はじまり
「火、貸してもらえません?」
顔を上げる。
深紅のコートに目が止まる。
女の子が、俺に話しかけていた。
動揺しながらポケットから手を引き抜く。
緑の箱と、ネイビーのチャージャーを取り出す。
「ごめんなさい、俺アイコスなんですよ」
「うあーそっかーどうしようかなーコンビニとかないですもんねえ」
「あ、車の中にライターあるんで取ってきましょうか?」
「え!? いいんですか!?」
「ちょっと待っててください」
「ありがとうございますー」
アイコスをポケットにしまって歩き出す。
と、女の子は俺のあとをついてきた。
あれ? 俺待っててって言ったよね?
振り返ると、女の子はニコニコしていた。ニコニコ笑顔でついてきてた。
これ話しかけた方がいい感じ? 37歳独身彼女なしのラノベ作家に、初対面の女の子と会話できるコミュニケーション能力なんてないよ? 自作の主人公なら当たり障りのない会話するところ……ダメだったわ。俺の主人公たちだいたいコミュ症だわ。
「ほんと助かります、三日間吸えないなんて無理すぎてどうしようかと思ってました」
「なんにもない山の中ですもんね、ここ」
ホール横を抜けて細い脇道に入る。
落ち葉をがさがさ踏んで、登山道みたいな階段を降りる。
並んで歩けないのはよかったのか悪かったのか。
前を向いて歩く。
後ろを見るのが怖かったからじゃなくて、木々の先に見える特徴的すぎる建築物が気になったせいだ。きっとそうだ。
コンクリート打ちっぱなしで、地面側がきゅっと細くなった逆三角形で、小さい窓が並んだ、現実感のない建築物が正面にそびえていた。
「山の中で、しかも館モノの舞台になりそうな建物まである」
「著者と編集さんを集めた二泊三日の合宿で、こんな建物。何も起きないわけがなく」
「『こんな場所にいられるか! 俺は帰らせてもらうぞ!』」
「フラグー! 『タバコよタバコ、いいでしょちょっとぐらい』」
「帰ってこないヤツ。そんでみんなで探しに行ったら見立て殺人されてるヤツ」
コミュニケーション能力がないはずなのに自然と会話ができたのは、これから始まるイベントにテンションが上がってるせいか、緊張してるせいか、同じ「創作者」だからか、それとも。
とにかく、車にたどり着いた。
体を突っ込んで、これでライターなかったら笑えないよなあ、なんて思いながら車内を漁る。
使い捨てのライターが見つかって胸を撫でおろす。
「どうぞ、使ってないんでもらってやってください」
「ありがとうございます! ヘビースモーカーなんで助かります!」
秋風に深紅のコートをはためかせて、女の子は笑ってくれた。
37年で一番有意義な108円の使い方だったと思う。よくやった過去の俺。





