婚約破棄の花言葉
今日は私の婚約者であるダニエル・モンステラ第一王子18歳の誕生日パーティー。花が大好きな彼のために、貴族からのプレゼントとして部屋の中はたくさんの生花が飾られている。部屋を見回すと隅っこの方に私が採花したピンクのマーガレットがひっそりと佇んでいた。
「マーガレット様!相変わらず綺麗な光景ですね!」
横で専属侍女のメリーがはしゃいでいる。あえて口には出さないけれど、綺麗というよりは騒々しい光景だと思うわよ、メリー。
貴族として王子に取り入ろうと目立とうとするのは結構なことだけれど、派手な色や独特な匂いの花ばかり選出するのは止めていただきたいものね。様々な色合いに目がチカチカするし、主張の激しい匂いに脳がクラクラしてしょうがない。
「今日は私のために集まってくれてありがとう。心の底から嬉しく思うよ」
中央の壇上に私の婚約者のダニエル王子が登り、皆に向かって爽やかな笑みを浮かべる。
いつもの社交辞令スマイルね。本当に心の底から喜んでいるときは、知能指数の低い無邪気なおサルさんみたいな笑顔だもの。あれで学年首席なのだから不思議だわ。
「さっそく乾杯といきたいところだが、ここで皆に伝えておかなければならないことがある」
ダニエル王子はそう言って一呼吸おく。
何を続けるつもりか分かっているけど、一応驚いた表情をする準備でもしておこうかしら。
「私ダニエル・モンステラは、マーガレット・バスティアンとの婚約破棄を宣言する」
わあ、びっくりー
周りの人々は、一部の貴族を除いて驚きざわめいていた。一部の貴族、もといサバージュ公爵家に関係のある者達はニヤニヤと笑っている。
隣にいるメリーもダニエル王子の発言におろおろしていた。
「理由をお伺いしても?」
私は一応理由を尋ねる。
「貴様の父、バスティアン公爵はテーゼ帝国に国家機密を横流ししていたのだ」
「……つまり私達バスティアン公爵家の者は国家反逆の疑いがあると?」
「そうだ。バスティアン公爵の身柄は先ほど確保した。お前も今から証拠を精査するまで王国騎士団によって監禁させてもらう」
「そうですか。では一つだけお願いがございます」
私は隣でおろおろと震えているメリーの肩を掴んで言った。
「どうせバスティアン公爵家の者は全員監視対象なのでしょう?でしたらメリーも一緒の部屋にしてくださいませ。一人だと心細くて堪らないので」
*****
「ダニエル王子様ってば酷すぎます!」
メリーは椅子をキイキイ言わせながら大きな声をあげる。
騎士団に連れられた王宮の端にある小屋は庭師の作業道具を常備してあるところで、まともな家具は固い木でできた椅子が二つあるだけだった。
「仕方がないわよ。理由も正当なものだし」
「マーガレット様は冷静すぎます!」
「メリー、あまり大きな声を出すと外の王国騎士達に聞こえるわよ」
「で、でも私は旦那様がテーゼ帝国に機密情報を漏らすとはとても思えません」
確かにメリーの言う通り、私の父が国家反逆なんて起こすわけがない。もちろん別に愛国心が強いとか信頼できるような人柄とかそういうわけでもない。
ただ臆病者なのだ。どうしようもない程にビビりなのだ。
国家反逆なんて企んだ日には、父の心臓は三個ほど潰れてしまうだろう。
「そうね。どうせサバージュ公爵が何かしたのでしょうね」
