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ドワーフの魔術師  作者: イノナかノかワズ
ドワーフの魔術師とエルフ
24/100

第24話 ご来光と手袋

 フルーア王国の王都に向かう途中、ある街に寄りました。


「まだ明るいですね」

「大晦日だからな」


 雪が積もった夜の街を歩きます。


 もう夜だというのに街はたくさんの明かりに照らされています。表通りには屋台が並び多くの人々が行き交い、吟遊詩人が詩を歌い、肌寒い風すらも暖めてしまうほどの陽気に包まれていました。


 はぁはぁと息を吐いてかじかんだ手を温めながら、屋台を眺めます。


「夕食は屋台で食べますか?」

「そうだな。あそこの店でもどうだ? おでん屋らしい」


 赤の提灯が下がった屋台を指さします。


「おでん?」

「さぁ、私も知らん。だが、美味そうな匂いがしないか?」

「確かに」


 暖簾をくぐり、おでん屋に入りました。カウンター席です。数人が座って談笑していました。


 カウンターの奥には四角い仕切り鍋が並び、琥珀のように透き通った汁に野菜や卵、見たこともない具材が入っています。これがおでんでしょうか?


「いらっしゃい! お好きな席にどうぞ!」

 

 店主は鉢巻を巻いた小人(ハーフリング)でした。ヒューマンの七歳児ほどの見た目をしていますが、立派な大人です。


 セイランと隣あって座ります。


「ん? エルフとドワーフじゃないか! 喧嘩するなよ!」

「しません」

「しないぞ。それより店主。アタシたちはおでんが初めてなのだ。お勧めを知りたい」

「そうだね! 全部おすすめだね! だから全部注文でいいね!」

「おい」


 無邪気な笑顔を浮かべる小人(ハーフリング)店主にセイランがジト目を向けます。


「そこのエルフの嬢ちゃん! 全部注文しても損はないぞ!」

「むしろ、全部の具材が器一杯に入っているのが美味しいのよ」


 隣に座っていたヒューマンの老夫婦がそう言いました。


「……そういうことなら。グフウもそれでいいか?」

「貴方が食べきれなかったら食べてあげます」

「素直に頷け、まったく。店主。二人前で頼む」

「はいよ! お酒はどうする! まぁ、ドワーフは当然飲むよね!」

「たくさんお願いします」

「エルフはっ?」

「アタシはいらん」

「えぇ! せっかくの大晦日だよ! 飲みなよ、ほらほら!」

「この屋台を破壊しても文句いうなよ。ワインを一瓶くれ」

「あぁ! そういえば、とっておきのジュースがあったんだ! エルフにはそれがお勧めだよ!」


 セイランの目を見てガチだと理解した小人(ハーフリング)店主は涙目になって慌てました。


「飲み物どうぞ!」

 

 すぐに飲み物が出てきます。セイランは柑橘系のジュースが入った瓶、私は透明なお酒が入った瓶でした。


 直前まで雪で冷やしていたのか、少し濡れています。


「あの、この透明なお酒は?」

「珍しいでしょ! お米で作られたお酒、清酒だよ! しかも、清酒の名産地の極東から仕入れたヒモト酒っていう一級酒さ!」

「ほう、お米のお酒と」


 お米は聞いたことがあります。師匠が「お米を食べたい! 『そうるふーど』食いたい!」と、よく言っていましたので。


 まぁ、ともかくお酒です!!


