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ねがはくは

作者: 水柄無にもら

登場人物

(旧幕府軍)


雲殊(23)・・・山瀬本家の一人娘、次期頭領。


疾風(26)・・・山瀬分家。

雪薄(21)・・・山瀬分家、疾風の妹。


大鳥圭介・・・旧幕府軍歩兵奉行、伝習隊を率いる。

土方歳三・・・新撰組現局長。

斎藤一・・・新撰組隊士。


松平容保・・・会津藩藩主。


西郷頼母・・・会津藩家老。                              

神保内蔵助・・・会津藩家老。



(新政府軍)


伍真(24)・・・山瀬影家の次男、特殊任務隊に属する。


魁(17)・・・山瀬影家に仕える、特殊任務隊。

東(26)・・・山瀬影家の長男。

虎重(37)・・・特殊任務隊隊長。

三鶴(20)・・・虎重の弟子、特殊任務隊。

聖羅(19)・・・特殊任務隊、世良修蔵の子。



伊地知正治・・・薩摩藩参謀、白河口と二本松の戦いを指揮。

川村純義・・・薩摩藩、母成峠の戦いを指揮。

大村益次郎・・・会津侵攻の賛成者で特殊任務隊の発案者。          


1・東北・山瀬の里(日中)

  疾風(語り)「この日の本は古より争いの絶えない地であった。北と南、西と東、時には同じ血を持つ者同士でも殺し合う」

   薄暗い山奥、山瀬の男(瞳の淵が金色)、震える腕で抜き身の刀を握っている。

   木に追いつめられている山瀬の男、力無く微笑んで「ころせ」と発する。

   刀を持った男、金色に染まった瞳から涙を流しながら刀を振り上げる。

   血しぶきが木々に飛び散る。

  疾風(語り)「二百年以上の平和を築いてきた徳川の世。錦の御旗を掲げ

異国の武器を振りかざす西の雄藩によって北へと押されつつあった」

                  ×               ×              ×

 仙台藩の白石城、一の丸と二の丸の間に位置する庭、その隅の壁際に座していた雲殊(23)、風に流れてきた桜の花弁に目を留め、立ち上がる。

         ×               ×              ×

 名代1 「我ら一丸となって西の田舎侍共など蹴散らしましょうぞ!」

 一同  「おおーッ!」

         ×               ×              ×

   雲殊、花弁の流れてきた道を辿る。

 疾風(語り) 「慶応4年4月11日、東北の諸藩は奥州越列藩同盟を結び、これによって西の雄藩を中心とした新政府軍と敵対する意志を固めた」

         ×               ×              ×

名代2  「ついてはあの輩共が設けた奥羽鎮撫総督府・・・特にあそこの参謀が目障り・・・」

         ×               ×              ×

疾風  「雲殊様、藩主名代方より我らに任務が下されました」

   疾風(26)、八分咲きの桜の木を見上げる雲殊の背後に膝をつく。

疾風  「新政府設置奥鎮撫総督府参謀、世良修蔵」


2・江戸・裏町の賭博場

 采配人 「さあ、賭けた賭けた!こりゃあ見もの!見逃しゃ大損だ!」

    ひと際盛り上がっている人だかりの輪、その輪の中に立つ伍真(24)、地面に転がる分解されたピストルを見つめている。

  采配人 「今日はひと際変わってる!何と異国の銃ときたもんだ」

 荒熊  「若造、喜べ!お前を三十人目の墓に入れてやるよ」

     伍真と対峙している浪人、腰の太刀を抜刀。

  采配人  「さあ、お決まりの荒熊の旦那か、大穴狙って異国かぶれの兄ちゃんか!賭けるなら今のうちだよッ!!」

 魁  「東さんッ!」

    賭博場に息を切らして入ってきた魁(17)と東(26)、人垣の隙間から伍真を発見する。

  東  「あの馬鹿がッ!」

   二人、伍真に近付こうとするが、見物客に遮られる。

  采配人  「勝ち負けはいたって簡単!どちらかの息の根を止めるまでだ!」

   頭巾を被り、見物客に紛れた大村益次郎、対峙する二人を眺める。

 采配人  「いざ、尽状にー」

 荒熊  「死ねェ!」

   伍真に斬りかかる浪人。


3・仙台藩領内(深夜)

 世良家臣  「世良様、お逃げ下さい!」

    夜道、護衛の家臣を次々に斬り殺す疾風ら山瀬。

 世良  「・・・私に刀を向けるという事は・・・貴様ら幕軍の手先かッ・・」

 雲殊  「・・・・」

  世良  「我ら官軍に徒なせばこの地は戦場となる。それを承知の愚行か」

   一番奥に立っていた雲殊、山瀬を下がらせて世良に歩み寄る。

 雲殊  「徒なさなければ、守れないものもある」

   雲殊、腰の刀を抜刀。

 世良  「・・・愚かな・・。だが、見上げた忠心よ」

   世良、腰の刀を抜刀。


4・江戸・裏町の賭博場

 荒熊  「どうしたァ!逃げてばかりじゃ面白くねえ!」

  伍真、浪人の振る刀をギリギリ避けている。

 荒熊  「自慢の得物はどうした?それで俺を殺してみやがれ!」

  浪人、地面を高く蹴り上げ伍真の視界を砂で奪う。

  浪人の斬り上げを寸前で避けた伍真、襟元が切っ先掠りで破ける。

  伍真の首元にある刻まれた十字傷が露わになる。

 伍真  「これは俺のじゃない」

  伍真、浪人の攻撃を避けながら目線を落とさずにピストルを組み立て始める。

 

5・仙台藩領内(深夜)

   雲殊、最後の護衛の首を斬りはねる。

   雲殊に刀を向けている世良、その腕からは大量の出血。

   世良、かかり声と共に雲殊にかかる。

   雲殊、すれ違い様に世良に致命傷の一太刀を浴びせる。

 世良  「・・・この国は変わる・・・」

   世良、その場に膝から崩れ落ちる。

 世良  「・・・どう足掻いたところで・・・もう・・・止められん・・・」

 疾風  「雲殊様―」

   雲殊、面頬を外す。

   月明りに照らされた雲殊の首元には十字傷。


6・江戸・裏町の賭博場

荒熊  「このォッ!」

 浪人、汗を滲ませながら伍真に斬りかかる。

 伍真、ほぼ組み立て終わったピストルの柄で振りおろされた刀を払う。

   伍真、組み立てを完了させる。

魁  「東さんッ!」

 人垣の中から様子を見ている東と、彼の袖を掴む魁。

大村  「・・・・」

 大村、伍真を見つめている。


7・仙台藩領内(深夜)

  世良、姿勢を起こして着物から腹を開き、脇差の切っ先を向ける。

 世良  「・・・この国の・・・変わりゆく姿を・・・見届けたかった・・・」

 雲殊  「・・・・」

  世良、脇差を一気に自分の腹に突きたてる。

 疾風  「・・・」

  世良が腹を深く斬る様を見つめる山瀬。

  雲殊、刀を握り締める手に力を込める。

 世良  「・・・い・・・まだ・・・」

 

8・江戸・裏町の賭博場

 荒熊  「くっそォォォ!!」

  伍真、浪人の渾身の一撃を避け、その眉間に銃口を向ける。

  伍真の指が引き金を引く。


9・仙台藩領内(深夜)

  雲殊、世良の首を斬り落とす。

 雲殊(声)  「・・・願はくは 花のもとにて春死なむ そのきさらぎの・・・望月の頃・・」


10・山瀬の里(昼)・一年前

   字幕「一年前」

  魁、花が咲き乱れる小川、山瀬が剣の修行をしている広場を駆け足で通り抜ける。

 東  「魁」

  後ろから呼び止められた魁、引き返して東に駆け寄る。

 東  「お前の足で半刻探し回って見つからぬとなると・・・」

 魁  「・・・伍真さん、一人の時はあんな簡単に捕まるのに・・・」

 疾風  「探し人か?」

  東と魁、疾風の前に素早く膝をつく。

 東  「はい、弟がまた・・・行方をくらましまして・・・」

 疾風  「・・・東、堅苦しい形式は止めてくれ」

 東  「本家の者に対する影家の礼儀、それを貶めてはなりませぬ故」

 疾風  「・・・ここにいるのが俺達と魁の3人だけでもか?」

   魁、交互に二人を見る。

   東、ため息の後に、その場に胡坐をかく。

 東  「・・・お前がそうやって話を振ってきたということは・・・」

 疾風  「ああ、雲殊様も見つからない」

 東  「・・・・・」

 疾風  「・・・いよいよ朝帰りか・・・」

 東  「何ッ!!」

 疾風  「もう一月も前に晴れて二人の想いが頭領様にも、お前の父上にも認められたのだ。本家の長と影家の長、その両方に」

 東  「だ、だからといって・・・」

 疾風  「東、お前がそうやって堅すぎるから弟の伍真は反動でさぼり癖が

   身についたのではないか?」

 東  「何だとッ?」

 魁  「お、お二人ともそれくらいに!」

  魁、疾風と東の間に割って入る。

 魁  「す、少しくらい良いじゃないですか!最近、外じゃ攘夷とか異国を追い出せとか物騒な事ばっかりでお役目や任務もそんなのばっかりで・・・。明るい話しじゃないですか!本家と影家がより友好になれるって!」

 疾風  「本家の古株連中の猛反対に頭領様も頭を悩ませているがな・・・」

 東  「それはこちらも同じ事だ・・・」

 魁  「俺は・・・雲殊様と伍真さんは一緒になるのが当たり前だとずっと思ってました・・・」


11・山瀬の里の外れ(昼)

