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TWO HAND  作者: 雪村 敦
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第一章

「――次に、先の鳥取砂丘での戦闘にて多大なる戦果を挙げた、遊撃特務攻略大隊大隊長雪村鶴音一等海佐ゆきむらつるねいっとうかいさ!」

「はっ。」

 長い机が置かれた呉地方総幹部の会議室。

 無機質な空気中、雪村は立ち上がる。

「貴官には、これまでの功績をたたえ、第2級防衛功労賞を、海上自衛隊呉地方総監部かいじょうじえいたいくれちほうそうかんぶ総監山本勇夫海将そうかんやまもといさおかいしょうの命により授与する。」

 会議室の机の一番奥にいた将官は、横においてあった木製の箱を持つ。

「すまんな。本来は海上幕僚長から授与されるべきだし、もっと言えば一級功労賞や、特別功労賞級のことをやってのけたのだが、なにぶん、貴官ら遊特攻は影の部隊。いまだ日本で知っている人間は少ない。公の場での受勲は難しい。」

「大丈夫ですよ。我々も目立つために活動しているわけでは無いので、問題ありません。」

 雪村は差し出される記念章を受け取ると、胸につけずに手に持つ。

「やはり称号は付けないのかい?まぁ君に関しては制服で戦場に行くことが多いから、バッチとかは邪魔だろうしね。」

「海将殿はそういう所を理解してくれて助かります。では、小官はこれにて失礼いたします。」

 雪村が会議室を出ようとすると、

「ああ雪村一佐!待ってくれ!」

 先ほど称号を渡した将校が呼び止める。

「どうかなさいましたか?山本海将。」

 雪村は振り返り、山本の方を見る。

「あ、いや。そうだ!貴官らの部隊に休暇を出そうと思うのだが、どうだろうか。」

「おお!隊員も喜びます!」

「そ、そうか。では海将、彼女の部隊には一週間程休みを出しましょうか。」

 会議室にいた総監部の隊員たちは戸惑うような顔をしながら、山本の提案を肯定していく。

「?ありがとうございます。では失礼いたします。」

 雪村は一度敬礼をすると、会議室を出た。

「…皆さん。雪村一佐に何かやましいことでもあるのですかな?」

「…わかっているだろう。雪村一佐と沢村二佐には、事情を知る自衛官であれば彼女たちに会うたび罪悪感にさいなまれているだろう。」

「…山本海将。あなたはどうお思いなのですか?」

 会議室にいたうちの1人の将官が、山本に問いかける。

「まだ13歳の少女に頼らざる負えない我らが情けないとしか、…言えないな。」

 苦渋に満ち、絞り出すように声を出す山本の顔を見て、より一層苦渋の顔をする。

――――――――――――

「失礼いたします。雪村一等海佐はいらっしゃいますか?」

 一人の士官が雪村たちの部屋に入って来た。

「副官の沢村二佐です。雪村一佐はまだ戻られていませんので、差し支えなければ私が承ります。」

「では、こちらの封筒を雪村一等海佐にお渡しください。」

 士官は、手に持っていた封筒を沢村に渡した。

「では、沢村智美二等海佐さわむらともみにとうかいさ。よろしく頼みました。」

 そう言うと、士官は部屋を出て行った。

「沢村二佐。なんの封筒ですか?」

「命令書ですね。一佐が居ないのに開封はだめですね。」

 沢村はそう言うと、一番窓側にある机におく。

 それと同時にもう一度扉が開いて、第三種夏制服を着て、左手に黒塗りの軍刀を持った少女が入って来る。

「どうしたの?」

 入って来た少女は不思議そうに首をかしげる。

「ああ。雪村一佐。今しがた、総監部から封筒が届きましたが、命令書ですか?」

 机に置いた封筒をもう一度手に取り、雪村に差し出す。

「ん?ああ命令書ではなく指示書だよ。」

 封筒の封を開け、中の書類を取り出す。

「我が部隊に特殊勤務手当と休暇のお知らせ。」

「一週間もくれるんですか!?」

「しかも手当付きで…。」

 指示書を見ながら2人はかなり驚いている。

「期間は明々後日(しあさって)から7日間。特殊手当は1人あたり特例で5万だそうだよ。」

「毎回思いますけど、一般的の防衛出動(ぼうえいしゅつどう)から比べると高いんでしょうけど、我々の戦闘って5万くらいなんですかね。」

 男性士官は、不満げに口にした。

「川村三佐。そう言う事を言うもんじゃない。」

「そうですよ川村三佐。誰かに聞かれたらどうするんですか。」

「そうですな。以後気を付けます。」

 雪村に対し少し敬礼して謝罪する。

「では、このことを全隊員に伝える。今から1時間後に教育隊横の広場に集合せよと伝達頼む。」

 雪村は自分のデスクにつきながら2人に指令を出す。

「「はっ!」」

 今度はちゃんとした敬礼をする。

「では無線での一斉連絡でいいですね。」

「ああ、よろしく。」

「了解しました。」

 川村は、部屋に置いてある無線機のマイクをとる。

〈連絡する。特務大隊の隊員は、今より1時間後の13時、教育隊横の広場に集合せよ。〉

 無線での伝達を終えた川村は、マイクを置く。

「ありがとう。」

 先ほどまでの自衛官としての顔をしていた雪村は、すっと年相応な顔になった。

