悪戯をして、叔父上たちに怒られていた普通の幸せな女の子だった」


 ポツリと語りだしたクロウ。


「けれど今は違う。まるで彼女(・・)のように振舞い、血豆ができるほど短剣を振るって、脱水症状で倒れるほど走って、使い道のない魔術を夜中まで練習して、勝てもしない魔物に挑む」


 修羅、という言葉が思い浮かびました。子どもには似合わない言葉です。


「あの子の気持ちも理解はできる。けれど、あれは災害だ。僕たちではどうしようもできない。諦めるしかないのだ」


 グッと拳を握り、顔をあげます。


「父上はあの子の出生もあってどう接すればいいか戸惑っている。時間が解決してくれるだろうと楽観視している。だけど、このままだと遅い。あの子は近い内に、それこそあと一ヵ月もしないでこの領地から出て行ってしまう。私たちではそれを止められない」


 クロウは深々と頭を下げました。


「だから、その前に頼む。あの子を諦めさせてやってくれ」


 たった二週間ですが、それなりにナギの事を知りました。


 だから、私はセイランをチラリと見やり。


「分かりました。決闘をしましょう。けれど、報酬はいりません」


 頷きました。



 Φ



 決闘は翌日となりました。私たちはナギを決闘で負かし、そのまま旅立つのです。


 クロウから話を聞いてから、ずっと黙っていたセイランが、小さく口を開きました。


「なぁ、グフウ」

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」


 何でもないわけないでしょう。まったく、遠慮して。


「そういえば、葉っぱ(エルフ)は自然のありのままを受け入れろ、とかよく言っていますよね。なら私よりもクロウの言葉に賛成しているでしょうし、明日は貴方がナギの相手をしてください」

「……悪いが無理だ」

「でしょうね。貴方の辞書に手加減の文字がないですから」

「当り前だだろう」

「威張らないでください」


 呆れます。


 彼女は決して力任せに武器を振るっているわけではありません。技術はあるのです。そこらの戦士では敵わないほどの技術が。


 なのに手加減ができないとか、どういうわけなのでしょう。


「そういう呪いだ」

「こないだもそんな事を言っていましたね。隠し事ですか」

「話す機会を逃していただけだ。重要は話でもないからな」

「なら雑談で話してください」


 セイランはちょっと口下手な気がするのですよね。自己完結しすぎると言いますか。一人で生きてきた時間が多すぎる弊害でしょうか。


「まぁともかく、明日次第ですかね」

「……そうだな」


 私たちは宿に戻りました。


 そして翌日。


 いつも通り日の出前に起き、日課を済ませ、旅支度を整え、ヴィントシュティレ辺境伯の屋敷に向かいます。


 決闘場所は屋敷の訓練場です。


 東に傾く太陽に燦々と照らされ、熱気を孕んだ風が通り抜けるそこでナギが待っていました。


 周りにはクロウや騎士たち、使用人たちが集まって固唾を飲んでいました。


 ナギはメイド服を着ていました。鎧などの防具は一切身に着けず、代わりにいくつものポーチを身に着けています。


 また、短剣や杖、短弓など、その小さい体でも使える武器をなりふり構わず携えていました。


 セミロングの黒髪を蝶々のバレッタで後ろにまとめた彼女は、闘志を燃やした黒の瞳を私たちに向けました。


「クロウ様から聞いたですわ! わたしが勝ったら弟子にしてくださるのですわよね!」


 そうなのですか? とクロウを見やれば、頷きました。


 なるほど。ナギのやる気を高めるために、そしてその後の落差を作るために勝手にそんな事を言ったのですね。


 なら、都合がいい(・・・・・)


