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TWO HAND  作者: 雪村 敦
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第二章

「全船、出港準備!前部員、錨鎖詰め方(びょうさつめかた)!」

 凹甲板の下でラッパの音が聞こえる。錨上げが終わったようだ。

「両舷前進強速!240度ようそろ!神大寺丸を筆頭に出港する!」

 足元の下の方からエンジンの振動が伝わってくる。

「航海長操艦。両舷前進原速赤黒なし。進路350度。」

「いただきました航海長。両舷赤黒なし。進路350度。」

 先ほどから操舵室の中では、いかにも海自と言うようなセリフが聞こえてくる。

 私や沢村は航海術は一切できないから、航海は本職の海上自衛官たちに任せるしかない。

「沢村二佐。我々では役には立ちそうにないな。」

「そうですね。なんせ航海術は学びましたけど、実践は初めてですし、それ以前に私たちは、戦闘以外の技術はほとんど身に着けていませんからね。」

 今まで航海術なんて必要になることなんてなかったしな。

「川村三佐、船内を見てくる。何かあったら呼んでくれ。」

「了解しました、雪村一佐。お気を受けて。」

 川村に一言言うと、甲板に降りる。

 甲板では、船務班が帆走に向けて帆の準備をしている。

「随分忙しそうですね。たった40人で操船何てできるんですかね。」

「まぁ、護衛艦だって、100人から300人程度だからそれより小さいし、武装に回す人員もいらないから少人数でいいんじゃないかな。」

 実際、この船にはたいそうな装備積んでないから、足りるんだろうな。

 ふと横を見ると、遠くに海自の呉基地が見える。

「こう見ると、うちの基地ってかなり大きいんですね。」

「係留可能数だけで見れば東洋一の軍港だからね。そりゃ大きいよ。」

 二次大戦中は日本軍最大の軍港だったはずだ。

「あ、雪村一佐。何かございましたか?」

 甲板を船尾方向に向かっていると、1人の士官が声をかけてくる。

「我々は船の上では役立たずだからな。歩き回ってるんだよ。」

「そうなんですか。お2人は何でもできるのかと思っていました。実際、そのお歳で特殊部隊の隊長と副官を務めてるんですから。」

「そんなに万能じゃないよ。」

 実際船務関係は川村に丸投げしてるし。

〈総員、登檣礼(とうしょうれい)!〉

 その号令と同時に、甲板にいた船務班は全員ヤードに向けて上りだす。

「雪村一佐、船務班の40名だけで張り切れるんですかね。」

 確かに、帆の枚数やヤードの数的に、甲板員だけじゃ足りない気がする。

 すると、下層甲板に隠れていた戦闘班が船務用の制服で出てくる。

「そうか。湾内では一式や二式兵装は目立つもんな。そうか、そのために船務班には別の制服が用意されていたのか。」

「すべての船にわざわざ海技教育機構での実習着を用意したのですね。」

 わざわざ新しいものを用意するのも経費がかさむし、何よりも時間がかかる。

「にしても、戦闘班にも実習着を用意してたなんて、このことを予期してたのかな。」

「そう考えると凄いですね、川村三佐。ほかの船でも同じアイディアなんですかね。」

「そう思うよ。ほら。」

 斜め後ろを指すと、4番船の子安丸でも同じように戦闘班も船務班の手伝いをしている。

「元護衛艦勤務だった隊員が多いから、船務は彼らに任せるのが1番だね。」

 そのまま階段を下りていく。

 もともとは日本や海外での練習船だったようで、もとは教室だったであろうところには、砲弾や銃弾。機銃や小銃が置いてある。要は武器庫である。

「この武器庫は船によって大きさが異なるようですね。この神大寺丸が一番大きいらしいですが、何が違うのかいまいちわかりませんけど。」

「そこは私も同感だ。少し大きかろうと小さかろうと、消耗品置き場のサイズくらいでそこまで変わらないでしょ。」

 少しは変わるだろうけど、使うとなれば変わらない。

〈雪村一佐、沢村二佐。間もなく瀬戸内海を出ます。操舵室にお戻りください。それと、面白いものが見られますよ。〉

「川村三佐だ。面白いものとは何だろう。」