「さて、書類仕事も午前中に終わらせてるし、1時間何をしようかな。」

「あれ、暇なんですか?でしたら私とあんみつでも食べに行きません?」

 沢村は、自分のデスクの上に置いてあったチラシを見せる。

「あんみつ!よし、行こうか!」

 デスクの上に置いてあった帽子を一瞬でかぶり、沢村をせかす。

「ああ、ちょっと待ってください!川村三佐、何かあったらよろしくお願いします!」

「川村三佐もくればいいのに。」

 雪村が振り返り、川村に話しかける。

「いえ、私は甘味より煙の方が好みでして。それに、お若い美少女お2人と一緒にいると自分みたいなおっさんは目立ちますので…。」

「ああ、私は13歳でも沢村二佐は15歳だよ?」

 首をかしげる雪村。

 納得するような顔をする沢村。

「お2人は特務自衛官なので成年前にすでに任官して佐官になってますけど、自分は普通隊員なので今年で30歳ですよ。」

 がっかりしている川村に雪村が納得したように返答する。

「あぁ、沢村二佐ならともかく、私はよく15歳に見えないって言われるから、下手すれば援交に思われるか、川村三佐が誘拐犯に思われるかもしれないな。」

「では川村三佐、よろしくお願いします。」

 そう言いながら2人は扉を閉めた。

「呉駅前だったっけ?」

「ええ。呉駅前の甘味処です。そこで新作のあんみつがあるそうですよ。」

「おお~!それは楽しみ!」

 機嫌がいい雪村の後ろをほほえましいなと思いながら廊下を歩く。

「雪村一佐、歩いて行かれますか?」

「歩くと時間が無くなりそうだから車で行こうか。運転頼める?」

「もちろんです一佐。」

 会話をしながら歩く2人の前に、1人の士官が靴紐を結んでいる。

 その士官の前に雪村が通りかかった瞬間、士官が握った手を前に出す。それに対し、まっすぐ前を見たまま雪村が右手でそれを受け止め、小さな紙を受け取る。

 そのまま雪村は右手を握ったまま歩き続け、士官が見えなくなったところで先ほどの紙を広げる。

「雪村一佐。先ほどの士官は情報科ですか?」

「いや、情報科の士官ではないよ。ただの耳がいい一般士官だよ。」

 渡された紙に書かれていた内容を読み終えた雪村が軽く笑い、微笑んだ。

「でも、ここに勤務していて、しかも遊特攻の幹部執務室近くにいると言う事は、総監部の関係者ですか?」

「二佐、あんまり踏み込むと、命がいくつあっても足りないよ。」

 手に持っていた紙を、ライターで燃やし、窓の外へすてる。

「そういうもんですか?」

「そういうもんだよ。」

 庁舎を出ると、基地内全体にサイレント同時に放送がかかる。

〈緊急呼集!緊急呼集!陸警隊は至急集結せよ!繰り返す!陸警隊は至急集結せよ!〉

「何かあったんでしょうか。」

「さぁな。まぁ我々には関係が無いな。陸警は基地の警備が仕事。我々は敵の殲滅が任務。」

 駐車場に向かいながら、もう一度職種を確認していく。

「…後で連絡が来たらどうします?」

 冗談ぽく沢村が聞くと、これまた冗談ぽく返す。

「状況にもよるな。緊急出動命令、もしくは防衛出動なら急いで戻るが、それ以外なら戻らんよ。」

 話しながら駐車場に向かっていると、上空をヘリコプターが通り過ぎる。

「SH-60J。哨戒機(しょうかいき)ですね。」

「ああ。…物騒だね。」

 沢村は、ふと雪村に顔を向けると、雪村が戦場で見せる、殺気を帯びた顔になっていることに気づき、それと同時に自分も、同じ顔になっていると自覚する。

 慌てて、周りを見渡すと、周りにいた自衛官たちが自分たちの殺気におびえていることに気が付く。

「雪村一佐!時間が無くなってしまいます!急ぎましょう!」

 その場から早く立ち去るため、雪村の手を引き走り出す。

「わ!沢村二佐!どうした!そんなに急ぐほど時間が無いのか!?」

 駐車場につき、車のカギを開け、2人は飛び乗った。

「沢村二佐、どうした?」

「はぁ、鶴音(・・)、私もだけど、今殺気むき出しだったよ。この前の、鳥取の時みたいに。」

 そう言われた瞬間、うつむいて絞り出すように、一言だけ吐き出した。

「……ありがとう…、…今後気を付けるよ……。」

「…今回は私もだから大丈夫だよ。…2人ともなかなかこれだけは抜けないね。」

「……うん。」

 暗く、重い雰囲気の中、沢村が声を上げた。

「よし!甘いもの食べに行こう!」

「…うん。うん!そうだね!」

 笑顔が戻ったのを確認すると、沢村はエンジンをかける。

「そう言えば、先ほど総監部に呼ばれたのって何だったんですか?」

 車を走れせ、門を出たあたりで沢村はふと雪村に聞く。口調はいつも通り副官の口調だ。

「ああ、功労賞の受賞だった。第2級の。」

「第2級ですか。この前は確か第3級でしたよね。」

「ああ。称号は付けないのかと、山本海将に聞かれてしまった。」

 困ったような顔で笑顔を作った。

「にしても、それだけ実績を積んでいながら、2年間も一等海佐なんて。」

「将官に昇進すると、大隊長クラスの指揮は役職上きつくなるし、1級以上の功労賞は防衛大臣か総理大臣からの受勲だから、表向きには存在していない我らには受勲が難しいらしい。」

