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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師と弟子
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第5話 ナギと遊ぶ

「弟子にしてくださいですわ!」


 突然現れたナギは、私たちの驚き(・・)を他所にすぐさま土下座します。


「セイラン、逃げますよ」

「ああ。遁走だ」

「ま、待ってくださいですわっ!」


 それに我を取り戻した私たちは顔を見合わせてすぐさま走り出しました。


「……()けましたかね」

「ナギの闘気の反応はないから、撒けただろう」


 確証がないのか眉を八の字のしながらそう言ったセイランは、ため息を吐きました。


「あまりいい気分ではないな。子どもから逃げるのは」

「依頼を受けてしまったのだから仕方ありません」


 昨日、クロウからお願いされたのです。もしかしたらナギが屋敷を脱走して私たちのところに来るかもしれないが、無視をしてくれと。

 

 ギルド経由で指名依頼だったため断ることもできず、仕方なく逃げたのです。


「……宿に戻るか」

「ですね」


 午後は魔法店巡りでもしようかと思ったのですが、今日はやめることにしました。二週間以上滞在しますし、後日行けばいいでしょう。


 そして宿へ入ろうとした瞬間。


「セイラン様! グフウ様!」

「……マジか」

「神出鬼没ですね……」


 物陰からナギが飛び出してきました。驚きます(・・・・)


「どうか弟子に――」

「それはやめろ」


 すぐさま土下座しようとするナギのセイランが掴みました。


「ナギ。お前の歳はいくつだ」

「十五歳ですわ! 大人ですわ!」

「サラリと嘘を吐くな。身長がドワーフより一回り低い。十歳にもなってないだろう」

「来年には十ですわ!」

「なら、今は九つか」

「八つですわ!」


 私もセイランも肩を竦めます。


「アタシたちは北の果てを目指している。街の外には魔物も跋扈している。危険だ」

「子供を守りながら旅はできないのです」

「自分の身は自分で守るですわっ! だから、どうかっ」


 セイランがナギの頭を撫でます。


「それでも無理だ。それに詳しい事情は知らないがお前は辺境伯の娘なのだろう。クロウ様だって悪い人間ではない。あまり迷惑をかけてやるな」

「グフウ様っ!」


 首を横に振り、二つの魔術陣を編みます。

 

「〝我が想いは(カエルフラ・)一輪の咲い(ドゥアエ・)――想花(ブルーメ)〟」


 ヒダマリ花という黄色い可愛らしい花を魔術で創り、差し出します。


「ごめんなさい。けれど、何度もいうように私たちは貴方を連れていけません。諦めてください」


 私たちは少し呆然としているナギに微笑み、宿に戻りました。


「「……はぁ」」


 少しだけ気分が落ちていた私たちは本を読んで午後をやり過ごしました。


 翌朝。


「セイラン様! グフウ様!」


 宿で朝食を食べていると、ナギが現れました。本当に神出鬼没です。


 その可愛らしい花のような顔をおどけたように緩ませ、警戒を感じさせない黒の瞳を純真に輝かせ、どうにか弟子にしてもらおうと話しかけてきます。


 子どものように天真爛漫でけれど作り物めいた表情を浮かべる彼女を無視します。心苦しいですが、少しすればメイドや騎士が彼女を連れ戻しに来るので我慢しました。


 そんな事が三日も続き、私たちはクロウに呼び出されました。


「すまないが依頼内容を変更させていただきたい。ナギの相手をしてやってはくれないか」


 私たちに無視しろと言った次は相手をしてやれ、と。


 勝手です。


「もちろん、相応の報酬を出す。この機を逃したくないのだ。ナギは今、あなた方に夢中だ。おかげで身を壊すような訓練も、街を脱走して魔物と戦うこともしなくなったのだ。このままいけばメイド服も着なくなり、諦めがつくかもしれない」


