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8.名すら呼べない

 王女に謝罪する為に、宰相に二度目の面談を申し出た。しかし、彼女はまた体調を崩した為に面会は難しいと門前払いされてしまう。


 昨日見た限り体調は悪そうではなかったが、私が誘ったばかりにまた体調を崩してしまったのだろうか。


 それとも、昨日のことで腹を立てて、私など会いたく無いということか。


 無理に押しかけて更に嫌われてしまっては元も子もない。彼女の体調が良くなった頃を見計らってもう一度面談を希望しよう。


 それまでに、少し女性との接し方を学ばねばなるまい。頼りたくは無いが、そういう時のルイスは頼りになる。


「歩く時以外に気をつけること?」

「ああ、そうだ。これ以上失態はできない」

「殊勝なことで」


 ルイスがニヤニヤと、何やら含みを持った笑みを見せる。その顔が持つ意味を何となく察することができてしまい、意味のない言い訳を口にした。


「相手は大国の王女だ。無礼があってはならないだろ?」

「あー、はいはい。真面目に真面目を重ねた実直さがウリだったのを忘れてました」


 馬鹿にされているとしか思えない。しかし、ここで腹を立てるようでは、ルイスの兄を十七年もやっていけなかっただろう。


 性格はどう見ても正反対。同じ腹から生まれてきたとは思えないと言われる程だ。実際、姿形は似通っているものの、考え方や感じ方は全然違う。同じ人間なのだから、当たり前ではあるのだが。


 ルイスの軽い口調も嫌いではない。もう少し王子らしく振る舞えないものかと思う時もあるが、軽い口調が許される雰囲気は、ルイスの武器だ。重苦しい雰囲気を壊すことができる。それに何度助けられてきたことか。


「で、女の子の接し方だったっけ? 一番は実践を積むこと……だけど、今からやったらお姫様に変な勘違いされるだろうし」

「別の女性で試すなど、その女性に対してもしつれだろう」

「まあ、そうなるか。それに女の子が喜ぶかどうかなんて、その子次第だし。兎に角、相手のこと考えて動けば良いとしか言いようがないな」


 相手のことを考えた行動。簡単なようで難しい。私は王女ではないし、帝国の常識もわからない。


「もっと具体的な助言はないものか」

「って言われてもなぁ〜」


 ルイスが困ったようにガリガリと頭をかいた。女性の扱いに関して言えば、ルイスの方が先輩だ。できるだけ、実践的な助言を貰えることを期待していたのだが。


「兎に角、女の子っていうのは強く見えても、か弱い存在だから、そこら辺意識してみれば良いんじゃないか?」

「そうだな、気をつけてみよう」


 やっぱり具体的なものではない。なにか手引きのようなものでも有ればいいのだが、いかんせん相手は人間だ。正解なんてあってないようなものなのかもしれない。


 神妙に頷くくらいしか、今はできなかった。


 しかし、実践しようにも、王女との面談の許可が下りない。十日経っても良い返事は貰えなかった。十日経っても良くならないとなると、彼女は病弱なのだろうか。小柄ではあったが、線は細すぎる程ではなかった。どこか小動物を思わせる愛らしさすら感じた程だ。


 宮廷医師を派遣して、そのまま押しかけることも考えたが、ルイスの『相手のことを考えて行動』という一言を思い出して留まった。


 これ以上関係が悪化すれば、夫婦となった時には修復が不可能となるかもしれない。政略結婚とはいえ、仲が悪すぎるのは良くないだろう。こんな時、ルイスであったならば、もっと上手くやれただろうに。