 一緒に出された陶器製の小型の器に注ぎ、飲みます。


「……ああ」


 きめ細やかな飲み口に、ふくらみのある豊かな味。そしてその奥で仄かに香る甘み。


 こうして、数多の言葉を使えばこの美味しさを表現できるでしょう。


 しかし、ドワーフは言葉を尽くしません。


「美味しい」


 一言だけで十分なのです。


 あまりに美味しすぎて、瓶から直接飲もうとしました。


「お客さん! お猪口(ちょこ)に注がなくちゃ! それがヒモト酒の礼儀だよ!」

「なるほど!」


 陶器製の小型の器はお猪口というのですね。


 私はトクトクとお猪口にヒモト酒を注いでは、しっかりと味わって飲み続けます。止まりません。


「……アルめ」

「人のこといえないでしょう。ジュース信者さん」


 セイランが呆れた目を向けてきますが、彼女だってガブガブとフルーツジュースを飲んでいるのです。どの口が案件です。


「はい、おでんお待ち!」


 私たちが睨み合った瞬間、目の前に器がおかれました。興味はすぐにそちらに変わりました。


 器には、なみなみに注がれた汁に、卵、大根、串に通された肉などの具材が入っています。とはいえ、大半の具材は見たこともないです。


「これは灰色のはなんでしょうか?」

「この茶色い袋はなんだ?」


 首を傾げます。


「まぁ食ってみて! 絶対に美味しいから!」


 食べました。


「もにゅもにゅプリプリとして面白い食感ですね」

「!!」


 初めて食べた食感に驚きます。その珍しい食感に慣れてくると、その奥にある優しさが染み出た味に気が付き、心がほっこりとなります。


 隣を見ました。


「美味い、美味すぎるぞ! 神樹の若葉の和え物に並ぶ美味さだ!! とくにシイタケだ! 芯まで染みた優しく味わいのあるこの出汁がシイタケの旨さに深みを引き出している!! 素晴らしいぞ!!」


 はぐはぐ!! という音が聞こえそうなほど、セイランは無我夢中でおでんを食していました。


「おかわりだ!!」


 すぐにお代わりを注文します。


「からしはいるかい? おでんに合うよ。美味しいよ」

「からしがなんだか分からんがくれ!」


 結局セイランはおでん屋の殆どの具材を食いつくしてしまいました。小人(ハーフリング)店主は儲かったと笑っていました。


「ふぅ、食った」

「食い過ぎですよ」

「ヒモト酒を四瓶も飲んだお前には言われたくない」


 一時間ほど前に零時の鐘が響き、年越しが行われたため、人の数もだいぶ落ち着きました。街灯の明かりも少なくなり、屋台の殆どが撤収作業に入っています。


 ふと、夜空を見上げます。九つの月は浮かんでおらず、代わりに分厚い雲が夜空を覆っていました。


「雪だ」


 雪が降ってきました。それなりの量です。


 同時に体感温度が一気にさがりました。はぁーと息を吐いて手を温めます。


「これからどうする? 寝るか?」

「今から寝て日の出前に起きられるのですか?」

「善なる神々が叩き起こしてくれれば、あるいは」

「無理ですね。じゃあ、適当に街を散策して湖岸で日の出を待ちませんか?」

「いいな。なら、宿からティーセットなどを持ってこよう。体が温まる」


 宿にお茶の道具やお菓子をとりに戻ります。


 そして、深夜の街を歩きます。街灯は既に消えており、魔術で作った光の球体で辺りを照らします。


 セイランが急に立ち止まってしゃがみました。


「どうしました?」

「いや、可愛いなと思ってな」


 あるアパート前の階段の隅で小さな雪像が二つ、そっと寄り添っていました。


 一つは兎を(かたど)ったものでしょう。白い雪を固めて作った半球体の胴体に、耳と思しき細い緑の葉っぱが二枚に、目と思われる南天の赤い果実が二つ、付けられています。


 そしてもう一つは、雪を固めて作った大きな球体と小さな球体を重ねた雪像で、大きな球体には手と思しき枝が二つ付けられ、小さな球体には枝や南天の赤い果実で顔が表現されていました。