  満開の桜の木の下で、手合わせ中の雲殊と伍真。

  一防一攻を繰り返していたが、雲殊の木刀が伍真の首元寸前で止まる。

  雲殊、伍真から木刀を離し、地面に突き刺す。

 伍真  「ちゃんと加減無しでやった!」

 雲殊  「いいえ!踏みこみを抑えたでしょう」

  伍真、木刀を地面に突き刺し、雲殊を追いかける。

  雲殊、風に流される花弁を見つめている。

 伍真  「雲殊は、頭領様に従うのだろう?」

 雲殊  「当然です。次期頭領として認められるためにも、主たる藩主様に尽くすためにも」

  伍真  「・・・後ろ指を指される俺達影家と違って、本家様は山瀬全体を背負っているからな」

 雲殊  「伍真・・・私はそんなー」

 伍真  「すまん」

  伍真、雲殊を後ろから抱き締める。

 伍真  「本家のお前と影家の俺と、叶いそうにもなかった望みが叶ったと思ったら、それがまた幕府と新政府に・・・」

  雲殊、己に回された伍真の腕に触れる。

 伍真  「もしかしたら敵同士になるかもしれないなんてな・・・」

 雲殊  「・・・伍真」

  雲殊、伍真の腕を解き、正面に向き合う。

 雲殊  「・・・私と・・・傷の契りを交わしてください・・」

  伍真、雲殊の肩を掴む。

  伍真  「次期頭領が何を言っているんだッ・・。あれは本家が影家に施すものであって、影家の者が本家の人間にする事はー」

 雲殊  「本家が影家に服従する事が禁忌だって分かってます!でも!」

  雲殊、肩に置かれた伍真の手を掴む。

  雲殊  「私は欲しいんです!伍真との確かな繋がりが!目に見える繋がりが!・・そうしなきゃ・・・私・・・」

 伍真  「雲殊・・・」


12・山瀬の里の外れ(夕方)

  桜の木に寄りかかった雲殊と彼女に向き合うように座る伍真。

   首元に布を当てた伍真、雲殊が自分で付けた首元の傷と交差するように小刀で傷を付ける。

  雲殊、自分の十字傷に触れる。

 伍真  「・・・男につけられる傷は・・・もうこれだけにしろよ」

 雲殊  「・・・大丈夫。私は強いですから」

  伍真、首元の布を外す。

  伍真の首元の十字傷、まだ血が滲んでいる。

  雲殊、伍真の傷に触れ、その指を自分の口元に運ぶ。

  付着した伍真の血を舐める雲殊。

 伍真  「・・・雲殊・・・」

  雲殊、伍真を見上げる。

 伍真  「・・・死ぬな。・・・死ぬな、雲殊・・・」

  ゆっくり頷いた雲殊、その瞳の淵が金色に染まって従属反応が起きる。

 雲殊  「・・・伍真・・・」

  雲殊、もう片方の手で自分の傷に触れ、その手を伍真に伸ばす。

  伍真、その手を握り締めて自分の口元へ。

  雲殊の指先に付着した血を舐める伍真。

 雲殊  「・・・今だけ・・・今だけは加減しないでッ・・・」

 伍真  「・・・雲殊・・・」

  雲殊、両手を伍真の頬に寄せる。

 伍真  「・・お・・まえ・・・」

 雲殊  「我慢なんてしないでッ・・・お願い」

  呼吸が荒くなってきた伍真、従属反応が起きる。

 雲殊  「私を・・・抱いてください」

  伍真、雲殊の後頭部を引き寄せて激しく口づける。

  雲殊、腕を伍真の首に回す。

  そのまま雲殊の身体を地面に横たえる伍真。

  雲殊、ゆっくり頷く。

  二人の頭上の桜の木、段々弱くなる夕日と風を受け、ゆっくり揺れる。

  数枚の花弁、風に流され暗闇へ消えていく。


13・会津藩領内・若松城本丸(日中)

 疾風(語り)  「世良修蔵暗殺から程なくし、山瀬本家の精鋭が会津藩へと派遣された」

  広間に座している雲殊、疾風。

 疾風(語り)  「会津藩は反新政府軍の要として、敵を迎え撃つ体制を整えていた」

 容保  「面をあげよ」

   上座には松平容保、その横に家老・西郷頼母、神保内蔵助が座している。

 容保  「そなた達山瀬の者、反政府軍の先駆けとしてその意志を示した武勇、実に大義であった」

 雲殊  「我ら山瀬、粉骨砕身、殿のお役に立てるよう励む所存」

 容保  「・・・そなたら、名は?」

 雲殊  「雲殊に疾風でございます」

 容保  「・・・雲殊、疾風、山瀬はその祖を伊達藩の黒脛巾組に持つと聞いた。そなた達はこの戦いをどう思う」

 雲殊  「・・・・」

 容保  「そなたらの考えが聞きたいのだ。・・西郷、神保、構うでないぞ」

 神保  「・・はッ・・」

    皆、沈黙している。

 雲殊  「畏れながら京の都より始まったこの戦は我らに圧倒的に不利。幕府軍は負け戦を重ねながら東へ北へと追いやられています」

 西郷  「・・・・」

 雲殊  「力の使い時を慎重に見極める事が重要であると・・・考えます」

 容保  「・・・面白いモノよ、京の都で鬼と恐れられた男と、花のように可憐なそなたと、同じ考えを聞くとはな・・・」

 雲殊  「・・・・」

 容保  「雲殊の申した通り、戦を起こす事はワシも賢い選択であるとは思わん。・・・だが、この戦、何を守り、そして失うか・・・。それを秤にかけた時、敵に頭を垂れる事がワシはどうしても出来なんだ・・・」

  

14・若松城内(日中)

 大鳥  「おい、待て小娘が!!」

  廊下を歩いていた雲殊と疾風、足を留める。

  雲殊、後ろを振り返った瞬間、大鳥に胸倉を掴まれる。

  身構える疾風を目で制する雲殊。

 大鳥  「幕軍を負け犬呼ばわりしたのはてめえか!馬鹿にしやがって!」

  雲殊、大鳥の振り上げた腕を掴み、両腕ごと捻り上げる。

 雲殊  「小娘でも、人の殺し方は心得ています」

  大鳥、力を緩めた雲殊を突き放し距離を置く。

 土方  「大鳥さん!」

  廊下を歩いてくる土方歳三とそれに続く斎藤一。

 土方  「部下があんたを探してたって、また喧嘩でも吹っ掛けたのか?」

  土方、腕を摩る大鳥と雲殊・疾風を交互に見る。

 土方  「おっと、名乗るのが遅くなったな。俺は土方歳三、ここの混合軍の先方を預かっている。・・・ついでに、新撰組現・局長・・・だ」

 雲殊  「・・・仙台藩より参りました、山瀬頭領補佐・雲殊と申します。こちらは同じく疾風」

  大鳥、土方と斎藤を押しのけ廊下を去る。

 雲殊  「・・・・」

 土方  「分かりづらいが、あれは大鳥さんなりの『これからよろしく』って挨拶だ」

  5人を向かいの廊下より盗み見る西郷と神保。  

西郷  「神保殿はどう見る?」

 神保  「・・・どう・・・とは」

 西郷  「あの者達に例の薬を使う事です」

 神保  「・・・元から能力が高い者にわざわざ使う物ではないだろう・・・」

 西郷  「ええ、分かっております。ですから、もしもの場合ですよ」

 神保  「・・・・」

 西郷  「神保殿、温厚な態度ではあやつらは手に負えませんぞ。それに・・・そのような振る舞いが息子殿を死に追いやったのではありませんか」

 神保  「・・・」

 西郷  「・・大鳥殿や土方殿には内密に頼みますよ」

  西郷、神保を残して立ち去る。


15・若松城・城下・神保家屋敷前(夕方)

  表門の前に立つ雪薄(21)と神保雪子。

  雪薄、斎藤に続いて歩いてきた雲殊、疾風の姿を見つけた途端駆け寄る。

 雪薄  「雲殊様!兄様!おかえりなさい!」

 疾風  「・・・雪薄、むやみにお屋敷の外をふらつくなとあれほどー」

 雪薄  「もちろん分かっております!ちゃんとふらつかずに待っていました!」

 雲殊  「・・・雪子殿・・・付き合わせてしまって申し訳ない」

  雪子、笑って首を横に振る。

 雪薄  「兄様、こちらの方は・・・?」

 疾風  「我らと同じ幕軍に属する斎藤一殿だ。城からここまでの道案内をしてくだされた」

  斎藤、軽く会釈をする。

  雪薄、足を揃えてお辞儀をする。

 雪薄  「・・雪薄と申します。疾風の妹です。よろしくお願い致します」

 斎藤  「・・・では、俺はこれにて・・・」

 雪薄  「あ・・・せっかくですから頭領様にもお会いになってはいかがですか、今日は随分具合も良くー」

 疾風  「雪薄ッ!」

 斎藤  「・・・・」

 雲殊  「ご心配には及びません」

  斎藤  「・・ここに集まってきた者は皆、戦う理由を持っています。この戦・・・孤独を選んでは潰れるだけです。・・・頭領殿の風邪、早く治りますよう」

  斎藤、会釈をして背を向けて立ち去る。


16・神保家屋敷内(夜)

