若き聖女と黒鋼の竜、そして高い壁
「この世の最後の最後におぬしのような優しき者に逢えて良かったと思う」
黒い竜が大地に横たわっている。
その顔を愛おしそうに撫でる少女。
「このような苦しそうなお姿を見ると心が痛みます」
「元々我はそう長くはなかったのじゃ。我は十二分にこの世界で生きた」
少女は今にも泣き崩れそうである。
その脇ですらりとした騎士が少女を見守りながら口を開く。
「我らをお救い下さったこのご恩はどの様にお返しすればよいのでしょうか」
竜はチラッと騎士をみた後に遠くを見つめる。
「恩などと考えるでない。我の気紛れである」
「なにを仰います。あの様な魔物から私どもをお救いになったが故にこの様なお姿に・・・」
少女は泣き崩れた。
騎士の視線の向こうに巨大で醜悪な蛛のようなものが横たわり黒い霧のようなものがその体から立ち上っている。
「悪魔に魂を売った者の末路にしてもあまりな姿よのう」
「聖女様がもしあれに・・・」と騎士が身震いする。
「この国、いやこの世は終わっておったであろうな。それにしてもおぬしも自らを囮にするとは我もヒヤヒヤしたわい。全くとんだお転婆聖女じゃ」
「あなた様にご助力頂けるとなればこの身などどうなっても」
「バカをいうな。我がおぬしを助けたのは生きとし生けるもの種族に関わらずか弱きものを救っていたのを見ていたからじゃ、その聖女の力に我も引きつけられたからのう」
「聖女であったからと・・・」
「んー、なんじゃその、そればかりでもないのじゃ。
おぬしは我と出会った時にカッコいいと言ってくれたしな。
ちょっとはカッコいいところを見せんとなー」
少女は顔を赤らめて竜に寄り添う。
「この身は全てあなた様のものです」
少女は竜の頭を両腕で抱きしめる。
「なにをいうとるんじゃ。我は竜、おぬしは人ぞ」
「関係ございません。結ばれなくても一生あなた様のおそばに」
「バカをいうな・・・そうじゃ、そこの騎士などおぬしにピッタリじゃ、真面目そうじゃしな」
騎士は少し驚くが静かに竜の前で跪く。
「申しわけ御座いません、私にはすでに妻がおりまして・・・」
「おっほっほっほ、それは失礼した。にしてもじゃ、おぬしに相応しい相手は人の世に必ずいるものじゃ。そして子を成せ、よいか」
しばらく間が空いたが頷く少女。
「マリアンヌ」
「はい」
「そろそろ我は行く。最後におねだりしてもいいかのう」
「なんなりと」
竜はじっと少女の顔を見る。
「我に名を付けてくれんか」
竜をじっと見つめる少女。
漆黒の鋼のような固い鱗に燃えるような赤い瞳を持つ竜を見たときから心の中で呼んでいた名を告げる。
「黒鋼さまと言うのはいかがでしょう」
「うむ、良い名である。これでおぬしとの縁は永遠である」
「永遠でございますか、嬉しゅう御座います」
竜を抱きしめる腕に力が入る。
「我の肉体は死すとも魂はおぬしにかけてもらった治癒魔法のお陰でしばらく残る。
じゃが、その魂もこの先どこへ行くのか我にも分からん。
が、おぬしとの縁がある限りおぬしに請われれば何としてでも馳せ参じよう」
失われかけた魂という魔力でさえも治癒するこの聖女の魔力は絶大である。
であるがゆえに竜が聖女に気づき出会った。が、肉体は既に限界であった。
だから竜は死ぬ。
「いかないでくださいまし!」
黒鋼と言う名の竜の目が静かに閉じていく。
『さらばじゃ、マリアンヌ。幸せになるのじゃぞ』
泣き止まないマリアンヌを抱きあげる若き騎士クレイ。
大悪魔との戦いで鎧は既に失われたうえにボロボロの服。
抱き上げた少女が腕をクレイの首に回し顔を肩に埋める。
少女の温もりと涙が体に伝わる。
わずかにピンク色がかった金色の髪の毛が風で揺れる。
この少女を幸せに出来る男を見極めるのも自分の使命と肝に銘じたクレイ。
「お嬢様、さあ皆の元へ行きましょう」
少女を射止めようとする男たちにとって巨大な壁が生まれた瞬間である。




