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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

穴(続:偏態・日奈子編)

作者: 水綺はく

 見つけた。

派手な赤髪。顔中に塗られたそれはメイクというよりかはまるで子供が白い紙に絵の具でぐちゃぐちゃに描いた落書きみたいだ。

私が腕を掴むとこっちを向いた。

驚いたように目を見開く彼女。

学生が出入りする大学前で彼女の腕を掴む私とそのすぐ後ろに龍太が立っている。

「うわっ、マジで見つけた…」

龍太の声が後ろから聞こえた。

私は彼女から目を離さない。

この大学に入ったことは知っていた。

だから絶対に見つけ出してやると決めていた。

彼女と連絡が取れなくなってから見つけるまで私がどれだけ寂しかったか。

私から逃げようなんて!

許さない許さない許さない許さない。

「百合ちゃん、久しぶり。」

私の笑顔に百合ちゃんが怯えた目をした。

なんで怯えるの?私と百合ちゃんは唯一、繋がれる存在なのに。

「せっかく久々に会えたんだし、こんなところで話すのもなんだから落ち着けるところに行こうか。」

私は百合ちゃんの手に指を絡めて肩に頬を寄せる。

百合ちゃんは無抵抗で私の言葉に従うように歩き出した。私の横にいる百合ちゃんは私と相反するように辛気臭い顔をしている。私はその表情を見て苛ついた。百合ちゃんのその表情は高校時代を思い出させる。

私が毎日どうやったら百合ちゃんが手に入るか考えて、もがき苦しんでいたあの頃を思い出させた。

結局、百合ちゃんは卒業するまで私の手に入らなかった。でも大丈夫、私には百合ちゃんを離さない最良の手段があるから。

別に百合ちゃんの心が手に入らないのは構わない。今更そんなことで悩まない。そんなことはとっくに諦めている。せめて私のそばから離れないように、離さないように、私はその為だったらなんだってする。

学生が行き交う通りを外れるとそこは一気に別世界が広がる。

子供らしさが一切ない雰囲気。ちょっと生々しくて薄汚い感じ。ピンクのネオンが光る看板はどこに行っても同じ感じだ。

「久しぶりだね、私達がここに来るの。」

看板を一瞥してから振り返って百合ちゃんを見る。

百合ちゃんは私と目を合わさずに俯いたままだ。私は仕方なしに龍太を見た。龍太は呆れたようにため息を漏らす。

「嫌なの?」

威圧するように龍太に問いかける。

龍太は私の目を見て、別に?と返した。

まるでしょうがないから付き合ってやるよとでも言っているような目だった。

「地元にいた時、私達三人で何度もラブホに行ったじゃん。やっぱり私達の遊び場はここでしょ?百合ちゃんだって最初は嫌がってたけどすぐに気持ち良さそうにしてたじゃない。今更逃げるなんて酷いよ。」

俯く百合ちゃんの手を引く。

その後ろを龍太が静かについて行く。

ラブホの室内に入ると私は百合ちゃんに向かって乱暴にメイク落としシートを投げつけた。百合ちゃんの頭に青い星柄のメイク落としシートが当たって床に落ちる。

「それ、落として。その顔じゃヤれないから。」

百合ちゃんは素顔が一番良いのに、どうしてそんな風に不釣り合いなものを顔に塗るのか理解できない。まるで自分を偽っているみたいだ。誰かに見つからないように顔を隠しているみたいで腹が立つ。

私の百合ちゃんが!

このニヶ月間どれほど私が不安で寂しかったか百合ちゃんは何にも分かっていない‼︎

百合ちゃんが中々、メイク落としシートを手に持たないから私が代わりに腰を下ろしてそれを手に取った。その瞬間、隙を狙ったかのように百合ちゃんが私の横をすり抜ける。かがむ私は振り返って百合ちゃんの後ろ姿を見つめた。高校の時とは違った血糊みたいな赤髪が映る。

違う、違う、違う。私の百合ちゃんはこんな髪色じゃない‼︎

彼女の腕をすぐに龍太が掴んで体に巻きついた。転ぶように前へと崩れる百合ちゃん。それを抱え込む龍太。

私は立ち上がって百合ちゃんに駆け寄った。

そばに寄って彼女の頬に触れると涙で濡れていた。手を広げた私は彼女の顔をぐちゃぐちゃに触る。アイシャドウもマスカラも付けまつげもリップも、全部ごちゃ混ぜになるくらいにぐちゃぐちゃに触る。

百合ちゃんはキュッと目を瞑ったまま無抵抗だった。私はそのままメイク落としシートを出して百合ちゃんの顔に擦り付ける。

落ちろ、落ちろ。消えろ、消えろ!

