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37歳、初恋。 〜あるいは接触した二重螺旋〜  作者: 坂東太郎
『第四章 執筆部屋を背にリビングにて』

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【8】


 中央環状線と5号池袋線の四車線分岐をクリアする。

 ここからは長いトンネルだ。

 口数が減っていく。

 さすがに、4号新宿線と分岐するところで渋滞に捕まった。

 分岐後の長い坂を登って、新宿のビルがチラッと見える。


「ここ、高速で通ったことある」


「都心側から玲花の家に帰る時は通るだろうね。新宿駅に向かう高速バスも通るかな?」


「家に帰る時だと思う。八王子の実家の時かもしれないけど」


「あーなるほど、どっちにしろ中央道に出ないとだもんね。この分岐を使うかは怪しいけど」


「そうなの? 運転できるたろーさんすごいなあ」


「カーナビ頼りです。昔はね、遠出する前に紙の地図を開いて道を覚えてたんだけど」


「ハードル高っ!」


「ジェネレーションギャップゥ……」


「ほら私免許持ってないんで! よくわからなくて!」


 4号新宿線は断続渋滞だった。

 カーナビを見るとこのまま高井戸出口まで混んでて、その先の一般道は順調みたいだ。

 つまり、あと一時間もかからない。


「到着まで40分ぐらいなかあ」


「うう……」


「またすぐ会おうね。次はいつにしよう。いつあいてますか?」


「週末! 今週末どうですか忙しいですか!?」


「どっちか一日ならイケるかな」


「じゃあそれで! あ!」


「どうした?」


「土曜日、夕方から空いてるんですけど……泊まりに来ますか?」


「えっ」


「そうすれば日曜は一日一緒にいられるし!」


「おー、いいね! そうしようか!」


「えへへ……」


「あれ? 玲花、キャラ変わった? 恋人とずっと一緒にいたいタイプだっけ?」


「違いますけど? たろーさんこそキャラ変わったんじゃないですか? 『予定が合う時に一緒にいられればいいかなあ』で振られたとか言ってませんでした?」


「そうですねえ、キャラ変わりましたねえ。恋人が好きすぎるもので」


「堂々と惚気られました! 本人に!」


「仕方ないね、玲花を好きすぎるからね」


「昨日まで『好きってよくわからない』って言ってたのに!?」


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 断続渋滞は、混んでたけど止まることなく流れて、高井戸ICで高速を降りる。

 一般道で少し窓を開けてアイコスを手にする。

 玲花はカチッとライターを鳴らしてつけてタバコに火をつける。


「週末は、今度こそ初詣かね」


「そうねえ、どこか行きたいところある?」


「心と体の体力、まだ不安っちゃ不安なんだよね」


「けどミジンコよりは体力ありますよね? 短編ハッカソンを乗り越えるどころか、私たっぷり煽られたけど?」


「その節はほんとすみません。一年ちょっとジム通って、やっと人並み以下に戻ってきた気がする」


「以下なんかーい! でも努力しててえらいっ!」


「そりゃねえ、前までは、都内に打ち合わせ行くと、乗換駅で喫茶店行って休憩して、最寄駅に着いて休憩して、一時間超えたら打ち合わせしんどくなって」


「それはほらアレだよ、都内まで遠いから」


「終わったら喫茶店入ってタバコ吸って休憩して、乗換駅で休憩して、家に帰って次の日までぐったりするという」


「しんどい……よく体力ついたねえ、がんばったねえ」


「まあタバコ吸いたいってのもありましたけどね」


「たしかに! けど無理しないで、しんどい時は言ってね?」


「玲花もね、タバコ吸いたい時やトイレ行きたい時も」


「恋人が喫煙者で気楽!」


「トイレも近い方でして」


「めっちゃ気楽! 私もトイレ近い方なんで!」


「よかったあ。その辺、『また行くの?』とか言われちゃったらつらいんで」


「わかるー!」


 甲州街道を右折する。

 もうすぐ、昨日玲花を拾ったドラッグストアだ。


「玲花がイヤじゃなければ家の前まで行こうか? 恋人として?」


「ありがとう恋人ー! 家の前の道は狭いけどさっと降りるだけなら平気だから!」


「さっと降りるだけかあ」


「ほら寂しそうにするなー。明日はおたがい仕事がんばって、明後日はもう土曜日! 会える日!」


「そうですね、あっという間です。あっという間なはずです。……夜、帰って落ち着いたら電話していいですか?」


「あれ? たろーさん電話苦手って言ってませんでした?」


「それはそれ、これはこれです。過去は過去、いまはいまです」


「それっぽいこと言ってるけど意味はないな?」


「正解っ!」


「また真面目な顔でボケるー」


「読み取ってくれて嬉しいです」


 話の合間に挟まれた玲花の指示で、住宅街の小道を入っていく。

 川沿いの道は狭い。

 玲花が暮らすアパートはこの道沿いらしい。

 たしかに、車は停めておけそうにない。

 だから、もうすぐお別れだ。

 話したいことがあるならいまのうちに、と気ばかり(はや)る。

 まあ、夜には通話するんだけど。バカップル。


「アパート、これです」


「ここですか……」


 前後に車はない。

 けど、横は一台分もないだろう。長話はできない。


 車を停める。

 降りようとする玲花の手を握る。

 運転から離れて、ひさしぶりにアーモンド型の目を、はしばみ色の瞳を見つめる。



「好きです。なんだか、好きをはじめて実感した気がします。大好きだって、そう思った、最初で最後の人になってくれませんか?」



 うまく言葉にできない。

 敬語はやめようって言ったのに敬語に戻ってる。


 玲花はちょっと目を大きくして、笑った。



「バーカ! 大好きだぞ!」



 がばっと抱きつかれて、キスをした。



 車はまだ来ない。

 けど、自転車っぽい光が近づいてくる。


「じゃあ、行きます」


「寂しそうな顔するなー! こっちまで寂しくなっちゃう」


「へへ……」


「嬉しそうな顔するなー! 単純かー!」


「もうデレデレすぎるんで。じゃあ、行きますね」


「うん」


 最後に、軽くキスして、玲花が助手席のドアを開ける。

 忘れ物がないか確かめてドアを閉める。

 バタンと閉まったドアの外で玲花が手を振る。

 手を振って、車を出した。


 狭く、ゆるやかにカーブした川沿いの道。

 サイドミラーに映る玲花の姿は、すぐ見えなくなった。


 車内が静かだ。

 カーナビに従って広い道に出る。


 信号待ちの間に紙巻きタバコを抜く。

 少し窓を開けて。



 俺は、車に乗せておいた、真新しいライターでタバコに火をつけた。



 平成最後のお正月、令和元年になるはずの年。


 一年のはじまりに、恋をした。



 ひょっとしたら、クリスマス直前忘年会の時から、その前の読書会の時から。

 あるいは、短編ハッカソンの期間中に。

 それか、「火、貸してもらえません?」と、声をかけられたその時から。


 恋に落ちていたのかもしれないけれど。


 一人で吸うタバコは、なんだか喉に詰まる気がした。



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