王太子殿下の愛が重い。心配性?それとも焼きもち?公爵令嬢は今日も頭を悩ます。
フィオスティーヌ・ラメイド公爵令嬢は、それはもう、美しく高貴な令嬢だった。
輝くような金の髪にエメラルドを思わせる美しい瞳、王立学園で、常に成績はトップ。
武芸も嗜んでおり、何をやらせても超一流。隙のまったくない令嬢なのである。
ラメイド公爵家も格式が高く、この国、スレイドルク王国の王家と言えども、この公爵家には一目置いているのであった。
だから、当然、優秀で名家公爵家の令嬢であるフィオスティーヌはラルド王太子の婚約者なのである。
ラルド王太子、銀の髪にエメラルドの瞳、学園一の美男で人気者だ。
「わたくし、ラルド王太子殿下に愛されていないのかしら。」
取り巻き達に悩みを相談すれば、取り巻きの令嬢達は、
「そんな事ございません。王太子殿下はそれはもう、フィオスティーヌ様を大切に。」
「そうですとも。大切にしていらっしゃいますわ。」
自信がないのだ。
それは確かに、大事にされているのは感じている。
朝晩、馬車で迎えに来てくれて、王立学園へ行き、昼も共に食事をして、それはもう大事にされているのは感じている。
しかし、会話と言えば、政治や国の未来の事、勉学の事…、真面目な話ばかり。
そのような話は楽しいのだけれども…
婚約者だから、仕方なくではないの?
わたくし、愛しているって、王太子殿下に言われた事がないわ。
あああ、わたくしも愛しているって王太子殿下に言った事がない。
わたくし達、愛も知らずにこのまま…それは政略だと解ってはいるけれども。
何だか寂しいわ。
そんな悩みを抱えていたとある日、
フィオスティーヌに隣国への留学の話が持ち上がった。
「隣国の学園に一月、留学してみるのはどうかね?」
父であるラメイド公爵が、食事をしながら、フィオスティーヌに勧めて来たのだ。
母であるラメイド公爵夫人も、
「若いうちに、外国の文化に触れてみるのも良いかもしれませんね。」
「確かに。お父様お母様の言う通りだと思いますわ。」
隣国の学園で学んでみるのもいいかもしれない。
一月、留学してみよう。
翌日、馬車で迎えに来たラルド王太子に向かって、
「父の勧めで、一月、隣国の学園へ留学してみようと思いますの。」
ラルド王太子は、フィオスティーヌの手を握って来て、
「その必要はない。君は私を置いて、隣国へ留学してしまうのか?その間、私はどう過ごせばいいと?ピンクブロンドの髪の男爵令嬢が私を口説いてきたらどうするんだ?卒業パーティで、私が婚約破棄を君にしてもいいのか?
男爵令嬢だけではない。私は学園一、モテる男だと自信を持っている。それと同様、君は美しく、完璧すぎる令嬢だ。隣国の皇太子はまだ婚約者がいないと言う。君に求婚してきたらどうするんだ?もし、君が承知したら、私は…夜も眠れない程に悔しくて悔しくて。
あああ…許さん。許さんぞーー。留学するだなんていうんだったら、そうだ。私もついて行こう。そうすれば、君にたかる虫も払い落とす事が出来る。私の剣の腕は一流だ。それに、私もピンクブロンド男爵令嬢に口説かれなくてすむ。そうだそうしよう。」
な、何が起こっているのかしら??