雲殊  「・・・頭領様、お話とは」

 蝋燭がともった薄暗い部屋、雲殊、布団の横に座している。

 頭領(56)、起き上がろうとする。

 雲殊、頭領の背に手を回しそれを手伝う。

頭領  「新しい主は・・・どうであった・・・」

雲殊  「・・・迷いをお持ちでした」

頭領  「・・・迷いとは・・・」

  雲殊  「敵に決して屈しない誇り、そして一国の主であるが上に背負う任その両方を抱えておりました」

   頭領  「・・・」

               雲殊  「その上で皆を率いている、だからこそ私には容保様は仕えるに値す

                 る方であると」

                      頭領  「・・迷うからこそ強く進む事ができるのであろう・・わしもこれまで

                          大いに思い迷った。・・だが、もはやそうも言っておれなんだ・・」

 咳き込む頭領、その背を摩る雲殊。

頭領  「亜矢が死んでから、お前はわしに泣き言一つ言わなかったな」

 雲殊、摩る手を止める。

頭領  「いや・・・泣き言どころか、その時からお前はわしを父親ではなく頭領として見ようとしておった・・・」

雲殊  「・・・・」

頭領  「里の古株共の嫌味にも耐え、贔屓の壁を撥ね退け、お前はここにいる・・・。・・許してくれ・・・」

雲殊  「私は、大丈夫です。今までも、これからも」

頭領  「・・・そうか・・・。あの男がお前をずっと支えていたのだな・・」

雲殊  「・・父上・・・?」

頭領  「・・雲殊、お前を正式に山瀬本家頭領として任命する」

  雲殊、頭領から離れ、頭を下げる。

雲殊  「はッ!」


17・神保家屋敷内(夜)

 疾風  「お人よしも大概にしろ!ここはもうじき戦になるんだぞ!」

 雪薄  「・・・はい・・・」

 疾風  「・・・」

 雪薄  「・・雲殊様は・・大丈夫でしょうか」

 疾風  「・・どういう意味だ」

 雪薄  「・・最近、ずっと気を張り詰めていらっしゃるような気がして・・」

 疾風  「・・・明日にでも頭領を継ぐような状態なんだ。当たり前だろう」

              雪薄  「そうですが・・今の雲殊様を見ていると少し不安なんです。何だか

                自分の事などどうでも良いと・・・周りばかりを守ろうとしてるようで。

                ・・・伍真さんがいたならー」

疾風  「影家は山瀬を離れた」


18・白河口(日中)

 疾風(語り)  「6月10日、会津藩を主体とした旧幕府軍と新政府軍は南の白河口にて激突した」

   新政府軍の鉄砲隊の放つ銃弾で次々と旧幕府軍の兵が倒れる。

 疾風(語り)  「戦況は新政府軍が圧倒的であった」

   鉄砲隊の中に斬りこんでいく雲殊、疾風ら山瀬の集団。

   が、周囲からの援軍により次第に追いつめられる。

 疾風  「雲殊様、一旦引いて立て直さねば!」

 雲殊  「疾風!皆を率いて先に行け!私は遅れた者を回収する!」

 疾風  「しかしー」

 雲殊  「早く行け!囲まれる!」

  疾風、雲殊に背を向けて新政府軍の兵をなぎ倒し、退却路を作る。

  雲殊、負傷した山瀬を敵兵の刀から守り疾風の後ろへ送る。

 新政府軍兵  「こしゃくァ!狙い撃て!!」

  敵兵の鉄砲隊の銃口、負傷して動けない山瀬へ向けられる。

 雲殊  「浅葱!白羽!」

  遥か後方に、立つ雲殊の姿とその背には負傷して動けない山瀬二人。

  雲殊、その場に膝を付き、その腹部、みるみる血で染まっていく。

疾風  「雲殊様ッ!!」

 雲殊、刀を突き刺して立ちあがり、斬りかかってきた敵兵を斬り倒す。

雲殊  「この馬鹿二人もさっさと連れていけ!」

疾風  「しかし雲殊様!」

雲殊  「私は全員連れ帰る!山瀬を引きずってでも連れ帰る!」

疾風  「・・・・」

雲殊  「私は戦える!まだ戦えるから!」

疾風  「・・はッ・・」

 疾風、唇を噛みしめ血が滲む。

 雲殊、腹に布を強く結びつける。

雲殊  「・・大丈夫・・。戦えるッ・・」


19・白河口・旧幕府軍側(夕方)

雪薄  「兄様は一体何をしてたんですかッ!」

 負傷者が運ばれてくる救護所、雪薄、疾風に食ってかかる。

雪薄  「あんなになるまで雲殊様を放っておくなんて!」

疾風  「・・・容態はどうなんだ」

雪薄  「弾は貫通してるけど、血を流しすぎてます・・。このままじゃ・・・」

疾風  「・・・・」

雪薄  「どうしてすぐ雲殊様をつれてこなかったんですかッ」


20・救護所内の一室

 力なく横たわり天井を見つめる雲殊。

 止血のために巻かれた布は血で染まっている。

 その雲殊を見下ろす西郷頼母。

西郷  「心残りは、無いのか」

 雲殊、視線を西郷に移す。

 西郷、懐からガラスで作られた小瓶を取り出す。

 その中には赤い液体。

西郷  「そなたにまだ死ねない、生きるという意志があるのならばー」

疾風  「失礼致しますッ!」

 疾風、仕切りの中に駆け込み、雲殊の横に膝をつく。

疾風  「あまりにも危険です!それに・・・無事だったとしても、もはや人としてはー」

西郷  「頭領殿!これはまだ試験的な薬で、成功して命を繋いだとしてもその身体には大きな負荷がかかるかもしれぬ。・・・それでも・・・」

 西郷、雲殊へ小瓶を差し出す。

西郷  「選べ!このまま死ぬか、人を捨てて生きる望みに賭けるか!」

疾風  「西郷様ッ!!」

雲殊  「・・・」

伍真の声  「・・・死ぬな・・・」

           ×               ×             ×

 桜の木の下、雲殊を抱きしめる伍真。

伍真  「・・・死ぬな、雲殊・・・」

雲殊の声  「・・・伍真っ・・・」

           ×               ×             ×

疾風  「雲殊様ッ・・・」

 雲殊、小瓶に手を伸ばす。

 雲殊、従属反応が起きる。

雲殊  「・・死ね・・・ないッ・・・」

 雲殊、小瓶を握りしめる。


21・江戸・大村管轄の屋敷

 伍真、銀製の銃の柄を握りしめる。

大村  「・・協力してくれたら、君達一族の安泰を約束しよう」

 伍真、銃を並んでいた棚に戻す。

東   「とても光栄な話ではありますが・・・何故我らをこのような・・・」

大村  「同じ新政府軍でもこの任務に賛同をしない者もいる。よってあまり公には動けない。しかしながら、いいかげんな腕の者では任務そのものが危うい。君達は任務というものに理解があり、能力も高い」

魁   「・・・・」

大村  「撃つのは幕軍の新型兵器だ」

伍真  「・・・」

魁   「・・新型・・?」

聖羅  「鬼突きとつ、それが兵器の名前」

 聖羅(19)、魁の背後から手を伸ばして銃を掴む。

聖羅  「江戸城が開城してから後、幕府の残党と新政府軍の戦の中で度々報告されてきた集団」

東   「・・・」

聖羅  「大村様、虎重殿と三鶴殿をお連れしました」

虎重  「大村殿!」

 聖羅に続いて、虎重(37)、三鶴(20)が入ってくる。

虎重  「聖羅殿から急用と伺った!」

大村  「虎重殿、任務隊に加わる東殿、伍真殿、魁殿の三人だ。隊長としてよろしくたのむ」

虎重  「これはまた若い衆がそろったな!よろしく頼む!」

  


23・江戸・居酒屋(夜)

虎重  「山瀬の一族とは・・・ではこれまでに相当な鍛錬を積んできたのであろうな!」

東   「・・・」

三鶴  「・・・」

 虎重、魁、伍真、東の杯に酒を注ぐ。

 三鶴、それを見つめる。

 聖羅、通路を挟んだ机に座って一人で酒を飲んでいる。

虎重  「俺はもともとは武家の出身でな、そこの三鶴とは同じ道場で学んだ兄弟みたいなものだ」

魁   「虎重様は侍なんですね!」

 魁、前のめりになる。

虎重  「武家と言ってもそんなご立派なものじゃあないさ。剣だけでは食ってもいけず仕官にも恵まれずー」

三鶴  「周りの見る目が無いだけです」

虎重  「ははっ、そんな折に声をかけてくれたのが大村殿というわけだ。身分の上下に囚われずに人材を求めているその姿勢に突き動かされてなァ」

 三鶴、東を見つめる。

東   「・・・何が言いたい・・・」

三鶴  「山瀬って、徳川派の藩に仕えてたんでしょ。なのに何でこっちに鞍替え?」

伍真  「・・・」

魁   「・・えっと・・・」

虎重  「三鶴!いきなりそんな話をー」

三鶴  「そんな話って、大切な事じゃないですか。共に任務を行う者が、不利になった途端に敵に寝返っちゃうような奴らじゃ、僕も迷惑だし何より、虎重さんに迷惑がかかる」