こんなもので私の百合ちゃんを失ってたまるか!

シートで念入りに拭いた後、ようやく素顔の百合ちゃんが二ヶ月ぶりに私の目の前に現れた。

嗚呼、これだ。私の愛しい百合ちゃんだ。

それからは二ヶ月前と同じ流れだ。

私は椅子に座って彼らの姿を眺める。

ベッドに乗った二体の裸体。百合ちゃんと龍太が二か月ぶりに絡み合う。

どんなに泣いたって嫌がっても結局、濡れるものは濡れる。私はそれを分かっている。だって私は百合ちゃんと同じ女だから。

その事実が無性に苛立つ。別に男になりたいわけじゃない。

私にとって特別な存在である百合ちゃんには穴があって私にも穴しかない。穴と穴。その事実に苛立つ。私がもしも穴じゃなければ、私と百合ちゃんはもっと正常に繋がれたのだろうか。私はもっと正しい方法で百合ちゃんを愛せただろうか。

フッとため息に似た笑みが漏れる。

何考えてるんだ、私。馬鹿だ。

私がただの男だったら百合ちゃんはきっと私に見向きもしなかった。私が可哀想な子だったから百合ちゃんは私を気にかけただけなのにいつまでもその優しさから離れたくなくてこんな不毛なことをしている。

いつまでも手元に置きたい。

欲しいのに一度も手に入らない私の百合ちゃん。

ベッドの上で果てた二人は体を引き離してぐったりと横たわっている。

私は二人のいるベッドに近寄って百合ちゃんのおでこにキスをした。

「また会おうね、百合ちゃん。」

私達はこれからも一緒だ。

百合ちゃんと繋がれるのは私だけなのだから。

離さない、永遠に一緒だ。



 夕方のファーストフード店は人が多すぎてうざったい。若い子達が無駄に話しまくっているからずっとガヤガヤとしている。

スマホ画面を見つめる私は舌打ちをした。

今日も返信が来ない。まだ私をブロックしているというのか。

「神村から連絡来ないの?」

私の前に座る龍太が尋ねる。

龍太は私の通う女子大の近くにある専門学校に通っている。私と龍太は学校が終わるとこうして会うのが日常となっていた。

「もっと他に方法を考えないと…」

スマホをテーブルに置いた私が呟く。

龍太が何か言いたそうに私を見ていた。

私はいつも龍太からその視線を浴びると何も聞かないように彼を突っ撥ねる。

龍太はいくら突っ撥ねても私から離れない。百合ちゃんもそうだったら良かったのに。

「もう帰る。」

立ち上がって飲みかけのジュースを回収場に持っていく。龍太が私の後についてくる。

二人で街中を歩く。地元にいた時は私の隣にいたのは龍太じゃなくて百合ちゃんだった。

あの頃、私達はまだ楽しかった。浅はかだったけれども楽しかった。そこに龍太が加わってから少しずつおかしくなっていった。いや、そうじゃなくて私がおかしくしてしまった。

「日奈子、あれ!」

龍太に言われて俯いていた顔を上げる。

数十メートル先で百合ちゃんがいた。

あ、と声が漏れる。私の視界が色づいていく。百合ちゃんを見ると私の真っ黒な世界はいつもこうやって色づくことが出来る。

私の身体が百合ちゃんのそばへ行きたいと疼く。じっとしていられない衝動。だけどそれを打ち砕く衝撃。私の身体は止まったまま動けなくなる。

百合ちゃんの隣に知らない男が立っていた。百合ちゃんと親しげに笑い合っている。そこにいる百合ちゃんは私といる時よりも確かに楽しげだった。

誰、あの男?