「じゃぁ、戻りましょうか。」

 上甲板から、長船尾楼甲板に戻ると、少しずつ帆が張られてきている。

「面白いこととはこれの事かな。確かに、これは面白い。」

 実際、航行中の帆船が帆走に切り替わるところを船の上から見る事なんてないだろうし。

「帆船が航海するところなんて見れませんしね。」

 2人で船橋に戻ると、さっきより船橋の人数が減っていた。

「ああ、雪村一佐。おかえりなさい。ここに来る途中で見たと思いますが、面白いでしょう?帆船が帆を張っているところは。」

「ああ、とても面白かったよ。興味深いものだった。」

「それは良かった。今しがた、佐田岬を通過しました。もうすぐ保戸島が見えてきます。」

 その言葉の通り、保戸島が見えてくる。

「このままいけば一時間以内には大陸棚を出ると思いますよ。」

「リアンクールまではどれくらいかかる?」

「そうですね。1週間以内には到着すると思われます。」

 1週間か。間に合うかな。

「できる限り急いでくれ。敵が日本本土に侵攻してしまう前につかなければならない。」

「了解しました。ですが、どれだけ急いでも3日か4日だと思われます。」

「わかった。沖に出たら砲と機銃の点検を行うように、他の船にも通達せよ。射撃は厳禁だ。」

「了解しました。通達しておきます。」

 砲の発砲音でも聞かれたらこの作戦は一気に破綻する。

〈雪村一佐、呉より状況報告を求められています。電信室へいらしてください。〉

「では、船務は貴官に任せる。私は電信室へ行ってくる。」

「了解しました。船の上ですが、どうぞお気をつけて。」

 川村の敬礼に敬礼で返事をする。

 船橋を出て、電信室に向かう。

「あ、雪村一佐。山本海将から報告を求められています。」

「つないでくれ。」

 数秒間のノイズの後に聞き覚えのある声が聞こえてくる。

〈こちら呉地方総監の山本勇夫海将である。雪村鶴音一等海佐であるか?〉

「こちら特務船団指揮官の雪村鶴音一等海佐であります。」

 確認無線が随分と早い。

 上としても今回の件は早急に対応したいのだろう。

〈雪村一佐。レーダーで見ている範囲では、問題なく瀬戸内海を抜けられたようだな。〉

「はい。問題なく概要に抜けられそうです。予定では3日後の到着を予定していますが、何分帆船なので、多少の前後はあると思われます。」

〈了解した。では定期報告は6時間おきに実施せよ。報告は貴官か沢村二佐が行うように。〉

「了解しました。ではまた6時間後に。通信終わり。」

 スピーカーからは何も聞こえなくなる。

「他艦隊から連絡が入ったら私に連絡せよ。私の所在が不明の時は沢村二佐に伝達するように。沢村二佐も、伝達が来たら私に伝えるように。まぁ私と沢村二佐が一緒にいないというのはあまりないと思うがな。」

「了解いたしました。」

 通信員は座ったまま一度敬礼をする。

 電信室を出ると、もう間もなくすべての帆が張り終えるというようなところだった。

「きれいですね。」

「海技教育機構の日本丸と海王丸はそれぞれ、『太平洋の白鳥』『海の貴婦人』と言うような愛称がつけられたそうだよ。この船団の船はすべて外装を真っ白く塗られているから、他から見たら白く美しい船が6隻並んで航行している。さぞ綺麗だろうな。」

 日本丸が航行しているところは見たことがある。実際の所、太平洋の白鳥と言われるだけあって、とても美しかった。

 そう言えば、あの時沢村もいたはず。沢村もあの姿を覚えているだろうな。

〈雪村一佐。操舵室にいらしてください。〉

「さて、操舵室に向かおうか。この状況からして巡行に移行するんだろう。」

 操舵室に上ると、さっきよりさらに人数が減り、舵輪を握る航海長に、船長の川村の2人だけだった。

「雪村一佐、来られましたか。航海長、司令官と今後の航海を話し合ってくる。後ろの航海室にいるから、何かあれば声をかけるように。」

「了解いたしました。雪村一佐、沢村二佐、川村三佐。」

 左手で舵輪を握ったまま、右手は敬礼をしている。

「間もなく帆を張り終えますが、風向きのせいでヤードの調整でもう少し時間がかかりそうです。これにより、目的地への到着時間が少し遅れることが予想されます。時間にすると大体6時間から半日程度だと考えてます。」

