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37歳、初恋。 〜あるいは接触した二重螺旋〜  作者: 坂東太郎
『第三章 忘年会という名目のデート』

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20/31

【8】


「こういうのも朝チュンって言うんですかね」


「さあー、言わないんじゃないですかねえ」


「朝なのに? 鳥も鳴いてるのに?」


「あれは省略してるだけで事実を言ってるわけじゃないですよ?」


「なるほど」


 眠い。

 朝の光が眩しい。

 二日酔いがないのは救いだ。

 あれだけ酔っ払ってた森田さんも二日酔いはないらしい。すごい。


「森田さん、どこまで覚えてます?」


「ぜんぶ覚えてます!」


「え? 寝る前の、俺の恥ずかしいセリフも?」


「覚えてますよ? 『抱いて終わりになりたくないんですよ、大事に——」


「わー言わなくていいです! そっかあ、覚えてるのかあ」


「はい、ばっちり。ダメですか?」


「いいです、いいですけどね、これけっこう恥ずかしいですね」


「ええー? でも、うれしかったです」


 ラブホから出て新宿駅に向かう。

 昨日と同じく、森田さんは腕を絡めてきた。

 受け入れられているように思えて嬉しい。


 歌舞伎町の奥から新宿駅まで、朝の繁華街を歩く。

 人気(ひとけ)は少ない。

 靖国通りの信号待ちで足を止める。


「森田さん」


「なんですか坂東さん?」


「また会ってくれますか?」


 シラフの森田さんが、ぐっと体を曲げて俺の顔を覗き込む。

 イタズラっぽい目をしてる。


「坂東さんは会いたいですか?」


「それはもう。会いたいですし、なんならいまも帰りたくないですよ」


「またしれっとそういうこと言うー! これだからラノベ作家はー!」


「それ昨日も言ってましたけど、むしろラノベ作家はこういうこと言わなそうな」


「そういうものですか?」


「そういうものです。それで、森田さん。また会ってくれますか?」


「はい、喜んで!」


 信号が青になって歩き出す。

 眠い。けど、足取りは軽い。


「はあ、今日用事がなければなあ。このまま遊べたのに」


「え、森田さん、それ俺が用事ない前提になってません?」


「用事あるんですか?」


「ありませんけども」


「ないんかーい!」


「ちょっとは書きますけどね、パソコンあるんでどこでもできるわけで」


「すごい。現代すごい」


 新宿駅が近づいてくる。

 繋いだ手が離れるのはもうすぐだ。


「けど、名残惜しいぐらいがちょうどいいんです」


「ほうほう、その心は?」


「だってまた会いたいじゃないですか。満足したら会いたいと思わなくなっちゃいそうじゃありません?」


「ありますん! 満足しても会いたいです!」


「強い。強い子きた」


「坂東さんは名残惜しいですか?」


「めっちゃ名残惜しいです。森田さんは?」


「名残惜しいです!」


 東口の階段を降りる。

 俺はJRで、森田さんは京王線。

 ゆっくり歩いても、すぐに改札は見えてくる。

 ため息を吐いて立ち止まった。


「誘ってくれてありがとうございました。昨日から、すごく楽しかったです」


「会ってすぐ『二時間ぐらいが限界』って言ってたのに?」


「ほかの人ならそうだったと思うんですけどね。相手が森田さんだったので平気でした。リラックスして楽しめました」


「うー、またそういうこと言うー!」


「いやほんと思ったことを言ってるだけなんです」


 からかってるわけじゃない。

 キザぶってるわけでも、口説いてるわけでもない。


 向き直ってもまだ手が繋がってる。


「また会ってください。今度は俺から誘いますね」


「はい、待ってます」


「それじゃ、また」


「名残惜しいですけど、また」


 ほどける。


 手の行き場がなくて、持ち上げて手を振る。


 森田さんを置いて歩き出す。


 左にプレゼントの手提げ袋を持って、森田さんはずっと右手を振ってくれた。


 俺がJRの改札を抜けて、人ごみに飲まれるまで。


 俺から森田さんが見えなくなるまで。



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