「ナギ、ルールは簡単です。砂時計の砂が落ち切るまでに、私に傷をつけるか、もしくはこの円の外に追い出せば貴方の勝ちです」


 懐から取り出した砂時計を見せながら、杖で半径一メートルほどの円を描きました。


「他にルールはあるのですの?」

「ないです」

「分かったですわ。くっきりはっきりとグフウ様に傷をつけて(・・・・・)弟子になるですわ!」


 その心意気やよし。


「では、審判はセイランに――」


 砂時計を放り投げながら、審判役を頼もうとして。


「シッ!!」


 ナギがポーチから取り出したナイフを投擲してきました。奇襲です。慌てることなくナイフを杖で弾きます。


「せっかちさんですね」

「開始に関するルールはなかったですわ!」

「ごもっとも」


 弾かれることは想定内だったのか、ナギは驚くことなく私の背後に回り、ナイフを三本投擲しながら短剣で私に切りかかってきます。


 ナイフを全て杖で弾き、また短剣の攻撃を半身でかわします。


「まだですわ!」


 子どもの小さな体格を生かした素早い動きに、少しばかり熟達した闘法(とうほう)の“身体強化”と短剣さばき。


 齢八歳にしてはかなりの動きをします。


 が。


「シッ」

「カハッ!?」


 殺気を込めて杖を軽く横に振い、短剣と共にナギを吹き飛ばしました。短剣が転がります。


 ……子どもを杖で叩くのはあまりいい気分ではありませんが、必要なこと。心を鬼にします。


 吹き飛ばされたナギは一瞬だけ恐怖に視線を落とし体を震わせましたが、けれどすぐに深呼吸をして立ち上がりました。


 彼女は短弓を構えて矢を三本つがえてました。放ちます。


「ん?」


 訓練不足なのか三本の矢は私の上空を通過し、けれど。


「〝爆ぜて煙を散らせ(ネーヘルヴァント)〟、ですわ!」

「自作の魔術具ですか」


 詠唱によって矢に刻み込まれた術式が発動。爆散し、煙が私の周囲を満たします。


 魔術で発生した煙のためちょっとの風では散らず、ずっとその場にとどまり続けます。


 唐突に、足元に拳大の丸い道具が転がってきました。


「〝静寂に帳よ降りろ(シュヴァイゲン)〟、ですわ!」


 詠唱が聞こえると同時に、道具に込められていた魔力がうねり魔術が発動。周囲に音が聞こえなくなる結界が張られます。


 込められた魔力からして、三分ほど続くでしょう。


 ともかく、煙と結界で視覚と聴覚を封じられました。


「〝魔の光よ。(コロル・)聳えて守れ(ウーナ・)――魔盾(シルト)〟」


 魔力探知に反応がありました。〝魔弾(ゲヴェーア)〟が私に向かって飛んできたのです。狙いは正確です。


 慌てず〝魔盾(シルト)〟で防ぎます。


「……相変らず神出鬼没ですね」


 気づいた時にはナギが背後にいました。煙の中で回収したのであろう短剣を振り下ろしてきます。

 

 少しだけ目を見開きながらも、かわす動作はしません。


 無音の結界のせいでカンッという音は鳴りませんでしたが、短剣は私が事前に張った〝魔盾(シルト)〟に防がれました。


 彼女はそれに一瞬驚くものの、すぐにその場から離れ煙の中に消えます。


 魔力探知で反応を追いますが、すぐに見失いました。闘気探知も同様です。


「何度やっても同じですよ」


 一撃離脱。ナギは短剣を振るい、煙の中に隠れるという事を何度も繰り返します。〝魔盾(シルト)〟や杖で短剣の攻撃を全て防ぎます。


 単調ですね……とぼんやりしていますと、ふと足元や周囲から魔力を感じました。


 よくよく目を凝らしてみれば、私を中心に地面に魔術陣が刻まれていたのです。しかも、古い術式ではなく私が先日教えた術式の魔術陣です。


 一撃離脱をしながら私に気づかれないように作ったのです。大したものです。


 そして魔術陣は次の瞬間大きく輝きだし。


「これはちょっと不味いですね。〝魔の光よ。(コロル・)聳えて守れ(ウーナ・)――魔盾(シルト)〟」


 私を中心とした半径五メートルほどの〝魔弾(ゲヴェーア)〟が地面から上空に向かって放たれました。


 足元から頭まで全身を覆うように球体状の〝魔盾(シルト)〟を展開して、極太の〝魔弾(ゲヴェーア)〟を防ぎます。


 数秒して〝魔弾(ゲヴェーア)〟が消え、煙が晴れました。また無音の結界も壊れました。


「あれ? 見当たりませんね」


 周囲を見渡しても見えるのは、驚いたようにあんぐりと口を開くクロウや執事たち、あと少し沈痛な面持ちをしているセイランだけです。


 ナギはどこでしょうか?


