4.温もりを求めて
お姉様の手紙を何度も読み返した。結婚して早々に愛されるとは、さすがお姉様。男心を掴むのがうまい。
そういえば、まだ帝国にいた頃、一のお姉様を二人の騎士が取り合う場面に遭遇したことがある。二人の騎士の近くで、「わたくしの為に戦わないでぇ〜」と叫んでいるお姉様は二のお姉様が読んでいる小説のヒロインの様だった。
結局あの二人の騎士とどうなったのか聞きそびれてしまったのだけれど。
私にはお兄様とお姉様が合わせて五人いる。お母様は違うけれど、皆仲が良い。お父様の跡を継ぐのは一のお兄様と決まっているし、二のお兄様はしがらみとか嫌いだから二番目で良かったと常々言っている。お家騒動とかで良く聞くような、権力争いみたいな雰囲気はない。
五人のお兄様とお姉様に甘やかされて育った私は、自分で言うのも何だが寂しがり屋だ。兎は寂しいと死ぬって聞いたから、私の前世は兎かもしれない。
そう、寂しい。今、とっても寂しいの!
話し相手はマーサしか居ない。こっちでお友達を作ろうと思って、嫁入り道具の隙間に詰め込んだ砂糖菓子。結局マーサと二人で摘んでる。でも、二人で食べるには量もあるし、このままでは太ってしまう。
ユリウス様は一度目のお茶会以降まだ会えていない。事情が有るのかもしれないけれど、もう十日も音沙汰無しだ。
お姉様みたいに、体調の一つでも崩せば、優しく看病……なんて期待できるわけがない。だってまだ一度しか話していないんだから!
溺愛して欲しいとか、そういう次元まで行けていない。
兎に角会わないと何も始まらないのでは?
部屋でゴロゴロしているのも飽きた。そろそろ宮殿を散策しても良い頃だろう。偶然にもユリウス様に会えたら最高だ。少しずつ溺愛生活に一歩近づけることができるのだから。
「マーサ、腰は大丈夫?」
マーサは腰が弱い。しかも馬車での長旅のせいで大分無理をさせてしまった。私が散策に行っている間、マーサはゆっくり休んでいられる。やっぱり私がいると、ゆっくりはできないものね。
マーサは私のお母様よりも高齢で、さすがに無理はさせられないと、本当は帝国に残してくる筈だった。けれど、一人息子を事故で亡くしたマーサは一人きり。ずっと世話をしていた私の側に最後まで居たいと言ってくれた。
私にとっては第二のお母様みたいな人なの。だから、来てもらえてとっても嬉しい。早く新しい侍女が来て、マーサの仕事が楽になると良いのだけれど。
「姫様、大丈夫ですよ。ご心配おかけして申し訳ありません」
「マーサが倒れてしまったら、私が悲しいもの。私、少しこの宮殿を散策してこようと思うの。だから、この部屋でゆっくり休んでいられる?」
「付いて行かなくて、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。子供じゃないんだし!」
ウェルダール王国では未成年だけど、帝国では立派な成人ですかね。宮殿の中くらい、一人で歩けます。
胸を張って言ったのに、どこか心配そうな顔で見られてしまって、誠に遺憾である。私だってやればできるし、迷ったら尋ねる口も聞く耳もあるもの。
最後まで心配で付いて来そうだったマーサをベッドに追いやって、私は一人鼻歌混じりに部屋を出た。
来た時は狭いなあ、と感じていた宮殿も慣れてくると丁度良い大きさに感じる。帝国が大き過ぎるのだ。広大な土地を管理しているだけあって、働いている人も多い。それなりの大きさでは足りないから大きくなったのだな、と改めて気づく事ができた。
お母様と私と二人きりで暮らす離宮も大きかった。侍女の部屋だけで百以上あったもの。基本沢山の人が暮らすことを考えられた作りになっているんだろうな。
帝国に住んでいる頃は、城で迷子になっている人をよく助けていた。生まれた頃から住んでいると、結構広くてもどうにかなるものよね。
その点、ウェルダールの宮殿は、迷子になることもなさそう。さすがに扉を勝手に開いて中を覗いたりはしない。だって、もう大人だもの。
あ、綺麗な中庭!
歩いていると、小さな中庭が姿を現した。一お姉様が手紙で書いていた二人だけの特別な庭園も、こんな感じなのかしら。
辺りを見回してみたけれど、誰もいない。小さな声で「お邪魔しま〜す」と言ってから、芝の上に足を踏み入れた。
箱庭を思わせるこの中庭は、本当に小さくて、お兄様やお姉様方と一緒に入ったらぎゅうぎゅうで、きっと座る場所の取り合いだ。そんな小さな中庭には、小さなテーブルと椅子が二脚置かれている。
きっと、ここは誰かの特等席で、愛し合う二人の為のものに違いない! ここに美男美女が並べば、宮廷画家の筆が唸りそう。
なんとなく、この椅子に座ってはいけない気がして、私は芝に腰を下ろす。ポカポカのお日様が入ってきて、ここは昼寝にも丁度良さそうだ。
私もここにユリウス様と並んで座ってみたい。ああ、でもこれだけ近いとあの綺麗な顔に耐えられる自信がない。
狭いせいか、椅子に座ったら肩と肩がぶつかりそう。きっと、こんなに近かったら、ユリウス様の甘い香りが漂って来くるだろう。
その甘い香りに頬を赤く染めていたら、ユリウス様の細くて長い綺麗な手が、私の頬を撫でるのだ。
「熱い」
「ユリウス様……」
「それに、赤いな」
「だって、ユリウス様が」
尻すぼみになる言葉にユリウス様は顔を近づけながら、首を傾げる。長い睫毛の本数を数えることが出来そうなくらい近づいて。
「初めて見た時から好きだよ。ルーナ」
そのままユリウス様と私の熱が混ざっていく。ユリウス様の腕が私の身体を包み込んで、その温もりにホッとため息が漏れた。
太陽みたいに暖かい。このまま腕の中で眠れたらどんなに幸せか。
未成年で婚姻が認められない以上、同じベッドで眠るのに半年待たなければならない。
「早く半年なんて過ぎれば良いのに」
ユリウス様が小さく呟いた。小さな呟きだったけど、抱きしめられているのだから、聞こえない訳が無い。
ユリウス様も私と同じ気持ちか〜。
そっか〜。
なんて、嬉しくなって私は頬を緩めた。夢のようだ。
ユリウス様の腕の中は陽だまりのように暖かかった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価ありがとうございます。励みになります〜!
日間ランキングにも顔を出しておりました。
ありがとうございます。