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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師とエルフ
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第26話 公爵婦人サワリ

 馬車を直した翌日。


 私たちは山道を下り、王都へと続く道を歩いていました。馬車はサイバラが操縦しています。


「へぇ、音楽家なんですか。凄いですね」

「そんな。まだまだ未熟ですよ。今回の演奏会でも自分の力不足を感じました」

「演奏会だと? どこでだ?」

「隣国に招待されたんです」

「なんだとっ」


 セイランが大きく目を見開きます。


「隣国に招待されるなんて、立派な音楽家ではないか。もっと自信を持て」

「いや、本当に違うんです。サワリ様が縁のある演奏会に僕を推薦してくださったからで。でも、そのおかげでもっと上を知ることができて、より一層――」


 熱意のこもった目でそうガクソウが言いかけた時。


「ん? あれは何でしょう?」


 少し先で多くの兵士を引きつれた豪華な馬車が停まっているのが見えました。豪華なドレスに身を包んだ女性がこちらに走ってくるのも。


 紅の長髪を振り回し、切れ長の紅の眼を吊り上げ、狐のように凛とした顔を悪魔(デーモン)のように歪めた彼女はこちらに気が付くと、大きく叫びました。


「ガクソウ! ガクソウ!! 無事であるかっ!?」

「さ、サワリ様っ!? どうしてここにっ!?」


 驚くガクソウの肩を勢いよく掴む女性、サワリ。


「どうしても何も、お前が炎魔の山道に消えたと駐屯の連中から連絡があったからであるぞっ!! どうして護衛もなしにかような山道へと消えたのだっ?」

「そ、それはサワリ様に明日までに馬車を返さないと妹が大四公爵の女中に――」

「我がお前の妹に何かするわけないだろうっ! あれは、貸付をしている貴族によく使う枕言葉であるぞっ!」

「えっ?」


 きょとんと首を傾げたガクソウは、懐から一枚の手紙を取り出しました。それをじっくりと読み込み。


「……あ」


 間抜けな声をあげました。張っていた気が抜けたのか、サワリはへなへなと座り込んでしまいました。


「あぁ……よかった。お前が無事でよかった……」

「さ、サワリ様。お立ちください。ドレスが汚れてしまいますよ!」


 慌てるガクソウ。偉そうな兵士が沢山こちらにやってきました。鎧に刻まれた紋章を見て、セイランが「げっ」と顔をしかめて小声でいいます。


「あれは確かエクテ公爵家のものだ」

「公爵家って確か偉い人の?」

「王族の次に偉いやつらだ。関わると面倒だ。逃げるぞ」


 既に報酬の魔法書は貰っていたこともあり、私たちは魔力と闘気を隠蔽してそっとこの場から離れようとしました。


「冒険者よ、動くな」


 無理でした。兵士に囲まれました。


 彼らくらいなら蹴散らして逃げられますが、そんな事をすれば王都に入れなくなってしまいます。


 私たちを両手をあげて、大人しくします。


「待て、お前たち! 無礼な真似をするでない!」

「ですが、サワリ様。冒険者たちは明らかにこの場を離れようと――」

「お前たちがそう殺気だつからだ! 我の名を傷つけたいのか!」

「……ハッ」


 兵士が引きます。サワリが私たちの前に立ちました。


 セイランが軽くため息を吐いて、胸に手をあてます。


「お初にお目にかかる。アタシは冒険者のセイランだ」

「私はグフウと申します」


 セイランの態度を見るに、へりくだりすぎてはいけないと考え、簡素な自己紹介をします。


「我はサワリ・エクテである。ボルボルゼン討伐を成し遂げた英雄に会えたこと、嬉しく思うぞ。そして我のガクソウを救った大義であった」


 手を差し出してきたので、握手します。


「礼もしたい。どうだ。我の屋敷に来ないか?」

「……ぜひに」

「そう堅苦しくするな。其方(そなた)らにとってみれば、我なぞわっぱであろう。我に気を遣うな!」


 サワリは気前よく笑いました。


 

 Φ



 ガクソウとは別の部屋に案内されました。


「サワリ様――」

「サワリでよい」

「……サワリ殿。アタシたちのことはなるべく伏せてもらうと嬉しいのだが」

「我もそう愚かでない。長命種がヒューマンの(まつりごと)を嫌っておるのは重々承知しておる。ただ、ガクソウを救った冒険者に個人的に礼がしたいだけである」


 応接室です。


 部屋を彩る調度品は派手さはなく、一見簡素で古めかしく思えます。


 しかし、よくよく見れば使われている素材は質のよいものばかりであり、また熱い魂が調度品から聞こえてくることから、とても腕の立つ職人が作ったのだと分かります。


 一級品がその部屋を彩っていました。


「下がれ」

「ですが」

「下がれといっている」

「……かしこまりました」


 メイド一人残して護衛の兵士や召使全員を追い出したサワリは、ソファーに座りました。促されたので私たちも向かいのソファーに座ります。


 メイドが並べた紅茶で湿らせた口を開きます。


「改めて、ガクソウを救ってくれたこと。心の底から感謝する」


 深々と頭を下げてきます。


「隣国のハイエナどもに奪われるのを阻止するためとはいえ、あやつの間抜けさも考えずあのような文言の手紙を送った我が愚かであった。其方(そなた)らがいなければ、あやつは今頃死の女神に連れ去られていたかもしれぬ」


