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37歳、初恋。 〜あるいは接触した二重螺旋〜  作者: 坂東太郎
『第一章 創作イベント「短編ハッカソン」にて』

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【7】


「失礼します。『しのばずエレジイ』を書いた坂東太郎です。講評お聞きしてもいいでしょうか?」


「編集を担当した武原です。よろしくお願いします」


 審査講評で「聞きに来るように」と言われたのを真に受けて、懇親会では真っ先に審査員長に話しかけた。

 納得できなかったというより、講評を聞きたかったから。


「あれか!」


 持っていたビールを手において、がさごそカバンを探って原稿を取り出す。

 乾杯直後でまだ一杯目のビールも飲み終わってないのに、審査員長は俺たちに対応してくれた。

 わざわざ、審査中にメモを残した原稿を取り出してまで。


「時代考証をちゃんとしろ。昭和っても戦後の話だろ?」


「はい」


「これが大正だってんならわからないでもないけどよ。いくら三日間で書くったってそれぐらいはできたろ」


「すみません坂東さん、編集の僕がちゃんとやれば」


「いや武原さんの指摘を流したのは俺ですから」


 時代設定と現実の不一致。


 この辺が甘いのは、ふだん異世界モノを書いてるせいかもしれない。

 いやまあ異世界モノ書いててもちゃんとしてる人はちゃんとしてるわけで。

 俺の認識が甘かっただけだ。


「講評でも言ったけどな、まあ上手いよ。文章も読める」


「ありがとうございます!」


 小説を書きはじめて三年。

 受賞歴はなく、WEB小説からの拾い上げで商業デビュー。

 出したシリーズが「大ヒット」してるわけでもない。

 そんな俺にとって、編集さんでも読者さんでもない、冷静な目で見られる審査員長——実績も受賞歴もある方——のお褒めの言葉は嬉しかった。ちょっと涙ぐんだ。俺ちょろい。


「書けるヤツがまとめた短編ってところだな。悪くねえけどずば抜けてるわけじゃない」


 褒めるところは褒める、イマイチなところは言葉を包まず指摘する。

 そんな方の言葉だけに、素直に受け取れる。


「この短編から熱量を感じられなかった。登場人物は好き合ってんだろ? そのわりに愛情も伝わってこない」


 素直に受け取れるだけにキツイ。

 恋愛モノなのにそこが表現できてなかったって。根本じゃないすか……。


「短期決戦なんだ、下手でも情熱をぶつけた短編の方がよかったのかもな。うまくまとまってるものはどうしても物足りなく思えちまう」


「なるほど……」


「ま、悪くねえのは確かなんだ。得意なジャンルか、時間かけて熱量こめたモンを書くんだな」


「ありがとうございました」


 最後に、審査員長のベテラン作家が俺の肩を叩く。

 書き続けろよ、と伝えるかのように。


 俺は頭を下げて、うしろからプレッシャーをかけてくるほかの参加者に場所を譲った。

 麦茶片手に、空いてるスペースをふらふら探す。

 武原さんと並ぶ。


「すみませんでした坂東さん。時代のズレは編集が指摘することなのに」


「いやあ、武原さんは言ってくれたじゃないですか。流したのは俺なわけで」


 書き終えた時は後悔がなかった。

 受賞できなかったこと、ほかの参加者の短編、審査員長の講評。

 じわじわと後悔が湧き上がってくる。


「俺、プロット時点で『執筆時間を考えたらこのシーンは外そう』って。日和っちゃいましたよねえ。後先考えずに、書きたいものを書いてればあるいは」


「僕もたぶん焦ってたんだと思います。初日の夕方から夜、ネタ出しやプロット打ち合わせにもっと時間をかけるべきだったかもしれません」


「ほかの参加者のネタ、突き抜けてましたもんねえ。うまくまとめた短編が物足りないのはわかります。三日間って、超絶作家じゃなきゃ完成度も知れてますしね」


 書き上げた『しのばずエレジイ』自体に後悔はない。


 ただ、「イベントの戦い方」と——


「そうだなあ。二日目の朝までネタ出しとプロット検討、深夜まで初校執筆、三日目の朝まで推敲と出し戻し」


「鬼。鬼スケジュール。編集としてそれは組めないですよ坂東さん、いつ寝るんですか」


 ——安全策をとった、自分に後悔があるだけだ。


 鬼スケでやればもっといいモノになったかもしれない。

 ならなかったとしても。

 少なくとも、こんな後悔は抱えなかっただろう。


 戦いを諦めた。

 日和った。


 書きたい物語よりも、書ける物語を書いた。時間的に。ジャンルは初挑戦だったけど。

 後悔しかない。


「また短編を書くんで、見てもらっていいですか?」


「『しのばずエレジイ』の修正版? 完成版? ですか?」


「うーん、それはやりますけど……『家』をテーマに、あらためて別の短編を書くかもしれません」


「売上を競う『グランプリ』を狙うんですか?」


「いやあ、獲れれば嬉しいですし、WEB小説やSNSで告知はしますけど、メインはそうじゃなくて。気持ちの問題ですね」


「わかりました。『いつまででもお待ちします』よ」


「ははっ、『しのばずエレジイ』の作中のセリフですね。よろしくお願いします」


