第1話 馬車とサナエ
大魔術師ヨシノの死から一年後。
北の果てのグレンツヴェート魔法都市を目指してフルーア王国の王都を旅立ち、数日が経ちました。
徒歩で旅立った私たちは乗合馬車にガタゴトと揺られていました。
昨夜野盗に襲われていたのを助けたお礼として乗せてくださったのです。王都の北にあるヒンベーレ街まで同行させてもらいます。
道をゆっくりと進む五つの馬車のちょうど真ん中の馬車。
外から入り込んできた夏の匂いをやわらかに孕んだ風で、たっぷりなひげを揺らしながら、私は魔法書を読んでいました。
「ほ~れ。ベロベロバ~~!!」
「うっきゃっきゃ!」
「アハハハハ!」
セイランの間抜けな声を、赤ん坊と女の子の笑い声が馬車に響きました。
魔法書から視線をあげます。そこには変顔をしているセイランがいました。
「プッ」
その何とも珍妙で可笑しな変顔に思わず噴き出します。それに気が付いた彼女は恥ずかしいのか、みるみる顔を赤くします。
「っ! グフウ、何笑ってるんだっ!」
「貴方の笑かしに、笑ってあげてるのですよ? むしろ感謝してください」
「アタシの芸に笑ったなら金払え!」
「草ならあげますよ」
「いらない――」
トランクから乾燥させた草を取り出します。シュトローム山脈で採ったとある薬草です。
食い気味にそれを払いのけようとしたセイランは、しかしその薬草の希少さに気が付いたのでしょう。
「……し、仕方ないからもらってやろう」
奪い取るように私の手から薬草をかっさらい、懐にしまいました。
やはり葉っぱは葉っぱですね。
「アハハハ、おかしい! おかしいよぉ! 変だよぉ! 草、草をぉ!」
「こら、サナエ!」
ヒューマンの女の子、サナエが私たちを指さしてお腹を抱え笑っていました。若葉色の髪が荒ぶっています。
私たちのやり取りが笑いのツボに入ったようです。そんな笑えるようなやり取りはしていなかったはずなのですが。
赤ん坊を抱えた母親が娘の行動に慌てますが、セイランが柔らかく微笑みます。
「アタシたちは気にしない。子が笑えているのだ。いいことではないか」
「ですね」
「……ありがとうございます」
母親は安堵に胸を撫で下ろします。
しばらくして、サナエの笑いがおさまりました。目端には涙が少したまっていました。
「あ~う、あ~う」
「おっと、ひげは引っ張らないでくださいよ」
だいぶ疲れていたのか、母親はおやつの時間の陽気にウトウトし始めましたので、隣で控えていたメイドさんに彼女のことを任せ、私たちは赤ん坊のお守をすることにしました。
「あ~う! あう!」
「ひげに興味があるとは、将来有望な……あ、ちょ、やめ、痛っ!」
「きゃへへ!」
赤ん坊が私のひげをつかみ、力任せに引っ張ってきます。
痛い痛い。悶えてしまいます。
「う……セイラン。ちょっとお願いします」
赤ん坊を預けました。
「お前は赤ん坊の扱いが下手だな。こういうのは――」
「あ~う」
「あ、耳を触るな! やめろぉ!」
赤ん坊はセイランの体をよじ登り、その尖がった長い耳を掴もうとしまう。彼女は慌てました。
「赤ん坊は何かを掴んでいないと気が済まないのでしょう。確か、いい物があったはず」
トランクを開きます。すぐさま、サナエがトランクの中を覗き込みます。
「うわぁ! いっぱい入ってる! 凄い! 魔法!?」
「魔術具です。たくさん物が入るのですよ。え~っと、確か……」
魔術具やら何やらで満杯になったトランクを漁ります。
「あ、このぬいぐるみ、おじさんみたい!」
「おじさんではなくグフウです。それと、みたいではなく、そのぬいぐるみは私を模したものですよ」
「へぇ! じゃあ、これはこれは!」
「ねずみが踊ってくれる魔術具です」
「変なの!」
ぬいぐるみや手袋、魔術具やお酒、鉱石などを取り出して目的の物を探します。