私の心はハンマーで打ち砕かれたかのように粉々になっていく。


 高校二年生の秋。

「ねぇ、あの転校生、全然喋らないじゃん!つまんなくない?」

クラスメイトの誰かが話しているのを聞いた。

転校生とは神村百合のことだ。

最初、彼女が転校して来た時は好奇心で話しかける生徒たちが沢山いた。でも今では誰も話しかけない。

それは彼女が誰のことも受け入れないからだ。誰かが近づいても固く口を閉ざしたまま冷たい視線を送る。

まるで私みたいだ。

中学時代まではチヤホヤされていた私も今ではすっかりクラスに浮いている。幼い頃から周りのみんなは優しかったし、持ち上げてくれるから気分が良かった。それが段々、生意気だとか、調子に乗っているって言われるようになった。何が生意気だ。私をそういう風にしたのはみんなじゃないか。それを今更、気に入らないと離れていくのが腹立たしかった。

「なんか、あの転校生いじめられていたらしいよ!」

「えぇー!マジで⁉︎だから雰囲気あんな暗いんだ!納得‼︎」

「クラスメイトいじめてるやつに注意したら今度は自分がいじめられたんだって!」

「やばっ!それって超気の毒じゃん‼︎」

私は席に着く百合ちゃんを見つめる。

百合ちゃんは一人で真っ直ぐ前を向いていた。私の身近に存在していたいじめられっ子はもっと気弱な子が多かったけれど私の目に映る百合ちゃんの姿は逞しくて聡明さを感じた。

「麻生さん!今日も一人?一緒にご飯食べようよ!」

お昼休憩の時間だった。

山久龍太が私のそばに寄る。その後ろで彼の友人達が懲りないなとでも言うように彼を見ていた。

「友達いるでしょ?あっちへ行って。」

龍太に冷たく言い放つ。

彼を鼻であしらうことには熟れていた。

「え〜?まあ、いいや。また明日も誘うね。」

そう言った時の龍太の笑顔がうざったかった。

私は百合ちゃんの席に近づいた。

百合ちゃんが見上げて私の目を見る。初めて百合ちゃんの顔を近くで見た。遠くで見ている時よりもずっと綺麗だ。

「ねぇ、一緒にご飯食べようよ。」

百合ちゃんの机にお弁当箱を乗せる。

百合ちゃんは躊躇していた。私はそれを無視するように彼女の前に椅子を置いてお弁当箱を開けた。

これが私と百合ちゃんの始まりだった。

私は最初から強引だった。でも他の子に対してあんなに強引になることなんて今までなかったからきっと私は最初から百合ちゃんに惹かれていたんだ。

初めて教室に入ってきて目にしたあの時から百合ちゃんに恋していたんだ。



「ごめん、それは出来ない。」

 は?何それ?

男の言葉を聞いた時、一瞬耳を疑った。

「いや、よく知らない人だから流石に連絡先は無理ってだけで他の人にも同じように断っているんだ!」

慌てた様子で弁明する男に私はますます苛立った。

何なの、こいつ。

今まで散々、電車の中で私のことチラチラと下心丸出しの目で見ていたじゃん。私のこと気になっていたくせに断るの?

私から百合ちゃんを奪っておいて!

どうせ百合ちゃんもすぐに飽きるんでしょう?

それで心変わりするんでしょう?

だから取らないでよ。私から百合ちゃんを取らないでよ!

「それじゃあ…」

男の声が聞こえる。私は俯いたまま顔を上げることが出来ない。フレアスカートの裾を握る手は怒りで鬱血しそうなほど力強かった。

私の百合ちゃんを奪わないでよ。私に返して!

苛立ったまま何も出来ない私は自分がどれほど弱い人間か理解していた。だけど強くなれるほど私は賢くない。

目的を失った私はどうしていいのか分からずスマホを開いた。それから電話を掛ける。

二つコールを鳴らすと電話に出た。

「龍太?…つまんない。つまんないから来て。」

私の要求を彼はいつも聞いてくれる。

でも私は彼を愛していない。私が愛しているのは百合ちゃんだから。


「もう少しでクラス替えだね。」

 お弁当を突く百合ちゃんが手を止めて私を見る。

「春休み過ぎて三年生になったらクラス替えだよ。私、百合ちゃんと離れるの寂しいな。」

不安げに見つめる私を見て百合ちゃんは笑う。

「大丈夫だよ!クラス離れても会いに行くよ‼︎」

信用出来ない。

何も分かっていない顔で笑う百合ちゃんに苛立った。

こんなことを言っているけれど百合ちゃんの性格ならすぐに新しい友達が出来るだろう。

百合ちゃんはクールに見えるけれど話すと明るいし、よく笑うし、聞き上手で、みんなが関心を持っていることとか流行にもそれなりに敏感だから友達なんてすぐに出来るに違いない。

