第23話 ツッコントビウオ
ヘルム都市を出た私たちは、フルーア王国の王都へと繋がる石畳の街道を歩いていました。
「少し冷えるな」
「軟弱ですね」
足首の高さまで雪が降り積もり、石畳を覆い隠しています。横を見やれば、雪の厚化粧をした平原が広がっています。
中天を越えたお日様の陽光はそれなりに温かいですが、それでも軟弱なエルフにとって堪える寒さなのでしょう。防寒着を着て手袋までしているというのに、まったく。
もちろん、ドワーフはエルフみたいに軟ではありません。適度に脂肪の乗った筋肉があれば、防寒着や手袋がなくてもこんな寒さ――
「……寒い」
凍えるほど寒い風が吹き荒れました。体をブルリと震わせ、かじかむ手に息を吐きかけます。
セイランが鼻で笑いました。
「お前こそ軟弱だな。筋肉が足りてないのではないか?」
「細身の癖してよくいいますね」
「太ければいいといわけではない。密度が重要なのだ。……とはいえ、寒いのには変わりはないが。体がポカポカする魔術でもないか?」
「自前の筋肉でどうにかしてください。カチカチに密度があるのでしょう?」
「カチカチではないぞ!」
「どうだか」
闘法による身体強化なしで、大剣と巨斧を背負うほどの筋力があるのは確かなのです。
どう考えてもカチカチに違いありません。アダマント並みの硬度を誇るかもしれません。
「阿保抜かせ、そんなわけないだろうっ」
「どうだか。というか、そんなに寒いなら風の魔法で冷たい空気を遮断すればいいだけでは?」
「ずっと使い続けたら魔力の消費がバカにならないだろう」
大きな街道なので、そうそう魔物が出ることはないでしょうが、万が一があります。
特に雪が積もった冬の今に活動する魔物は、総じて強い魔物ばかりです。縄張りが広かったり、常に移動する魔物だったり。
遭遇する可能性はあるのです。
実際、私の魔力探知にも魔物の反応がいくつかあります。全てが私たちを伺っている様子でした。
「セイラン。どうしますか?」
「無視でいい。よほどの事が無い限り、街道に近づこうとは思わんだろう。なんせ、善なる神々の祝福がある」
セイランは足元の雪をどけ、石畳を露出させました。
「ちょうど、この石だな。他のと色が違うだろう」
「確かに」
「魔物避けの恩寵法が込められている特別な石だ。これを数十メートルおきに街道に設置して、安全性を確保しているわけだ」
私の記憶が正しければ、魔物避けの恩寵法は高位であり、使い手はそこまで多くはないはずです。
しかも、魔物避けの恩寵法は一時的なものです。聖女などといった高位の神官が行使していない限り、もって二週間ほど。
メンテナンスにかなりのコストがかかります。
つまり、そのコストを支払ってでも安全を維持したいほど、この街道は国にとって重要だというわけです。
「この街道はフルーア王国の主要な都市を通っている。つまり経済を支えているのだ。それに防衛的にも重要な街道だ」
「防衛?」
「フルーア王国は魔境に多く接している。だから、魔之宴が発生した際に、いち早く騎士団を派遣できるように街道を整備しているのだろう」
「詳しいですね」
「地図を見れば、簡単に分かる事だ」
それから半日ほど歩き続けます。
かじかむ手に何度も吐息を吹きかけていたら、セイランが馬鹿にするように「アタシの息もかけてやろう」と言って顔を近づけてきたので、彼女の頬に手を当てます。
「ひゃいっ!」
「すごく温かいですね。これがアダマント並みの筋肉から放出される熱量ですか」
「だから、そんなに硬くないぞ! というか、そこ顔だろう! 触るな!」
彼女は可愛らしい悲鳴とともに、飛びのきました。
その反応が面白く、手を伸ばして彼女の頬をもう一度触ろうとすれば、ものすごく怒られました。
「お返しだ!」
「ひっ」
お返しされました。冷たい手が頬に当たります。
冷たくて逃げました。セイランが追いかけてきます。
「ん? あれは」
「宿場だな。もう着いたのか」
そんな鬼ごっこをしていたらいつの間にか、商人や旅人が寝泊りする宿場が見えてきました。
その入り口には列ができていました。隊商や旅人、冒険者など多種多様な人たちが並んでいます。
どうやら宿場に入るための手続きをしているようです。
私たちもその列に並ぼうとして。
「グフウ」
「分かっています」
その場を飛びのきました。
「キエェーーー!!」
悲鳴のような鳴き声と共に、同時に二十センチメートルほどの細い魚が空から落ちてきて、剣のように長く鋭い吻がドスンと石畳に突き刺さりました。
しかも、それは一匹だけでなく、三十匹ほどの魚が私たちめがけて次々に落下してきます。
全て躱します。三十匹ほどの魚が全部街道に突き刺さりました。
「魔物は襲ってこないと言ってませんでした?」
「よほどの事がない限りと言っただろう」
今がそのよほどの事というわけですか。