 居ても立っても居られずに、王族の移住区を出て、宮殿内を歩き回る。


 王女の部屋の前を通って、僅かな可能性に賭けたりもした。たまたま部屋を出た彼女と鉢合わせになるという可能性だ。


 体調を崩している王女が部屋を出る可能性は極めて低いだろう。宮殿につとめる者に聞いても、彼女が宮殿を見て回っていたという話は聞かない。


 しかし、彼女の部屋に差し掛かった時だ。期待通り、彼女の扉が開かれた。期待通りの展開に、少しだけ胸が跳ねたが、部屋から出てきたのは彼女ではなかった。


 妙齢の女性が困ったように辺りを見回している。先日のお茶会の後、彼女を送った際に紹介された。マーサだ。


 先日の紹介で、彼女にとって大切な侍女なのだと分かっている。そんなマーサが青い顔で部屋を出たと言うことは、王女に何かあったと言うことか。


 悪い予感が頭をよぎる。


「どうかしたか?」


 なるべく冷静に声をかけたが、マーサの不安げな顔を見て焦りが生じた。何か有ったのならば、部屋に踏み込むことも致し方ない。


「姫様が……」


 マーサの唇がわなわなと震える。今にも泣き出しそうだ。思わずマーサの肩を掴んでしまった。


「なにがあった?」

「それが、散策してくるとお出掛けになったのですが、帰って来なくて……どこかで迷子になっているのではないかと心配で」

「それはいつだ?」

「朝食を頂いて少し経ってからです」


 もう、陽は随分と落ちてきている。この宮殿はそんなに長い時間散策する程広大ではない筈だ。


「分かった。探してこよう。君は部屋で待っていなさい」

「姫様は大丈夫でしょうか?」

「宮殿内に危険な場所はない。すぐに見つけて来るから、彼女の好きな物でも用意していなさい」


 マーサは宮殿に詳しくない。下手に探し回って迷子になられでもしたら二度手間だ。マーサの肩を叩くと、彼女は眉尻を下げながら一つ頷いた。マーサが部屋に戻るのを確認したのち、王女が行きそうな場所をしらみつぶしに探す。


 十日も体調を崩していた程だ。何処かで具合を悪くして倒れているのではないか。そんな不安がよぎる。しかし、体調が良かったからの散策だろう。それならば、私を呼んでくれれば好きな所を案内したのに。


 歯痒い気持ちに私の胸は騒ついた。


 どこを探しても見つからない。通りすがった者に声を掛けても見かけた者すらいなかった。宮殿を出てしまったのか。しかし、マーサを置いてそんな所まで行くだろうか。


 しかし、ずっと部屋で療養していたとなれば、外に出たがってもおかしくはない。


「中庭なら……」


 数代前の王妃は身体が弱く外に出ることが難しかった。彼女の為に作られた中庭がある。そこは小さいながら、陽の光が差し込み外にいるように心地良い場所だ。先程は遠目から確認したが、もう一度確認しても良さそうだ。


 私の考えが正しかったと言うが如く、王女は中庭で見つかった。中庭の芝の上で倒れた状態で。


 思わず駆け寄って彼女を抱き上げる。力無くだらりと腕が溢れた。


 やはり体調を崩して倒れたのか。倒れた場所がちょうど死角になり、誰からも見つけられなかったのだろう。


 知らぬ土地に来て、体調を崩すとはどんなに心細かったことか。思わず彼女を強く抱きしめた。すふと、彼女の眉根がほんの少し寄せられる。


「ん……」


 意識が戻り始めているのだろう。少し呼びかければ意識を取り戻すだろうか。


「……おい」


 いや、さすがに『おい』は無いだろう。自分で言っておいてなんだが、酷すぎる。先日の面談ではなかなか名前を言い出せず、結果、名前を呼ばずに終わった。


 あの日、なんと呼べば良いか聞いておけばよかったのだろう。


 いま気づいたとて、後の祭り。次に聞けば「今更か?」と問われてしまいそうだ。


 しかし、許可も得ていないのに「ルーナ」と呼ぶのは憚られた。


「姫、姫……」


 これならば、この宮殿で彼女以外を現さない。しっくりくる名称を手に入れた私は、彼女を少し揺さぶった。


 更に眉根を寄せた彼女は、小さく唇を開く。


「ルーナって呼んで……」


 ルーナ。


 口の中で呟いて、頭を横に振る。記憶のない彼女の言った事を間に受けてはだめだ。


 もう一度、彼女の体を大きく揺さぶった。














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