第3話 出会いと土下座
ヒンベーレ町を出て数週間。
フルーア王国の真北に位置し、隣国のネーエルン王国と接しているヴィントシュティレ町へと向かっていました。
「国を出る前に情報を集めておきたい。二週間ほど滞在して念入りに収集するぞ」
「そういうところ、意外ですよね。戦いやら勝負やらでは直感が全てとか言っているのに」
「全てなんて一言も言っていないぞ」
私たちは山道を歩いていました。
「情報は必要だぞ。相手がどのような力を持っているか知っているか否かで戦況が大きく変わる」
もちろん旅でも重要だ、と彼女は人差し指を立てます。
「ヒューマンたちの争いに巻き込まれないようルートを考えたり、為替の変動を考慮して食料を購入したり。それに面倒な連中に襲われることもあるからその用心も必要だ」
「オーガを襲う阿呆がいるのですか?」
「オーガではないわ!」
「冗談ですよ。で、誰が貴方を襲うのですか?」
セイランはとても強いです。
そこらの魔法使いよりも魔法が使え、戦士としても超一流。古竜すら倒したという彼女を襲える者などそうそういないでしょう。
「お前みたいに相手の力量を見抜ける者はそう多くない。エルフやドワーフというだけで攫い売りさばこうとするバカどもがいるのだ。お前も気をつけろよ。卑怯で狡猾な連中だ。武力だけで全てが解決するわけじゃないからな」
「では魔術で解決してみせましょう」
「……はぁ。まったく。アタシが心配して忠告しているというのに」
「ありがとうございます」
ひげで覆い隠されている口元を緩めれば、セイランはフンッとそっぽを向きました。
とはいえ、人攫いですか。
ドワーフの体毛や耳を覆う魔鉄には高い魔法耐性があります。それを目当てに攫い剥ぎ取り売りさばくとか。
小さい頃、母がそんな噺をしてくれたのを覚えています。『夜、一人で外を出歩くな。悪いヒューマンに食われてしまうぞ! バクッとな!』と。
かなり怖い噺でした。幼い私は布団に包まってガクブルと震えていました。
「セイランはありませんでした?」
「あったな。年の離れた姉がしてくれたのだが……本当に怖かった。噺が得意なのだ、あの人は。姉を殴り倒せるようになるまでずっとその噺に怯えていたな」
「殴り倒すって……でも、貴方の口から怖いという言葉がでると少し驚きますよ」
「アタシだって怖い物はあるぞ。きのこや果実とか」
「それは残念。昼食にキノコソテーを作ろうかと思ったのに。私一人で食べることにしましょう」
「じょ、冗談だぞっ? アタシもキノコソテーを食べるからなっ」
慌てるセイランに頬を緩めながら、私は「どうしよっかな~」と言ってからかいました。
そうして雑談したり昼食をとったりして山道を歩くこと数時間。
「あと二時間ほどでヴィントシュティレ街だな」
「ふかふかのベッドで寝れそうですね」
「温かい風呂もあるだろうな」
野宿は嫌いではないですが、やはりふかふかのベッドには敵いません。
今夜の寝心地に想いを馳せていたのですが。
「……こっちに向かってきますね」
「だな」
強大な魔力を持った存在がこっちに向かってきていました。
「この気配、亜竜だな」
「よくそんなことが分かりますね」
魔物かそれ以外かは分かりますが、それ以上の詳細は魔力だけでは判別できません。
「竜の因子が僅かに混ざっているからだ」
「何故分かるのですか」
竜の因子なんて魔力以上に感じ取ることはできないでしょうに。どんな感覚をしているのですか。
「逃げますか?」
「いや、無理だろう。一直線にこっちに向かってきている。殺気は感じないがアタシたちを狙っているはずだ。攻撃してきたら反撃するぞ」
そう言いながら、セイランは口角をあげて大剣と巨斧の柄に手をかけます。
やる気満々ですね。
仕方がないので私も杖を構え、魔力を練り上げて準備をします。
そして一分後。ドスドスという大きな地響きが近づいてきて。
「ん? 亜竜以外の足音が聞こえ――」
「っ。ひ、ひぃ~~~~、ですわぁ~ッッ!!」
木々に覆い隠された山道の脇から、メイド服を着た黒髪黒目のヒューマンの少女と。
「ガァアアアア!!!」
翼が退化して小さな手と化した前足と強靭な後ろ足が特徴の魔物の竜、亜騎竜が現れました。師匠曰く亜騎竜は『てぃらのさうるす』に似ているとかなんとか。
ともかく体長五メートル近くあるその亜騎竜は高く飛び上がり、ヒューマンの少女に向かって葉っぱの生えた樹木の尻尾を振り下ろします。
かわせないと悟ったのか、ヒューマンの少女は短剣を握りしめて反撃にでようとしますが、どう考えても叩き潰される。
「〝魔の光よ。聳えて守れ――魔盾〟」
「ハァッ!!」
「ガアァアア!!??」
わけはなく、私が〝魔盾〟で尻尾の振り下ろしを防ぎ、セイランが大剣と巨斧で尻尾を切り倒しました。血しぶきはあがらず、尻尾の断面には年輪が見えます。
「グガァアアアア!!」
亜騎竜が咆えます。すれば、短くなった尻尾から新たに樹木の尻尾が生えてきました。