「サバージュ公爵ですか?」
「昔から何かと我が家に敵対心を向けてたし、今日のパーティーでもサバージュ公爵家の関わりのある貴族達は王子の発言に驚いていなかったしね。もしかしたら事前にダニエル王子と何か話をしたのかもしれないわ」
「そ、そんな……私達はこれからどうなるんでしょう。もしかしてしょ、処刑に……」
メリーは椅子にへなへなと力無く寄りかかった。まるで骨が無くなって軟体動物になったみたいだ。
「大丈夫よメリー。今夜、隣国のブルムンガ王国から迎えがくるから」
私のポツリと呟いた発言に、メリーはとても驚いた顔をした。メリー、驚いたのはわかったからそろそろ口を閉じなさい。
でもメリーが驚くのも無理はない。今まで我がバスティアン公爵家はブルムンガ王国と関わったことは一切ない。それは私よりも家の事を任されているメリーがよく知っているからだ。
しかし知らないのもこれまた無理のない事だ。
なぜなら、ブルムンガ王国から迎えなど来ないからだ。
*****
監禁されてから数時間は経っただろう。
椅子の固さのせいでお尻が痛い。いつもはおしゃべりなメリーも、充電が切れたみたいに静まり返っている。正直ありがたい。
ガチャガチャ
不意に小屋の扉から音がする。だらけていたメリーは驚かされた猫のように椅子から飛び上がる。
キィー、という音と共に小屋の扉が開いた。外には体だけでなく頭まで黒い服で覆った人が、静かに立っていた。
「な、何者ですか!?」
台詞はカッコいいよメリー。だけど私に隠れながら言うのはどうかと思うわよ?
「マーガレットサマ、メリーサマ、ムカエニキマシタ。『ルニエ』トイイマス」
ルニエと名乗った黒ずくめの人は、ゆっくりとお辞儀した。外には王国騎士が何名かいたはずなのに、姿がまったく見えない。
「ブルムンガ王国からの迎えの者ね。メリー、行きましょうか」
私は震えてうずくまっているメリーを引きずって、ルニエの後に続いた。
ルニエによるとモンステラ王宮には隠し通路があるらしい。なぜ隣国のブルムンガ王国の者が我が国の王宮に詳しいのか小一時間問い詰めたかったが、今さらそんなことを言っている場合ではない。
「これが隠し通路……すごいです、ルニエさん!」
「オオキナコエ、ダスナ」
先ほどまで隅っこで震えていたとは思えないぐらい楽しそうね。隠し通路の壁を触っては何度もすりすりしている。まるでマーキングね。
「ココカラソトニデレル」
ルニエさんの方を向くと蔓や蔦がまとわりついた、ずいぶんと古そうな扉があった。いくつか花も咲いている。ダニエル王子が喜びそうだ。
「これで逃げられるんですか!?」
「オオキナコエ、ダスナ」
「ありがとうございます、ルニエさん!」
会話が通じてない。さすがメリー、無敵ね……
「楽しそうなお話だな。わしも混ぜて貰おうかな」
!?
後ろを振り返るとそこにはサバージュ公爵と公爵騎士が何名かいた。
「いったいいつから……」
「才女と名高いマーガレット嬢でもこの程度か」
私の呟きにサバージュ公爵は眉をあげてそう言った。鼻にかけたような、鬱陶しい言い方だった。
「……もういいぞ。どうせ終わりだしな」
サバージュ公爵は私達に向かってそう呟く。
何をいって……
「やっと終わりですか?本当に疲れましたよ」
……メリー?