 う~んと悩むような声を上げながら、沢村がうなっている。

 気が付くと、すでに呉駅の前についていた。

「お、あそこじゃないか?確か、甘味処もがみだったっけ。」

「あ、そうです。ありました?」

「ああ。今まさに目の前を通り過ぎた。」

「ちょっと!早くいってくださいよ!」

 沢村は叫ぶ。

「ごめんごめん。」

 雪村は謝る。

 車を止め、店に入ると、かなり込み合っている。

「はいはいいらっしゃい。おや、自衛官さんお2人さんかい?お座敷になっちゃうけど、いいかい?」

 随分と明るいおかみさんだなぁ。と雪村が思っていると、沢村が答えた。

「大丈夫です。雪村一佐、大丈夫ですよね。」

「うん。大丈夫。」

 2人で座敷に座ると、さっきのおかみさんがお茶を持って来た。

「お客さん、ご注文が決まったら呼んでくださいね。」

 お茶を置きながら、一緒にお品書きと書かれた紙を置いていく。

「あ、注文なんですけど、新作のあんみつってまだありますか?」

「ええ、ありますよ。そちらをお2つでよろしいですか?」

「大丈夫です。」

 まいどと言って、おかみさんは去ってゆく。

「いやぁ、雪村一佐と一緒にこうやって甘味を食べに来るのも久しぶりですね。」

 うれしそうな顔をしている沢村が目の前にいる。

「そう言えばさっき、総監部の人だと思うんですけど、新型の巨大イージス護衛艦が計画されてるって本当ですか?」

「ん?ああそう言えばそういう話をさっきの会議で聞いたような。まぁ我らはどうせ関係しないことだよ。陸戦部隊である我々が護衛艦勤務はないだろうと思うけど。」

「そうですよね。」

 これは一般人に聞かれてはいけない会話なのでは?と思いながらも、まぁいいか。と思っている雪村と、沢村のもとに新作のあんみつが運ばれてくる。

「はい、おまちどおさん。新作あんみつ2つだよ。」

――――――――――――

「失礼します!雪村一等海佐は在室でしょうか!」

 執務室の扉を開け、伝達のための士官が入って来る。

「大隊長殿は私用で外出中であります。」

「では、次席指揮官殿はいらっしゃいますか?」

「いえ。副官の沢村二佐も、不在ですので、小官が承ります。」

「かしこまりました。失礼ですが、お名前を聞いてもいいでしょうか。」

「小官は第一中隊中隊長の川村三佐であります。」

 士官から命令書の入ったA4サイズの封筒を受け取る。

「大隊長にお知らせするので、中を見ても?」

「問題ありません。」

 封筒を開けると、最初に見えた署名には、統合幕僚監部の統合幕僚長、古賀海将の名前だった。

 統合幕僚長自ら一部隊に命令書を出すなんて。

「わかりました。雪村一佐にお伝えしておきます。」

「では、よろしくお願いいたします。」

 士官は一度敬礼をして部屋を出ていく。

 士官が出て行ってから、よく書類を読んでみればの命令書は、遊特攻への命令書と言うより雪村一佐への命令書に見える。

「…とりあえず、あの2人が帰ってきたら…っ!?」

 その命令書には、特別任務と書かれていた。しかも、その日程と仕事内容は、先日の鳥取砂丘での戦闘の残党狩りで、場所はリアンクール岩礁で、緊急出動命令だった。

 これは急いで2人に連絡せねば。

 気が付いた時には、受話器を取り、雪村一佐に電話をかけていた。

――――――――――――

 あんみつを食べ終え、談笑しながら時間を過ごしていたところで、電話が鳴った。

「誰からですか?」

「ああ、川村三佐からだ。」

 出ると、慌てた声が聞こえる。

『雪村一佐!緊急です!今東京の統合幕僚監部から命令文が届いたのですが、その内容が、リアンクール岩礁への緊急出動命令です!』

「なに!?すぐ戻る!」

 なぜ、よりにもよって横須賀なんだ!

