第30話 原器とジョウギ
それから私は鍛冶魔法への興味は失せ、いえ、恐怖したのでしょう。あれを使ったら、また嫌われるのではないか。怒鳴られるのではないか。
私は鎚を握りませんでした。鍛冶から目を背けるようになりました。
代わりに彼が残していった計測器で遊んでいました。身の回りの物の長さや厚さ、角度など、色々と測り遊びました。
そんな私ですから、周りと少し距離をおかれるようになりました。
また、鍛冶をさせようとあれこれ口うるさく言ってくる父から逃げるために、そしてそんな父に嫌がらせをするために、魔法を学ぶようになりました。
そう、エルフが使う自然魔法です。
父はエルフを嫌っていたので、彼らが使う魔法を私が使えばとても嫌がると思ったのです。
ただ、ここで誤算がありました。
ドワーフには鍛冶魔法以外の才がなかったのです。
どんなに練習しても、ドワーフの子どもにしては桁外れの魔力をもってしても、自然魔法が使えませんでした。
二年後です。
できない事がムカついた私はさらに自然魔法に熱中していました。努力の甲斐もあって、そよ風を起こす魔法が使えるまで上達したころ、父の仕事でエルフの国に行くことになりました。
私は最初、家族や周りの大人たちの言葉を信じていませんでした。葉っぱへの悪評は嘘だと。話せば分かると。
そして仲良くなって自然魔法を教えて貰おうと思ってました。
んなわけないでしょう!! アイツら、みんなクソです! 仲良くできるわけがないでしょう!!
あ、ちょ、怒らないでください!
エルフをクソといっただけで、貴方をクソと――あ、蹴らないで!
いや、だってアイツら、会ったそばからアル中だの、脳筋だの、岩っころだの、汚染水だの色々と罵倒してきたんですよ? それに何度も転ばされて、木の上に計測器を隠されたりもしましたし。
それと、私の中にあった鍛治と技巧の神の因子が反応して彼らに嫌悪感を抱いたのもあり、喧嘩しました。殴り合いました。
それから調理も一切していない素材そのままの料理を出されて――ってこれは本題に関係ありませんね。
ともかく、落ち込んでいた私は、しかしあるエルフの子どもと会いました。
ぶっちゃけ顔も名前も覚えていません。エルフのことは少しでも覚えたくなかったので、全力で忘れました。
そのエルフは、けれど他のエルフとは少し違いました。私に少し優しくしてくださったのです。
だから、自然魔法を教えてもらおうと思いました。実際、彼女は教えてくださいました。
「え、どうやって使ってるか? 普通に自然の音を聞けば分かるだろう? ほら、こんな感じにさわさわっと風が囁いた時にぶわっと魔力を巡らせればいい。簡単だろう?」
訳がわかりませんでした。そんな理解もできない感覚をいわれて、意味が分かりませんでした。
「なんで分からないのだ? ほらこうやって……えぇ。なんでエルフの赤ん坊が使う様なそよ風の魔法しか使えないのだ? 脳筋のドワーフだからか? はぁ、何故できないのか分からん」
けど、オー爺の気持ちが少し分かりました。
私が二年間必至こいて身に着けたそよ風を吹かせる魔法は、彼らにとっては文字通り赤子でもできることだったのです。
だったら、彼がその生涯をかけて積み上げてたそれが、鍛錬もしていない幼子の魔法のそれに負けた時の気持ちは。
ドワーフなら誰でもできるといわれた時の気持ちは。
才能は残酷だと思いました。理不尽だと思いました。
でも、だからこそ、私は計測器の価値に気が付きました。
訓練を積めば誰でも長さや重さ、角度が分かる。特別な感覚も才能も必要ない。
そういう技術が魔法にもないのか。才能がなくても、ヒューマンでも鍛冶魔法を、ドワーフでも自然魔法を使えるようになれないのか。
色々と探りました。
十八も終わりの年の頃。
あるヒューマンの商人が国にやってきました。
共通語を話せる私は彼とすぐに親しくなりました。そして、彼が師匠の事を、そして魔術の事を教えてくださいました。
すぐに国を飛び出して、師匠を探しました。
そして一年後、知っての通り神罰で追われていた師匠と出会い、弟子にしてもらったのです。
Φ
「……悪かった」