「凄い凄い! いっぱいでてくる! ガラクタばっか!」
「ガラクタではありませんよ」
ありました。
それは師匠が教えてくれた玩具で、『でんでん太鼓』と言います。棒状の持ち手がついた小さな太鼓で、その両側に小さな玉が先端に結び付けられた紐があります。
「セイラン、魔力を注ぎながら左右に何度も回してください」
「ん? ああ」
セイランは赤ん坊の前で、『でんでん太鼓』を左右に回しました。すれば、『でんでん太鼓』はポコポコと音を立て。
「綺麗……」
「凄いな、これ」
「うっきぇへっへっ!」
また、音に合わせて色とりどりにピカピカと光りました。赤ん坊はそれに破顔し、サナエを少し目を奪われていました。
セイランは赤ん坊に『でんでん太鼓』を渡します。赤ん坊は面白そうにそれを振り回したりして、音を鳴らしました。
そしてしばらくして。
「すぅー、すぅー」
「眠ったか」
『でんでん太鼓』をめいいっぱい楽しんで疲れたのでしょう。赤ん坊が眠りました。メイドさんに預け、母親と一緒に寝てもらいます。
「さて、片付けますか」
「私も手伝う!」
『でんでん太鼓』を取り出すのに散らかした物を、サナエと一緒にトランクに戻します。
「……入らないよ?」
「順番を間違えましたかね」
「順番どうこうよりも、物が多すぎるのだ」
何故かいくつかの魔術具がトランクに入りません。出す前はキチンと入っていたはずなのに。
セイランがジト目を向けてきますが、無視です。
「せーのでいきましょう。せーの!」
「せーの!」
サナエと協力して、残りの魔術具を詰め込みます。
「無理やりいれたら壊れるぞ」
「壊れません」
バァーンッと大きな音が響き、トランクが弾けました。
「きゃぁっ!」
「なにごとっ!?」
「び、びえぇえええええ!!」
見た目以上に物が沢山入るトランクの魔術具が壊れました。サナエは驚き腰を抜かし、寝ていた母親が飛び起き、赤ん坊が泣きます。
「ほら言っただろう。どうするのだ、これ」
「……どうしましょう」
馬車の床を埋め尽くすほど多くの魔術具やお酒の瓶など、トランクの中身が溢れ出ます。
「お客さん! 大きな音がなりましたんが、大丈夫でっかっ?」
馬車が止まり、御者が顔を出します。
「いや、仲間の物が沢山入る魔術具が壊れてな。すぐに片付け――」
そこまで言って、セイランは馬車から降りて雲一つない空を見上げました。
「御者。あと三十分もせずに酷い夕立がくる。雷も落ちそうだ。早いこと雨風を凌げる場所を探した方がいい」
「え、こんなに晴れていますんが……」
御者は驚きます。すると、殿で乗合馬車の護衛をしていた冒険者の一人がこっちにやってきました。
「仲間の魔法使いが占いで嵐を読み取ったのだが、エルフのアンタに確認したい。本当か?」
「ああ、確かだ。風がそう歌っている」
セイランと冒険者、それから何人かの御者が話し合いをします。私はその間に、母親たちに驚かせてしまったことを謝罪し、散らかした物をまとめていました。
セイランが戻ってきました。
「グフウ。魔術で雨宿りできるほどの岩と洞穴を作れないか? 近辺に雨宿りできそうなところはないらしい」
「分かりました」
馬車を降りて、魔術で大地の一部を岩に変えて操ります。馬車五つが余裕で入れるほど、大きな岩の洞穴を作りました。
その中に退避しました。
そして十分もすれば、ザァーザァーと滝のように雨が降り注ぎました。雷も響きます。
時間も時間ですので、今日はここで野宿することになりました。
セイランと他の冒険者が野宿の準備をしている間、私は魔術具のトランクの修復に取り掛かっていました。
「おじさん、直るの?」
「おじさんではなくグフウです。キチンと直りますよ」
興味深いのでしょうか。サナエはズイッと顔を近づかせ、私の手元を見ます。
