こういうのをお得って言わないと思います
アレイシアの前に立ちはだかる柔道着姿の護衛騎士。
身長差は50センチにもなる、体重に至っては考えたくない。
ここは先日完成したばかりのアレイシアにとって初めて踏み入れたはずの道場である。
お菓子作りを極めるためにとうとうここまで来てしまったと思うアレイシア。
だが、本郷に言わせればアレイシアは食いしん坊極道であり、まだまだお菓子極道には至っていないらしい。
それでも味覚、嗅覚と、美味いものを見極めるセンスは本郷に食いしん坊極道と言われるだけあって本郷に勝るとも劣らない。
そんな食いしん坊極道が新たな道を切り開くために試練に望む。
よくわからないがこれもきっと理由があると思い込むアレイシア。
ただ単にアレイシアを鍛えているだけの本郷。
人間、強くなっていくと自分の力量というものが気になる。
この状況はお菓子作りの為の体力的作りには行き過ぎである。
『大丈夫だアレイシア、今までやってきた訓練を思い出せ』
「始め!」
主審の護衛騎士の声と同時にアレイシアはすり足をしながらジリジリと相手に近づく。
相手が先に動く。
掴んできた手を必死に振りほどく。
『あのー、この騎士さん結構真剣なんですけれど』
『ああ、俺がしごいたからな』
『え!』
『お嬢がいつも2時間ばっか昼寝してるときにコイツラのとこに行って投げ飛ばしまくってたんだぜ。もう子供じゃなくなるんだそろそろ休憩は1時間にしようぜお嬢WWW』
冷や汗が滴るアレイシア。
自分が知らない間に護衛騎士を相手に柔道の訓練をしていたらしい。
『柔道だけですよね、本郷さん!』
『んー、まあそこんとこは気にすんなお嬢。寝てる間に強くなったと思えばお得ってやつさ』
どうも最近道場が出来てから休んだ気がしなかったわけである。
アレイシアの住む世界に過労死という言葉はなかったが、これから休むときは本郷のいうクラシック音楽をメイドに頼んで奏でてもらおうと心に誓った。
そういう事に気づくアレイシアはやはり只者ではない。
大外刈りをかわし、バランスを崩したところで袖を掴んで内股で一気に倒すアレイシア。
「一本!そこまで」
「「ありがとうございました」」
『これで俺が居なくてもお嬢は街にいけるな』
『そ、そうでしょうか』
『ああ、間合いの見極めも技の判断もしっかりしている。それに柔道だけじゃないからな身についてるのは』
『やっぱり・・・』
『まあ、楽しみにしときなって』
『嫌です!そんな楽しみ』
試合を見ていたアレックスがさも当然のようにタオルを渡してくる。
「最初の頃は私も反対したんだが、まさかアレイシアがあんなに強くなっているとは驚いたよ。ここ1ヶ月で更に強くなっている。これであれば王都のどこに行っても心配ない」
「最初の頃って、いつ頃でしたでしょうか、お父様」
「もう忘れちゃったのかい、この道場が完成したとき一番で君が足を踏み入れたんじゃなかったのかな」
「あ、そうでした。とても嬉しくなって・・・」
適当に話を合わすアレイシア。
そんな記憶は一切ない。
「本当に強くなったね、アレイシア。少し前まではすぐに倒れるような子供だったのに、私は嬉しいよ」
「えへ、えへへへへ」
「まあ、そんなわけでだアレイシア。君の実力が知りたいと近衛騎士団から問い合わせが来てるんだが、どうしたものだろうね」
「お父様、これでも私は淑女を目指しておりますのであまりそういった評判が立つのも・・・」
んーと少し悩むアレックス。
そこは悩んでほしくなかったアレイシア。
「アレイシア様、是非ともそのお力を近衛騎士にお示しください!でなければ、我らは我らは」
泣き始める護衛騎士隊長。
「アレイシア」
「かしこまりました」
ここに武闘派食いしん坊極道が誕生してしまったのであった。