女の子に似合うセリフ
伯爵令嬢のアレイシアは10歳であり2つ下の弟ルークがいる。
父は既に家督をついでマーデラス国国王のエリックの参謀として忙しく働いていた。
母はマリアンヌといい、領地の事務処理に日々追われている。
祖父も祖母も王都から少し離れた領地で家督を譲ったにも関わらず実質的に領地を治めていた。
家族はこれだけである。アレックスの一家は代々一夫一婦制を取っていた。
ゆえに子どもたちの間に優越はなく過剰とも言える愛情が注がれている。
『その妖精さんってのがお嬢を森におびき出して魔物に襲われちまったってことか』
『はい。でも妖精さんの姿は覚えているのですけれど屋敷を出てから森で倒れていた事までが記憶に無いのです』
『おっかねーなー妖精さんっての、催眠術にでもかけられちまったんじゃねーの』
『妖精さんの中には悪戯な子がいるとは聞いていますけれど、でも良い妖精さんが私が倒れているのを近くに居た冒険者に教えてくれて助かったんです』
頭の中で二人が話し合っている頃鉄製のボウルに入れられた乳が冷やされクリームが浮かび上がる。
『凄いよなお嬢の冷却魔法。諦めてたんだけどな』
『本郷さんの言っていたグラニュー糖というものが無いのですが』
『そこの砂糖でかまいやしねえよ』
大きなボウルに氷水を入れ、その中に小さなボウルにクリームと砂糖をぶち込む。
「リンゼイさんお願いします」
「かしこまりましたお嬢様」
料理人のリンゼイがアレイシアから手渡された不思議な料理器具で砂糖の入ったクリームをかき混ぜ始める。
「ごめんなさいリンゼイさん、このようなことに付き合わせてしまって」
「何をおっしゃいます、このリンゼイお嬢様の為でしたら全てを捧げるといったではないですか」
『そうなの、お嬢』
リンゼイはかつて在る侯爵家で料理人をしていたがリーダー格の料理人と性格が合わず難癖をつけられて放り出された。
料理の腕に自信を持っていたリンゼイであったが気が弱くさらに嫌がらせのような話を触れ回られて誰も雇ってはくれなかった。
行き倒れになりかけながらも必死に雇用先を探し、腕を見てみたいとアレックスの家に招かれた。
リンゼイは気が弱くあがり症であった。
ベーシックな料理で味を見るつもりのアレックスたちの前で自分が思いつく限りの最高の料理を提供してしまった。
かなりアバンギャルドな料理であった。
家族の多くが微妙な顔を浮かべる中でアレイシアがニコニコしながらリンゼイの手を取った。
「この赤いソースは何でできているの」
リンゼイはよくぞ聞いてくれましたと言い、最近になって作られるようになった赤い果実のような野菜を見せた。
『ああ!その味の記憶からするとトマトだな』
『トマトというのですか、本郷さんは何でも知っておられるのですね』
『こっちじゃトマトっていうか知んないけどさ、お嬢の食べたのってミートソースパスタだろ』
本郷の記憶からミートソースパスタを取り出しアレイシアに見せる。
『そうです、これです。これは私以外はあまり好きじゃないようで、あれ以来食べたことがないのです』
『美味いのになー、もしかしたら俺の知ってるものと少し違うのかもしんねえな』
『味が違うと』
『ああ、今度こいつをもう一回俺の知ってる方法で作ってみるよ』
アレイシアの消えかかったパスタの記憶から何故あまり美味くなかったのか予想がついていた。
そうこうするうちに砂糖と混ぜられたクリームが立ち上がってくるのが見える。
「こ、これは・・・」
アレイシアは程よく固まった生クリームを小さじで掬い口に運ぶと固まった。
『美味いかお嬢』
『とろけるようです』
アレイシアの様子に驚いたリンゼイが慌てて生クリームを口に運ぶ。
「ほっぺたが落ちそうですお嬢様」
『それはお嬢にいってほしかったんだけどなー、ま、良いか』