「セイラン、あれは?」
「亜榛竜エルスレザールだ。亜騎竜科亜木竜属の一種だな。山の中だと手ごわいぞ」
「流石魔物博士。博識ですね」
「茶化すな」
セイランはエルスレザールに向かって飛び出します。
「閃破ッ!」
「グルアアア!!」
大剣を力強く振り下ろします。
エルスレザールは地面に尻尾を突き刺し、地面から十本のハンノキを束ねた樹木を生み出して大剣を防ごうとしますが、セイランの怪力の前には無力。
全てが両断されます。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……ですわ」
その隙にヒューマンの少女を回収して、少し離れたところまで避難させます。
詳しい歳はよく分かりませんが、それなりに幼いのだと思います。
そんな子どもが何故山でエルスレザールに襲われているか疑問に思う部分はありますが、まずは安全の確保が優先です。
「〝光は聖に輝き悪しき力に屈さず。全てを祓いて守る――聖絶〟。動かないで待っていてください」
彼女の周りに結界を張り、私は飛行魔術を行使してセイランの援護に向かいました。
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
セイランの言う通り、エルスレザールは手ごわかったです。
周囲の樹木を操るのはもちろん、地面からいくつものハンノキを生やして触手のように自由自在に操り、攻撃してくるのです。
地中には魔力探知が届き難いため、どこからハンノキが生えてくるのか分からず、防御に必要以上に思考を割かなければなりません。
それに山を必要以上に傷つけないために、私もセイランも派手な攻撃を控えていて決定力に欠けてしまいます。
手ごわいというよりは、厄介と言った方がいいでしょう。少し攻めあぐねていました。
とはいえ。
「双天撃っ!」
「ガァァアアッ!?」
懐に入り込んだセイランが大剣と巨斧でエルスレザールの腹を叩きあげ、上空へ吹き飛ばし。
「〝斉唱〟・〝共振〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
「ガッ……」
飛行魔術で空中にいた私が魔術陣を重ね合わせて作り上げた極太の〝魔弾〟を放ち、空中で死に体を晒すエルスレザールを撃ち抜きました。
死にました。ヒューと山道に落っこちました。
「お疲れ様です、セイラン」
「ああ、お疲れ」
私は一部消し炭となったエルスレザールの前で一拍と一礼を行います。終りと流転の女神さまにエルスレザールの魂が輪廻の星々へ還れるように祈ります。
セイランも同様に胸の前で手を組みました。
「さて」
私はメイド服を着たヒューマンの少女へ顔を向け、結界を解除しました。
「怪我などはありません――」
そして呆然と座り込んでいる彼女に手を差し伸べようとしたその時。
「わ、わたしを弟子にしてくださいっ、ですわ!!」
とって付けたような「ですわ」と共に彼女は私たちに向かって土下座しました。
セミロングの黒髪を後ろで一つにまとめている金属の蝶モチーフバレッタが、太陽の光に反射して煌めきます。
驚きます。セイランも驚いています。
「顔をあげて――」
「弟子にしてくださいですわ! なんでもするですわ! だからお願いですわ!」
何度も土下座する彼女。私は困りながら、言います。
「私は弟子をとれるほど立派な人ではありません。だから、申し訳ありませんが弟子には――」
「立派です! おじさまは立派ですから、どうか弟子に!」
「おじさまではなくグフウです! というか、足にしがみつかないでくださいっ」
彼女は私の足にしがみついてきます。
「お、おい。ヒューマンの娘。グフウから離れて――」
「エルフの騎士様、お願いするですわ! どうかわたしを弟子に!」
「こ、こういうのは困るっ」
セイランの足にもしがみつきます。
私たちは困惑するしかありません。
それに案外力が強く、足にしがみついてくる彼女を傷つけずに引き離すのが難しいです。
どうしたものかとセイランと顔を見合わせていますと、遠くから馬の足音が聞こえてきました。
魔力探知で探れば、数十の魔力を持った存在がこっちに向かってきていました。セイランが闘気探知で探ります。
「人だ」
「じゃあ待ちましょう」
しばらく待っていれば、その集団が顔を見せました。
「な、なんだこれは……」
騎士と冒険者の混成集団でした。一番偉そうな乗馬した騎士がエルスレザールの亡骸と私たちを見て困惑の声をあげます。
けれど、何度も土下座して地面に頭をこすりつけるメイド服を着たヒューマンの少女に気が付き。
「ナギお嬢様! また脱走したのですかっ!!」
「ひ、ひゃぁああ~~っ!!」
馬から飛び降り紐で彼女を縛り上げました。
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