  東、立ち上がる。

東   「何が言いたい」

三鶴  「あんたみたいな平然とした顔してる裏切り者と一緒に任務なんて嫌だってことですよ」

 魁と三鶴の椅子が倒れる。

 東と伍真、三鶴に殴りかかろうとする魁を押さえつけている。

 虎重、三鶴を押さえつけている。

東   「よせ、魁」

魁   「だって!こいつ何も知らないくせに東さんの事ッ!」

虎重  「いい加減にしないか、三鶴!」

三鶴  「いいじゃないですかッ、ここでちゃんとはっきりさせましょうよ!」

伍真  「りょ、両方、落ち着いてー」

魁   「伍真さんは何とも思わないんですかッ!?」

伍真  「お、思わなくはないが、今はとにかく・・・」

聖羅  「五月蠅い!」

 聖羅、口に運んでいた御猪口を机に叩きつける。

 男5人、黙る。

 聖羅、立ち上がる。

虎重  「・・せ、聖羅殿・・?」

聖羅  「虎重殿、私は先に帰ります。・・三鶴殿」

三鶴  「・・何?聖羅ちゃん・・」

聖羅  「初対面の者に対する小馬鹿にした態度、いい加減にしたほうが良いかと思います」

三鶴  「・・はーい・・」

聖羅  「・・東殿」

東   「・・・」

聖羅  「あなたは奥州鎮撫総督府参謀・世良修蔵をご存知ですか」

伍真  「・・?・・」

東   「・・・いや・・」

聖羅  「・・そうですか・・」

 聖羅、5人に会釈をして店を出ていく。


24・江戸・広い夜道

魁   「虎重さんはー京での戦で身よりが無くなったところをー大村様が引き取ったって聖羅さんをー・・」

伍真  「魁、お前ちゃんと自分で歩け!」

魁   「えー?ちゃんと歩けてるじゃないですかァー」

東   「・・・」

 人通りの全く無い大通り、魁の肩を支えて歩く伍真。

 東、二人の前を歩いている。

伍真  「・・兄者」

東   「・・何だ・・」

伍真  「俺は兄者の慌てた顔も困った顔も今まで見た覚えが無い・・・」

東   「・・・」

伍真  「・・落ち着いていて、平然としている、それが兄者の凄い所だと思う・・」

東   「・・・」

伍真  「だからその・・あんまり気にしすぎるなよ・・」

東   「お前に心配されるようじゃ影家を率いてはいけないなァ・・」

 東、大げさに肩を落とす。

伍真  「・・せっかく真面目に心配してやったのにッ・・・。・・ああ、あとー」

東   「あと、何だ」

伍真  「世良修蔵って誰だ?」

東   「・・・」

伍真  「・・兄者、本当は何か知っていたんだろ?」

  東、立ち止まる。

  伍真、それに合わせて立ち止まる。

  魁、伍真に寄りかかり眠りこけている。

東   「世良修蔵は新政府側の人間だった。東北の反新政府の藩の監視を担っていた人物だ」

伍真  「・・・」

東   「ふた月ほど前に暗殺された。山瀬の精鋭・・・雲殊様や疾風によるものだ・・・」

伍真  「・・・そんな・・・」

東   「・・それともう一つ。・・・雲殊様が正式に頭領の座を継いだそうだ」

伍真  「・・・」

東   「・・・俺は周りからどう思われようが、何と言われようが、影家を守り抜くためならなんだってやる。伍真、最悪の状態を考えろ。・・・お前の銃口の先にいるのが、最も撃ちたくはない者だったら・・・どうする」

伍真  「・・・」

東   「・・・答えられない今のお前では、何もできないまま無様に死ぬだけだ」

 東、二人を残し歩き出す。

 魁を支える伍真、その場に突っ立っている。

伍真  「・・無様か・・・。俺に似合いの言葉だよ・・」

魁   「・・・んなこと無いですよ・・・」

伍真  「・・?・・」

魁   「・・確かにー、聖羅さんの怒った顔って少―し雲殊様に似てましたけどー・・・・雲殊様には笑った顔が似合いますってー・・・」

伍真  「・・・・」

魁   「伍真さんが大失敗した時の・・・雲殊様のしょうがないわねーって顔!」

伍真  「・・・そうか・・・確かに無様だな、俺は。でもー」

 伍真、魁を支え直して歩き出す。

伍真  「・・俺もそんな顔した雲殊が好きだよ・・・」

魁   「もー!・・・のろけないでくださいよー・・・」


25・会津・二本松(日中)

疾風(語り)  「9月15日、新政府軍と旧幕府軍は二本松にて交戦、二本松城を中心にその攻防は長期に渡った」

  二本松城周辺、おびただしい数の屍が転がっている。

  その中を歩く洋装姿の虎重、三鶴、伍真、魁、東、聖羅。

聖羅  「・・屍を見る事が初めてでは無いでしょう」

魁   「だけど・・・こんなたくさんは・・・」

虎重  「・・大村殿が管轄の屋敷はもう少し先だ・・・」


26・二本松・大村管轄の屋敷(夕方)

大村  「到着早々にすまない。だが、日が落ちてからが奴らの活動時間と聞いているのでな」

  大村、銀製の銃を調整している6人の前に立つ。

伊地知 「奴らは集団でやって来る」

伊地知正治、門から杖で足を支えながら歩いてくる。

大村  「伊地知殿!」

 大村、伊地知に駆け寄る。

大村  「指揮官がわざわざ足を運ばずとも、こちらから参ったものを・・」

 川村純義、門をくぐって大股で二人に近寄る。

川村  「手の内を見せたがらない大村殿を案じてこちらから出向いたわけだ!」

大村  「・・・人聞きの悪い事を言いなさるな、川村殿」

川村  「は!西郷殿の意見が通って腹の内は穏やかじゃあいられないのだろう?」

伊地知 「あの鬼突とやらをどうにかしないと我々は無駄に時間と戦力を削られるだけだ」

川村  「・・・せっかく我が物とした陣地も一晩のうちにまた奪われる。・・奪っては奪われ、そしてまた奪い返すの繰り返しよ!キリが無い!」

虎重  「鬼突とはそれほどまでに訓練された集団なのですか・・・」

川村  「鬼突に攻撃された者は・・・どこも必要以上に・・・その身体を切り刻まれていた」

伊地知 「・・・戦で敵に勝利するためとは・・・とうてい.思えん」

伍真  「・・・」

大村  「鬼突の正体、それを明らかにして一網打尽にしなければ新政府軍の勝利は無い」

伊地知 「夜襲を受けるのは最前線の陣地だ。おそらく今夜も。・・主体は大村殿の配下に譲るが、その周りは我らの兵で固めさせてもらう」

大村  「・・承知した。・・・だが、余計な手出しは控えていただきたい」

伊地知 「こちらも無駄に兵を失いたくはないさ」

伍真  「・・・」


27・大村管轄の屋敷(夕方)

 屋敷外れの井戸、水を汲んだ聖羅、桶で手を洗っている。

 三鶴、聖羅に手ぬぐいを差し出している。

聖羅  「・・どうも」

三鶴  「・・聖羅ちゃんって分からないな・・」

聖羅  「・・分からなくて結構です。私は私として在る、それだけです」

三鶴  「君みたいに、答えがはっきりしてる人は嫌いじゃないよ」

聖羅  「私は三鶴殿のそういった上からモノを言うような態度は嫌いです」


28・二本松城下(夜)

 薪の周りに座している6人。

三鶴  「鬼突の事、ほとんど分からないままじゃないですか、どうするんです?」

魁   「分からないも何も、姿を見た奴は殺されちまって・・・」

魁   「・・・」

聖羅  「・・・」

伍真  「よし!そろそろ配置につくぞ!魁、伝令役は動き回るんだからしっかり頼むぞ」

 伍真と東、銃を装備して暗い雑木林へ入っていく。

聖羅  「・・何だ、あの空元気は」

魁   「・・分かりますか・・」

聖羅  「慣れないことをすると無理が生じる。・・目が泳ぎきっていた」

魁   「・・・はい。・・でも、それに助けられた事、一回や二回じゃないんです」


29・二本松城郊外(夜)

疾風  「雲殊様が俺とお前以外の者には・・・たとえ前・頭領様であろうと言ってはならないと言った事を忘れたのか」

雪薄  「だけどこのままじゃー」

疾風  「雲殊様の瞳に・・・傷の契りの証があった。山瀬本家の人間が影家の人間へ従属のために施すものであって、本家の人間に為されるなど・・・あってはならない」

雪薄  「・・・」

疾風  「証が浮かんだ時・・・雲殊様は言っていた。・・死ねない・・と」

雪薄  「傷の契りで・・・死ぬなと・・・雲殊様に望んだのですね・・」

疾風  「そんな事を刻みつけるような奴・・・一人しかいないだろう・・・」


30・二本松城下へ続く道(深夜)

西郷の目の前に居並ぶ鬼突達。

西郷  「・・敵を、新政府軍を圧倒させるのです」

 一斉に動きだす鬼突達。

 その一番後ろに続く雲殊。

西郷  「雲殊殿」

 雲殊、足を止める。

西郷  「・・もしもの時はよろしく」

 雲殊、西郷に向かって頭を下げ、歩き出す。


31・二本松城新政府軍最前線陣地(深夜)

魁   「・・・」

 移動中だった魁、足を止め地面に耳を当てる。

鬼突  「そこかああ!」

魁、咄嗟に横に転がる。

 その直後、魁がいた場所に刀を突き刺している鬼突。

 髪は真っ白に変わり、その目は緋色に染まっている。

鬼突  「敵・・・。血・・・血を・・・血を寄こせええ!」

 鬼突、地面から刀を引き抜き魁に襲いかかる。

 魁、間一髪で避け、その背中を蹴りつける。

 鬼突、前のめりに倒れる。

 魁、腰の刀を抜刀し、倒れた鬼突に向ける。

魁   「俺は伝令役だから忙しいんだ!これ以上やろうっていうんならー」

 魁、起き上がった鬼突の顔を見て息をのむ。

 鬼突の顔面の転倒した際の衝撃で出来た傷、たちまち塞がり治っていく。

鬼突  「血を・・・血を寄こせええ!」

 魁に襲いかかる鬼突。


32・最前線陣地(深夜)

 虎重と三鶴、鬼突の集団から逃げる新政府軍の兵を守るため、刀で鬼達と対峙している。

 逃げずに刀で応戦する新政府軍の兵、次々と鬼突達に押し負けて斬り殺される。

  返り血を浴びて甲高い笑い声を上げる鬼突達。

 三鶴、斬りかかってきた鬼突を逆に斬りつける。

 地面に転がり痛みでのたうち回るが、その斬り傷もすぐにふさがっていく。

虎重  「三鶴!」

 一人の鬼突、三鶴の背後から上段で斬りかかろうとする。

 そこに、一発の銃声。

 三鶴の背後の鬼突、肩をおさえて地面に転がる。

虎重  「これはー」

三鶴  「聖羅ちゃん」

 聖羅、鬼突に向けて銀製の銃を構えている。

聖羅  「・・狙いが外れました。頭を狙ったのに」

 聖羅、刀を抜き応戦する。

 聖羅、襲いかかってくる鬼突を斬り倒す。

 三鶴、自分の背後を振り返る。

 肩を撃たれた鬼突、地面に転がり呻いている。


33・最前線陣地(深夜)