「沢村二佐!すぐに戻るぞ!」

「はい!すみません!お勘定お願いします!」

沢村が会計を済ませている間に駐車場の代金を払う。

「雪村一佐!お待たせしました!」

 車に飛び乗ると、車は急発進する。

「雪村一佐、なんのお電話だったんですか?」

「ああ、リアンクール岩礁への緊急出動命令だ。今回も非公式の出撃だから、装備は独自装備になるだろうな。」

「遊特攻の独自装備…。我々幹部は白い詰襟の上着に白いズボン、白い軍帽に白革靴白手袋。」

「隊員は茶色っぽい緑の上着にズボン。白いシャツに上着と同じ色のネクタイ。半長靴。」

「隊員の武装は38式歩兵銃のコピー品に14年式拳銃。アルミ鞘の軍刀。」

 毎回思うけど、うちに配備される武装ってなんでこうも旧式が多いのだろう。それも数十年前の。

「うちの制服って旧軍の軍装ですよね。我々幹部は海軍二種、隊員は海軍三種。武装も旧軍。海自の感じを消してますよね。」

「まぁ表向きには存在しない部隊だからね。これも一応カモフラージュの一環でしょ。」

 まぁそっちの方が目立ちそうだけど。

 そうこうしていると、急いでいた為かすぐに基地につく。

 急いで駐車場に車を止め、庁舎に走る。

 執務室にはいると、川村が受話器を置いたところだった。

「あ、雪村一佐。山本海将からのお呼び出しです。部隊正装で出頭せよとのことです。」

「了解した。」

 ハンガーに掛かっている白い制服をとって隣のっ更衣室に入る。

「では部隊への伝達。集合を1時間遅らせ、中隊長たちを、30分後に隣の会議室に招集。私が戻ったら作戦説明をする。」

「了解しました。」

「制服は部隊正装でいいですか?」

「ああ。頼んだ。」

 更衣室に入り着替えると、手袋と軍帽を忘れたことに気づく。

 執務室に戻ると、2人とも机に向かってキーボードをたたいている。2人の前を通り、執務机の上に置かれた白い革製の手袋をはめ、その横に置かれた軍帽をかぶる。

「では行ってくるよ。何かあったら、対処できる範囲であれば対処よろしく。」

「了解しました。」

「行ってらっしゃいませ。」

 2人に送り出されながら、執務室を出て、総監の執務室に扉をノックしてはいる。

「失礼します。遊撃特務攻略大隊大隊長雪村鶴音一等海佐です。」

「ああ、雪村一佐。休暇の件は申し訳なかった。」

 入って第一声からの謝罪は、山本海将にしては珍しかった。

「問題ありません。まだ隊員には伝達していませんでしたから。知っていたのは私を含めて3人のみでしたので。」

「それは良かった。それより、古賀統合幕僚長からの命令書は読んだかね。」

「いえ、参謀官の川村三佐から内容は聞きましたが、命令書自体は読めてません。」

 執務室に戻ってからすぐに着替えて来たから命令書自体を見ていない。

 少なくとも出動命令なのはわかっている。

「そうか。では、岩礁まで向かう手段も知らないのか。」

「向かう手段?普通の護衛艦か、空挺降下ではないのですか?」

 遊特攻は大体空挺降下での強襲が多い。

「ああ、今回は敵軍には進撃していることを感づかれるわけにはいかないと言う事で、特別な手段を準備している。これがその手段のうちの一つだ。」

 差し出された書類の束の一番上の書類には、『海上自衛隊 帆船船団計画 所属船一覧』と書かれていた。

「これは?帆船?」

