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商業化作品

【ノベルアンソロジー】冤罪で獄死したはずが死に戻りました。大切な恩人を幸せにするため、壁の花はやめて悪役令嬢を演じさせていただきます。お覚悟はよろしくて?

「ルイーズ嬢、最近の君の発言は目に余る!」

「まあ、ジリアンさまったら。そう怒らずとも良いではありませんか。何か問題でも?」

「問題しかない!」


 王太子の側近である侯爵令息ジリアンの言葉に、伯爵令嬢ルイーズは小首を傾げてみせた。ここは貴族の子女が通う王立学園の一角。人気のない裏庭には、小さな池で戯れる鴨たちしかいない。


「それは、学園長先生に特殊な帽子は不自然過ぎるので、ありのままの姿を晒すべきだと話したことでしょうか」

「学園長先生が今朝の朝礼からカツラをやめたのはそのせいか。光が反射したせいで、笑い過ぎて酸欠の生徒が続出していたぞ」

「賑やかな朝の始まりでしたわ」


 ルイーズがうっとりと頬を染めれば、ジリアンが額に手を当て天を仰いだ。


「それとも、学食の質が低過ぎるので、職員の総入れ替えと食材の購入先の見直しの申し入れを行なったことでしょうか」

「自分の料理の腕を否定された料理人たちが騒動を起こしたのは、それが原因か」

「学園外の人気食堂の店主たちと料理対決をして、ぼこぼこにされたようですわね。おかげで、彼らの鼻っ柱も折れたようですが。取引先との癒着が判明しただけでなく、以降我が領で生産された物を納品させていただけることになりまして、ありがたい限りですわ。おーほっほほほ」


 ぐわぐわぐわぐわ。ルイーズの高笑いに合わせて鴨たちも一斉に鳴き出し、ジリアンはますます頭が痛くなった。


 料理人たちが騒ぎを起こしてから、逆に食堂の評判は上昇している。利用率の低さから撤廃も検討されていた食堂だったが、この度存続及び施設の拡張工事も決定していた。


「あるいは、王太子殿下と聖女さまが『運命のふたり』やらなんやらとさえずっていて鬱陶しいので、さっさと引き取ってほしいと中央神殿にクレームを入れたことでしょうか」

「やはり君なのか!」

「私、教室内で発情した猿の交尾を観察する趣味はございませんので」


 今世の聖女は平民育ちだ。そんな彼女は、マナー教育と人脈作りのために学園に放り込まれたのだが、人脈作りの前に王太子との子作りが始まりそうな状況だったためジリアンも頭を痛めていた。だがまさか、本人へのやんわりとした注意もすっ飛ばし、保護者の方に直接連絡を入れるとは。


「本人に言うよりも、ずっと効果的でございましょう? 我が家は敬虔な信者ですので、献金も頻繁にさせて頂いておりますの」

「生徒会の仕事を率先して手伝ってくれていることはありがたい。だが、どうしてそうも露悪的に振る舞うんだ。君なら、もっと穏やかに周囲の和を乱さないように生きることだってできるはずだ」


 学園は社交界でのやり取りの予行練習。それぞれの実家の力に頼ることなく、何事もまずは自分たちで解決に向けて動く場所だ。ルイーズのやり方は、あまり美しいとは言えない。そんなジリアンの指摘を彼女は笑い飛ばした。


「他のかたの迷惑にならないように生きていたところで、死ねば終わりですのよ。『良いかたでしたのに』と言われるのは、『どうでも良いかたでしたのに』と言われるのと同じです。ならば私は自分の好きなように振る舞いますわ。そもそも、適切な時期に適切な権力を利用できるかということは大切だと思っております」


(何事も命あっての物種でございますしね。それにしても、やはりジリアンさまはお美しいですわ。このお姿を見るために生き返ったと考えて間違いありませんわね)


 不穏なセリフは胸の内に留めたまま、ルイーズは苦悩していても麗しいジリアンを堪能していた。



 ***



 伯爵令嬢ルイーズには、一度死んだ記憶がある。


 聖女及び王太子の婚約者へ嫌がらせを行なったとして、卒業式後に行われた夜会で拘束され、そのまま獄中で死亡したのだ。


 元来口下手で引っ込み思案なルイーズが、そんな大それたことをするはずがない。夜会の最中に突然王太子が自身の婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたときも、新たな婚約者として聖女を迎え入れると宣言したときも、ルイーズは壁の花として大人しく茶番を見守っていた。公爵令嬢自身が、王太子の愚行の後始末をつける羽目になるのだろうと気の毒にさえ思いながら。