 操舵室の後ろの部屋に入り、扉を閉めたと同時に、川村が報告をする。

「そうか。途中で問題が起こる可能性も含めて1日は見ておいた方がいいだろうね。」

「天候によってはそれ以上の遅れも考えられます。この船団の船はすべて帆船で、発動機も積んでいますが、あくまでも風がない時のための補助動力です。主動力にするには航続距離不足です。」

「今回の作戦は揚陸作戦ですから、砲弾や銃弾、揚陸艇の搭載に搭載可能重量のの大半を占めているため、燃料の搭載量は通常の3割程度。航続距離もかなり短くなってしまっていますね。」

 本来の航続距離ならば、問題なくリアンクールにつけるだろうが、今の装備では航続距離が足りない。

「ですが、この船が帆船でよかったです。不足する航続距離は帆によって補えます。問題は、先ほども言った通り、天候による影響ですね。おそらく天候の影響を考慮すると、リアンクールに到着するは遅くとも4日と言った所です。」

「4日か…。ギリギリだな。」

「報告では特に問題は起きていないうえ、これから数日間の天候も問題ないため3日程度でつくと思われるため、時間的には問題ないと思われます。」

「そう言えば、今回の乗員たちは帆船での航海経験はあるのですか?」

 確かに、海上自衛官と言っても、海自には帆船が所属していないため、帆船の乗務経験などある隊員はそう多くないだろう。

「私を含め、乗員の何人かはもともと海技教育機構に居たりした隊員もいるので、帆船の経験がある隊員は幹部に任命していますよ。」

「そうか。それならよかった。では問題ないな。おや?気が付いたら1時間たってるじゃないか。」

 ふとポケットに入っている懐中時計を見ると、時間的には大陸棚を出ている時間だ。

「そう言えば雪村一佐。自衛官で懐中時計を使ってる人はそうそういないですよね。それも東鉄の鉄道時計では?一佐くらいの年齢でそんなものを使う人なんていますかね。」

「ああ、これは形見だよ。私の元に唯一残った祖父の遺品であり、私が血の通った人間の子供であるという唯一の証拠だ。こいつのおかげで、少なくとも私に祖父がいると言う事はわかる。」

「あ。…申し訳ありません。」

 そう言えば私や沢村の個人状況や生い立ちは機密指定だったな。

「私は特に問題ない。物心ついてすぐに沢村と故郷を逃げだしたから、故郷の事はほとんど覚えていないし、まずどこにあるのかも知らない。沢村二佐は何か覚えているか?」

「そうですねぇ。唯一覚えているのは、我々が殺されそうになった時に逃がしてくれたのが雪村一佐のおじい様だったという事くらいしか…。」

「私も似たようなものだ。この時計もその時にもらったものだ。」

 孫へのプレゼントが昔の懐中時計と言うのは少しおかしい気もするが。

 そんな話をしていると、扉の向こうから航海長の声が聞こえる。

「川村船長!水深が深くなってきました!大陸棚を抜けると思われます!」

 その声は心なしか嬉しそうに感じた。

「では雪村一佐、行きましょうか。」

「ああ。元護衛艦勤務や元潜水艦勤務の者は久しぶりの海上勤務でうれしいのだろう。作戦海域につくまではある程度自由を許そうと思う。全船に通達を頼む。」

「了解しました。隊員たちも海自に入ってやっと自分たちで操船して、海自ではあまりない実戦で、うれしさと同時に緊張もあると思いますが、多少の自由ができるのであれば多少楽になるでしょうね。」