「防衛省は、前々から帆船を使った特殊部隊を計画していた。だが、帆船を問題なく運用し、そのうえで戦闘ができる自衛官はいないうえ、海自にはそういう部隊は存在しない。陸自の部隊を配属しようにも、陸自では操船は行えない。」

 確かに現実味を帯びない作戦だ。まぁ日本中にある廃帆船の再利用だろう。

「そこで、貴官の部隊に白羽の矢が立った。船は海外の除籍された帆船を改修して使用する。速度などを均一化するために4本マストのバーク型を利用することとなった。最大乗員は180名だが、運行で使用する人員は約40名だ。数は合計で10隻。すでに改修は済んでいる。日本人向けに内部の銘板などは日本語だ。艤装は似せられているから、船内の構造や見た目はかなりそっくりになってる。」

「随分なものですね。名前も改名しているんですか?」

「ああ。さすがに海外船の名前をそのまま使用はできないよ。」

 書類は二枚目からは船の説明になっていた。

 1番船『神大寺丸(かんだいじまる)』、2番船『泉丸(いずみまる)』、3番船『青木丸(あおきまる)』、4番船『子安丸(こやすまる)』、5番船『栄丸(さかえまる)』、6番船『羽沢丸(はざわまる)』、7番船『菅田丸(すげたまる)』、8番船『浦島丸(うらしままる)』、9番船『沢渡丸(さわたりまる)』、10番船『松本丸(まつもとまる)』と書いてある。

「随分珍しい名前が多いですね。栄丸は大戦中に実在しそうですね。」

「実際に今回使用するのは1番船の神大寺丸から6番船の松本丸までだ。遊特攻の独自武器となるが、管理は我ら呉総監部となる。航路は、監視を逃れるため津軽から回ってくれ。」

 瀬戸内海から津軽海峡を通って日本海に抜けるのか。結構長い航海になりそうだ。

「了解しました。船はすでに港にありますか?」

「ああ、10隻全船特秘ドックに停泊している。今更だけど、貴官の部隊は航海術はあるかい?」

「大丈夫です。我々は海上自衛官、隊員たちは航海術を学んだ自衛官たちです。私や沢村二佐も、任官するにあたって海洋実習を行っています。問題ありません。」

 海上自衛官になるにあたって、航海術や国際的な船舶法などは習った。

 おそらく私や沢村よりほかの隊員の方が詳しいくらいだろう。

「そうか。さすがだな。これが作戦概要と、敵の武装詳細だ。休暇の件については、本作戦が完了したら、改めて出させてもらう。」

「了解しました。では、失礼します。」

 差し出される書類を受け取ると、海将の執務室を出る。

 海将の執務室を出ると、そのまま部隊の幹部級がいる会議室へ向かう。

 会議室の前には、沢村が立っていた。

「あ、雪村一佐、おかえりなさい。どうでした?」

「ああ、特殊任務のお達しだった。」

 沢村と二人で会議室に入ると、各中隊長級の士官たちが談笑していた。

「あ、雪村一佐。お待ちしておりました。」

「ああ、待たせたな。では、作戦会議を始めよう。今回は資料が間に合いそうにないため、口頭でいかせてもらうぞ。」

 黒板の前に立ち、手にもっていた書類を上にあげる。

「先ほど、統合幕僚監部より命令書が届いた。それも、我らをご指名でだ。作戦概要は、我らは特務船で津軽海峡を抜けてリアンクール岩礁へ向かい、同地にて揚陸作戦を実行する。武装は、18式75mm対装甲砲片舷4問ずつの計8問。対空装備として12.7mm重機関銃を片舷6丁ずつ計12丁。揚陸用とて防弾板を付けた小発動艇を片舷2隻ずつ計4隻を配備とのことだ。敵の兵装は、確認できているところではAK-74とドラグノフとのことだ。砲は確認されていない。」

