黒帯を目指して
アレイシアが縦肘の姿勢で廊下を移動している。
もう、何度往復したか記憶がない。
その脇を忙しそうに荷物を持って軽々と動き回るメイド達はアレイシアを踏まないようにするだけで誰も何も言わない。
庭の隅を見れば麦を束ねたものを棒に差し込んだ人の高さほどのものがあり、木には帯が巻きつけられていた。
懸垂用の鉄棒、新たに作られた砂場、幾つもの障害物に的があちこちに立っている。
さらに屋敷の裏庭では道場の建築が進められていた。
「アレックス、これは一体」
「はい、カラダを鍛えるための訓練場を整備しているところです」
アレックスの父であるマーカスはあっけにとられて庭を見渡す。
芝生の上では上半身裸の護衛騎士二人ががレスリングをし、ルークが木に巻き付けられた帯を肩越しに引っ張り、若い執事が体操着姿で懸垂をしていた。
「そ、そうじゃのお前もいずれ領地に戻って色々やることも多くなる。魔物と戦うことも無いとも限らんしな」
はははと力なく笑う父の前で上着を脱いで筋肉を震わせるアレックス。
「お任せください!父上」
そのころアレイシアの祖母であるアリサは見たこともないお菓子に満面の笑みを浮かべていた。
「これがアレイシアちゃんの作ったお菓子なのね、本当にきれいで美味しそうです」
「お褒めに預かり光栄ですお義母様、お口に合うと宜しいのですけれど」
「おほほほ、アレイシアちゃんのお菓子はこちらでも評判になっていますよ」
目の前に広がる各種のケーキにチョコレート。そしてとどめのアイスクリーム。
マリアンヌから一つずつ解説を受け、顔がとろけそうになるアリサ。
「そしてこれがアレイシアがお義母様のために今日はじめてお出しすることになったアイスクリームです。溶けてしまうのが速いのでまずはこちらからどうぞご賞味くださいませ」
そっとアイスクリームを掬って口に運ぶ。
驚愕の表情を浮かべた後に深い溜め息を漏らすアリサ。
「お口に合わなかったでしょうかお義母様・・・」
「とんでもございませんよマリアンヌ、このような美味しいお菓子がこの世にあるなんて」
もうそれからは品が保たれながらも口が休むことがなかった。
夢を見ているような顔のアリサの前に紅茶が差し出される。
紅茶の中には一切れのレモン(本郷命名)が浮かんでいる。
少し訝しげな表情をしつつも口にした途端に笑顔が広がる。
「もう何も言うこともないでしょう、このためにアレイシアちゃんは頑張っているのですね」
「はい、お義母様」
アリサが庭を見渡すと祖父と父の見守る中で空手着のアレイシアが、麦が巻き付けられた棒に正拳突きをきれいな姿勢で打ち込んでいた。
帯はまだ白かった。