空耳、空耳ね…
いえ、空耳ではないわ…
ラルド王太子は真面目な王太子である。そう言うイメージしかなく、会話も真面目な会話しかしたことがないのに。
フィオスティーヌはやっとの思いで、
「あの、偽物ではないですね?王太子殿下…」
「私を偽物と疑うのか?私は本物のラルドだ。」
「本物のラルド王太子殿下でしたら、是非、隣国で勉学に励んで来るがいい。応援しているぞ。とおっしゃいますわ。」
「これとそれとは別だ。」
「これとそれとって??」
「それはだな…君の事を…」
御者が学園に着きましたと、言ってきたので、
「さぁ、着きましたわ。馬車を降りないと、遅刻致しますわ。」
フィオスティーヌが促すと、ラルド王太子は、
「チっ。いい所で。それでは参ろうか。」
ああ、それにしても、心配しすぎですわ。ラルド王太子殿下…
ピンクブロンドの男爵令嬢なんてこの学園におりませんし、それに…婚約者のいる令嬢を隣国の皇太子殿下は口説きませんわ…
それでも、ラルド王太子に心配された事が嬉しくて嬉しくて。
フィオスティーヌは留学を取りやめるのであった。
そんなこんなで、今度は、ラルド王太子が、隣国へ一月、大臣と共に事業の視察を行くことになった。
フィオスティーヌは学園のテラスでラルド王太子と食事をしている時に、
「視察へはいつ参りますの?我が国の為にも王太子殿下がその事業の視察をする事はよい事ですわ。気を付けて行ってらっしゃいませ。」
すると、ラルド王太子は、
「そこは、行かないで、いや、わたくしもついて行きますではないのか?
もし、学園で私が留守の間に、君を口説いてくる男がいたらどうする?君の美しさは学園一だ。いや、国一番だと思っている。万が一、ピンクブロンドの男爵令嬢が私についてきたらどうするつもりだ。私がその気になって卒業パーティで婚約破棄を申し渡したら、君は悔しくはないのか?視察先で、美しき妖艶な貴婦人が私を口説いてきたらどうするんだ?それを監視する為にも君は是非同行すべきだ。そうは思わないのか?フィオスティーヌ。」
誤解がないように、皆様に言っておきますけれども、ラルド王太子殿下は学園で二番目に勉学も出来る優秀なお方なのですわ。
でも、最近、妙な言動が…どういう事でしょうか…
「王太子殿下。考えすぎですわ。それに、わたくしはまだ、婚約者の身。王太子妃ならともかく、共に行く訳には参りませんわ。学園での勉強もありますし…」
ラルド王太子はゴホンと咳払いをして、
「そうだな。卒業を待たずして、結婚したいところだが…この国の法律がそれを許さない。いっそのこと、法律を変えた方がいいのか?」
「法律を変える事はいけません。学業を終えずして、結婚など考えられませんわ。」
「確かにそうだな。私は…その…フィオスティーヌの事…」
その時、休み時間終了の鐘が鳴らされた。
「そろそろ教室へ行かないといけませんわね。」
「チっ。いい所で。」
そして、二日後、ラルド王太子殿下は隣国へ旅立ちましたわ。
何だか、あの方がいないと寂しくて…
でも、旅立たれた翌日から、手紙が毎日届くようになりましたの…
翌日届いた手紙は…
- フィオスティーヌ。君がいないと私は寂しくて、視察も身に入らないそんな感じだよ。
私の方はどうかと言うと、ピンクブロンドの髪の男爵令嬢も追いかけて来ず、妖艶な貴婦人の誘いも無く、平穏に過ごしている。君の方はどうだ?
騎士団長子息や宰相子息に妙な誘いをされてはいないか?君は美しいからな。
学園長はどうだ?あのつるっぱげの学園長、君に色目を使っていないか?
学園の教師はどうだ?もし、何かしでかしてくるような事があったら、早馬を使って知らせて欲しい。
早く国に帰りたい。フィオスティーヌの顔が見たいよ。-
二日目に届いた手紙は…
- フィオスティーヌ。まだ二日目だなんて。何てつまらない視察なのだろう。
私の方はどうかと言うと、世話係のメイドが色目を使ってきたので、どういう教育をしているんだオタクは。一から百まで教育をし直せと世話係の主人に二時間にも渡る文句を言っておいた。君以外の女性にフラフラする私ではないからな。君の方はどうだ?道行く男性に声をかけられたりはしないか?買い物へ行って、そこの店員に誘われたりはしないだろうか?私は心配で心配で夜も眠れないよ。ああ、フィオスティーヌ。君の顔が見たいよ。 -
三日目に届いた手紙は…
- フィオスティーヌ。まだ三日目か… 視察なんてめんどくさい。早馬に乗って早く国に帰りたい。私の方はどうかと言うと、視察先の女性の中にピンクブロンドの男爵令嬢がいたんで、なんであんなのを雇っているんだと事業主に二時間にもわたって文句を言っておいた。まったく、君を差し置いて男爵令嬢にうつつを抜かして卒業パーティで婚約破棄をしたらどうするんだ?
