しょっぱい苺大福
夕食を作りたいとマリアンヌに願い出るアレイシア。
時刻は午後3時というところである。
「お菓子ではないの」
うなずくアレイシア、なんとなく堂に入った仕草である。
少し残念そうなマリアンヌだがアレイシアの作る料理も気になる。
「いいでしょう、ただし私が試食します」
「はい、お母様も期待してくださいまし」
鼻歌を歌いながら調理服に着替える。
鼻歌はすっかりお気に入りになったマッドシェンカー・グループの《武器と野獣》というヘビーメタルソングである。その他にもキングというバンドの《俺達のロック》とか虹の冒険者の《黒い部屋》も大好きになっていた。
『約束ですからね、本郷さん』
『ああ、お嬢はすげーよ。マイッタマイッタ参りましたー』
パスタの麺を作るのが面倒くさかったのでミートソースパスタを教えるのがのびのびになっていたのだが、しびれを切らしたアレイシアが本郷にいつ作ってくれるのか問いただした。
すっかり食いしん坊になってしまったアレイシア。
手刀もマスターしてない白帯のお嬢にはまだ早いとか適当に誤魔化していたのだが、今日の朝ニヤリと笑ったアレイシアがレンガを持ち出してきた。
キョエーーーーーーーー!という掛け声の後にレンガは真っ二つになった。
『いつから出来るようになった・・・』
『2日前にはこの程度は出来るようになりました』
『俺、お嬢が練習してんの知らないんだが』
『本郷さんはこちらの音楽を聞いていると寝てしまわれますので、その間に』
『ああー、お嬢って試験のとき《昨日はぐっすり寝ちゃってー》とかいうタイプだったんだ、おじさんそういう子になってほしくないなー』
『違います!ちょっと本郷さんを驚かせてみたかったんです』
ちょっと唇を尖らせるアレイシア。
その仕草が妹に似ている。
『女の子はかわんねーなー(にっこり)』
調理場に入るとリンゼイが既にトマトソースを作り始めていた。
「アレイシアお嬢様、お待ちしておりました」
そういってキッチンテーブルに並べられた小麦粉や卵、塩を並べていく。
「リンゼイさんはトマトソースだけに専念していただけたら後は私がやりますので」
「はい、かしこまりました」
ボールの中にグルテンが多く含まれているであろうパン用の小麦粉を入れ、卵、塩を入れてかき混ぜ始める。
次第にネバネバしてきたので更に力を入れて握るようにつかみ、右腕に全体重を載せる。
だんだんと生地がなめらかになっていくがまだまだまとまりが悪い。
うりゃ!とりゃ!どっせい!とお嬢様らしくない掛け声が調理場に響き渡る。
やっと納得できるまでになり、ラップ代わりのの大きな葉っぱでくるんで冷却魔法で作った氷の上にのせて一旦作業は終了した。
「お嬢様トマトソースというものが準備できました」
「わかりました、一緒に肉を細かに切り刻みましょう」
ミートチョッパーが無いので必死に二人で切り刻む。
かつてのアレイシアであったら麺を作る体力さえなかったであろうが今では調理人のリンゼイに負けないくらいの包丁さばきである。
そのリンゼイも運動器具のおかげでかなり力を着けているので余裕綽々である。
ひき肉が出来ると玉ねぎ、人参(本郷)を切り刻む。塩と胡椒と小麦粉を準備してしばらく休憩に入る。
「お嬢様、お疲れ様で御座います。ところでこれを作って見たのですが一口いかがでしょうか」
アレイシア(本郷)は手渡されたものの感触で破顔した。
『これって大福じゃねーか。そっか、この前教えたっけな』
ニコニコしながら大福にかぶりつくアレイシア(本郷)。
歯ざわりに違和感がある、これはもしかしてと思い大福の断面を見ると苺(本郷)が・・・。
あんこだってまだまだ甘みが足りないし粒も無くしきれていないが間違いなく苺大福だった。
『オヤジ・・・』
神竜組のシマでの違法薬物販売ルートを法を越えて徹底的にぶっ潰し数人を病院送りにしてしまい捕まった本郷、刑期を終え出所。
刑務所に迎えに来てくれた若頭である本郷の養父が車の中でそっと手渡してくれた苺大福。
「泰平堂まで行って来たんだ、オヤジに感謝しな」
「さぶ!余計なこといってんじゃねー。ほれ、さっさと食っちまいな」
慌てながらラップを引き剥がし苺大福を口いっぱいに放り込む。
「美味いです、オヤジ。美味いです」
「泣くんじゃねーよ、レイジ。バカモンが」
そんなオヤジも泣いていたんだったっけな、と思いながら食うリンゼイの作ってくれた苺大福は少ししょっぱかった。