列に並んでいた商人たちは驚き、また護衛なのか、冒険者たちが戦闘態勢をとりました。
「それで? この魚の魔物は?」
「詳しい種は分からないが泳空魚に属しているのは確かだろう。千匹くらいの群れで空を回遊するのが特徴だ」
「三十匹ほどしかいませんが、はぐれでしょうか?」
そう首を傾げた時、急に空が暗くなりました。
「……おぅ。凄い数」
黒々とした雲、もとい泳空魚の群れが高度五百メートルほど上空にいました。太陽を覆い隠します。
上空への魔力探知を怠ったつもりはなかったのですが、あれだけ大きな群れなのに視認するまで探知できませんでした。魔力隠蔽が得意なのでしょう。
泳空魚の群れは上空でベイト・ボールを形成し始めます。
宙を泳ぎ群れに戻ろうとした三十匹の泳空魚を大剣で切り払いながら、セイランは戦闘態勢をとった冒険者に向かって声を張り上げます。
「アタシはセイラン。戦士で六月灯冒険者だ。こっちはグフウで、アタシと同格。魔術……魔法使いだ!」
「魔術師ですよ」
「面倒だから黙っていろ。……戦闘の協力を要請したい!」
冒険者の中でも一番強い、眠たそうな羊人の女性冒険者が頷きました。
「戦闘に協力するメ。だが、私たちは貴方たちほど強くないメ。それにアレらは貴方たちを狙っているようメ! 援護に留めておくメ!」
「十分だ!」
連携がとれないわけではありませんが、初対面なので役割を分けた方が事故が少なくてすみます。
「来るぞ!」
「〝斉唱〟、〝魔の光よ。翔りて穿て――魔弾〟」
ベイト・ボールから次々に泳空魚が急降下してきます。落下による加速もあって、かなりの速度です。
そして数の暴力。二十の魔術陣を浮かべて〝魔弾〟を連射して撃ち落としますが、処理しきれません。
私は飛行魔術で、セイランは走って降り注ぐ泳空魚を避けます。
「ん? あれ?」
「ちょ、お、おいっ! どうしてアタシだけなのだっ!?」
泳空魚はセイランにだけめがけて急降下します。私や他の冒険者には目もくれません。
セイランは驚きながら、街道を外れて雪の上を疾駆して逃げ回ります。地面に突き刺さった泳空魚たちは、再びセイランめがけて飛んでいきます。
「確かグフウと言ったメ。あのエルフの仲間メよな?」
「はい」
呆然としていると、眠たそうな羊人の女性冒険者が話しかけてきます。
「あのエルフの鎧ってアダマントでできているメ?」
「いえ。そんな伝説の鉱物は使っていませんよ。鉄といくつかの鉱石による合金です。それがどうかしたのですか?」
「あ、いや。あれはツッコントビウオといって、冬になるとこの近辺に現れる泳空魚なんメが、アダマント並みに硬い金属に突っ込む習性があるメ」
「なんでまたそんな変な習性が」
「群れのボスを決めるためメ。硬い金属に一番深く突き刺さったやつがボスになるんメ」
彼女は首を傾げます。
「毎年ならこのままシュトローム山脈に移動して、金剛亀に突撃するんメがな」
「ん? 金属ではないのですか?」
「アダマント並みに硬ければ生き物でもいいメ。だから、不思議メ。金剛亀みたいにアダマント並みに硬い魔物ならともかく、どうしてエルフを」
……もしかして。
泳空魚たちから逃げ回るセイランに声を張り上げて聞きます。
「セイラン!! 貴方の筋肉って古竜の爪も防げますかッ?」
「なんだ、急にっ! ってか、早くこいつらを倒してくれ! 今のアタシだと力加減をミスって宿場まで破壊しそうなのだ! 呪いが暴走する!!」
呪いってなんですか。まぁ、いいや。
「いいから、答えてください!! そしたら、どうにかしますから!」
「っ! 闘法ありきだが、全力で守っていれば防げるぞっ!」
アダマントは古竜の爪撃すらも防ぐほどの硬さがあると言われています。
つまり、逆説的に。
「やっぱり貴方の筋肉、アダマント並みに硬いじゃないですか!」
「おい、こら! 乙女に硬いなんていうな! アタシは硬くない!!」
「乙女?」
「ッ! オアオオエオイリェッテ!! ウウィンワオ!!」
「え、なんて? エルフ語はちょっと……」
「分かっているだろう、お前! ああ、もう! とにかく、あとで覚えていろ! ぶっ殺してやる!」
「オーガみたいな顔になってますよ」
怒り狂うセイランを宥めつつ、他の冒険者たちと協力して地面に突き刺さった泳空魚たちを倒していきました。
そしてその日の夜、宿場では魚パーティーが開かれました。
その隅でセイランがひざを抱えて「そんなに硬くないもん……」と不貞腐れていました。私に怒鳴る余裕すらないほど落ち込んでいるようです。
「せ、セイラン。調子に乗り過ぎました。ごめんなさい」
「……ヤだ」
「ほ、ほら。蒼夢花の花束です。どうですか?」
「……ほかは?」
「か、肩をもみましょう」
色々と尽くして、ようやく機嫌をなおしてくれました。
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