東   「お前は銃に集中しろ!」

伍真  「そんな事言われてもッ」

 刀で鬼突を抑え込む東と、鬼突の攻撃を避ける伍真。

 伍真、避け様に鬼突の腹部に銃を放つ。

 衝撃で倒れる鬼突を押しのけ、別の鬼突が襲いかかってくる。

 伍真、避けながらも東が抑え込んだ鬼突、襲いかかる鬼突に次々と銃弾を放つ。

 その周囲には逃げる新政府軍兵。

 鬼突達、その背中に斬りつける。

 その返り血を浴びて甲高い笑い声をあげる鬼突。

 血を浴びた鬼突、突然すぐ横にいた鬼突を刀で斬りつける。

伍真  「え!?」

 斬りつけた鬼突、そのまま斬った鬼突に襲いかかる。

 仲間に襲いかかった鬼突、その傷口に覆いかぶさる。

 新政府軍兵の悲鳴や鬼突のかかり声にまざり、鬼突の絶叫が生じる。

 血を浴びた鬼突達、新政府軍兵・鬼突の見境無しに次々に周囲の者を斬りつけていく。

 斬りつけた鬼突、倒れた者を押さえつけその傷口から血をすすり出す。

 伍真、その光景を呆然と見つめる。

 控えて隠しておいた銀製の銃を見つけ出した鬼突、それを拾い上げる。

伍真  「まずいッ・・」

 銃を持った鬼突、味方・敵の区別なく銃を発砲する。

 その流れ弾、伍真の肩を掠める。

 目が伍真の傷口にくぎ付けの鬼突、伍真へ向かい刀を大きく振り上げる。

 目の前の鬼突、突然動きが止まる。

 目の前の鬼突、伍真の前に倒れる。

 その身体、首から上が無い。

 伍真、その向こうに背を向けて立つ人物を見て固まる。

 白髪を束ねた人物、すぐに刀を構えなおし、血をすすり出した鬼突に向かう。

 躊躇なくその鬼突の首を斬り落とす。

 その後も次々と血をすする鬼突を斬り倒す白髪の人物。

伍真  「・・まさか・・」

魁   「東さん!伍真さん!」

 魁、息をきらして駆けこんでくる。

東   「魁!無事だったか」

魁   「追いかけられてもう駄目かと思いましたけどー」

 魁、鬼突を遠ざけた東の背に駆け寄る。

 伍真、白髪を束ねた人物を見つめたまま。

伍真  「雲殊!」

 魁、東、伍真の背後に一斉に新政府軍の兵が並ぶ。

伊地知 「構え!」

新政府軍兵、一斉に銃を鬼突へ構える。

虎重  「東殿!皆、こちらへ!」

東と魁、立ちつくした伍真を引きずり、新政府軍兵の後ろへ。

そこには虎重、三鶴、聖羅の姿。

東   「そちらは大事ないですか」

雲殊  「撤退しろ!」

 雲殊、新政府軍兵に斬りかかる鬼突に向けて叫ぶ。

雲殊  「早く!」

 撤退を始める鬼突達。

 雲殊を含めた鬼突達に向けられる新政府軍兵達の銃口。

伊地知 「腕や肩では奴らは倒れない。足や頭を狙え!」

伍真  「・・待て・・・」

伊地知 「撃て!!」

伍真  「待ってくれ!」

 一斉に銃口が火を噴く。


34・最前線陣地(深夜)

  足元の鬼突達、白髪から黒髪へ色が戻っている。

  三鶴、魁に詰め寄る。

三鶴  「あの捕まえられた鬼突と君の主!一体何!?」

魁   「・・・」

三鶴  「僕達が押さえてなかったら飛び込んでいくところだったじゃない!」

虎重  「・・魁殿・・山瀬の一族として守りたいものがあるという事は察する。しかしー」

 虎重、三鶴を魁から引き離す。

虎重  「我々は任務上ではあるが、繋がりを持った、すでに立派な仲間だ・・。良かったら、話してはくれないか?」

魁   「・・もともと山瀬の一族は・・・主である藩から任務を受ける本家と・・その下で働く影家の二層に分かれてるんです・・」


35・新政府軍・大村管轄の屋敷(深夜)

伍真  「鬼突の中に雲殊がいるって!」

 伍真、東に詰め寄る。

東   「・・落ち着け、伍真・・。」

伍真  「兄者・・・頼むよ・・」

聖羅  「・・大村様はまだ当分戻られない。伊地知殿も引き上げた今、我々はここでそれなりの権限を持っているという事になります・・。鬼突を調べるという名目なら、接触も可能ということです」

 聖羅、そのまま立ち去る。

東   「・・・」

 伍真、東を振り返る。

東   「お前・・雲殊様に会ってどうするんだ・・」

伍真  「俺が迷わない時って雲殊が傍にいてくれた時くらいしか無いんだよ・・」

東   「・・・」

伍真  「・・俺は雲殊を助ける・・助けたいんだッ」


36・大村管轄の屋敷・簡易牢(深夜)

見張り兵1 「・・本当にこんな小娘があの化け物の仲間なのか?」

見張り兵2 「嘘も本当も、こうやって捕まえたんだから化け物に決まってるだろう?!」

 見張りから一番遠い場所に座り壁にもたれかかる雲殊、髪の毛が黒色に戻っている。

見張り兵2(声) 「それに何発も銃弾を受けたらしいのに、あんなにピンピンしてやがる・・。化け物に決まってる!」

 見張り二人の声が途切れる。

 雲殊、瞳だけを見張りの方向に動かす。

東(声)   「ここはしばらく我々がつく。表で休んでいてくれ」

伍真  「・・雲殊・・?」

 伍真、膝をつき雲殊と同じ目線へ。

 伍真、牢の格子に縋りつく。

 雲殊、伍真を目に入れないように首を背ける。

 雲殊の両手、己の腕を掴み小さく震えている。

東   「・・雲殊様、お久しぶりです。・・ここには我々以外に外部の者は居りnません」

伍真  「・・兄者・・」

東   「・・この馬鹿には・・どんな掟や命令よりも雲殊様の言葉が一番」

伍真  「・・雲殊・・」

雲殊  「私は鬼突になった・・。あの血を浴びて喜ぶ鬼突と、同じもの・・」

伍真  「どうして俺を見ない!」

 雲殊、頭を抱え込む。

雲殊  「本家の頭領になって!会津藩に仕えて!化け物になって!」

伍真  「・・・」

雲殊  「・・生きて・・・生にしがみついた結果がこれです・・」

 雲殊、頭を抱えていた腕を解く。

 雲殊、頭髪が白色に変わる。

 雲殊、身体を引きずるように動かして格子から離れようとする。

 その瞳の色、赤色に変わっている。

雲殊  「・・鬼突の・・・姿を・・見たでしょう・・」

 雲殊、荒い呼吸のまま身体を丸める。

雲殊  「血に狂う自分を押さえられず・・血のために動くようになる。・・しばらくすれば・・・直に治まるから。・・大丈夫・・だから・・」

伍真、立ちあがり格子の扉を開ける。

 伍真、牢の中へ足を踏み入れる。

雲殊  「・・来ないでッ・・」

 伍真、まっすぐ雲殊に近寄りその両肩を掴む。

 雲殊、伍真の腕を振りほどこうとするが、伍真は離さない。

伍真  「・・死ぬな・・」

 雲殊の動きが止まる。

伍真  「・・俺がそう言ったから・・雲殊は一人、頑張ってきたんだろ・・」

雲殊  「違う・・・私は・・私は・・弱くない・・!」

 雲殊、顔を伏せる。

雲殊  「全部私が納得した事だ・・伍真は・・関係ない!」

伍真  「血が欲しいのか?」

 雲殊、肩を震わせる。

伍真  「・・雲殊がそうでも・・俺には・・・関係ある・・・すごく」

 伍真、腰の刀を抜く。

 伍真、刃を自分の首筋に滑らせる。

 伍真の首筋に血の一線が浮かび上がる。

 雲殊、血を見て伍真から離れようとするが、伍真に掴まれて動けない。

伍真  「・・雲殊・・」

雲殊  「・・いや・・いやだ・・」

伍真  「・・これは俺からの・・傷の契りの命令だ・・」

 伍真、雲殊の身体を強引に引き寄せる。

 伍真の首筋の傷を見つめる雲殊、従属反応が起きる。

伍真  「これは命令だから・・・頼むから・・従ってくれ・・」

 伍真、更に雲殊を強く抱き寄せる。

伍真  「俺の血を・・飲んでくれ・・」

雲殊  「・・ごめん・・なさい・・」

 雲殊、伍真の首筋に顔を埋める。

伍真  「・・ごめんな・・雲殊・・」


37・大村管轄の屋敷(深夜)

三鶴  「・・やっぱりお人よしが過ぎるんですよ、虎重さんは・・」

虎重  「はは・・大村殿への報告を考えなければなあ・・」


38・二本松城の外れ(深夜)

 けもの道の途中に佇む魁と聖羅。

 東、道の先から戻ってくる。

魁   「・・ようやく会えたっていうのに・・・伍真さんも雲殊様も・・謝ってばかりじゃないですか・・・」


39・二本松城の外れ(深夜)