「〝斉唱(ウニソヌス)〟、〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)穿て――魔弾(ゲヴェーア)〟ッ!!」

「ッ!?」


 本当に意識外でした。


 いつの間にか上空から私の背後へと落下してきたナギは、先日教えたばかりの〝斉唱(ウニソヌス)〟を使い、十のそれぞれの魔術陣から〝魔弾(ゲヴェーア)〟を同時に放ってきました。


 この距離でもギリギリ〝魔盾(シルト)〟の詠唱が間に合います。〝魔弾(ゲヴェーア)〟を防げます。


 けれどそれをしてしまうと、落下するナギを受け止められません。頭から落下している彼女は、確実に大怪我をするでしょう。


 セイランを睨みますが、彼女が動く様子がありません。


 ……本当に感心します。


 最初の奇襲はもちろん、様々な手段を用いて相手を撹乱して攻撃する手管や、私の人柄を見抜いて自分すら人質にする狡猾さと胆力。


 武器を扱う技術や闘法(とうほう)の練度はもちろん、学んだばかりの魔術の知識をものにする努力と機転。


 そして何より、その隠密能力(・・・・)


 自慢ではありませんが、私の魔力探知の精度はとても高いです。特に半径二十メートル範囲内の精度はかなり高く、大抵の魔力隠蔽はすぐに見破れます。


 人類ではよほどの存在(・・・・・・)でない限り、私の魔力探知を欺けないでしょう。


 しかし、ナギは違いました。私が探知できない程、魔力や闘気を完璧に隠蔽していたのです。


 それは天賦の才だけはまったく足りません。文字通り四六時中、血のにじむような隠蔽の修練を行ってやっと為せる神業です。


 齢八歳の幼子がそう行える修練ではありません。その鍛え(どりょく)は称賛に値します。鍛治と技巧の神(オーゼイン)の子、ドワーフとして敬意を表しましょう。


 けれど、だからこそ、彼女はここが限界(全力)なのです。


「〝二重唱(ドゥオ)〟」


 私は声を二つに分け(・・・・・・・)。 


「〝魔の光よ。(コロル・)聳えて守れ(ウーナ・)――魔盾(シルト)〟」

「〝風よ。優しき(ウィリデ・)腕で抱きと(ドゥアエ・)めよ――風籃(ファンゲン)〟」


 一つと二つ。別々の魔術陣を展開し、二つの詠唱を同時(・・)に行いました。


 全方位に張った〝魔盾(シルト)〟で十発の〝魔弾(ゲヴェーア)〟を全て防ぎ、〝風籃(ファンゲン)〟でナギの落下速度を殺しゆっくりと着地させました。


「え……」

「手加減は終わりです」


 呆然とするナギに杖の先端を向けました。


 唇を噛みしめ、痛む心に鍵をして、魔力を練り上げ口を開きます。


「〝斉唱(ウニソヌス)〟、〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)穿て――魔弾(ゲヴェーア)〟」

「ッ! 〝魔の光よ。(コロル・)――」


 それぞれ(とう)の魔術陣から〝魔弾(ゲヴェーア)〟を連射しました。


 ナギは慌てて魔術の詠唱を行いますが、間に合いません。


 貫通性能をほぼ無にした〝魔弾(ゲヴェーア)〟が何度も、何度も、何度もっ。彼女の体を()ち、吹き飛ばし、地面に転がします。


「ま、まだ……」

「無駄です」


 口が開けなくなるまで、私は〝魔弾(ゲヴェーア)〟を撃ち続けました。彼女をボロボロにしました。


 そして地面に伏したナギを飛行魔術を応用して私の足元まで連れてきます。乱雑に落とし、頭に杖をのせました。


「貴方は強くなれない(・・・・・)。竜殺しは不可能です。諦めなさい」

「……」


 冷酷に言いました。優しさは捨てました。


 ナギは言い返しません。そもそも意識はあるようですが、傷つき過ぎて口が開けないのでしょう。


 ナギの悲惨さを見ていられないのか、辛そうに顔をしかめているセイランへと視線を移します。


 彼女がもつ砂時計の砂は、あと数十秒もしないで落ち切ります。


 だから、最後の一発。


 二週間の思い出が憎しみに変わってもいい。その覚悟をもって。


「〝魔の光よ。(コロル・)翔りて(ウーナ・)――」


 私が〝魔弾(ゲヴェーア)〟を放とうとしたその時。


「おねえ、さまみたいなっ……〝二重唱(ドゥオ)〟ッ!」

「ッ!」


 ナギが顔をあげ。


「〝我が想い(アルカエル・)に舞い(トリア・)踊れ――夢蝶(シュメッターリング)〟」

「〝煌めき舞え。(アルブム・)月夜の光よ(ドゥアエ・)――光蝶(リヒト)〟」


 三つと二つ。別々の魔術を同時に発動させ、煌々と輝く無数の蝶が舞い飛び、私の視界を覆い隠しました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

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