野望、遙か彼方へ。
温泉はあった、しかもゆったりと流れる川のすぐ近く。
ちょうど中間地点に程よい温度になっている湯船まであった。
多分野生の動物が冬に湯治に来ているのではないかと思う本郷。
『お嬢、あれ持ってきてるかな』
「ライトニング様、ちょっとむこうをみてていただけますか」
「うむ、分かった」
ライトニングと本郷が目をつぶる間に水着に着替えるアレイシア。
「もういいですよライトニング様」
ライトニングは水着に着替えたアレイシアをしみじみと見る。
「随分と大胆な姿じゃのーアレイシア」
「水に入るための女の子用の服です」
「ほほう、では男性用もあるんじゃな」
「はい、本郷さんよろしくお願いします」
本郷はいやいやながらライトニングに合う水着を記憶から取り出しライトニングに送った。
またまたライトニングが輝き水着姿になった。
「ライトニング様、温泉に入ってみましょう」
「面白い事をするな、どれどれ」
温泉は熱すぎもせず温くもない良い温度だと本郷は思った。
ヤクザ者は演歌を覚えるのも仕事である。
本郷が所属する神竜組の組員全員、嫌々ながら必至に演歌を覚えた苦労人。
神竜組は東日本最大の組織、昇竜会に所属する幹部級の組織である。
当然外の組員とも交流がある。
宴会の席で演歌のひとつも唄えないとそれだけでトラブルになる世界なのだ。
ゆっくり湯船に浸かっていると自然と『いい湯だな~ははん~』と鼻歌を歌ってしまう本郷はやはり日本人である。
アレイシアがそれを真似して歌い始める。
「なかなか楽しそうな歌じゃのー、我にも教えてくれんか」
それからアレイシアは歌いながら湯船に浸かったり外で火照った体を冷やしたり温泉を楽しむ。
数曲をアレイシアがライトニングに教えた。
「では、今度は我が歌うがいいかの」
「是非ともお願いしますライトニング様」
ライトニングが月を見ながら故郷を偲ぶ歌を、北国の船乗りの哀愁漂う歌を、新宿の裏道で別れを告げる男女の歌を、東京から帰らぬ男を待つ女の歌を、子供に帰ってきてほしいと願う母の歌を歌う。
アレイシアの目に涙が溢れる。
本郷は、ちくしょう演歌なんかで泣く訳にはいかねーと泣き叫ぶ。
歌詞がメロディーがライトニングの歌声に乗りアレイシアと本郷の心を揺さぶる。
「どうじゃの、なかなか上手く歌えたと思うんじゃが」
「「最高でした!心が震えました!」」
「おっほっほっほ、なかなかの良い歌を教えて貰ったわい。これからも歌って良いかのー」
「是非ともまたライトニング様のお声でお聴かせ下さい」
日本人の本郷だけでなくアレイシアの心も捉えたライトニングの歌声。
スッカリくらくなった温泉に月の明かりだけが辺りを照らす。
ライトニングとアレイシアを狙っていた野盗も動かずに演歌に聞き入ったあとそっとその場をはなれた。
ある意味野盗どもは命拾いしたのである。
「ライトニング様」
「何かなアレイシア」
「ライトニング様の歌声を父や母に聞かせてあげられませんでしょうか」
しばし悩むライトニング。
「よかろう、アレイシアの両親だけじゃぞ。知らんもんの前で歌うのはちょっと恥ずかしいからの」
「有り難う御座います、ライトニング様」
三日目の昼丁度にここに送ってくれたワイバーンと飛行士が迎えにきた。
巨大な竜とそばに佇む少女におどろくと同時に絵画を見たような思いに捕らわれる飛行士。
ワイバーン乗りには竜は夢の生き物である。
ワイバーンに付き添い黄金の竜が飛ぶ。
飛行士は自分がこの少女の担当になったことの幸運を噛み締めた。
その後、マーデラス王国に演歌の荒らしが吹き荒れた。
本郷は心揺さぶられながらも野望が更に遠ざかっていくのを感じた。




