走る硬派な美少女
カーテンの隙間から淡い陽の光が差し込む。
まどろむマリアンヌからそっと体を引き離すとアレックスはガウンを羽織る。
「マリー、今日はなるべく早く帰るようにするからね」
「あなた、お見送りを」
「まだ早いんだ、ゆっくりしておいで」
アレックスはマリアンヌに優しく口づけをして静かに寝室を後にした。
執事の用意してあった服に着替えを済ます頃にメイド長が朝の挨拶。
「旦那様、朝食の用意が整っておりますので」
「すまないね、無理を言って」
「もったいないお言葉でございます」
気配りができ優しく王宮では王の参謀として働く優秀な男、アレックス。
学生時代から王太子の側仕えとして働き、その優秀さと共にある出来事をきっかけに特別に王の相談役となった伯爵である。
今日も宰相との話し合いや、各貴族との会合が朝からみっちり入っていた。
なかなか取れない休みに疲れも溜まっていたし、愛する子供との会話も滞りがちである。
「ふつうの伯爵だったら領地でのんびりできていたのであろうか・・・」
ふと庭の花の色が変わっているのが気になった。
「もう、秋なのか。ん、んん」
アレックスの目の前に半裸の少女(ランニングウェア姿のアレイシア)が横切っていった。
「あれは・・・」
更にその後にお嬢様ーと叫びながらメイドが横切っていく。
『本郷さん、もうだめでございます。私はもう限界で・・・』
『何言ってるんだお嬢、これからが本番なんだぜ、まだ15分くらいしか走ってねー。あと15分頑張れば苺ショートケーキがお嬢に近づいてくると思いねえ』
薄明かりの中本郷の指示に従いラジオ体操第一第二をこなし、軽くストレッチ、冷たい水をコップ一杯飲み干してから走り始めた。
頭の中ではロッキーのテーマ曲が流れる。
「アレイシア!」
アレックスの呼び声でその場に留まりながらも足は動き続ける。
「ここへ来なさい」
ああ、これで開放されるという期待感でアレイシアはアレックスの元へ。
「そんな姿で何をしているのかねアレイシア」
「運動でございます」
「運動ですか、ふむ体の弱い君がいきなり運動ですか」
「はい、お父様。でもそろそろ体も温まってきましたし、そろそろ」
「君の努力に敬意を払おう。アレイシアに負けないように私も頑張らないとな!」
「そ、そうでございますか」
「しかし何かなその格好は、少しはしたない気がするのだが」
「運動をするために考えてメイドのレイラに作ってもらいました」
「そうか、運動をするためにねー。どうだい着心地は」
「とても楽に体を動かせます」
「ふむふむ」
アレックスはじっとアレイシアの姿を見つめるとポンと手を打った。
懸案になっている騎士団の服の予算が良いところで収まると。
訓練の中でこれを使えば服の消耗も抑えられそうだ。
「一つ解決した」とニッコリ笑うアレックス。
「アレイシア、良い見本を見せてもらったありがとう。それに君の向上心には感心する、そのまま頑張っておくれ」
この間、本郷によってアレイシアの足は動き続ける。
足が悲鳴を上げる。
息も絶え絶えで涙目になったアレイシアはそれでも淑女である。
「お父様、こんなに朝早くから私達のために働いていただき感謝しております」
「ありがとうアレイシア」
アレックスはアレイシアの頬にそっと口づけして食堂に向かっていった。
『ホントにキツいわー(本郷)』
それから数日後アレックス、アレイシア、ルーク、護衛騎士たちがランニングウェア姿で庭を走り始める。
「うーん、同じところを走るのも飽きてくるものだねアレイシア」
アレイシアがランナーズハイを感じられるようになったのはそれから1っヶ月後、王都の中央公園の高くそびえる初代王様の銅像の前を通り過ぎた時だった。
ちなみにアレイシアの姿を見るために街中の若者が走り始めたのはみんなの秘密である。
『本当に男ってやつはしょーもねーなー』
『本郷さんも男ではございませんか』
『そっかー、でも俺は硬派なんだぜ』
『硬派というのはなんでしょう』
『後で説明してやっから、走れ!走れ!』
『はいいい!』