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37歳、初恋。 〜あるいは接触した二重螺旋〜  作者: 坂東太郎
『第四章 執筆部屋を背にリビングにて』

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【3】


「あらためて、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします!」


 ビールとチューハイの缶をぶつける。

 一人で座るか転がるだけだった二人掛けソファに二人で座る。

 もうひとまわり小さくてもよかったかな、と思っていたローテーブルの上は二人分のお酒とおつまみでいっぱいだ。


「めっちゃ片付いてますね! そして物が少ない! ウチとぜんぜん違う!」


「いやあ、部屋にいることが多いですからね、スキマ時間にちょこちょこ片付けて、落ち着く空間にしようと」


「なるほどー」


「森田さんと違って自営業ですからね、平日外で働いてたら掃除も片付けもしんどいですよ。会社員時代は散らかってました」


「ですよねえ。はー、掃除と洗濯してくれる人が欲しい」


「料理はいいんですか?」


「料理は趣味なんで! そこは自分でやりたいです!」


「森田さんは会社員コピーライターして、料理以外の家事をしてくれる人が希望だと。主夫的な?」


「いいですねそれ!」


「なるほどなるほど。ちなみに俺は料理苦手です。いちおう作れないこともない、ぐらいで。掃除と洗濯は苦じゃないんですけどねー」


「何それピッタリじゃないですか! 坂東さん私と結婚しましょ!?」


「しますん!」


「移ってるー! どっちだそれー!」


「主夫かあ。自営業だとそういう生活する人もいますね。家で仕事して稼いで、家にいる分家事もする。で、パートナーは外で働いてる、みたいな」


「いいなー、そういう感じが理想です! 私が外で働く方で!」


「なるほどなるほど。ちなみにパートナーの存在以外は俺いまそんな感じで」


「坂東さん私と結婚してください!」


「しますん!」


「言いたかっただけー! それ言いたくて話を持ってかれただけー!」


「バレてましたか……森田さんもう酔っ払ってます?」


「んーちょっとだけ! だって楽しいんですもんー」


「楽しんでもらえてるのはうれしいですけどね、少しペース落としましょうね」


「ええー? 大丈夫ですよー?」


「ほら夜は長いんで。まだ19時すぎなんで」


「夜は長いんですか?」


「言い方言い方ァ!」


「うへへー。坂東さん、聞いてもいいですか?」


「なんでしょう?」


「ソファのうしろの、このスライドドアの向こうはなんですか?」


「こっちは仕事部屋ですねー」


 特に見られて困るものはない。

 体をひねって、ガラガラっと扉をスライドさせる。


 L字デスクにチェア、プリンター、本棚、読書用のイスとワゴン。クローゼットがあるのもこっちの部屋だ。


「すごいすごい、仕事する部屋なのにこっちも片付いてる!」


「まあ森田さんをお招きするわけですからね、がんばって片しました。クローゼットにごそっと隠し……しまったりして」


「きゃー! じゃあエロ本はクローゼットに隠したんですね!」


「エロ本て! ないですけどね?」


「ええっ!? エロ本ないんですか!?」


「ないです。あ、だいぶエロ寄りのラノベはありますけど。勉強のために」


「へえ、勉強。勉強ですかー。勉強ですか?」


「ええ、参考図書です。実用図書ではなく」


「言い方ー! 実用ってなんですかー!」


 片手に缶ビール、片手で目元を隠す森田さん。

 ときどき指を開いてチラチラ見てくる。

 いや実用の説明はしませんけども。実用してませんし。


「でも、部屋見せてもらってちょっと安心しました」


「何がですか?」


「坂東さん実は結婚してたり子供いたり、バツあったりしない?って」


「ないです! まあ37歳ですからね、そう思われてもおかしくありませんけど」


「ないんですか? ほんとに?」


「ほんとに。子供は可愛いですけどねー、自分の子供は欲しいと思わないんです」


「どうしてですか?」


「姉夫婦と妹夫婦の子供たち、つまり甥っ子が四人いるんです。一番上でいま4歳か5歳かな」


「かわいい盛り?ってヤツじゃないですかー」


「ご機嫌な時はかわいいんですけどね……そうじゃない時は……俺がマイペースすぎるんで、自分の子供だとしんどいだろうなあと」


「わっかるー!」


「甥っ子は可愛がるだけでいいですからね、この距離感最高です!」


「おーなるほどー、それならまあ? 実は私も子供苦手で……」


「別にいいんじゃないですか? 世の中には俺たちみたいな人もいると。子供がいない夫婦もありありですよ」


「坂東さんやっぱり結婚しましょ!?」


「三度目の正直でも乗っかりません!」


「ダメかー! ぴったりなんですけどー!」


 くっと丸くなった森田さんが俺に寄りかかる。

 ニマニマの笑顔を引っ込めて真面目な顔で俺を覗き込んでくる。


「坂東さん、なんでダメなんですか? 結婚はアレとしても」


 迫ってくる。 


「なんで部屋に呼んでくれたのかなあって」


 森田さんの、はしばみ色の瞳と目が合う。


 話そうと思ってた。

 一人で考え込まないで、正直なところを。

 何度も頭の中でシミュレーションした。

 けど、うまく言葉が出てこない。

 缶チューハイを持つ手が震える。


 森田さんは何も言わず、ただじっと俺を待ってくれた。

 言いかけては口を閉じてを何度か繰り返して。


「こんなことを話すのもどうかと思うんですけど……」


「聞かせてください」


「『好き』って感情がよくわからないんです。厨二病だか高二病だかみたいでちょっとお恥ずかしいんですけどね」


 森田さんが手を伸ばして俺の手をつかむ。


「いまだって、一緒にいたいし一緒にいて楽しいし、いない時は会いたいって思う。けど——」


 言わない方がいいことはわかってる。

 でも「なあなあ」な関係を続けるのも違うと思った。

 この前は耐えたけど、俺はきっと流されてしまうだろうから。


「——けどたぶん、いま、森田さんに『彼氏ができた』って言われても、『そっかあ、おしあわせに』って流せちゃうんです」


 森田さんの手にぎゅっと力が入った。

 眉が寄って目尻が下がって顔がくしゃっとなる。


「ふぅー……」


 よくわからない呼気が漏れてる。

 言葉を待っていると、森田さんの表情が変わった。


「悲しいです、それはつらいです」


 へこんだ顔から、なんだか決意した顔へ。

 身を乗り出して俺の顔を見つめてくる。


「でも一緒にいたいし楽しいって思ってくれてるんですよね!? 会いたいって思うんですよね?」


「はい。それは思います。自分でも煮え切らなくて申し訳ないんですけど……」


「そう思うって、もう『好き』ってことなんじゃないかなあ!」


 俺の自覚がないだけだ、と伝えてくる。

 はしばみ色の瞳に涙を乗せて、意志を乗せて。

 一緒にいたいし、会いたいと思うなら好きってことだろと。


 好きってなんなのか。

 世の恋愛してる人たちはわかってることなのか。

 37年も生きてきてなんで俺はわからないのか。

 過去の恋愛? はなんだったのか。


 脳内でぐるぐるまわる。

 頭がキャパオーバーする。


「コレガ……スキ……? ニンゲンノ……ココロ……?」


「はいそこでボケない! これだからラノベ作家は!」


「ううっ、すみません……」


 冗談に逃げたら怒られた。

 うん、当然ですね。考えすぎるなってそういうことじゃない。外村さんの盛大なため息が聞こえる。気がする。



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