 公爵令嬢はポンコツ王太子を王として擁立するために、政治的な思惑で婚約者となったのだ。彼女抜きで王太子が国王となることはないし、そもそも聖女の座にある限り聖女は婚姻を許されない。どう転んだところで茶番は失敗に終わるはずだった。


 残念ながら、王太子は予想以上にポンコツだった。公爵令嬢にことごとく論破され、進退窮まった王太子は、この一連の出来事をルイーズに唆されたのだとうそぶいたのである。ただ目が合っただけで、ルイーズは地獄に巻き込まれたのだ。


 けれどルイーズは信じていた。自分は悪いことなど何もしていない。要領は良くないとはいえ、他人の悪口など言わず、愚直に生きてきた。調べてもらえれば、身の潔白は証明できるはずだと。


 その考えが甘かったことを知ったのは、翌日のことだ。


 ルイーズの両親は泣きながら彼女に頭を下げに来た。王家は自分たちの面子を保つために、「悪役令嬢」の存在を望んだのである。大人しく、害のない、大人にとって都合の良い令嬢だった彼女は、優等生だったがゆえに生け贄に選ばれたのだ。


 公爵令嬢と婚約を破棄するため、公爵令嬢の仕業に見せかけて聖女に対して行なった多くの嫌がらせについても、すべてルイーズの責任となった。


 そしてそれ以降、彼女の元に訪れるひとは誰もいなくなった。たったひとりを除いては。


 それが侯爵令息ジリアンである。彼は学園内の風紀を取り締まる立場として、常々目を光らせていた。悪魔のように小煩く、一度捕まれば日が傾くまでねちねちといたぶられると噂されるほど。


 ルイーズは彼のことが密かに好きだった。こっそりと仕事を手伝ってみたり、疲れがとれるような甘味を差し入れてみたり。姿を見せない小人のようなやりとりしかできなかったけれど、ルイーズは満足していた。


 そんな彼だけが、彼女の無実を周囲に愚直に訴えていた。彼の父親はこの国の法の番人である。法の重さと正しさを知る彼だからこそ、無関係のルイーズをスケープゴートにすることは許せなかったのだろう。


(ジリアンさま。もう、大丈夫です。これ以上行動を起こせば、あなたも王家から疎まれるでしょう)


 両親も数少ない友人もルイーズのことを見捨てたのに、ジリアンはルイーズのために怒り、泣き、散々に手を尽くしてくれた。だからルイーズは、処刑の前の日に彼が差し入れた甘味にだって口をつけたのだ。


『せめて、少しでも好きなものを……』


 滅多なことでは表情も変わらず、どんなことも飄々とこなしてみせる彼が、静かに指先を震わせている。そんな彼を目にして、無邪気に喜ぶほどさすがにルイーズも愚かではない。


(ブラウニー……いいえ、お茶のほうに毒が入っているのね)


 けれどルイーズには、ジリアンの行動が彼なりの優しさによるものだということも分かっていた。王太子の婚約者と今代の聖女を傷つけ、平安な世の中を乱そうとしたというのが彼女にかけられた罪状である。公開処刑は免れない。処刑は庶民にとって数少ない娯楽のうちのひとつだ。笑われ、(なじ)られ、石を投げられ、死ぬまでの間に心はさらにずたずたになるだろう。


 だから彼は毒を用意したのだ。おそらくは、彼の独断で。


(私に毒を与えればどんな理由であれ、あなたは「人殺し」となってしまうのに。私の苦痛を和らげるために、法の番人たるあなたが手を汚すなんて)


 ルイーズは心から喜んだ。何よりジリアンの優しさが嬉しかった。彼女好みのミルクティーを飲んだところで、胃が一気に熱くなったことを今でも覚えている。激しく咳き込み、てのひらは赤く染まっていた。その後のことは何も覚えていないから、ルイーズはそのまま死んだのだろう。


 次に目が覚めた時、彼女は時を遡っていることに気がついた。俗に「死に戻り」と言われる現象が起きたらしい。


 自分を死なせたことで、ジリアンはどうなっただろうか。少なくとも、法の番人として正しくあろうと前を向いていた彼は、変わってしまったのだろう。愚かな王太子のせいで。あるいはあまりに弱かったルイーズのせいで。


