やっかいな変数
枯れ木のような男が宿屋のドアを開ける。
薄汚れた受付カウンターで自分の名前と宿泊者の名前を告げると受付の男は面倒臭そうに宿泊者を呼びにいく。
「ハーミットさん、ロレンツさんって人が来てんだけど」
「わかった、部屋に通してくれ」
ドアの向こうから返事だけくる。
「部屋番号教えるだけでいいかい、あんまりカウンター離れたくないんだよ」
「好きにしろ」
枯れ木のような男が部屋に入り頭を覆うものを背中に回すと神官長の顔が現れる。
「派手にやったようじゃのー」
「何時もの事だ」
「全くいつからお主は人の命を簡単に・・・」
「いいから、サッサと寄越せ」
ハーミットと偽名を使うグレッグはロレンツという偽名を使う神官長から書類を受け取る。
「コイツはミューラーじゃねーか。とうとう見つけたんだな」
「小奴はもう救えん。コイツによって他の国の水、土、風などの神を祭るアルカディア教神殿が幾つも滅ぼされ多くの人々が生け贄になっとる。この国に来たということは残った太陽の神を祭るアルカディア教神殿の破壊と人々の命を生け贄にする事を狙ってじゃろう」
かつてグレッグがこの国の若き上級神官だったころ村の結婚式に神官として祝福を与えた。
本来上級神官が行くような所ではないが友人だった神官のミューラーから頼まれ特別に式に参加した。
祝福の奇跡は人々の心を癒すと同時に何がしかの幸運、例えば子供が授からない夫婦に子供が出来たり、豊作になったりという具体的な事象が現れる奇跡。
ただし、多くの祝福を願う心が無ければなにも起こらない。
その時の結婚式は多くの祝福があったようで輝く光の結晶が降り注いだ。
グレッグは自身も幸福感に満たされミューラーに礼を言って帰ろうとした時だった。
村は野盗に襲われ全滅した。
目の前で多くの村人が殺されていく中で少ない護衛に守られて逃げるのが精一杯だった。
『貴様が上級神官で私が神官などありえん、絶対にありえんのだ』という声が聞こえた気がした。
その日からミューラーの姿が消えた。
野盗に攫われ殺されたと報告が上がった。
またその日からグレッグも上級神官の座を降り姿を消した。
グレッグは誰も守れなかった事を悔いた。
軍に入り経験を積み、特殊部隊の隊長になっていた。
そこに神官から打診があり神官長と会うとアルカディア教の背信者、はっきり言えば悪魔崇拝者となった者の殲滅を目的とした神の猟犬としての役割を担ってほしいと言われた。
アルカディア教神官長のみが唯一ただ一人認める血にまみれた猟犬。
何人もの悪魔崇拝者が今でも生まれ続け多くの人を生け贄にし、競って大悪魔を呼び出し一体化しようとしていると聴かされた。
効果的に悪魔を呼び出す方法として祝福された直後の人々の命を捧げる事である。
グレッグが祝福した村の事件の後、アルカディア教の各神殿の長はミューラーが殺されたと情報を流しながらも背信者として追った。
グレッグの前任者は無惨にも殺された。
グレッグが猟犬候補となり色々な情報が開かされると、何となく感じていたミューラーへの思いがはっきりした。
俺はミューラーに利用されたのだと。
グレッグは除隊し神官長から情報を得て冒険者として各地を周り、冒険者として仕事をしつつ悪魔崇拝者を神の猟犬として狩っていった。
アルカディア教信徒の恥はアルカディア教信徒で極秘に処理される。
ここにグレッグがいるということはマーデラス王国に多くの人の命を生け贄にしてきた悪魔がいるということである。
無論、月の光の組織がそれを掴んでいない訳がなかった。
実行部隊長のグラハムはさんざん悪魔崇拝者を処理してきた。
かなりな力を持つ悪魔崇拝者がこの国にこの王都に入り込んでいるまでは掴んだ。
ある程度居場所も特定した。
予測された悪魔崇拝者の力を元に今回も部隊編成を整えてあったがアルカディア教の猟犬というものが加わるのは正直勘弁してほしかった。
月の光は違法組織なのだ。
猟犬が感づき発覚すれば切り捨てられるだろう。
神の猟犬がいるかぎり動けないと判断し上層部に報告するグラハムであった。