「こっちはなんですか? 人?」

「雪だるまだな。ヒューマンたちが雪の時期によく作る雪像だ」

「へぇ」


 ドワーフには無かった文化です。


 面白いと思い、ジッと雪だるまを見つめました。すると、セイランが首を傾げます。


「作るか? 時間ならある。雪も降っているし、大きいのが作れると思うぞ」

「ぜひ!」


 セイランが近くの雪を手ですくいます。


「まず、こうやって丸めるのだ。そして雪の上を転がして」


 積もった雪の上に、小さな雪の球体を転がしていきます。すると、少し大きくなりました。


「これを繰り返していくのだ。ちょうどいいし、湖岸まで転がしていこう」

「分かりました」


 転がします。


 一時間もすれば、私の腰ほどまでの大きさのある雪だまが作れました。


 雪でかじかむ手を息で温めます。


「アタシも押そう」

「お願いします」


 二人で雪玉を転がし、遠回りをしながら湖岸まで進みます。


 もう一時間ほどして湖岸に到着しました。その頃には、雪玉は私の身長に並ぶほどの大きさになりました。


「これが胴体でいいだろう。次は頭の部分だな」

「はい」


 小さな雪玉を作って転がし、一時間ちょっとかけて街を一周して湖岸に戻ってきました。


 胴体の雪玉の上に一回り小さい頭の雪玉をおき、近くで拾った枝と石ころで手と顔を作ります。


「よし、完成だな」

「ふふん」


 立派な雪玉に私たちは満足げに頷きました。


 そして冷えた手と体を温めるため、湖岸で火を焚き、お茶にします。土魔術で作った椅子に座りながら、水平線が見える湖面を見つめました。


「広いですね、この湖」

「地図を見た感じ、フルーア王国では一番大きな湖らしい」


 降り続けていた雪は既に落ち着いていて、分厚い雲は風に流されています。


「この調子なら、夜明け頃には雲一つなくなっているだろう」


 自然に愛されているエルフの天気予報の的中率はとても高いです。便利です。


 お茶を飲み、ふぅっと一息吐きます。焚火で手を温めながら、日の出を待ちました。


 数時間後。


 ちょうど日の出前。終りと流転の女神(カロスィロス)さまに手のひらを合わせていますと、人が湖岸に集まってきました。


 そしてしばらくして、水平線の向こう、雲一つない空が白み始め、それが徐々に顔を出しました。


 とろりほろりと燃えるそれによって湖面が揺らぎ、温かな光が世界を照らし始めるのです。


 そして数十分近くかけて、それ――太陽がその全貌を見せました。ヒューマンの言葉でご来光というらしいです。


 多くの人々が歓声にわくなか、私たちは静かに目を伏せました。私は手のひらを合わせて、セイランは手を組んで、神々と精霊に感謝しました。


「……ふぅ。じゃあ、セイラン。帰りましょうか」

「あ、ちょっと待て。これをやる」


 土魔術で作った椅子を消してその場を去ろうとしたらセイランに止められ、あるものを渡されました。


「……手袋?」


 それは不格好な手袋でした。手慣れていない者が作ったのだと一目でわかります。そしてそれが誰なのか、直ぐに思い当たりました。


「セイランが……?」 

「あ、あれだ。針の魔法具(アーティファクト)を使いたくて、自分用に作ってみたのだが、ほんのちょっと(・・・・・・・)上手くいかなくてな。不格好のは自分で使いたくないし、それでお前にやろうかと。寒そうにしていただろう?」

「失敗作を押し付けないでくださいよ」


 口早にそう言ってそっぽを向きながら耳の後ろをポリポリとかくセイランにジト目を向けました。視線を外し、不格好な手袋を手に嵌めます。


 ぴったりでした。私と彼女の手の大きさは違うはずなのに。


 ……まったく。いつの間に作ったのやら。というか、雪だるまを作っている時に渡してくださいよ。寒かったんですから。


 けど、ひげに覆われた口許(くちもと)は緩んでいて。


「とっても温かいです。ありがとうございます、セイラン」

「そ、そうか。別にお前のために作ったわけではないが、まぁよかった」


 ……なんて古典的な誤魔化し方でしょう。


「あ、やめろ! 何するんだ」

「いいじゃないですか」 


 飛行魔術で少し浮いて、その長い耳を真っ赤にしたセイランの頭を撫でました。


 彼女は少しだけ抵抗しましたが、直ぐに受け入れます。


 仕方ないから撫でさせてやる、という不満を表しているのか唇を少し尖がらせながらも、心地よさそうに目を細めています。

 

 そして私たちは朝日を背に、ゆっくりと宿に戻りました。

いつも読んで下さりありがとうございます。

面白い、また少しでも続きが気になると思いましたら、ブックマークやポイント評価を何卒お願いします。モチベーションアップにつながります。

また、感想があると励みになります。

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