 死に戻ったルイーズは、王太子の側で彼に向かってきちんと注意をしているのはジリアンだけであることに気がついた。婚約者である公爵令嬢でさえ見放している。むしろ下手に仕事を与えて引っかき回されてはたまらないとでも思っているのかもしれない。


 王太子の世話を焼いていながら、小言の多いジリアンは疎まれていた。こんなに頑張ったジリアンの行く末が、濡れ衣をかけられた女生徒を毒殺する未来なのか。そんなのあんまりだ。


 だからルイーズは決めたのだ。自分の力で、ジリアンを幸せにすると。そのためなら、王家がのたまった「悪役令嬢」にだって喜んでなってやると誓った。



 ***



 ルイーズが死に戻ってからの世界でも、やはり王太子はポンコツで、聖女は尻が軽く、公爵令嬢は冷静だった。そして、悪役令嬢として元気いっぱいのルイーズと死に戻る前よりもいささかくたびれたように見えるジリアンは、とうとう卒業式を迎えていた。


 前回は断罪と断罪返し、巻き込まれによる冤罪事件が起きた現場では、またもや騒ぎが発生していた。とんでもなく破廉恥なドレスを着たルイーズが現れた上、そんなルイーズに向かって王太子と聖女が泥棒だと騒ぎ立てたからだ。


「これはわたしが彼女のために誂えたもの。あなたがそれを着用している理由を聞かせていただこう」


 詰め寄られているというのに、ルイーズは薄ら笑いを浮かべている。そして彼女は、王太子の後ろで頭を抱えているジリアンに微笑みかけた。


「あら、ジリアンさま。『あなたの美しさには、神々の王すらも目を奪われることでしょう。けれどあまりの美しさに花や星に変えられてしまうやもしれません。どうぞお召しかえをされては』とは言ってくださらないのですね」

「全部をわかっていてやっている君に、回りくどい言葉を使う意味がない」

「そうであれば、真っ正直に言ってくださってもよいのよ。そんな娼婦のようなドレスなど、卒業を祝うパーティーには相応しくないと」


 いつもの気心の知れたふたりの会話に口を挟んだのは、公爵令嬢だった。今まで王太子と聖女の振る舞いを傍観していた彼女が、厳しい口調でルイーズを責め立てる。


「まったくその通りね。窃盗の疑い及び、公序良俗に反する装いをしていることは見逃せないわ。恥を知っているのなら、即刻夜会から出ておゆきなさい」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ルイーズは挑戦的に微笑んだ。さらにお得意の高笑いを上げる。


「おーほっほほほ」


 会場の外からは、池の畔の鴨たちがつられてぐわぐわと叫んでいた。


「あら、私はあなたさまに頼まれただけですわ。王太子殿下が聖女さまにお贈りしたとあっては皆も注意がしにくいだろうと。私が着用して公に非難されれば、王太子殿下や聖女さまも自分たちの判断の不味さに気がつくだろうと。まさか窃盗犯の汚名を着せられるとは思いませんでしたわ」

「わたくしがあなたにそれを渡したという証拠は? 証人でもいるのかしら?」

「ええ、おりますわ」

「あら、ではお呼びしても?」

「もちろんですとも。おーほっほほほ」


 ぐわぐわぐわぐわ。いつの間に近くまで来ていたのか、夜会の会場に鴨がとてとてと入ってくる。親子鴨の引っ越しのような可愛らしい姿に参加者が一瞬戸惑っていると、笑顔のルイーズが鴨を掴んだ。手練れの猟師のような隙の無さに、鴨が哀れな声を上げる。


「いらっしゃいませ。さあ今こそ出番でしてよ。え、話したくない? 嫌ですわ、ここまで来て今さらです。鴨鍋になりたいのかしら」

「あなた、何を言っているの?」

「選んでくださいませ。さもなければ、今すぐこの辺りにいる鴨みんなの頭の羽をむしってさしあげます。一匹ではなく複数の生き物に変化している場合、個別への刺激が本体にどれほどの影響が出るか楽しみですわね」