 消化できない感情は執筆で解消する。

 鬱々としたニートで日々を無為に過ごしてた頃に見つけた解消法だ。

 現実逃避ともいう。

 妄想に逃げ込めば、現実のことは考えないで済むので。


 ともかく、武原さんにまた見てもらう約束は取り付けた。

 一言断ってコートを手にする。

 懇親会場を出て、野外の喫煙所に向かう。


 11月も後半、八王子でも山の中の夜は寒い。

 いまのご時世、室内に喫煙所がないのは普通だ。

 変に煙たがれるよりは寒い方がいい。


「お疲れさまでした」


「懇親会場にいないと思ったら。お疲れさまです」


 喫煙所にはまた森田さんがいた。

 タイミングが合うのか、ほかに喫煙者がいないのか。


「おたがい受賞なしでしたね」


「ほんとですよ! めっちゃ悔しいです!」


「講評聞きに行きましたか?」


「えっ!? 坂東さんほんとに行ったんですか!? あれ社交辞令じゃないんですか!?」


「えっ? 聞きに来いって言われたら行きますよね?」


「ナチュラルに空気読まない人いた」


「捕まえたのまだ審査員長だけですけど、きっちり教えてくれましたよ。お世辞抜きで。すごく参考になりました」


「いきなりあの先生に行ったんですか!? それに『まだ』って!」


「えっ? 審査員全員捕まえるつもりですけど?」


「ハート強すぎかよ。私もあとで行くことにします」


「それがいいですよ。朝提出して、夕方に直接聞けるってそうないですから。このために参加費払ってるって言っても過言じゃないです」


「なるほどー! でも私、なんで賞くれなかったんですかって詰めちゃいそうなんですよね」


「いいじゃないですか、詰めちゃってください。『あなたは砂場でマルボロを』、くっそよかったですもん」


「読んだんですか!?」


「電子書籍化作業が早めに終わったので、プロットと再校を。それとさっき見たらストアに並んでたんで、完成版も購入してざっと読みました」


「はやっ!」


「俺、今回初めて恋愛モノ書いたんですけど……『あなたは砂場でマルボロを』の冒頭シーン読んだだけで『あーこれ勝てないわ。恋愛ってこう書くのね』ってなりました」


「ありがとうございます」


「なんて言うか、失礼かも知れないですけど、寝起きスタートってありがちじゃないですか。けど主人公の心情と小物がマッチして情感がこもってました。描写最高でした」


「なんですかねこれめっちゃ照れますね」


「正直、森田さんは受賞すると思ってました。自分の短編よりも、受賞しなかったことが謎です」


「うう……ありがとうございます。私も坂東さんの『しのばずエレジイ』読みますね。気持ちが落ち着いたら」


「あー、けど俺できれば感想は聞きたくないんです。指摘じゃなくて褒める方でも。なんかどうしたらいいかわからなくなっちゃって」


「なのによく審査員長に講評聞きに行きましたね!?」


「それとこれとは別というか」


「じゃあ読書会は行かないんですか?」


「読書会、ですか?」


「はい。ほかの組の編集さんがやるって言ってましたよ。公式じゃなくて自主的に、希望者が集まって各作品について語るって」


「え? 時間足りなくないですか? ほかの人の短編、語りたいことたくさんありますよ?」


「何日かに分けてやるって言ってました」


「あー、なるほど。じゃあ語りたい作品の時は行くかもしれません。場所によりますけど」


「たしかにー! こんな山奥じゃ行きづらいですもんね!」


「自分の回はどうしようかなあ。行きたいような行きたくないような。あ、森田さんの回は行きますね」


「ずるい! 言うだけ言って聞かないのずるい!」


「…………前向きに検討します」


「私知ってる、それ絶対行かないヤツ」


「……その、『しのばずエレジイ』の修正版書きたいですし、『家』テーマの短編を書いてみたいですしね。ちょっとバタバタしそうなもので」


「おっ、グランプリ狙いですか?」


「んー、というより、このままだと消化できない感じなんで。そりゃグランプリも狙いますけど」


「私もです! こうなったら売上伸ばしてグランプリ狙っていきます!」


「おたがいがんばりましょう」


「修正版かあ、そのためにも坂東さんの回の読書会参加した方がいいんじゃないですか?」


「まあ、行きますよ。スケジュールが合えば」


「言いましたね! 聞きましたからね!」


「うっす。さて、会場戻ります。ほかの審査員の方に講評聞いてこないと」


「あ、私も戻ります!」


「……二人で抜けてたみたいになりません?」


「え? イヤですか?」


「いやイヤではないですけども。光栄ですけども」


「ぜんぜん気持ちを感じないんですけど?」


「うっ。それ、講評で言われました……」


 何気ない言葉なのに刺さる。


 日常を書くのは難しい。

 日常の感情を表現するのは難しい。

 もとい、日常は難しい。


 森田さんの後ろ姿は、グランプリへの意気込みと「なんで賞くれなかったのか聞き出してやる」って気概に満ちていた。

 感情があふれていた。


 こんな日々を過ごせば、書くものに感情が乗るんだろうか。

 三日間の短期決戦の熱が残る頭で、俺はそんなことを考えていた。



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