伍真  「そろそろ屋敷も気付いて追ってくるだろう・・」

 けもの道の先、伍真に背を向け道の先を見つめる雲殊。

 その背を見つめる伍真。

 雲殊、伍真を振り返る。

伍真  「・・・」

 伍真、その場に立ち雲殊を見つめる。

 雲殊、見つめていた伍真から目を伏せ、道の先へ歩き出そうとする。

伍真  「雲殊!・・もう・・戦い続けないでくれ・・」

雲殊  「・・・」

 伍真、伸ばした手を握りしめる。

伍真  「・・これ以上、苦しむな・・」

 雲殊、目を伏せて暗い道の先を進んでいく。


40・旧幕府軍陣地(深夜)

 高台から陣地を見つめていた雲殊、振り返る。

 雲殊に駆け寄り、そのまま抱きつく雪薄。

雲殊  「・・雪薄・・」

疾風  「雲殊様ッ・・」

疾風  「・・よく・・ご無事で」

 その後ろには山瀬の皆。

雲殊  「・・ただいま・・」


41・大村管轄の屋敷(朝)

大村  「やはり鬼突は手ごわいようだな・・。捕えても単独、逃げのびるとは・・」

虎重  「大村殿!この責任は俺にある!」

 大村の前に座する虎重、東、三鶴、魁、聖羅、伍真。

虎重  「申し訳ない!」

 残り五人も大村に頭を下げる。

大村  「いや、虎重殿も皆も・・顔を上げてくれ。我々の働きには十分な成果があった」

 大村、伍真の前に立つ。

大村  「我々の武器は奴らの鬼突に十分対抗できる。今回の被害の少なさには伊地知殿も感心していた」

伍真  「・・・」


42・大村管轄の屋敷(昼)

聖羅  「私は世良修蔵の死の詳細を調べるために、大村様に任務に加えていただけるように頼みました・・」

 軒先で聖羅の話を聞く虎重、三鶴、魁。

 それを遠くから見る東と伍真。

魁   「・・その世良修蔵ってー」

聖羅  「私の父親に値する人物です」

三鶴  「じゃあ仇討ちのために戦に?」

聖羅  「それは違います。私は生前の父親をほとんど知らず・・・死んだ時も大して悲しみも怒りも感じなかった。父は新政府軍の務めに身を捧げていました。だからこそ、父がどのように殺されたのか、どのような死に様だったのか・・・それくらいは知っておきたいと思ったんです」


43・大村管轄の屋敷(夕方)

東   「・・魁、お前なら気がついているかもしれないが・・」

魁   「・・暗殺は山瀬の任務にもよくありましたから・・」

魁   「・・雲殊様や疾風様が本家のためになさった任務であるなら俺は何にも・・・。東さんも、影家を守る立場にいて、それでも本家を支える立場でもあって・・・大変だって・・」

 伍真、魁の横に座る。

伍真  「お前は聡い奴だな」

魁   「・・・伍真さん、俺、ずっと侍ってやつに憧れてたんです」

伍真  「・・・」

魁   「偉くなって、ただ自分の好きなものを守れるくらい強くなりたい・・。それだけ。でも憧れてた」

伍真  「魁・・・」

魁   「・・だから、今、俺は迷う事なく伍真さんについていける」

伍真  「・・・」

魁   「・・これでも、伍真さんの事、東さんと同じくらい尊敬してるんですよ?」

 伍真、魁の頭を乱暴になでる。


44・若松城内(夕方)

 日の当らない一室に座する大鳥、土方、神保、西郷。

大鳥  「・・俺は反対だ」

大鳥  「勝ったところでそんなもん、どうしようってんだ。手に余るだけだろ」

神保  「・・・」

西郷  「・・今の戦況をよく分かっておられるお二人だからこそ、このお話にも理解をしてくれると思ったのだが・・・」

土方  「よく分かっている。俺達は人と人で戦をしなけりゃならないんだ」

 大鳥、立ちあがる。

大鳥  「悪いが、俺は最後まで泥臭い人間として戦い続けたいんでね」

  


45・陣地境目の森(夜)

疾風  「・・久しいな・・」

東   「・・ああ・・」

 木の枝の上に立つ疾風とその木の根元に寄りかかる東。

疾風  「・・伍真は変わらないのだな」

東   「・・あいつには人を裏切るという事が向いていないんだろな・・。・・俺と違って・・」

 疾風、その場に腰を下ろす。

 東、上を見上げる。

 木々の間から星が見え隠れしている。

疾風  「・・しかし・・ずいぶんと立場が変わったものだな、俺達も・・」

東   「・・そうだな・・」

 疾風、腕を空に伸ばしかけて止める。

東   「戦がある限り、ずっとそうなんだろうな・・」

 空を見つめる二人。


46・会津・天寧寺手前(夜)

雪薄  「・・やっぱり神保様のお屋敷で休まれたほうが・・・」

雲殊  「大丈夫。動いていないと逆に身体が鈍ってしまうから」

 階段を歩く雲殊と雪薄。

雲殊  「・・雪薄?」

 階段上に佇む斎藤、二人に気づき会釈する。


47・天寧寺(夜)

土方  「あの人の立つ新撰組を影で俺が支える、それで良かったのにな・・・」

大鳥  「それは周りの奴らが許しやしねえよ。・・あんたはもう幕軍に必要な人間だからな」

土方  「・・・そう心配しなくても、自分の進む道は分かってるよ、大鳥さん。・・ここに甘えは置いていく・・・」

 後ろからの足音に振り返る大鳥と土方。

 雲殊、二人に頭を下げる。


48・天寧寺手前(夜)

斎藤  「・・俺は・・・ここに残る・・」

雪薄  「・・え?」

斎藤  「・・この地で最後まで戦う事が、俺自身にとって意味のあるものだと思ったからだ」

 雪薄、斎藤を見る。


49・天寧寺(夜)

 雲殊、刀を振りかざした大鳥の首に自分の刀を突き付けている。

 雲殊の髪の毛、白く染まっており、瞳の色は緋色になっている。

髪の毛と瞳の色が元に戻っていく雲殊、刀を鞘に納める。

  大鳥、荒々しく自分の刀を鞘に納める。

雲殊  「・・主を置いて逃げるなど・・考えられません」

大鳥  「ああ、そうさ。俺達は北へ逃げだすんだよ、会津藩を見捨ててな」

土方  「・・大鳥さん・・」

大鳥  「あんたみたいに、誰かに命をかけるってのは幸せで楽な生き方だ」

雲殊  「・・どういう意味ですか・・」

大鳥  「・・俺達にはもう命をかけられる誰かなんてとっくにいない」

土方  「・・・」

大鳥  「俺達には己と仲間と敵と・・・前しかない」

雲殊  「・・・」

大鳥  「あんたにはそれすら・・何にも無いみてえだがな。腐ったような顔しやがって・・・。あんた自身の願いはなんなんだ!・・俺は世のため人のためとか・・・大層な理由を並べたてる奴は好きじゃねえんだ」

大鳥、自分の刀を見つめる。

大鳥  「・・だから新政府軍のやり方は気に入らねえ・・」

 土方、雲殊の前に立つ。

土方  「俺達は俺達の戦い方を貫く。あんたはあんたの戦いをするべきだ」

 土方、そのまま雲殊とすれ違い、寺を出ていく。

 大鳥、土方の背を見つめてため息。

雲殊  「自分の願いとは、今までの自分を手放してでも・・・叶えるに足る事なんですか・・」

大鳥  「・・・さあな・・」

 大鳥、雲殊から顔を背ける。

大鳥  「足るも足りぬも・・・計るのはあんた自身だろ?」

 大鳥、土方の後を追い、歩き出す。

大鳥  「・・自分が歯ア食いしばってるって気付かない馬鹿ほど、頑張っちまうんだよな・・」

 雲殊、振り返り大鳥を見つめる。

 大鳥、寺を出ていく。


50・神保家屋敷(夜)

 屋敷の軒下、雪子からお茶を受け取った雲殊と雪薄、隣に座した雪子を見つめる。

雲殊  「・・家老の神保内蔵助様の嫡男であった・・」

雪子  「はい、神保長輝といいます」

 雪子、月明りに照らされた庭を見つめる。

雪子  「夫は会津藩の中でも和平を結ぶべく京の都で尽力しておりました」

雲殊  「・・・」

雪子  「戦が始まり、夫はその責任を周囲に問われ・・・自らその命を絶ちました。・・命を絶つ事も考えました。・・でも、そこで踏みとどまり生きる事ができたのは・・」

 雪子、懐から紙に包まれたものを取り出し、その包みを開く。

 包みの中には色鮮やかな三本の絵蝋燭。

 雪子、絵蝋燭を手にとる。

雪子  「故郷のため、会津のため、己が正しいと信じた道を進んだのだから、恥じる事も悔やむ事も無い。胸を張って生きてくれ・・・。その意志が揺らいだ時には、この蝋燭に火を灯し、己を見つめなおしてほしいと・・」

 雪子、絵蝋燭を見つめる。

雪子  「・・夫との約束があったからこそ、私は胸を張って生きている事ができるのです・・」

 雪子、絵蝋燭を一本ずつ雲殊、雪薄に差し出す。

雪子  「・・あなた方に差し上げます」

雲殊  「でも、これはー」

雪子  「どうか約束を交わした方に渡してあげてください」

 二人、雪子から絵蝋燭を受け取る。

 雪子、残った絵蝋燭をしまい、会釈をしてその場を去る。

 雪薄、雪子の後を追いかける。

 一人残った雲殊、絵蝋燭を見つめる。

雲殊  「・・約束・・か・・」

 雲殊、首筋に刻まれた傷の契りの印に触れる。

雲殊  「・・死ぬな、苦しむな、戦うな・・・一体何を約束すればいい・・?」

 雲殊、絵蝋燭を握りしめる。


51・母成峠・旧幕府軍の陣(昼)