 少しでも楽になってくれるのならそれでいいか。どうせ規律を正す気もないし。

「24点回頭!取り舵いっぱい!」

 号令と同時に、航海長が勢いよく舵輪を回し始めると、船は少しずつ向きを変え始める。

 この船が向きを変え始めると、他の船も向きを変え始める。

「もどーせー!」

 航海長が勢いよく、元の方向に舵輪を回す。すると、船が方向を変える感覚が少しずつ減ってくる。

 数秒経つと、完全にまっすぐ向きを変え、まっすぐ進み始める。

 すべての船が同じ方向を向くと、帆は風をとらえたように張り始める。

「機関停止!帆走にて航行を始める!後部舵輪に移動する。」

「了解!」

 航海長は敬礼して、操舵室を出ていく。

「では、これより船尾方向にある舵輪で航海を行いますので、小官はこれにて失礼します。」

「ああ、任せたよ。」

 川村も一度敬礼をして操舵室を出ていく。

 一気に2人だけになった操舵室。

「さて、それぞれの部屋に戻るか。」

「そうですね。我々は書類仕事でもしますか。やらなければいけない仕事もいくつかありますし。」

操舵室を出ると、すべての帆を張った複数の帆船が隊列を組んで進んでいる。

「壮観だね。」

「ええ。これは美しいですね。美術作品にたびたび登場するのもよくわかりますね。」

 日本の練習船ですら白鳥とか貴婦人に形容されるしな。

 船室に戻り、刀を刀掛けに置き、執務鞄から書類の束を出し、確認を始める。

 大隊の経費領収書の確認。航海計画書の最終確認。航海日誌の制作。

 毎回毎回こういう仕事をしていると思うが、13歳のする仕事じゃないような気もする。

〈雪村一佐!雪村一佐!至急電信室へお越しください!山本海将より緊急電です!〉

「…なに事だ…?」

 椅子を立ち上がると、扉をノックする音が聞こえ、沢村が入って来る。

「雪村一佐。向かいましょう。」

「ああ。行こうか。」

 刀掛けに掛かっていた刀を左手に握り、部屋を出て電信室に向かう。

 電信室に入ると、電信員がこっちを見て叫ぶ。

「あ、雪村一佐!敵に動きがあったようです!」

「なに!?繋げ!」

 電信員が急いで無線を繋げると、先ほど同様、スピーカーから聞きなれた声が聞こえる。だが、その声はいつもと違い焦っているようだった。

〈雪村一佐か!?リアンクール岩礁に潜伏していた敵部隊に行軍の兆候が見られた。タイムリミットは1日か2日と言った所だ。それまでにリアンクール岩礁に迎え。〉

 それは少しきついかもしれないな。

「山本海将。リアンクール岩礁に到着するためであれば多少人目についても問題はありませんか?」

〈ああ、問題ない。本日中か明日中に鎮圧できれば問題ない。敵は武装漁船を使用すると思われる。残党の総数は約260名程度とのことだ。〉

 敵兵の数は260か。と言う事はこちらの揚陸隊員たちより少し多いくらいか。

「わかりました。少々お待ちください。」

〈了解した。30分でいいかね。〉

「問題ありません。」

 それと同時に通信音が途切れる。

「川村三佐を呼べ。航路を変更する。」

「了解しました。」

 電信員はそのまま船内放送のマイクを取り、川村を呼び出す。

 2分ほどたって川村が電信室に入って来る。

「雪村一佐。航路の変更とはどうかされたのですか?」

「たった今山本海将殿から通信が入った。敵軍に動き有、本日中か明日中にリアンクールを攻略する必要が出た。」

「!?それは、難しいですね。命令書では民間船や民間人に見つかってはいけないと書いてありましたし。」

 その命令のせいで、我々は津軽まで行かなければいけないんだ。だが、命令が更新されたため、この命令は遂行しなくてもよいとなった。

「海将殿曰、その命令は無効。人目についてもよいとのことだ。その為私は、関門橋を通るのが一番効率的だと思われる。」

「そうですね。人目についてよいのであればそれが最短距離ですね。問題はあの橋をこの船団が通れるかですけど。」

「それなら問題ない。あの橋の下がは60mくらいだ。この船団のマストは高くても50mだ。十分通れる。」

