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希望を捨てし身売りの少女

作者: いと

 一切の希望を捨てよ。他人を信じるな。自身だけを信じ、経験から得た知識のみを糧とせよ。唯一育ての親から教えてもらった言葉であり、今でもそれだけを頭に刻みながら生きている。

 育ての親は他人かどうかという部分に関しては、キリが無いから割愛。所々で割り切らなければ、何もできないだろう。


 未来に希望が無い者の表情はすぐにわかる。

 目に輝きが無く、対象物を見ていない。何かを考えているように見えて、何も考えていない、そんなボヤけた状態だ。

 この世界では犯罪で牢屋に入れられた者よりも、奴隷として売り飛ばされた者の方がその表情をしている。生まれてすぐに売り飛ばされた者よりも、多少の教養を得てから売られた者の方が、色々と理解している。


「おやお嬢さん。ここは君のような子供が来る場所じゃないよ?」


 ブクブクに太った奴隷商人が話しかけてきた。奴隷商人はそれなりに金持ちになるのだろうが、かと言ってそこから貴族になる事例は今のところ無い。あるとすれば、奴隷の商売で得た金で別の商売を行い、過去を捨てた者だろう。


「残念ながら『クー』は客だ。君の大好きな金を見せれば問題ないかな?」


 自身に呪いをかけて寿命を延ばす代わりに、肉体の成長を止めてしまった。よって代償として少女のまま止まっている。このせいで酒場に行けば止められ、本人確認では第三者が必要になる。まったく面倒だ。

 あらゆる知識や経験を得ても、未知の物は存在する。不老不死なんてものが今手に入るか今後一生手に入らないかを選択させられた場合、迷わず前者を選ぶのが『クー』だ。永遠に知識を得られるチャンスに恵まれれば、肉体年齢が変わらないくらいのデメリットは可愛いものだ。

「これは失敬。お金があれば誰でもお客様です。ですが、私の店では購入後のお客様の保証はありませんよ?」

 奴隷は主人を殺さない。そんなご都合主義は存在しない。魔術や悪魔の呪いを使えば従わせることはできるが、それができるのなら奴隷商人では無く、もっと別の方法で金を稼ぐだろう。

「良い品があれば後日支払いに来るさ。今日は下見に来ただけだ」

「そうですか。まあ良いでしょう。こちらです」

 そう言って地下の倉庫へと向かった。


 ☆


 薄暗い地下倉庫は、それなりに掃除はされていた。奴隷商人の売り物の奴隷の今の主人は奴隷商人である。故に主人である奴隷商人が不愉快だと感じないよう奴隷は奴隷が住む奴隷の倉庫を綺麗に掃除する。うむ、奴隷奴隷と何度出てくるのだろう。


 掃除はされていると言っても最低限のものだ。どこかで拾った布や箒で塵をかき集めて捨てる程度で、一般的な清潔とは程遠い。

 鉄の檻からこちらを見て、最初の三秒は客だと思って目を輝かせるも、クーの見た目から勝手に客ではないと判断して、床に座る者がほとんど。なかなかに滑稽な状況に笑えてくる。これでもこの中では一番年上だと思っているんだがな。

「なるほど。商品を選ぶ上で相手が人だった場合、その姿は一つの情報を得る材料になるのですね」

「勝手に何を解釈しているのかわからないが、クーは元からこの姿だ。魔術を使って小さくなったわけではない」

「存じていますよ。ですが、奴隷の反応を見て、従順そうな奴隷を選ぶ場合は、貴女のその背丈は良い情報。特に初見で貴女が相当金持ちだとは思わないでしょう」

「そうか。だが残念なことに君のその発言で全てが崩れた。ほれ見ろ、そこの奴隷は最初こそ客だと思ってクーを見たが、客では無いと思って興味を無くした。しかし金持ちだと知った瞬間興味を持ち始めたぞ?」

「これは失敬。お客様の邪魔にならないように、今後気を付けます」

 今後は無い。取返しが付かない状況というのは今を指す言葉である。


 仕方が無いため、情報を一つ増やしてやろう。

「それにしてもここにいる奴隷はどれも感情豊かだ。クーの実験には不向きだな」

「はて、実験と言いますと?」

 クーの言葉に奴隷商人と周囲の奴隷たちは興味を持った。


「人体実験。それと手足の構造を知るための解剖。最近は髪も売れるから、頭だけは保管して髪の栽培を少々……おや、どうしたのかね?」


 奴隷商人と奴隷は一気に顔を青ざめてしまった。ふむ、さすがに言い過ぎたか。そもそも髪の栽培をするくらいなら植物の繊維を取った方が手っ取り早いし空気を綺麗にするから一石二鳥だ。

「流石にそれはバレると貴女の身が危険では?」

「奴隷商という非合法な商売をしている君がそれを言うのかな? それに『商品』をクーが買ったら、それをどうしようが関係なかろう。クーが購入した人っぽい何かで実験をしただけだと言えば良い」

「そうでしょうか……ちなみにその実験で命はどうなるんですか?」

「それは……おっと、企業秘密だ。君との会話は何故か話過ぎてしまいそうになるな」

 軽く笑うと、奴隷商人も苦笑した。そして周囲の奴隷は壁に寄りかかって震えた。


「クーも人の心は持っている。元気で感情豊かな人間を実験で使おうとは思わない。叫んで暴れてもしたら支障が出てしまうからな。そうだな……心が壊れた奴隷なんかがいれば、クーの財布の紐は緩むかもしれないな」