疾風(語り)  「10月、味方の軍勢が次々と北へと移る中、会津藩はその地に留まり、新政府軍との戦を続ける道を選んだ。それは次第に持久戦となり、防戦一方となった会津藩は追いつめられていった」

 陣の外れ、刀の手入れをしていた斎藤に両手で絵蝋燭を差し出して頭を下げる雪薄。

斎藤  「・・・」

 斎藤、絵蝋燭と雪薄を交互に見つめる。

 斎藤、雪薄の手から絵蝋燭を受け取る。

 笑顔になる雪薄。


52・母成峠・旧幕府軍の陣(昼)

神保  「こちらにおりましたか・・」

 歩いてくる神保。

 雲殊、疾風に支えられ立ちあがる。

疾風  「・・頭領に何か?・・」

神保  「会津に尽くす者として、山瀬の者の働きには感謝の気持ちが尽きん。・・それも伝えておきたかったのでな・・」

 神保、一度雲殊に向かって頭を下げ二人に背を向けて立ち去ろうとする。

雲殊  「長輝殿が死んだとき、神保様は・・・どうなさったのですか・・?」

神保  「・・息子の死を無駄にしないこと、辱めないこと・・・それがわしにできる精一杯だった」

 神保、再び歩き出す。


53・母成峠・新政府軍の陣(昼)

 戦の怒声に混じって、遠方より銃声が響く。

 伍真、立ちあがる。

魁   「伍真さん!?」

東   「伍真!」

 伍真、銃声の鳴った方向へ走りだす。


54・母成峠・戦場(昼)

 旧幕府軍の殿にいた白髪の雲殊、その場に立ちつくしている。

 その目の前には地面に倒れた雪薄。

疾風  「雪薄!!」

 疾風、敵の攻撃を掻い潜り、雪薄を抱き起こす。

 雪薄の胸からは夥しい量の出血。

 その様子を立ったまま見つめる雲殊。

疾風  「雪薄!!しっかりしろ!」

雲殊  「・・どうして・・」

雪薄  「・・私・・いつも守られてばかりだったから・・・少しくらいは・・雲殊様や兄様や・・斎藤様のように・・・守る立場になりたかった・・・」

 放たれた弾丸が腕や頬をかすっても微動だにしない雲殊、雪薄を見つめている。

雪薄  「雲殊様・・・どうか雲殊様は・・・約束を・・・」

 疾風の腕の中で力尽きる雪薄。

疾風  「・・雪薄・・・」

 疾風、雪薄の頭を自分の胸に押しつける。

 白髪の雲殊、かかってきた新政府軍の兵の腕を斬りおとし、その胴体に刀を突きたてている。

疾風  「・・雲殊様・・」

雲殊  「あ・・・ああああああッ!!」

 雲殊、刀を引きぬき、新政府軍のかかってくる方向へ単独突っ込んでいく。


55・母成峠・戦場(昼)

 伍真、退却してくる新政府軍兵をかき分けて前に進む。

 伍真、旧幕府軍の殿まで来て足を止める。

 目の前には白髪・緋色の瞳の雲殊、命乞いをする兵の首をはね上げる。

 その全身は相手の返り血・自分の傷口から噴き出す血で赤く染まっている。

伍真  「・・雲殊・・?」

 雲殊、伍真の声に反応し、兵の骸を蹴り飛ばして伍真に斬りかかってくる。

 伍真、持っていた銀製の銃の銃身で雲殊の刀を防ぐ。

 雲殊、瞳孔が開き、呼吸は荒いまま、伍真を押す刀の力を強める。

 伍真、雲殊の腕を掴もうとするが、振り払われて刀の切っ先を突きつけられる。

伍真  「・・雲殊ッ・・」

雲殊  「・・・」

 雲殊、全身の傷口から血が噴き出ている。

伍真  「お前・・怪我が。・・よせ・・!死んじまうぞ!!」

 雲殊、伍真に斬りかかる。

 伍真、銃の銃身でそれを受け止める。

 雲殊、更に刀を押しこみ、その切っ先が伍真の肩口に食い込む。

 伍真、銃を投げ捨てて雲殊の刀を掴む。

 刀ごと雲殊を引き寄せる伍真。

伍真  「頼むからッ・・・俺を思い出せ・・」

 伍真、刀を掴んでできた傷口から血を口に含み、雲殊の後頭部を強引に引き寄せて口付けする。

抵抗する雲殊を抑え込む伍真。

 次第に抵抗が小さくなり、刀から手を離す雲殊。

 地面に落ちる刀。

 雲殊、緋色の瞳を開く。

雲殊  「・・伍真・・・」

 雲殊、伍真を突き飛ばして離れようとする。

 伍真、それよりも強く雲殊を抱きしめて離さない。

雲殊  「・・もう・・・伍真がくれた痛みも温もりも・・・もう何も覚えていることもできない・・!」

 雲殊、伍真の胸に縋りつく。

 その手は固く握られている。

 伍真、その手の上に自分の手を重ねて包む。

伍真  「・・汚れてなんかいない・・。雲殊はいつだって綺麗だ・・綺麗なんだッ」

 伍真、更に強く手を握り、雲殊の頭を胸に押しつける。


56・若松城郊外(夜)

 雲殊、伍真、疾風、東、魁、三鶴、虎重、聖羅が車座に座している。

雲殊  「この先・・これ以上鬼突を生み出してはならない・・・。そのために・・・どうか力を貸してください」

 雲殊、頭を下げる。

雲殊  「鬼突と研究がなされた屋敷の一掃、それに協力してほしいんです」

虎重、雲殊の前に膝をつく。

虎重  「しかし・・・味方を裏切ることになる雲殊殿の立場は・・・」

雲殊  「ご心配にはおよびません。全て我らが処理します・・・」

魁   「本家は・・・一体どうするんですか・・」

雲殊  「戦から離れて里へ戻るようにさせます。・・私は死んだものとして」

三鶴  「・・・僕たちには美味しい話だけど、そっちはそれで良いの?」

 雲殊、立ちあがり聖羅の前に膝をつき銀製の銃を差し出す。

雲殊  「その刀と対の太刀を前に一度目にしました。・・持ち主は私の任務の標的です」

疾風  「・・・」

雲殊  「私はあなたの家族を殺しました」

 聖羅、雲殊から銃を受け取り銃口を彼女に向ける。

聖羅  「・・どんな・・・最後だった?」

雲殊  「・・敵に最後まで背を向けることなく、誇り高い方でした。・・この国の行く先を見届けたかった・・・と」

 それを逃げることなく見つめる雲殊。

 その様子を見つめる一同。

聖羅  「あなたは・・・死にたいのか?」

雲殊  「いいえ。でも・・・私も自分の為した事に背を向けたくはありません」

聖羅  「・・・」

 聖羅、銃口を下ろす。

聖羅  「もう傷が付けられない程に傷ついている。今さら、そこに引っかき傷を加えた所で・・何にもならない」

雲殊  「・・・」

聖羅  「この国の行く末・・・か・・。やっぱり父上らしい・・」


57・若松城郊外(夜)

雲殊  「疾風・・・」

 雲殊と伍真、旧幕府軍の陣へ戻る疾風を見送る。

疾風  「もう慣れっこですよ・・」

雲殊  「・・でも、疾風―」

疾風  「雲殊様、手筈通りに明日、例の屋敷周辺に仕掛けを施します。・・・これにて・・」

疾風、頭を下げて一気に走り去る。


58・若松城下(昼)

疾風(語り) 「その翌日の10月8日、新政府軍の若松城への侵攻が始まった」

 西郷管轄の屋敷の裏手、雲殊、伍真、東、魁、虎重、三鶴、聖羅が控えている。

聖羅  「・・そろそろ頃合いです」

 屋敷の表より大きな爆発音。

 屋敷内の者が次々と外へ出てくる。


59・西郷管轄の屋敷内(昼)

 塀を乗り越えて庭先に侵入する雲殊、伍真、東、魁。

 残っていた兵が侵入者に気づき、斬りかかってくる。

 東、その兵を投げ飛ばして刀を奪う。

 魁、新たにかかってくる兵を刀で抑え込む。

東   「ここは二人で間に合う!」

 伍真と雲殊、屋敷の奥へ進む。


60・屋敷内・地下最深部

 扉を突き破って階段から転げ落ちる兵。

 階段を下りる雲殊と伍真。

 地下には西洋のガラスで作られた様々な形の容器が壁一面と机の上に並べられ、その中には赤い液体。

 雲殊、手にした刀の切っ先を部屋の隅に向ける。

 そこに立っている西郷、神保、大村。

伍真  「・・・大村様・・?」

雲殊  「西郷殿と神保殿に烙水の作り方を教えたのは、あなたですね」

大村  「西洋の秘薬の作り方を教える代わりに味方の情報を教える。それだけだ。だが、すぐに考えを改めた。これからの新しい時代には必要ない」

 大村、西郷と神保を見る。

 西郷と神保、刀を抜く。

 その頭髪、みるみる白髪へと変わっていく。

 西郷と神保、雲殊と伍真に襲いかかる。

 神保、赤い瞳の瞳孔が開き、口からは唾液が垂れている。

 伍真、西郷に斬りかかられて防戦一方。

雲殊  「・・長輝殿の死を辱めないと・・・あの時の言葉はなんだったのですか!?神保殿!」

 伍真、銃の柄で西郷を殴り押さえつけて、その頭に銃口を突きつける。

 伍真、引き金に指をかけて止まる。

 部屋に銃声が響き、西郷、胸から血を流して倒れる。

 階段に立つ大村、銃を構えて伍真に向ける。

 伍真、銃を構えようとするが間に合わない。

雲殊  「伍真!!」

 響く銃声。

 伍真の前に立ちふさがった神保、胸から血が流れる。

 神保、手の刀を大村に向かって投げ、そのまま倒れる。

 反応が遅れた大村、刀が庇った腕に深く刺さる。

 大村、刀を引き抜くと階段をはいずり上がり逃げていく。

雲殊  「神保殿!」

 伍真、神保を抱き起こす。

 神保と伍真に駆け寄る雲殊。

伍真  「・・何で俺を庇って・・・」

神保  「・・長輝と・・・雪子殿を思い出した・・・」

雲殊  「・・・」

神保  「二人が一緒にいて・・・・一番・・・・幸せな・・・」

 神保、そのまま力尽きる。

 伍真、神保の身体を床に横たえる。

 立ちあがった伍真、壁際まで歩いて行き、設置されたガラスの容器を銃身を叩きつけて割り始める。

 その背中を見つめる雲殊。

 ガラスの破片で手に傷ができる。

伍真  「・・・これからの時代って何だ・・・」

 伍真、強く手を握り締めて血が垂れる。

伍真  「新しい世って何なんだ・・・。こんなものの先に、何があるっていうんだよ!!」

雲殊  「・・・」

 雲殊、静かに伍真に近寄り、その手に触れる。

 