 ぷるぷると震える鴨を前に、ドスを利かせるルイーズ。その妙な光景に拍車をかけたのは、まさかの鴨だった。


「……そこにいる公爵令嬢が、ドレスをルイーズに渡したことを証明しよう。ついでに、そのドレスの費用は王太子の婚約者のための予算から出されているし、聖女はこのドレス以外にも多くの贅沢品をねだっておることも」

「その声は学園長先生!」


 わなわなと震える公爵令嬢を前に、ルイーズは肩をすくめた。


「考えても見てくださいませ。この学園は社交界に出る前の練習場。そんな場所に監督がいないなんてありえるかしら?」


 それは前回、牢獄にいたときに知ったのだ。思わず「可哀想に」という声を漏らした鴨を締め上げそうになるくらいには絶望したけれども。


「この女、悪魔だわ」

「悪魔だなんて、まさか。どうぞ悪役令嬢と呼んでくださいませ。おーほっほほほ」


 ぐわぐわぐわぐわ。


 高笑いにはどうしてもつられてしまうらしい鴨たちとともに、ルイーズは笑い続けた。



 ***



 結局王太子は、隣国で変わり者として有名な公爵夫人に引き取られることになった。「大きいお姉さま」として多くの女性に親しまれている彼女の趣味は、「駄犬を躾ける」ことだという。よく吠える馬鹿な犬ほど、可愛がりがいがあると喜んでいたそうだ。


 ――しっかり「処置」しておくから、無駄に種をばらまくこともないわ。どうぞ安心なさってね―――


 おっとりとした雰囲気のまま微笑んだ彼女の言葉に、後ろ暗い部分のある男性陣はおおいに肝を冷やしたらしい。


 公爵夫人の厳しい教育と深い愛情で、王太子がどのくらい変わるのか。本当に忠犬になるようなら、犯罪者向けの更生プログラムとして参考にさせてもらうそうだ。


 一方の聖女はといえば、これまた非常に戒律に厳しい神官たちとともに聖地巡礼の旅に出ることになった。国内の僻地に建てられた祠に魔力を注いで回ることで、国全体の浄化と民への布教を同時に行うことになるという。


「いやよ。汗水垂らして、ど田舎を歩き回りたくない。お風呂もないし、お手洗いもない。虫とかがいっぱい出てくる場所で野営とか絶対にいやあああああ」

「ガタガタ言うんじゃないわよ、このお子さまが!」

「いやあああ、こわいいいい。イケメン神官がいるって言ったのに。嘘つきいいい」

「怖い? あら、可愛いの言い間違いよねん?」


 マッチョでムキムキなおねぇ神官さまたちは、文句ばかりの聖女の根性を叩き直しているそうだ。


 ――すぐに弱音を吐き、文句が多いが、ここぞというときに弱き人々を守る強さを発揮する。鍛えなおせば、大聖女も夢ではないが、本人はどうも大神殿に戻るつもりはないように思われる――


 そんな報告書を読んで、聖女は欲望に忠実であったし、頭も良くなかったけれど陰険な意地悪をするタイプではなかったことを思い出し、ルイーズは彼女の頑張りを応援することにした。



 ***



 そして最後に残った公爵令嬢だったが、彼女もまた海の向こうの国へと輿入れすることになった。側室や愛妾を全否定していた彼女が、後宮を持つ国王の元に嫁ぐことになろうとは思ってもみなかっただろう。


 ルイーズは、絶望に震える公爵令嬢がジリアンのことをじっと見つめていたことを思い出していた。そして合点がいく。


 彼女は、ジリアンのことが昔から好きだったのだ。おそらく死に戻る前の世界でもずっと。


 公爵令嬢と侯爵令息。遠すぎる身分ではないがゆえに、彼女は夢を見たのではないか。王太子が愚かな行いをすれば、いずれ失脚する。うまく切り抜ければ、そのときにこそ本当に愛するひとと結ばれるはずだと。


 ルイーズはかつて冤罪をかけられたときに、誰からも見捨てられた理由がわかった気がした。王家だけでない。公爵家も一枚噛んでいたのだろう。


 彼女は、ジリアンがルイーズを救うために奔走すること自体が許せなかったに違いないのだ。


(ジリアンさまなら、誰が相手であっても、理不尽に貶められたひとを助けるために戦ったでしょうに)