「それなら問題ありませんが、燃料を馬鹿食いしますね。対策としては、撤退時はほとんど帆走になりますが、問題ないですね。」

 人目に付くのがだめなら帰りこそ津軽を回ればいいし、最悪護衛艦から補給を受ければいい。

「山本海将へつないで。」

 電信員は、小さくうなずき操作を始める。

「山本海将、つなぎます。」

 今度はほとんどノイズなしで声が聞こえる。

〈雪村一佐。答えは出たか?〉

「はい。本船団はこれより180度旋回し、関門橋を通過し、リアンクール岩礁に向け、最短距離で敵拠点に向かいます。」

〈関門橋か。了解した。武運を祈る!〉

 通信を聞いていた隊員たちが敬礼すると同時に、通信が切れる。

「川村三佐、全船にこのことを伝達せよ。これ以降の指揮は私が取ろう。」

「了解しましたが、雪村一佐、大丈夫ですか?」

「ああ。確かに船長業務や艦隊司令官は初めてだが、貴官や乗員たちの指揮を見て学んだ。問題ない。」

「…了解しました。」

 そのまま電信室を出て操舵室に向かう。

 そう言えば刀を提げ紐に下げるのを忘れていた。鞘についた2つのランヤードリングに金具で提げる。

 操舵室に入ると誰も居ない。

「自分は何の役をやりましょうか。」

「沢村二佐は、私がいないときの次席指揮官だよ。」

「その次席指揮官が必要になることはほとんどないでしょうけどね。」

 実際の所、私が指揮をとらない状況は、私自身が揚陸作戦に参加するときぐらいだろうな。

「でも、一佐が隊員たちと一緒に揚陸作戦に参加したら、私が指揮官になるんでしょうね。」

「…沢村二佐、貴官は私の心を読めるのか?いや、私が分かりやすすぎるのか。」

「おそらく後者だと思いますよ。戦術家としてはつかめない人ですが。」

「それはどうも。」

 すると、操舵室に川村三佐と、航海長が入って来る。

「雪村一佐。全船に通達終わりました。現在も通信は全船の前方操舵室につないでいます。」

「了解した。では、船団指揮を川村三佐から私に移譲する!」

 無線から、〈了解!〉とへ返事が返ってくる。

「全船、16点回頭!帆をしまって機関走行に移行する!」

「了解!16点回頭!おもーかーじ!畳帆(じょうはん)命令!」

 私の号令を、川村が船舶用語に変換して命令を出す。

 川村の畳帆命令と同時に隊員たちがマストに上り始める。

「全船両舷前進原速!瀬戸内海に戻るぞ!」

「了解!両舷前進原速!」

 号令が響いた数秒後に、足元から発動機の振動が感じられる。

 ふと下を見ると、隊員たちが帆をしまうため、掛け声と同時にロープを引いている。

 上を見ると、帆が少しずつしまわれていく。ヤードでは隊員たちが帆をしまっている。

「この景色もなかなか面白い。」

 帆船が帆をしまう所を洋上で、それもその帆船の上で見ることもあまりないだろうし。

「もどーせー!進路225度!ようそろ!」

 勢いよく回る舵輪を後ろで感じながらまっすぐ前を見る。

 しばらくすると、さっき通り過ぎた保戸島が見えてくる。

「面舵60度!」

「おもーかーじ!」

 川村の叫び声と同時に、航海長が叫びながら舵輪を回す。

「機関、第四戦速!」

 その瞬間、船の速度が一気に増し、他の船も一足遅れて速度が上がる。

「雪村一佐、瀬戸内海の中では第二戦速程度でいいですかね。」

「いや、第四戦速でいこう。できる限り急いでリアンクールにつかなければならない。多少の危険も問題ない。」

「了解しました。では全船このままいきましょう。」

 先ほどよりかなり速い速度で航行し、船団は出港時よりかなり速い速度で瀬戸内海を駆け抜ける。

 駆け抜けるにあたって、汽笛を何度も鳴らしながら航行しているため、目の前にいた漁船等はすぐに移動していく。

「向こうからしたら突然すごい勢いで迫ってくる帆船船団は結構怖いんでしょうね。」

「実際、一般回線ではさっきから苦情の無線が大量に入っているようですよ。」

「だろうな。国防のため仕方なく通っているとはいえ、案外心苦しいものだね。」

 ふと前を見ると、一隻のタグボートが近づいてくる。

