経験が邪魔をすることもあります
家族一同が食卓に集合する。
メイドたちの中にコック姿のアレイシアが混じっている。
「今日はアレイシアが夕食を作ったんですよ、あなた」
「ふむふむ、それは楽しみだねマリー。娘の手料理を食べることが出来る貴族なんてうちだけじゃないかな、嬉しいよアレイシア」
ニヤニヤするマリアンヌ。
三人の前にミートソースパスタが並べられる。
「これは、リンゼイが初めてきたときに出した料理ではないかな」
アレックスは少し顔を歪めた。
「今回はリンゼイとアレイシアの合作ですのよ、さあさあ」
マリアンヌがアレックスを急かす。
「君、そう急かさないでくれよ・・・」
フォークにパスタを絡めて一口。
「・・・あれ、美味しいじゃないか」
驚くアレックスを見てルークもそそくさとパスタを口に放り込む。
「美味しいですお姉さま」
しかし納得がいかないアレックス、悩みながらもあっという間に皿の上は何も無くなってしまっていた。
「・・・そうか!麺が違うんだな!アレイシア」
「正解です、さすがお父様」
「麺の歯ごたえが違うとここまで美味しくなるんだな。驚いたよ」
アレックスの言う通りである。
アレイシアの記憶のミートソースパスタは本郷のものと殆ど同じだった。
だがみんなの表情は微妙なものであった。
この料理を作る前にリンゼイに素材から調理方法まで聞いたが何も問題がないように思えたが麺の硬さを問いただすと、とにかく火が通って柔らかくなればいいと言われた。
麺料理はそういうものなんだと・・・。
麺とミートソースに問題がないとすればもう茹で時間だけである。
アレイシア(本郷)はある程度麺の中が硬く残るように茹で上げた。
『パスタっていうか麺っていうのは歯ごたえが命なのさ』
『流石です、本郷さん。お父様があんなに喜んでくれています!』
『お嬢、美味いって言ってくれるって嬉しいよな』
『・・・はい』
「リンゼイさん!」
アレイシアは調理場に急いで戻ると緊張のあまり天井を見ているリンゼイに声をかけて、サムズアップした。
サムズアップの意味を知らないリンゼイ。
「大変美味しいと、お父様が言ってました!」
「ホントですか!」
「嘘なんか言いませんよ、私」
リンゼイはその場に泣き崩れた。
この国に麺料理は昔からあったが新しく入ってきたトマト(本郷)と組み合わせるなどと誰も思いもつかなかった。
だがリンゼイはトマトの味に惚れ込んでしまった。
煮たり焼いたりするうちにトマトソースを作り上げた。
パスタに絡ませれば美味いと思い自分で食べてみた。
今までの麺料理の経験からしても美味いと思ったが、調理場の仲間は誰も一口も食べてくれなかった。
はっきりいうとリンゼイは理不尽ないじめにあっていた。
そうこうするうちに料理長から首を言い渡された。
トマトを使った料理は絶対に美味いと何度も食い下がったが却って鬱陶しいと思われていたのだ。
それからのリンゼイは食堂やレストラン、貴族邸に就職先を探し回ったが料理人たちの間で悪い噂を流されてどこも雇ってくれなかった。
そんな自分が最後に売り込んだ先がアレックス・マーベリック伯爵。
王都の中でもリンゼイが働いていたところとは反対側のお屋敷であった。
料理人が引退して間がなかったと聞いた。
もし、ここまで自分の根も葉もない悪い噂が流れていたらとは思ったが幸いなことに料理人の腕を見てくれることになった。
そこで出したのがミートソースパスタ。
今までにない味に共感してくれると勝手に考えて出してしまった。
今思えばなんて馬鹿なことをしたのかと反省するしかないが、アレックス伯爵一家の不満そうな顔の中で唯一アレイシアお嬢様だけが麺はともかくミートソースがとても美味しいと言ってくれた。
「こんな美味しいソースが作れるのなら、もっと沢山美味しいものを作れますよ、お父様」
その一言でリンゼイは救われた。
その後はごくごく一般的な料理を出すようにしたが、もともと腕の良いリンゼイにみんな良い料理人が来てくれたものだと言ってくれるようになった。
だが、トマトを使った料理は怖くて出せなくなっていた。
そして今日、アレイシアお嬢様の強引とも言える行動で再度ミートソースパスタを作ってしまった。
試食をすることさえ出来ずに不安だけが募った。
もしこれで美味くないと言われればリンゼイはトマト料理を封印する気であった。
「美味しかったんですね、お嬢様」
「はい、もっとトマトを使った料理を考えていきましょうリンゼイさん」
「はい・・・」
「あ、でもお菓子も作っていきますから助けてくださいね」
「かしこまりました、お嬢様」