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37歳、初恋。 〜あるいは接触した二重螺旋〜  作者: 坂東太郎
『第二章 二つの飲み会とデートのお誘い』

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10/31

【2】


「お疲れさまでーす」


「おっ、今日の主役の片割れ! いらっしゃい坂東先生」


 編集の外村さんと飲んでから一週間後。

 俺はめずらしく、二週続けて都内にいた。

 先週の神田に続いて今日は浅草橋だ。

 やけに下町づいてる。


「これ、差し入れです」


「おーありがとうございますー。みなさん、坂東先生から差し入れいただきましたー!」


 わっと歓声が上がる。

 見ると、そこには8人ほどの短編ハッカソン参加者がいた。

 たぶん全員短編ハッカソン参加者だ。みんな顔を見たことある気がする。あると思う。あるんじゃないかなあ。正直、いっぱいいっぱいすぎて覚えてない。名前はもっと覚えてない。


「ちゃんと『読書会』に来たんですね坂東さん!」


「あー、まあヒマになっちゃいましたから」


「ヒマに? 執筆落ち着いたんですか?」


「はい、既存シリーズが打ち切りになったんで」


「つら」


「重い! 重いよ坂東先生!」


 読書会の主催は、短編ハッカソンに編集枠で参加した編集さんだ。さすがに顔も名前もわかる。前に参加した時もかぶってたんで。

 その頃からの「先生」呼びは慣れないけどスルーする。


「森田さんも来られたんですね」


「今日は私の『あなたは砂場でマルボロを』と、坂東さんの『しのばずエレジイ』の回ですよ?」


「うあーマジかー。同じ『恋愛』テーマで森田さんの短編と比較されるのかー」


 感情が乗ってない俺の短編と、情感たっぷりの森田さんの短編。

 日和ってオンスケジュールだった俺と、ギリギリまであがいた森田さん。

 正直、比べられるのはしんどそうだ。

 ごまかすように、俺は差し入れの袋から中の箱を取り出した。


「フォークは入れてもらったんですけど……紙皿ってあります?」


「いやーないっすねー。まあ直接で!」


「了解です。気になる人は先に食べてもらいましょう」


「その箱はスイーツ? ホールケーキですか?」


 森田さんの質問には応えない。

 シールをはがしたところで止まる。もったいぶる。

 箱に注目を集めたところで、がばっと開けた。


「浅草違いですけどね、浅草名物『すきやき』の——」


「おおー。おお?」


「あれ? すきやきなのに湯気がない?」


「——形をした、ケーキです」


「はあっ!?」


「マジで!?」


「うわ、すっご。どうなってんだろコレ」


 場が盛り上がる。

 よし、買ってきた甲斐があった。


「食べてみてください。美味しいかはわかりません」


 プラフォークを渡して勧める。

 最初にフォークを刺したのは森田さんだった。


「なんだこれー!? ネギなのに甘い! 脳がバグる!」


「うおっ、肉すご。何でできてるんだろう」


「練り切り? とも違う?」


「おー、意外に美味しい。味が不安だったのでよかったです」


 見知らぬ人たちだけど、おかげで空気は和んだ気がする。ありがとう面白ケーキ。

 あ、見知らぬ人たちじゃなかったわ。同じ短期決戦に参加した戦友だったわ。


「なんだろ、悔しい。こんな差し入れ持ってこられてちょっと嫉妬する」


「そんなこと言わないの!」


 森田さんの声に、チラッと隣を見る。

 見覚えある。

 デザイナーとしてデザインチームに参加していたお洒落なおじさまだ。あーなるほど、この人が森田さんが言ってた「デザインチームの知り合い」か。

 関係性が気にな、気にならない。

 ダメだ、外村さんの煽りで思考が出会い厨みたいになってる。


「さて、坂東先生も来たことですし、はじめましょうか」


 差し入れに落ち着いたところで、『読書会』を主催する編集さんが声をかけてきた。

 みんなが居住まいを正す。

 各々がパソコンやスマホを取り出す。

 短編自体は電子書籍なので。

 俺もパソコンを開く。

 電子書籍と、メモ用のソフトを起動する。


「最初は『あなたは砂場でマルボロを』から行きましょう」


「あー私からかー。よろしくお願いします」


 森田さんがぺこっと頭を下げた。

 著者がざっくり自作のポイントを語る。反省点も語る。執筆で迷ったポイントも語る。今日はいない担当編集さんへの愚痴も語る。


 ……え、語りすぎじゃね? 俺の番になった時こんな感じで語れるか?

 変な汗をかき出した俺をよそに、『読書会』は進む。


 けっこうフランクに「ここが良かった」と感想を述べて、「ここってどうなの?」と質問する。

 こういう感じは初めてだ。


「坂東さんは読んでどうでしたか?」


「この場で唯一の職業作家! よろしくお願いします坂東先生!」


「やめてくださいその煽り、死んでしまいます」


 この場に集まったのは、いろんなバックボーンを持つ創作者たちだ。

 俺はたまたまWEB投稿からの拾い上げで、当時ニートだったから専業になってるだけで。

 先生、専業、職業作家と呼ばれると違和感がある。いや事実ではあるんだけども。


「一人称ってこともあるんでしょうけどね、文章の端々から情念を感じました。主人公の視線の持って行き方と小物の描写に心情が乗っててすごいなあと」


「ありがとうございます。『貴方の心に致命傷を負わせたい』がキャッチコピーなんで嬉しいです」


「うわ、物騒っすなあ。けどわかるわかる」


「ただ、中盤からなんというか、シーンが駆け足のような気がしました。ほんとはもっと長い物語だったのかなって」


「あー痛い。痛いとこ突かれた。時間足りなかったんですよねえ」


「長編? なのか中編なのか短編連作なのかわかりませんけど、完成版を読みたいですね」


「ですよねー。書こうと思ってます。思ってるんですけど……」


「けどほんと、恋愛モノをリアルに書けて、感情が読み取れるのうらやましいですよ。絶対書けない。やっぱ薄っぺらくなっちゃうんで」


 うらやましいって言葉に頷く参加者が何人か。誰だ作家はモテるって言ったヤツ。「売れてる作家はモテる」の間違いだろ。

 いやリアルに書けないイコール恋愛経験が乏しいってことじゃないけども。ないよね?


 森田さんの『あなたは砂場でマルボロを』からは、主人公の女性も出てくる男たちの感情も読み取れる。一部サイコパスなヤツはいるけど、それもまたキャラだろう。


 ほんとに、うらやましい。

 このあとに『しのばずエレジイ』をやるのが怖い。

 なんか震えてくるのは12月中旬の寒さのせいじゃない気がする。



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