転校したばかりの頃はまだこの学校に慣れていなかったから誰とも交流出来ていなかったけれど今は違う。私と仲良く話している姿をクラスメイトたちは気にして見ている。本当はみんな、百合ちゃんと話してみたいのだ。

誰かが百合ちゃんと喋ったらすぐに打ち解けて百合ちゃんの周りに人が集まってくることを私はよく理解しているから毎日、百合ちゃんを見張るのも忙しい。

クラス替えをして私とクラスが離れたら、百合ちゃんには新しい友達が出来て私のことなんてすぐに二番、三番…と優先順位を落としていくに違いない。私はそれが許せない。百合ちゃんにとっての一番は私がいいの。

私は誰よりも百合ちゃんが一番なのだから百合ちゃんも同じように私を一番に愛して欲しい。

ただの友達なんかじゃなくて親友なんて陳腐な言葉じゃなくて、もっと私を百合ちゃんの特別にして。

少なくとも私は他の誰よりも百合ちゃんが特別だよ。

「二人でお昼?俺も混ぜてよ。」

向かい合う私と百合ちゃんの席に龍太が近づく。

うざい。邪魔しないでよ。

苛立つ私は龍太の顔が見えないようにそっぽうを向く。

こいつはいつも私が百合ちゃんと話していてもお構いなしで混ざってくる。

強引に連絡先を交換させられてから毎日ラインが来ていた。

うざい、うざい、うざい。

ラインの通知音を聞いて百合ちゃんからだと思って見たらお前だった時、本当にムカつく。毎回、殺意が湧く。

嗚呼、でも…

私はふと思いついて顔を龍太の方へ向く。

ずっと私を見ていたと思われる龍太と目が合う。

龍太が笑みを浮かべる。

こいつ、使えるかな…?

私は穴しかないけれどこいつの使い方次第では百合ちゃんをもっと闇の奥底に連れていって離さないように出来るかな。

私は百合ちゃんが一番なのに百合ちゃんが私を一番に出来ないのなら無理矢理、一番にさせればいいんだ。こんな方法で一番になることなんて出来ないけれど少なくとも百合ちゃんを離さない最良の方法だよね?

写真を撮って脅せば尚のこと完璧だ。

百合ちゃんは私から離れられなくなる。

今よりももっと深いところまでいけるのだ。

その為に龍太が必要だった。

私は力がないし、穴だから。



 百合ちゃんから連絡が来ない。

いくらスマホを開いても百合ちゃんからのメッセージはない。

分かっている。百合ちゃんはずっと私から逃げたがっていた。

最初は愚かな私に同情して言うことを聞いてくれていたけれど百合ちゃんが私の要求に応えれれば応えるほど何かが変わっていった。何かが崩れていった。

私はそれを見ないように目を逸らしながら毎日、百合ちゃんを求めて龍太を利用した。

愚かなのは私だ。私は誰よりも孤独だった。

だけどやめられない。やめたら百合ちゃんが離れちゃう。百合ちゃんを離さないように必死だった。

初めての恋だったから何が何でも手離したくなかった。

だってこうでもしないと百合ちゃんと私は希薄な関係のままに違いなかったから。

だから必死で…それなのに……

もう一度、スマホ画面を開いた。

百合ちゃんからの連絡はない。

来るはずがない、そんなこと分かっているのに…

ふらふらの足取りで駅の改札を抜ける。そのまま階段を一段、二段…と上がって駅のホームを目指す。

駅には帰宅ラッシュで人が溢れていた。私の視界に同じ方向を目指す無数の人間の背中が映る。

一歩、二歩、三歩…ふらふらになって歩く。

力が入らない。貧血だろうか。視界がぐらぐらする。

目に映る景色がぼやける。その先で見つけた姿。私は目を見開く。

どんなに視界が悪くなっても私はすぐに見つけられる。

百合ちゃん、百合ちゃんだ!

「百合ちゃん!」

声を上げる。でも百合ちゃんには届かない。

私はそのまま身体が落ちていくのが分かった。

意識が朦朧として立っているのが辛い。

駄目だ、限界だ。

百合ちゃん、百合ちゃん!

