潔い男はけっこうカッコいいです
グレゴリーは試合では正々堂々であったがアレイシアをめぐる競争において完全に抜け駆けであった。
マーデラス王国では許嫁制度は殆ど形骸化しており、12歳となって本人の意思もある程度尊重された上でお見合いという形で将来の伴侶を探すことが暗黙の了解となっていたのだ。
だがこの試合の見届人となった将軍はアレイシアを見たときグレゴリーの気持ちも理解出来た。
王宮には成人したものしか入ることは出来ない。
いくら評判の美少女であろうが貴族間の私的な繋がりがない限り噂は噂でしか無いのである。
それが騎士団同士のいざこざで噂のアレイシアが王宮の近衛騎士の訓練場に現れると聞いて将軍というよりエルロイ公爵家当主として孫が話すアレイシアに興味を抑えられなかった。
「グレゴリー殿、お見合いの話までは聞いておりませんぞ。いささか拙速に過ぎますかな」
「マデューカス公爵様・・・申し訳ございません」
「まあ、気持ちもわからんもんでもない。今回は何も無かったことにしておこうかの」
ボロボロになった5人の手当を近衛騎士団の治療師が手当を手早く行っている。
「皆様今日はこのような正々堂々の試合をしていただきましてありがとうございました」
ニッコリ笑う圧倒的勝者の余裕が近衛騎士団の表情を歪ませる。
「おお、アレイシア嬢ではないか。なかなかよい試合であったぞ」
「将軍様、お恥ずかしい姿をお見せしてしまい恐縮至極でございます」
「何を言っておるのじゃ、あの戦闘術にはわしも驚いたぞ」
「はは・・・」
「ところでそれは何かな」
将軍がアレイシアと護衛騎士が持つ荷物を指差す。
「試合を組んでいただいたお礼に皆さんに食べていただこうかとお菓子を持ってまいりました」
「ほう、どれどれ見せてはもらえんだろうか」
将軍に紙の皿に載せられたケーキを手渡すアレイシア。
「お口に合うと良いのですが」
初めて目にするお菓子に将軍は驚く。
「これはどこで作られたものかな、初めてみたわい」
「これはお嬢様の手作りのケーキに御座います!」
自慢気に答える護衛騎士。
「ほほう、手作りとな。そうか、これが幻のお菓子であったか!」
まずは一口と将軍。
「・・・美味い、美味すぎるぞーーーーーーーーーー!」
もう止まらない。あれよあれよという間に皿の上は何も無くなった。
悲しそうに皿を見つめる将軍とそれを見つめる近衛騎士団の面々。
「これを我らにも頂けるのでしょうか」
恐る恐る尋ねる騎士団長。
「はい」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおという叫びがあがる。
近衛騎士団全員がケーキを受け取り嬉しそうに食べ始める。
それを羨ましそうに眺める将軍。
「一人一つであろうの、分かっていることだがアレイシア嬢・・・」
「一応そういうことと思っていたのですが、少し作りすぎましてあと20個ほど御座います」
「20個・・・」
今ここにいるのは31人、残っているケーキは20個である。
近衛騎士団と護衛騎士団がお互いににらみ合う。
「こ、ここは平和的にじゃんけんでお決めください」
将軍は騎士の鏡である。
正々堂々の生き方をしてきた。
敵であろうと戦いが終われば遺恨を残すこともしない。
平民であろうと別け隔てなく接する。
将軍は今、涙目である。
だが、勝負に負けたからと言って取り乱すことはしない。
だが、涙目である。
その将軍の前にプリンがそっと差し出される。
美味かった、信じられないほど美味かった。
ここに食いしん坊将軍が誕生した。