「危ないので少し下がっていなさい」
「……はい」
私は鎚を壊れたトランクに振り下ろし、鍛冶魔法を使います。完成形を想像して、振り下ろします
カーンッという音が洞窟内を反響し、また鍛冶魔法による魔力の花が宙に咲いては散ります。
「かっこいい……」
サナエの感嘆の言葉が聞こえてきます。
ただ、そこからトランクの修復にかなり集中したためか、彼女の言葉は聞こえませんでした。
「ふぅー」
三十分ほど、鎚を振るい鍛冶魔法を行使して、ようやくトランクの修復を終えました。
汗をかいた額を拭い、サナエの方を見やりました。
「っ」
「うん?」
何かに見惚れていたように呆然としていた彼女は私の視線に気が付き、慌てるようにその場から離れました。
セイランが首を傾げながら戻ってきます
「どうしたのだ、あれは?」
「さぁ。急に」
「ふぅん。それで今度は入るのか?」
「即席ですが、魔術陣を少し改修して容量を増やしたので大丈夫だと思います。……たぶん」
セイランに手伝ってもらいながら、馬車の中に散らかった魔術具やお酒などをしまっていきます。
そしてあらかたトランクに収納し終えたころ。
「……ない」
「何が?」
「ぬいぐるみです。私を模したやつがないのです」
「あぁ、あれか」
私たちはぬいぐるみを探します。けれど、見当たりません。
洞窟内を探したり、他の客や冒険者などに尋ねましたが、結局見つかりませんでした。
「壊れたときに外に落ちたのではないか?」
「探してきます」
「この天気では見つからないだろ。もうじき晴れる。少し待て」
「……分かりました」
洞窟の入り口で座って雨が止むのを待ちます。セイランがポツリと尋ねてきました。
「……大切なものなのか?」
「師匠が誕生日にくれたものです」
「そうか……」
セイランが私の肩に手を起きました。
「大丈夫だ。必ず見つかる。見つかるまで、アタシも探す」
「……ありがとうございます」
ザァーザァーと洞窟に反響する雨音に気分を落としながら、待ちます。しばらくすれば、晴れました。
私たちはぬいぐるみを探そうと立とうとして。
「おじさん……」
「……グフウですよ」
サナエがやってきました。その手には私を模したぬいぐるみがありました。
少し離れたところでは少し怖い顔をしたメイドさんがいて、サナエの目端が少し赤くなっていました。
察しました。
「……ごめんなさい」
「大丈夫ですよ」
私は彼女の頭を撫で、ぬいぐるみを受け取りました。すると、彼女は大泣きしてしまいました。
私とセイランは顔を見合わせ、肩を竦めて頬を緩めました。彼女が泣き止むまで待ちました。
「きれいですごくてかっこよくて……それで欲しいと思っちゃったの。本当にごめんなさい」
鍛冶魔法を見た彼女は興奮して、私を模したぬいぐるみを思わずとってしまったようです。
何故鍛冶魔法を見て私を模したぬいぐるみが欲しくなったかは分かりませんが、ともかく一時の気の迷いです。反省しているようでしたし、許しました。
「……グフウさん。何を作ってるの?」
「ぬいぐるみですよ」
夕食を終え、私はぬいぐるみを行くりました。
「ッ! これ、グフウさんの!」
師匠から貰ったぬいぐるみはあげられませんが、私が作った物ならあげられます。私は私を模したぬいぐるみをサナエに渡しました。
彼女は喜び飛び跳ねていました。
「……アタシのも欲しいなぁ」
それを見て、セイランがポツリと呟きました。
「なんですか? 自分を模したぬいぐるみを作って欲しいのですか? 草をくれるなら作ってあげますが」
「ッ! いらないわ!」
セイランが顔を赤くして怒鳴りました。
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