悪魔になった男
ミューラーは物陰からじっとグレッグを見つめる。
『まだ足りない、俺はお前を食らいつくしたときこそ大悪魔となれるというのに』
悪魔崇拝者が手にする教典の中で最後に書かれている大悪魔召還の条件。
《己が最も愛するものを絶望の縁に追いやり殺すこと》
ミューラーはグレッグを愛し、そして憎んでもいる。
ミューラーがかつて神官だった頃、神官見習いとしてグレッグが下についた。
一目みてミューラーはグレッグの虜になった。
その時点でミューラーは神官として道を外した。
神官は万民に愛を与える存在であり神に献身する事によって奇跡を成す。
ある日一地方の領主が多くの領民を身を挺して災害から救った。
だがそのために体をこわし動くこともままならない程にやせ衰えた。
それでも税を軽減し、家族ともども私財を投げ打ち領民の生活を支えた。
領民の生活が安定した頃領主は倒れた。
『せめて娘の結婚式を見て召されたいものだ》
その願いを叶えるべく娘は婚約者に結婚式をと願う。
相手は同じ子爵家の次男、華やかな式を執り行える訳がない。
婿入りする子爵家の次男は領民の幸せを願う領主を尊敬していたので快諾した。
結婚式に派遣されたミューラーとその一行はあまりに質素な式に唖然とする。
『馬鹿にするのも程がある』そう言い切って多くの領民達の前で適当に祝詞を口にする。
光の粒は一つとして現れない。
『祝福の言葉は捧げさせて頂きましたので、これで私達は』
ミューラーはグレッグや護衛に小さな声で『こんな貧しい領地に祝福が与えられないのは当然だ』と囁く。
そんなはずはないとグレッグはミューラーに自分が祝福を授けたいと願い出る。
ミューラーは練習すると思ってやってみなさいと許可する。
グレッグは悲しそうな顔の領主とその夫人や新たな夫婦、多くの領民の前で祝詞を捧げる。
言葉を紡ぎ終わる頃、目がくらむような光りが辺り一面を包む。
今まで見たこともない祝福の奇跡に護衛の騎士は驚愕した。
『領主様を愛する領民の気持ちがこの奇跡となったのでしょう』
その後領地は豊かに繁栄していった。
この話を護衛騎士から聞いた神官長はグレッグを多くの祝福を与えられるべき場に赴かせた。
神官見習いが起こすには余りにも大きな祝福の奇跡が次々と起こる。
ミューラーはこれに嫉妬したがグレッグを愛する気持ちは変わらなかった。
グレッグに告白したが『尊敬する兄弟子のミューラーさんの気持ちは嬉しいですが、その愛を受け入れる事は出来ません。私の身は神に捧げられております。今まで通り弟と思い接して下さい』。
その後すぐにグレッグは神官となりさらに上級神官となった。
ミューラーのグレッグに対する気持ちは愛に憎しみが加わる。
愛、嫉妬、憎しみに歪むミューラーは次第に神官として道を外れていく。
奇跡も起こせない上にとうとう少年をたぶらかし毒牙にかけ始める。
神殿内の神官素行調査監査人に狙われ始めるミューラーはこの時既に悪魔崇拝者となり果てていた。
グレッグを騙し自らの故郷の人々の命を捧げミューラーは悪魔と一体化した。
グレッグの悲しむ顔に歓喜しグレッグの命が奪われた瞬間に自分は大悪魔となれると期待したが有能な護衛騎士は必死にグレッグを守った。
ミューラーは姿を消した。
大悪魔になれる機会はまだあると思ったミューラーであったがグレッグの姿もその後消え失せた。
祈りではなく力で人々を救うと誓ったグレッグ。
グレッグは軍で力を蓄えると望外であったが神の猟犬となった。
その後冒険者となりながら多くの背信者の情報を手にし人殺しをし続けるなか、とうとうミューラーが自分を嵌めたと確信しミューラーを追い続けた。
ミューラーも冒険者として名を上げたグレッグを知ることになる。
また悪魔崇拝者を殺し回る神の猟犬として活動中するグレッグの情報も多くの同志でありライバルの悪魔崇拝者から聞き及ぶ。
ミューラーは自分の情報をわざと掴ませグレッグを誘き出す事にした。
グレッグの命を諦めきれないミューラー、ミューラーを殺しても殺し足りないグレッグ。
生け贄の命をグレッグの前で捧げ、絶望の縁に立たせ、暗殺者にその命を奪わせ大悪魔となろうと動き始めるミューラーであった。