心の中で何度も叫ぶ。

叫びながら地面にへたり込む瞬間、百合ちゃんの隣にあの男がいるのが分かった。

頭を抱えて地面に座り込みながら最後に見えた光景が脳内に焼き付いた。

意識が朦朧としていたはずなのに、その光景だけはっきりと見えたのが残酷だった。


「おい、大丈夫か?」

 電話で呼び出した龍太が私に駆け寄る。

私は駅のホームの椅子でなんとか息をしていた。

「気持ち悪い。」

頭を抱えて呟くと龍太がペットボトルの水を差し出した。

「とりあえず飲んどけ。」

蓋を開けて水を飲む。

ほんの少しだけ頭が軽くなったような気がした。

項垂れる私の背中に龍太の手が触れる。

「さっきね、私の先に百合ちゃんがいたの。」

私の話を龍太は何も言わずに黙って聞いていた。

「名前呼んだけど聞こなかったみたい。百合ちゃん、そのまま離れて行っちゃった。…それに隣に男がいたの。」

朦朧とする意識の中ではっきりと見えた景色。

百合ちゃんと百合ちゃんを支えるように寄り添う男。

また視界がぼやける。今度は意識が飛んでいるからではない。

溢れた涙がポタポタと私の太ももを濡らす。

一人は嫌だ。興味本位で誰かが近寄って来ても私はいつだって一人だった。いつも一人、ずっと一人。まるで一人がお似合いだとでも言うように。

でも本当は一人は嫌なの。

私は誰よりも愛されたいの。

強欲だからいつまでも愛してくれる確証が欲しかった。

百合ちゃんはもう愛を見つけちゃったのかな。

私は馬鹿だから間違った方法にしか進めなかった。

私の百合ちゃん。

どうやったら手に入った?

「俺、お前があいつを忘れる為に離れた方がいいの?」

龍太が尋ねる。

なんでも聞かないでよ。いつも私のしたいことを聞いてそれに従うこの男も馬鹿だ。

「離れないで。一人は嫌だ。」

泣きながら懇願した。

龍太は何も答えない。

「私の言うことが聞けないの⁉︎」

顔を上げて龍太を見る。

龍太と目が合った。

彼が私の手を握る。

「ごめん、びっくりして。俺ってもう用無しなのかと思っていたから。」

龍太の指の腹が優しく私の手を撫でた。

今まで散々、この男を利用した。

ここまで懲りずに私から離れない男は世界中どこを探してもいないだろう。

つまり馬鹿なんだ。阿呆なんだ。とんでもなく愚かな男なんだ。

だから私は安心する。

龍太が自分から離れない事実にいつも安心する。

彼の胸に顔を埋めた。

温かくて、ゆっくりと動く心臓の鼓動を感じた。

その中で私はまた涙を流す。

私の涙で龍太の着ている服が濡れていく。

龍太は私の背中を優しくさすっている。

私の涙はまた同じ人に向けてだった。

これから何度も思い出すたびに泣くだろう。

頭の中で顔を思い浮かべるたびに胸が針で刺されたように痛むだろう。

私の百合ちゃん。

百合ちゃんは私のものにならなかった。

私が欲しくて欲しくて手を伸ばした彼女はするりと抜けていった。

私の百合ちゃん、永遠に。

百合ちゃんは私の初恋だったから一生忘れることなど出来ない。思い出すたびにこの息苦しい瞬間を思い出すに違いない。

「日奈子さ、貧血なんじゃねぇの?帰りに鉄分の入った飲み物買おうよ。」

頭上から龍太の声が聞こえた。

「うん、そうかも。」

龍太の太ももに手を置いて答える。

脳裏にはさっきまでの失恋した瞬間が焼き付いて離れない。

ずきずきと痛い。

私は痛みを和らげるように別のことを思い出す。

龍太の胸の中で思い出した情景は高校二年生の時に私と百合ちゃんと龍太で廊下を歩く姿だった。

制服を着た私達。龍太の話に私と百合ちゃんが声を上げて笑う。目を細めて笑う。

私は視線を龍太から百合ちゃんに換えた。するとそれに気づいた百合ちゃんが同じように私を見て笑った。

あの時、私達はまだ同じように笑っていた。



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