「そ、そうですか。一応一人だけいますが、会ってみますか?」


 ほう。いるのか。


「是非会わせてくれ」

「かしこまりました。おい、そこの三番。五十五番を連れて来い」

「はい!」


 そう言って、震えていた奴隷は部屋の奥から、少女を連れてきた。

 背丈はクーと同じくらい。しかし目には輝きが無く、目を見ようとしない。最低限歩くために必要な情報を得ているくらいで、後は何も考えていないのだろう。

 まるで幼い頃に捨てられた自身を見ているかのようだった。捨てられた直後に育ての親に拾われるも、書斎に閉じ込められ、本を読むことと食べること以外を禁じられたあの頃のクーと近い。

「君は仮にクーが買い取った場合、五体満足とはいかない体になっても良いかい?」

 その質問に少女は軽くうなずいた。

「奴隷商人が今の合意の証人だ。さて、君の手足を取った時に君が弱音を吐かないと誓うかい?」

 その質問に少女は小さな声で答えた。


「わかりません。手足が無くなったことがないので」


 ますます興味が出てきた。

 五体満足にはいかない姿になっても良い。しかし弱音は吐くかもしれない。そういうことだろうか。

「あの、お客様……」

「おい、奴隷商人」

「はい!」

「これを買う。いくらだ」

「え!?」

 金貨が入っている巾着袋を机に乗せると、奴隷商人は慌て始めた。

「後日と伺っていましたが?」

「これくらいは許容範囲だ。男や異種族なら考えるが、見たところヒト種のメス。パッと買って実験をしたいと思ったのだよ」

「わ、わかりました。ではこれくらいです」

 そう言って奴隷商人は紙に値段を書いた。なぜ声に出さないのかと思ったが、他の奴隷に価値を聞かれたくないのだろうか。奴隷の業界はわからないものだ。


「うむ、では即断即決。購入したからこれは持って帰るぞ」

「ありがとうございました。では、軽く水洗いを」

「不要だ。このまま持って帰った方が、実験材料として価値があるからな」

 強引に意見を通した。あまり学会などでは使わない手法だが、理論や倫理が存在しないこの業界では多少強引でも通るだろう。

「承知しました。またのご利用をお待ちしております」


 ☆


 背中に布のようなものを置かれ、その感触に気が付き目が覚めた。どうやら居眠りをしていたようだ。

「おはようございます。クアン様」

「うむ、悪い、寝ていた」

「何も悪くはございません。クアン様のお時間はクアン様が決めることです」

 そうは言っても、自身のスケジュールは今や他人が決めているようなものだ。

 貴族の集まりなどは出席しなければ溝が生まれるため、出なければいけない。何もしなくても予定が沸いて出てくるのは、どうも不自由である。

「『フォル』が来てからちょうど百年か。懐かしい夢を見ていたよ」

 メイドのフォル。かつてクーの助手をしていた者の名前から少し取り、仮の名として付けたが、まさかそこから百年も仮名で呼ぶことになるとは思わなかった。

「百年もクーのメイドとして働いているし、何か記念のイベントでも行うかい?」

 そう聞くと、フォルは首を傾げた。


「クアン様が行いたいのでしたら構いません。私はクアン様の命令なら全て行う人形です」

 人形だと頭に刻んだのもクーだ。


 助手として購入した日に知り合いの悪魔に依頼をして、フォルを人間では無い存在にした。

 その方法は成功する確証なんて無い。成功しても会話ができる保証も無い。知り合いも成功した事例は数回だけで、失敗した数は数えていないと言っていた。

 本来耐え難い痛みを受けるとのことだが、フォルは表情を一切変えなかった。むしろ清々しい表情で儀式を終えて、不老不死を得た。クーがフォルを恐れた数少ない瞬間である。

「悪魔となって自由を奪われた百年、今でも君は将来に希望があると思っているかい?」

 その質問にも首をかしげて答えた。

「これまでも、これからも将来に希望なんて持ったことはありません。言われたことを行い、それ以外は掃除や洗濯をするだけです。悪魔になったからと言って何かが変わったわけではありません……あ」


 おや?

 何か一つ思い浮かんだ現象があったのか?


「悪魔になって何か変わったことがあるのかい?」

「今まで不快かつ邪魔だった眠気がなくなったのは、私としてはとても良いことです。何もしない時間が増えたのは、良いことでしょう?」

 羨ましいものだ。

 知り合いの悪魔に依頼をしてクーを悪魔にしてもらったとき、ありえない痛みと長い時間の恐怖に襲われ、ようやく手に入れた不老不死なのに、何故か眠気だけは変わらない。そのあたりは個人差らしいが、クーは眠気に恵まれなかったようだ。

「君が幸せそうで何よりだ。引き続きよろしく頼むよ」

「幸せ……はあ、承知しました。クアン様が何をおっしゃっているのか理解できませんが、今後もできる限りのご奉仕を行います」

 壊れた少女をさらに壊した結果、従順な壊れた人形が誕生してしまったが、果たしてこれが良い展開だったかどうか、クーにはわからない。


 了

 こんにちはーいとです。

 久々になんとなく思いついた物語。とりあえず頭に浮かんだ文章をひたすら書いた感じとなりましたが、何か着地点があったわけでもなく、かといってここから何か続くわけでもない、そういう物語が書きたいと最終的に思い、投稿してみましたー。

 ほんわかと創作活動は続けておりますので、引き続きおつきあいいただけたらと思いますー。

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