 グッ、と拳を握りしめるサワリ。


 ……終りと流転の女神(カロスィロス)様の死の女神呼ばわりに少し顔をしかめてしまいますが、そこまで悪い人ではなさそうです。


 というか。


「ハイエナ?」

「そうだ! ガクソウは以前、隣国の音楽学校に通っていたのだ。だが、そのハイエナ共に退学させられた。理不尽な理由でだ。そこを我が拾い、今までずっと援助してきたのである」


 熱に浮かされた目で語ります。


「あやつは天才である。確かに今までの環境や若さ故に演奏家としてはまだ粗があるが、しかし作曲に関しては希代の天才といってもよい! 我の支援を受けたあやつは瞬く間に一流の作曲家となったのだ!!」


 そう叫んだ彼女は、すぐに首を横に振りました。 


「いや、我の支援がなくてもあやつはすぐに一流の作曲家になったであろう。あやつが作る曲は最初から素晴らしかったのだ。竜の咆哮に負けず激しく、水の貴婦人(ウンディーネ)の歌声のように甘く、風の乙女(シルフ)の微笑みのように純真なあの曲が我の心をうったのだ」


 何かを思い出すようにうっとりと目を細めた彼女は、しかし次の瞬間両目を吊り上げました。

 

「ともかくだ!! (まこと)の音楽の才を理解せず、権威に取りつかれ耳を腐らせた者どもは、ガクソウが我が国で高く評価されたと聞くや否や、宮廷楽師として雇ってやろうだのなんだのと抜かすのだ! 耳どころか肉体まで腐れ果てておけばいいものを、今更になって!」


 激烈といいますか、激しいお方ですね。


 セイランが肩をすくめます。


「それでハイエナというわけか」

「そうだ。それに腹が立ったからな。意趣返しとして、我の(・・)ガクソウが作った曲を演奏会で披露させたのだ」


 彼女はふぅと息を吐きました。


「あやつは本来は我の使者と共に帰国する予定であった。なのに、少しの間向こうに残るとか言いだすものだから、いてもたってもいられずつい緊急の手紙で呼び返してしまった」


 サワリは「反省であるな……」と呟き、紅茶を飲みました。


「ともかくである。其方(そなた)らには是が非でも礼をしたい。我ができる範囲であれば何でもしようぞ」


 サワリの申し出を断ることはできなさそうです。セイランを見やります。彼女は「お前の望むものでいい」と言わんばかりに首を横に振りました。


 とはいえ、急にそういわれましても……


「あ。それでしたら、原器を見せてはいただけませんか?」

「原器というか、賢者ヨシノが作った原器であるか?」

「はい」

「ふむ……原器は王家と教会が厳重に管理しておるからな。王家はともかく、教会に対しては権力(ことば)が届きにくい。どうしたものか……」


 あごに手をあてて考え込んでいたサワリが、ふと首をかしげました。


「して、何故原器を?」

「それはししょ――もがっ」


 セイランに口を塞がれました。小声で怒鳴られます。


「賢者ヨシノは神罰を受けたと言っただろうっ。生きていたとバレたらどうするのだっ」

「あ」


 咳払いしました。


「こほん。魔術の研究をしていまして。それで彼女が作った原器に興味が」

「ほう。魔術と」


 珍妙な者を見るような目を向けてきた彼女は、ぽんっと手を叩きました。


「そうだ」


 彼女はメイドに耳打ちをしました。メイドは部屋を出ていきます。


「確認であるが、其方(そなた)らはあまり目立ちたくないのであるな?」

「面倒ごとは少し」


 師匠からヒューマンや獣人の貴族に深入りするなと耳にタコができるほど言われましたし。


「であるなら、原器の管理を任されている老人を紹介しよう。だが、そやつは偏屈で我の権力(ことば)でもそう簡単に頷く者ではない。実際に原器を見れるかどうかは其方(そなた)ら次第であるがそれでもよいか?」

「もちろんです。ありがとうございます」

「礼などよい。そも、これは我の礼であるからな」


 ということで、サワリの紹介のもと、原器を管理している老人に会いにいくことになりました。

 

いつも読んで下さりありがとうございます。

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