 そもそもルイーズは、公爵令嬢を尊敬していた。国のために政略結婚を受け入れた誇り高き憧れの淑女、それが彼女だったのだ。


 王太子と聖女が失脚したら、ジリアンと公爵令嬢が結ばれるように働きかけようと思っていたくらいには信頼していた。それが敵視されたあげく、嵌められそうになったとあっては計画を変更せざるを得ない。


(ジリアンさまに相応しい心優しいお嬢さんを見つけるには、まだ少し時間がかかりそうね)


 小さくため息をつくと、ルイーズは寮の自室に戻り、ごってりとした化粧を粛々と落とし始めたのだった。



 ***



 こんこんと窓が叩かれた。池の鴨……もとい学園長先生が文句を言いに来たのだろうか。やれやれと首を振りながら、ルイーズは窓を開けて驚いた。そこにいたのは、鴨ではなく……。


「ジ、ジリアンさま!」

「やあ、こんばんは」

「おーほっほほほほ! ぐううぇ、げほっ、ぐっほう、おうえ」

「大丈夫かい。まったく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 咳き込んだルイーズは、渡された水筒の水を飲みながら呼吸を整える。


 ルイーズにとって高笑いは「地味な自分」と「高飛車な悪役令嬢」を切り替えるためのスイッチだ。派手な化粧も相手に立ち向かうための武装のようなもの。


 そこでいつものド派手な化粧をしていないことに気がつき、毛布を頭からすっぽりかぶってしまった。


「どうしてここに?」

「約束しただろう。全部うまくいったら、一緒に海に行こうって」


 ジリアンの実家の領地は、有名な港町だ。交易品や海産物だけでなく、夏場は観光地としてとても栄えている。


「どなたかとお間違いではなくて?」


(海、めっちゃ行きたいですわ。でも、どなたかと勘違いされていらっしゃるのに、乗ってしまってはいけないわ。それは幸せな交友関係に傷をつけることだもの)


 ルイーズは心の中で血の涙を流しながら問いかける。そんな彼女に向かって、ジリアンは少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「もう忘れてしまっただろうか。ああ大丈夫、それならば別に構わないんだ。ただよければ、ぜひ遊びに来てほしい。君のために、夏の海によく似合うドレスも用意しておくから」


 ――もう一度、やり直すことができたなら。今度は夏休みに僕の家に遊びに来ないか。海の見えるいい街なんだ――


 知らないはずの記憶が流れ込み、ルイーズはめまいがした。思わず倒れそうになった彼女を、ジリアンが優しく抱きかかえる。ジリアンに抱き締められたのは初めてのはずなのに、驚くほど懐かしくてルイーズは自然と涙があふれた。


(そうよ、そうだわ。あの時、ジリアンさまは倒れ込んだ私をずっと抱きしめてくれていたじゃないの。そして私が息絶えるまでの間、ご実家から見える美しい海の話をずっとしてくれていたのよね)


「まさかジリアンさまも毒を?」

「色々と復讐をしてから、君の後を追ったんだ」

「なぜ、薬を飲んだのです。ジリアンさまが死ぬ必要なんて」

「あの毒薬の名前はね、『運命のふたり』って言うんだよ。僕はどうしても好きなひとと一緒に幸せになりたかったんだ」


 ずっと前から好きだった。そう言われて、ルイーズはみるみるうちに頬を染める。


「気がついたら、君が見たこともないくらいはっちゃけていて、僕だけ違う世界線に来たのかとびっくりしたよ。魔女殿との契約でやり直しが完了するまで細かいことは話せないのに、危ないことはやめろと言っても君は引かないし」

「ごめんなさい」

「ようやっと真実を伝えられた。もう、離さない」

「は、離れろと言われたって、離れませんわ!」


 照れ隠しに飛び出るのは、ここしばらくの間に身につけた高飛車な台詞。けれど毛布にくるまり、顔を真っ赤にさせていればそこにはもう居丈高さなどなくて。


「まったく君は本当に可愛いんだから」


 ふたりの影は少しずつ近づき、やがてそっと重なりあった。

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バナークリックで、 『白蛇さまの花嫁は、奪われていた名前を取り戻し幸せな道を歩む~餌付けされて売り飛ばされると思っていたら、待っていたのは蕩けるような溺愛でした~』に飛びます。
2023年5月31日、一迅社さまより発売のアンソロジー『虐げられ乙女の幸せな嫁入り』2巻収録作品です。
何卒よろしくお願いいたします。
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