 私たちはため息を吐きました。


「報酬はいりません」

「その代わり、クロウ様たちの教育方針に従うつもりはない。ただ、あの子と遊ぶ。それだけでいいか?」

「それで十分だ」


 ということで、ナギと対面しました。


「一応言っておきます。私たちは貴方を弟子にするつもりは一切ありません。分かりましたか」

「分かったですわ! 絶対に弟子になるですわ!」


 分かってない。


「まぁ、いいです」


 その日から、ナギと遊ぶようになりました。


「トランプをしましょう」

「勝ったら弟子にしてくださいですわ」

「嫌です。そもそも貴方では私に勝てないでしょうし」


 ババ抜きをしました。


「……負けたですわ」


 勝ちました。


「もう一回! もう一回ですわ!」


 もう一度しました。


「……負けたですわ」


 勝ちました。


「せ、セイラン様! わたしと勝負してくださいですわ!」

「いいだろう」


 セイランは読んでいた小説を脇におき、ナギとババ抜きをしました。


「……え」


 セイランが勝ちました。駆け引きの余地すらなく圧倒的に、一瞬で。


 あまりの一方的な負けにナギが呆然としてしまいます。


「セイラン。手加減ぐらいしてあげなさいよ」

「手加減という言葉はアタシの辞書にはない」

「作りなさい」


 相変わらずのセイランに呆れていると、ナギがハッと顔をあげました。


「そ、そもそもババ抜きは二人で遊ぶものではないですわ! 違うもので勝負ですわ!」

「いいでしょう」

「いいだろう」


 ポーカーやらジンミラーやらスピードやらで遊びます。


「……勝てないですわ」


 ナギの全敗です。


 けれど彼女は諦めることなく、黒の瞳に闘志を燃やして叫びます。


「と、トランプ以外で!! 『しょうぎ』でもチェスでもバックギャモンでも!」


 全部遊びました。


 もちろんナギの全敗です。


「……つ、次こそは勝つですわ!」

「頑張ってください。また明日」

「また明日な」


 すっかり夕方となったので、ナギを屋敷に帰しました。


 別れ際に諦めの悪い言葉を叫ぶナギを見て、少し昔の事を思い出して口元を少しだけ緩めました。


 次の日はハンカチに刺繍を施し、三人でプレゼントしあう遊びをしました。


(いた)っ」

「大丈夫ですか?」


 不器用なのか馬鹿力なのか、いえ、その両方でしょう。


 針で何度もハンカチを引き裂いていたセイランが、ついには針で自分の指をさしてしまいました。プクッと小さな血の玉が浮き上がった指の腹を見て、彼女は顔をしかめます。


「セイラン師匠。今手当をするですわ」

「師匠になった覚えはないぞ」


 ナギは懐から小さな包帯を取り出し、セイランの指に巻こうとしました。


「ナギ、ありがとう。だが、こういうのは闘法(とうほう)で治癒すればいい」


 そう言って血が出ている指先をチロッと舐めたセイランは“治癒”をしました。怪我が治ります。


 そしてその様子を眺めていた私を睨んできます。


「グフウ。お前が今思っている事を当ててやろう」

「どうぞ」

「『アダマント筋肉でも針で怪我するのだな~』だろう」

「もっというなら『オーガがお針しているのが面白いな~』と思っています」

「ッ!」

「せ、セイラン様! 針をもって危ないですよ!」

「だからしているのだ!」


 セイランが針を持って襲い掛かってきました。逃げました。ナギが慌てふためき、間に入ってセイランを止めてくれました。


 結局、セイランの不器用さと馬鹿力では一日でハンカチの刺繍を完成させることはできず、私とナギだけでハンカチを交換プレゼントすることにしました。


「可愛らしい蝶々ですね」


 ハンカチには蝶々が刺繍されていました。ナギの黒髪を飾る蝶モチーフのバレッタを見やりながら尋ねます。


「蝶が好きなのですか?」

「……そうですわ」


 ナギは一瞬だけ視線を落とし、頷きました。


「ありがとうございます。大切にしますね」

「私もグフウ師匠のハンカチを大切にするですわ」

「師匠ではありませんよ」


 ナギを屋敷に帰しました。


 その次の日はセイランの希望で花冠作りをしました。


 昨日の不器用さと打って変わって、セイランは一流の職人が作り上げたのかと錯覚するほど素晴らしい花冠を作りました。


 彼女が言うには昨日は針を扱ったから不器用だったそうです。よくわからない。


 また、ナギも手先が器用でして、セイランほどではありませんが可愛らしい花冠を作りました。


 ……私はほら、あれです。無難に作ることはできました。練習すれば上達する性質(たち)なのです。


「十分出来がいいと思うぞ」

「上から目線ですね……」


 ナギに自分は本当は器用なのだと示せたためか、やけに上機嫌なセイランにジト目を向けました。


「そう怒るな。アタシの素晴らしい花冠を被せてやる」


 花冠を私の頭に被せてきました。「可愛い」とか抜かしてきます。


「貴方にはこれがお似合いですよ」


 ムカつくので私が作った不格好な花冠を被せてやります。


「おっと」


 やわらかな夏の風がそっと私たちの間を通り抜けました。短い金髪がふわっとなびき、セイランは風で飛びそうになった花冠を抑えます。


 そして私の方を見やり、ニッと笑いました。


「どうだ。似合っているだろう」

「ふんっ」


 ……不格好な花冠を被せればあるいは、と思ったのですが普通に様になっています。目論みが外れたのでそっぽを向きました。


「ふふっ」


 そのやり取りを見ていたナギが思わずといったように小さく吹き出し、笑いました。


 すぐに恥ずかしがるように顔を赤くして口元を押さえますが、それは間違いなくここ三日間ずっと見てきた作り物めいた表情とは全く違う、彼女らしい心からの笑みでした。


 私たちはそれが少し嬉しくて、無言で彼女の頭を撫でました。 


いつも読んで下さりありがとうございます。

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