61・西郷管轄の屋敷(夕方)

東   「人が集まると面倒だ。・・早く行け・・・」

 伍真と雲殊、東・魁とすれ違う。

東   「雲殊様」

 伍真と雲殊、立ち止まる。

東   「・・ちゃんと二人で、戻ってきてください・・」

雲殊  「・・・」

 雲殊、東に背を向けたまま小さく頷く。

 伍真と雲殊、屋敷を立ち去る。

 魁、その後ろ姿を見つめ続ける。


62・若松城下(深夜)

雲殊  「鬼突は同じ鬼突の血に対する反応が非常に鋭く、敏感なんです・・」

  腕に斬り傷を作った雲殊、流れる血を地面に垂らしながら歩く。

 鬼突の白髪と赤い瞳が暗い通りにいくつも浮かび上がる。

 雲殊、刀を抜く。

雲殊  「今まで、大丈夫だと嘘をついては伍真に怒られてきたけれど・・・今は本当にそう、思っている。・・伍真と、一緒にいるから」

 伍真、銃を構える。

 鬼突、一気に二人に襲いかかる。

 二人、鬼突達の攻撃を避けつつ、確実に一体一体の首をはね、心臓を撃ち抜き、息の根を止めていく。

 次々に押し寄せる鬼突達。

 二人とも疲労のせいで避けが鈍くなり、どんどん傷を作っていく。

              ×              ×               ×

 夜明け近く。

 最後の一体の鬼突が心臓を撃ち抜かれて地面に倒れる。

 雲殊と伍真、肩で息をして満身創痍な状態だがかろうじて立っている。

 雲殊、後ろにいる伍真を見つめ、自分の唇を強く噛みしめる。

伍真  「・・雲殊・・・大丈夫かー」

 伍真、いきなり雲殊に顔を引き寄せられて口づけされる。

 反応が遅れた伍真、そのまま口移しで雲殊の血を飲む。

 伍真、雲殊を引き離す。

伍真  「な・・・にを・・」

雲殊  「まだここに・・・一匹いる」

伍真  「雲殊ッ・・?」

雲殊  「・・伍真・・・私を・・殺して・・」

 伍真、従属反応が起き、銃を持つ右腕が動き雲殊に向けようとする。

 伍真、左手で銃を下げようとするが、動かない。

伍真  「やめろッ・・」

 伍真の右手、引き金に指が伸びる。

伍真  「ああああッ!!」

 伍真、左手で転がっていた刀を掴み、その刃を自分の右腕の腱に突き刺す。

 力を失った右腕、銃を手放して垂れさがる。

 地面に膝をつく伍真を見下ろす雲殊。

 その赤い瞳には赤い涙が溜まり、頬に赤い線を描いている。

雲殊  「伍真・・・私はもう何も望めない!来年の桜を一緒に見る事も!明日、伍真のそばにいる事も!!」

伍真  「勝手に決めつけるな!!」

 伍真、ゆっくり立ちあがる。

伍真  「勝手に終わらせるな!終わらせてたまるかよ!!・・・お前が・・・雲殊がいなけりゃ来年も明日も・・・俺にはねえんだよ!!」

 一歩一歩雲殊に近付く伍真。

 伍真、雲殊に向かって左手を伸ばす。

伍真  「雲殊・・・手を伸ばしてくれ・・・」

雲殊  「・・・」

伍真  「俺を望め!!」

雲殊  「・・・・・伍真ッ・・・」

 雲殊、ゆっくり伍真へ左手を伸ばす。

 二人の指先が触れあう直前、銃声が響き、雲殊の身体が前のめりに倒れる。

 雲殊の背中、銃に撃たれた傷があり、赤く染まった背中が更に血で濃く染まっていく。

 伍真、雲殊を抱き起こす。

 大村、構えていた銃を構えなおして伍真に銃口を向け引き金を引く。

 それと同時に、抱きかかえる伍真の肩を掴む雲殊。

 雲殊、伍真の前に起き上がり、正面から銃弾を受ける。

 大村、再び銃を構えなおそうとして動きを止める。

 大村の首元には杖の先端。

伊地知 「・・大村殿・・一体何をしているんだ」

 伊地知と川村が大村のすぐ後ろに立っている。

 その後ろには虎重、三鶴、聖羅、東、魁の姿も。

大村  「こ・・・これは・・わ、私はただ襲われている官軍兵を助けようとー」

 魁、大村に殴りかかろうとして三鶴に押さえ込まれる。

川村  「大村殿を陣まで丁重にお連れしろ」

 兵、二人が大村の左右に立ち、肩を押さえる。

伊地知 「・・大村殿、先ほど若松城下のとある屋敷の地下にて興味深い物の残骸を回収した。・・・よろしければ後ほどあんたの意見を伺いたい」

大村  「・・・」

 大村、兵に連れられて立ち去る。

 伊地知、杖をついて伍真と雲殊へ近寄る。

 魁、それを追いかけようとするが、東に手で制される。

 東、魁に向かって、首を横に振る。

 虎重、聖羅、三鶴も伊地知と伍真・雲殊の様子を見つめている。

伊地知 「・・敵軍の死体は捨ておく。・・・恨みつらみを晴らすなら、生きているうちに済ませることだ」

 伊地知、二人に背を向け歩き出す。

 虎重、三鶴、聖羅、魁、東以外の新政府軍、その場を立ち去る。

 雲殊、伍真の頬に左手を伸ばす。

雲殊  「怖かった。・・離れる事が・・・伍真と・・離れるのが・・」

伍真  「・・・・・俺だって・・怖かったさ・・・」

 伍真、伸ばされた雲殊の手を左手で掴んで自分の頬にそえる。

伍真  「・・年上のくせにって・・・また笑うか?」

 伍真、笑いながら涙が頬を伝う。

 雲殊、伍真に右手を差し出す。

 その中には血で赤く染まった絵蝋燭。

雲殊  「願って・・・。私の・・ぶんまで・・」

伍真  「・・・」

雲殊  「・・約束・・・して・・ほしい・・」

伍真  「・・約束するよ・・。・・俺の命をかけて・・!」

 伍真、雲殊の手から赤い絵蝋燭を受け取る。

雲殊  「・・・もうひとつだけ・・・いい?・・私のわがまま・・。・・・・伍真の、一番近くに・・・いさせて・・!」

 雲殊、伍真の顔に自分の顔を寄せて口づける。

 伍真、雲殊の頬に手をそえる。

 固く握られる二人の手。

 夜が明け、太陽の光が二人を照らす。

 雲殊の手から力が抜ける。

 伍真、雲殊の顔を見つめる。

 雲殊、伍真を見つめ、微笑んで再び目を閉じる。

 太陽の光に照らされた雲殊の身体、次第に色を失い、灰となって散っていく。

 風に最後の一握りが流されて見えなくなるまで、それを見つめ続ける伍真。


62・蝦夷行きの船内(昼)

 甲板に肩を並べる土方、大鳥、疾風。

土方  「・・・疾風、お前も後を任された・・・というよりも押しつけられた・・・ようなものか?」

疾風  「・・頭領の滅多にない我儘でしたから」

大鳥  「・・物好きな奴だな!」

 大鳥、土方、甲板を歩いていく。

 それを追いかけようとする疾風。

 突風が吹き、疾風の足が止まる。

 風になびく疾風の髪、白髪でその間からは赤い瞳が覗いている。

土方  「どうした?」

 土方、振り返る。

 黒髪に元の瞳の色の疾風、二人を追いかける。


63・斗南(昼)

 字幕 「明治・斗南」

 雪の降り積もる町。

 高台まで歩いてきた斎藤。

 懐から絵蝋燭を取り出し、火を灯す。

 静かに雪が降り始める。

 絵蝋燭の火が静かに揺れる。


64・山瀬の里(昼)

 里を走り回る魁。

魁   「全く!どこか行く時は一声かけてとあれほどー」

 魁、目の前を流れおちた桜の花弁を見つめる。

 その花弁の流れてきた方向に顔を向け、再び走り出す魁。

  

65・山瀬の里の外れ(昼)

伍真  「・・・・」

 満開の桜の巨木を見上げる伍真。

 その右腕はだらんと垂れさがり、左手には所々汚れた絵蝋燭が握られている。

 強い風が吹き、桜の花弁が一気に舞い散る。

 伍真、絵蝋燭を懐にしまい、舞い降りてくる桜の花びらに手を伸ばす。

 桜の花弁、伍真の手をすり抜けて地面へ落ちる。

 伍真、再び桜の巨木を見つめる。

伍真  「・・願はくは・・」                              

                                            (終)

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