君の方はどうだ?夜会デビューがあると聞いた。私が共に行けなくて歯がゆい思いだ。君は誰がエスコートするんだ?エスコートする奴には決闘を申し込むから、逐一報告するように…あああ、もう早く帰りたい。いやもう、馬を用意させてきた。私がエスコートするから待っているように。-
夜会なんてあったかしら…そういえば、来月あったわね…
フィオスティーヌは頭を抱えた。
わたくしは愛されているのかしら??
ただの心配性なのかしら、あの方は…
それにしても三日目でもう帰ってくるだなんて…
困ったものだわ。
手紙を読み終わった時に、メイドからラルド王太子殿下が参りましたと、報告があった。
「手紙の方が少し早かったのね…支度をしますから、王太子殿下には待って頂いて。」
メイドにそう命じると、他のメイド達に手伝って貰い、金のドレスに着替えて、髪を美しく結って貰い、ラルド王太子に会いに客間へ行った。
ラルド王太子はフィオスティーヌを見て、
「ただいま、帰ったぞ。おおおっ。これが夜会に着ていくドレスか…帰って来てよかった。私も急ぎ王宮へ戻って支度をせねば、夜会まで時間はまだあるな…」
フィオスティーヌはにっこり微笑んで、
「夜会は来月ですわ。王太子殿下。おかえりなさいませ。わたくしのドレス姿はどう?」
「美しい…なんて美しいんだ。思わず見惚れてしまったぞ。」
「それは良かったですわ。」
フィオスティーヌはラルド王太子の手を握って、
「わたくしは、貴方様に愛されているのか自信が無かったのです。でも、最近の貴方様はとてもわたくしの事を思って下さって、焼きもち妬きなのですね…」
「すまない。フィオスティーヌと離れると思うと。紳士的にふるまおうと今まで頑張ってきたのだが、耐えきれなくて。そんな私は嫌か?」
「いえ…でも、視察を放っておいてお戻りになったのはよくありませんわ。わたくしの心はいつでも貴方様の傍にあります。貴方様の心は?」
ラルド王太子はフィオスティーヌの目をじっと見つめて来た。
「私の心もフィオスティーヌと共にある。」
「嬉しいですわ。」
ラルド王太子と口づけを交わす。
なんて幸せなのかしら。
でも…
ラルド王太子の耳元でフィオスティーヌは囁いた。
「わたくし、仕事の出来るラルド王太子殿下が好きですのよ。だから、視察をしっかりとこなして下さらないと。」
「解った。だが、フィオスティーヌからも手紙が欲しい。私が寂しくないように。」
「解りましたわ。毎日は無理でも必ず書きますから。」
ラルド王太子は満足して隣国へ再び旅立って行った。
ラルド王太子殿下の愛を感じられてわたくしは幸せですけれども…
でも…
手紙、何て書いたらいいかしら…
書く事なんてないわ…
フィオスティーヌは真っ白な便せんを前に頭を抱える。
メイドが、
「失礼致します、ラルド王太子殿下からお手紙が届きました。」
あああ…こちらが書く前に、お手紙がもう来てしまったわ。
愛が重い…重いっていうのかしら…これって…
フィオスティーヌはまずは、ラルド王太子からの手紙を開く。
中身はいつもの如くで。
それを読んでから、何て書こうか頭を悩ませながら、ペンを手に取る。
今日も何とも言えない平和な一日が過ぎていくのであった。