「一佐殿。聞いていいですか?」

 第二中隊の須賀隊長が手を挙げる。

「その特務船ってのは、特秘ドックにある帆船の事ですかい?」

「ああ、そうだ。そこの船を使用する。民間船に偽装するため、砲はカバーをかぶせて後ろに下げとく。対空装備は取り外し格納しておくとする。揚陸艇は救命艇に偽装する。」

「割り当ては第一中隊が1番船ってことでいいですか?」

 深く考えると面倒だからそのままでいいか。

「問題ない。では、間もなく集合時間だ。広場へ向かおう。」

「「「了解!!」」」

 私が会議室を出ると、後ろから幹部級が付いてくる。

 庁舎を出て広場に行くと、すでに隊員たちは集結していた。

「整列!大隊長より訓示!」

 川村三佐による号令の瞬間、隊員が各中隊ごとに整列する。

「諸君!!先ほど統合幕僚監部よりご指名で命令が入った!我が部隊はこれより、特務船にてリアンクール岩礁に向け出撃する!兵装は独自装備、幹部級は第一式兵装!一般隊員は第二式兵装での出撃だ!」

 隊員たちは、私と同じ真っ白い制服に軍刀をさげ、反対の腰には拳銃が見える。

「特務船の乗員は100名だ!各中隊ごとに1番船から6番船についてもらう!配属は40名が船務員!後の60名は攻撃要員である!振り分けは各中隊長級に一任する!出港は今より2時間後!16時とする!以上だ!!何か質問のあるものはいるか!」

 隊員たちからの挙手は特にない。

「よろしい!!では出港準備に掛かれ!」

 「「「「「は!」」」」」

 隊員たちは敬礼と同時に叫ぶ。

「中隊長諸君。船における配置を決定せよ。」

「了解しました。雪村一佐と沢村二佐はどちらに乗船しますか?」

 そう言えば決めてなかったな。

「指揮官室があるのは1番船の神大寺丸と5番船の栄丸か。では、神大寺丸に乗船する。沢村二佐。よければ同乗するか?」

 同乗となれば、私と同じ部屋になるのだろうな。

「できれば同乗させて頂きたいのですが、大隊長と同室と言うのもどうかと思いますし。」

 そうか、指揮官との同室は避けるべき問題なのか。

 ん?神大寺丸だけ何か構造が違うような…。ああ、少し違うな。

「安心しろ沢村二佐。神大寺丸であれば副官室が存在する。ほかの船とは違いな。」

「え?そうなのですか。では同乗させていただきます。」

「では、我々は執務室に戻り今後の最終確認をしてくる。何かあれば連絡するように。」

「了解しました。一佐殿。」

 我々2人が広場を後にする中、隊員たちや幹部たちもずっと敬礼をしていた。

 執務室に戻ると、先ほど海将から書類をもう一部印刷し、読み合わせをする。この工程はこの部隊が創立してからずっとしていることだ。メンバーは毎回異なり、我々2人だけのこともあれば、一緒に他の幹部連中、選抜部隊たちとなど様々だが、基本的には2人で読み合わせを行う事が多い。

「では、これにて読み合わせを終える。何か聞きたいことはない?」

「大丈夫。問題ない。」

 読み合わせ後に一度宿舎に戻り、着替えなどを用意し、もう一度執務室に戻ってくる。

 私は、トランクケースしか持ち合わせがないため、それで来たが、まさか沢村もトランクとはな。

「雪村一佐、どうやらおそろいの様ですね。」

「ああ、偶然だね。」

 書類や航海日誌、ペンなどを鞄に入れていると、無線で、隊員の乗船準備と出港準備及び点呼が完了したとの連絡が入る。

「雪村一佐。運転いたしますよ?」

「ああ。我らの処女航海だ。張り切っていこう。」

「はい!」

 沢村とともに、執務室を出て庁舎前に止めてあった車でドックへ向かうと、帆船が何隻も並んでいるのが見える。

「大きな船ですね。あんなのが40人で動かせるんですね。」

「帆を張るときは40人フルで使うみたいだよ。人数が増えればその分帆をはり終わるスピードは速いらしい。」

 よく考えれば当たり前の様な気もするが。

 秘匿ドックにつくと、タラップで乗り降りする隊員が見える。

「行きましょうか。雪村一佐。」

 車が止まり、先に降りた沢村がドアを開けてくれる。

「ああ、乗ろうか。」

 私たちを見かける隊員やドックの作業員たちが敬礼してくる。

 船は普通の護衛艦より小さいはずなのに、大きく見えた。

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