〈雪村一佐。今現在近づいている船は海自の偽装船だそうで、山本海将が同乗し、この船に乗船するとのことです。〉

「了解した!周りの船に気を付けながら乗船するように伝えてほしい!」

〈了解しました。お伝えしておきます。〉

 伝声管の向こうで、通信をしているのが聞こえると同時に、スピーカーから声が聞こえてくる。

〈雪村一佐。敵はリアンクール岩礁にいるんですよね。でしたら、どの船を先頭に奇襲をかけますか?〉

「単縦陣で神大寺丸を先頭に突入。左舷側の砲で敵をけん制しながら揚陸艇で揚陸部隊が揚陸する。」

〈了解しました。並び順は順番通りでいいですかね。〉

「問題ない。」

〈了解です。〉

 それ以降スピーカーから声は聞こえなくなる。

 操舵室左右の見張り台に出ると、先ほど近づいてきていたタグボートが神大寺丸に横づけする。

「雪村一佐。山本海将がおつきになりました。」

「会議室にお通ししてくれ。私もすぐに向かう。沢村二佐、早速出番だぞ。一時司令官権限を沢村二佐に委譲する。」

「了解しました。」

 沢村は敬礼で答える。それに敬礼で返す。

 操舵室を出て階段を下ると、先ほどのタグボートが、少し離れた所を並走している。それを横目で見つつ、階段を下っていく。

 会議室前につくと、見覚えのない士官が立っている。制服は海自の第三種夏制服を着た士官が立っている。階級は2人とも二等海尉の様だ。腰には拳銃、肩にはライフルを提げるベルトが見える。

「失礼する。防衛省海上自衛隊呉地方総監部直轄部隊遊撃特務攻略大隊大隊長雪村鶴音一等海佐だ。同総監部総監山本勇夫海将より呼ばれて参上した。」

「雪村一佐ですね。山本海将がお待ちです。」

 護衛と思われる士官はゆっくり扉を開ける。

「どうぞ。お入りください。」

 中に入ると、そこには第三種夏制服を着た士官が立っている。肩の階級章は海将の物だった。

「いつも思うが、貴官の肩書は長いな。防衛省から呉地方総監部直轄の所まではカットしてもいいのではないか?まぁそういうわけにはいかんか。」

「ええ。さすがに役職名は省略できませんよ。で、どんな御用ですか?」

 今は作戦地に向かう途中。そんな船に海将が来る理由は何があるのか。

「これを見てくれ。」

 山本は、テーブルの上に置いてあった執務鞄から一枚の封筒を出し、差し出してくる。

「この写真を見てくれ。」

 渡された封筒の封を開けると、中には数枚の写真が入っている。

「その写真は、敵が使用していると思われる武装漁船だ。装備されているのはおそらく機銃程度だろうと思われる。敵の装備もAK-74とドラグノフ以外にも、RPGが確認された。その上、RPKの確認もとれている。」

「RPGだけではなく、RPKまで。ですが、RPGならともかくRPKなんて今製造されているんですか?」

 RPGならどこでも製造されているうえ、人気の高いモデルだから入手も簡単だろう。だが、RPKなんて今どき製造されているところなんてないはず。

「正式にはRPKではない。正式には56式自動小槍分隊支援火器S-7型だそうだ。」

「中国のコピー品ですか。ではAKやドラグノフ、RPGも中国製ですか?」

 まぁあそこらへんはどこが作っても一定以上の性能出すから聞いてもあまり意味はないけど。

「ああ。敵が使っている装備はすべて中国製だった。兵士の持っていた拳銃も54式が大半だったそうだ。だが、鳥取で回収された遺体の中に、2人だけマカロフPMを装備した将校が居たそうだ。その2人だけ制服が違い、その制服はとある人物が着用しているものと同じだそうだ。」

「とある人物?誰です?それ。」

 私にはその隠語は通じないな。

「雪村一佐は、イゴール・ソコロフと言う男を知っているかね。」

「いえ、初耳です。」

「そうか。で、このイゴール・ソコロフと言うのは、今回の鳥取揚陸事件の主犯であり、世界的なテロ組織『ストライカー』の幹部だ。そして、今回の作戦での排除対象だ。」

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