「え、何故貴方が謝るのですか?」
「いや、何でもない。お前も色々とあったのだな」
彼女が頭を撫でてきようとしたので、避けます。
そしてしばらくして、クラッベ平原を抜けました。
それから近くの村で一休みした私たちは、星屑タンポポにストレスを与えないように慎重になりながら、二週間かけて王都へと帰還しました。
すぐにメモリに会いにいきます。
「……本当に持って帰ってくるとはな」
彼は驚いていました。本人としては無理難題を吹っ掛けたつもりだったのでしょう。実際に、星屑タンポポの移送は無理難題でしたし。
「これはこのままで大丈夫なのか?」
「はい。魔法具の結界で環境を調節してあります」
「なるほどな」
メモリは軽く頭を下げました。
「依頼の達成、ありがとう。感謝する。約束通り、原器を見せよう。ついてきなさい」
王城から馬車で移動すること十分少々。こじんまりした屋敷に案内されました。
「ここは?」
「研究所だ。王城にあるのは私たちが緊急の書類仕事をする仮の場。こっちで主な研究をしているのだ」
すれ違う職員が彼に頭を下げます。彼はシッシッと「仕事に戻れ」と言いました。
廊下の突き当りの扉の前に立ちます。四つの鍵穴に鍵を通し、魔力を流した彼は、ゆっくりと扉を開きました。
地下室に続く階段が現れました。
メモリは壁にかけたあった蝋燭を手に取り、火をつけて周囲を照らしながらその階段を降ります。私たちも黙ってついていきました。
そして三つほど厳重な鉄の扉をくぐり、そこにたどり着きました。
「ここが保管庫だ」
部屋の中央、ガラスの箱の中にメートル原器、グラム原器、魔力原器がありました。
「賢者ヨシノが提唱した単位法。それを礎に作られたのが、この原器だ」
「……近くで見てもいいですか?」
「もちろん。だが、ガラスに触るな。それと魔力と闘気は遮断しろ」
近づきました。
「……これが師匠の」
圧倒されました。
ガラス越しに見えるその原器からは、音が聞こえました。
強く熱い魂。それでいて、どこまでも冷徹で威厳に満ちた覇気。決して変化することはないという強き意志が聞こえてくるのです。
それはいつかどこかで聞いた音で――
「……おい。こに刻まれているのは名前か? 随分と長ったらしいが」
メートル原器を見ていたセイランが、ふと口を開きました。彼女が指さすところには、小さく文字が削られていました。
「ああ、それはその原器を作った鍛冶師の名前だよ。名を――」
「ジョウギ・オーニュクス」
自然と言葉が口が動きました。
「人の台詞を取るものではないと思うが」
「す、すみません」
少し不機嫌になったメモリに頭を下げつつ、私はグッと拳を握りました。
そうです、思い出しました。
彼の、オー爺の名前は、ジョウギ・オーニュクス。
「やはり……お前はジョウギ殿を知っているのだな」
「……少し。でも詳しいことは知りません」
「そうか。なら、少し語ろう」
語ってくました。ちょっと長かったので割愛します。
オー爺は極東出身のようで、旅の鍛冶師だったそうです。
旅を続けて鍛冶の腕を磨いた彼は六十歳になった時、ある国に召し抱えられ使節団としてドワーフの国に行ったそうです。
そして帰ってきた彼は今まで以上に心血を鍛冶に注ぎ、賢者ヨシノと共に原器を作り上げたそうです。
「そして彼は、鍛治と技巧の神に認められ、アマツマラの名を授かり、ジョウギ・アマツマラ・オーニュクスとなった」
「名を授かっただと!?」
セイランが酷く驚きます。
神から名を授かる。それは大変名誉なことであり、滅多にないことでもあります。
子であるドワーフでさえ、鍛冶と技巧の神から名を授かった人は片手で数えられるほどなのです。
「鍛治と技巧の神は派手を好まない。だから、密かに行われた。この事実を知っているのは私とごく僅か」
「じゃあ、どうして」
「君は彼と知り合いなのだろう。知るべきだ」
私たちは地下室から出ました。
「三日後の夜明け前に研究所前に来なさい。残りの報酬を渡そう」
私たちは宿に戻りました。
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