「あれ?その顔まだ理解できてないんですか、マーガレット様?」
メリーはそう言って、サバージュ公爵の方へ歩いていく。
「私、サバージュ公爵家の密偵なのよ」
「め、メリー、何を言ってるの」
「本当に馬鹿なのねマーガレットって。私が騙していたことに十年も気がつかないなんて」
「……今までの全て嘘だったの?苦しい日だって嬉しい日だって一緒にいたじゃない!誕生日には花を贈りあったりしたじゃない!」
「そうよ!今までのぜ~んぶ嘘!あなたが去年誕生日にくれたダリアって花、嬉しいって泣いて喜んでいたけど、本当はあの後すぐに踏み潰して捨ててま~す」
「メリー……」
「あ、ち・な・み・に、テーゼ帝国に機密情報を漏らしたのも私、あんたの父親に罪をなすりつけたのも私、この場所をサバージュ様に教えたのも私」
「なんでそんな……」
「だから、サバージュ公爵様に雇われてるの!本当にあなたって馬鹿なのね。そういう意味ではあの糞王子お似合いだったわね」
メリーがケタケタと声高らかに笑う。それにつられるようにサバージュ公爵やその周りの騎士もニタニタと笑う。
馬鹿ね。
本当に馬鹿ね。
……メリーって本当に馬鹿ね。
「だそうですよ?ルニエ、いやダニエル王子?」
私はルニエ、もといダニエル王子の方を見る。彼はゆっくりと頭に被っていた黒い布をはがす。
「さてさて、真犯人はサバージュ公爵だったのかー。びっくりだなー」
ダニエル王子が棒読みでそう言った。向こうの人々はポカンと口を開けたまま固まっている。
そう、今までの婚約破棄からの流れは全て演技だったのだ。メリーが犯人であると気がついた私はダニエル王子に相談し、その雇い主であるサバージュ公爵を釣るために一芝居うったのだ。メリーやサバージュ公爵はそれにまんまと踊らされていたのだ。
今度はこちらがニタニタとする番だった。
「そういえば私のあげたダリアの花を踏み潰したって言ってたけど、あれの花言葉しってる?ダリアの花言葉は『移り気』『裏切り』、あんた達にお似合いの花ね」
「マーガレット!!」
メリーが大きな声で怒鳴る。オオキナコエ、ダスナ。
「だ、だが、わしらがあいつらを殺せば話は別だ!お前ら殺せ!王子は錯乱したマーガレットに殺されたとでもしておけばよい!」
呆けて間抜け面をさらしていたサバージュ公爵は、我にかえって周りの騎士に命令する。命令を受けた騎士達は、私達の方へ構わず飛びかかってきた。
命令する方も指示に従う方も大概馬鹿だ。私達が誘導した状況に陥っている時点で、この場合も想定済みだ。
バタン!
合図を送った瞬間、古びた扉が勢いよく開く。そこから今か今かと待ち構えていた王国騎士団が、雪崩のように押し寄せてきた。
公爵騎士は私達に気付かれないように数人程度しかいないのに対し、王国騎士団は無尽蔵に扉からでてくる。もはや結果は見るまでもない。
「くっ、に、逃げるぞ!」
それも想定済みに決まっているでしょ?
通路の入り口側からも王国騎士団が時間差で押し寄せてくる。そうして国賊のサバージュ公爵、メリー、その他騎士達はあっけなく捕まることとなった。
*****
「マーガレットのお陰で国の癌を一掃できたよ」
ありがとう、とダニエル王子が一礼する。
「いいわよ。それになんだか楽しかったし」
「それは確かに同感だよ。もしかしたら僕、役者の才能があるのかもしれないって気がつけたし!」
「……それはないわ」
婚約破棄を告げるときも、ルニエのときも、結構棒読みでばれないかとひやひやしたものだ。それに設定にも無理がありすぎる。正直ばれなかったことが奇跡だと思うわよ?
「ごほん。ほんとありがとう」
「いいわよ。私の家にとってもやらなければならない事だったし」
「そ、それもだけど……」
「それもだけど?」
「……そのピンクのマーガレットをくれたの君だろう?」
私は顔が急速に赤くなっていくのを感じる。
「し、しらないわ!」
「でも花の摘み方が君の「知らないって言ってるでしょ!!」
私はダニエル王子の声を妨げ、柄にもなく大きく声を張り上げる。
ピンクのマーガレットの花言葉は『真実の愛』
もちろん花言葉を知っているダニエル王子は、無邪気なサルみたいにニッコリ笑った。
「婚約破棄の花言葉」を読んでいただきありがとうございます!少しでも面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価をしてくださると嬉しいです!
改めて読んでいただき誠にありがとうございました!