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第一章 8節 幻の第五巻

 母はお風呂に入った。私は食事をしてパジャマに着替え、玄関の脇の小部屋に入った。扉を閉め、布団に横になってタオルケットにくるまる。常夜灯は点けたままだ。いつも私はこの部屋で、一人で寝ている。でも今日は違う。Mさんが一緒だ。さっき得た快感を思い出し、私は心をときめかせた。


 (Mさん?)


 オレンジ色にぼうっと浮かび上がる部屋を眺めながら、私はMさんを呼んだ。聞きたいことは色々ある。感じたいことも。部屋の中に衣擦れの気配がした。起き上がるとMさんが正座をしていた。軍服を着ていて、手には白い手袋をはめている。足元には日本刀が置かれていて、その顔つきは精悍だ。頭は短く刈り込まれている。すこし困った表情で、Mさんは私の方をちらっと見た。私はMさんに話しかけた。


 (こんばんは、今日はゆっくり話せるね)


 母はお風呂に入っている。今なら声を出しても、聞かれることはないが、私は心の中で、呼びかけてみた。これで話ができるなら、その方が安心だ。Mさんは目を伏せて布団の端を、じっと見つめていた。私が不安になった頃、Mさんは私の顔を見た。私はタオルケットからゆっくり手を出し、Mさんの膝に移動させた。Mさんの思考が私の中に、音楽のように流れ混んできた。



 (やめろ、いや、別に嫌だからというわけではないが、今日の接触はこれ以上は……。それより、俺達の今後について話をしたいんだが)


 (嫌じゃない……、の?だったらいいけど。気持ちいいのが私だけだったら、迷惑よね)


 私は指をくねくねしながらタオルケットの中にしまった。さっきの快感に興味はあるし、未練もあるけど、今はMさんに従うことにした。お化けと私の今後? でもそれよりも、やっぱりMさん自身に、私は興味があるんだけどなあ。お化けとの接触、とは思えないほどの、温かい感覚がよみがえって、私はうっとりとなった。お化けって温かいものなの? 冷たいの?


 (お化け……、か。まぁ、温かくもあるし、冷たくもある。禅問答のようだな)


 Mさんは困ったような笑顔を浮かべた。初めてみるMさんの笑顔かもしれない。怖い軍人のようだけど、お化けだけれど、こうやってわかりあうことが出来る。ミミズだって、オケラだって、Mさんだって。みんなみんな、あ、Mさんは生きていないかもしれないけれども。


 (Mさんはお化けなの? 大昔に事件を起こして、最後に自殺した小説家がいるらしいけど、あなたがその人? 証拠はある?)



 (証拠か……。証拠になるかどうかはわからないが、お前が今読もうとしている小説の、結末を教えようか)


 (結末? ネタバレ? うん、ちょっともったいないけど、証拠になるなら構わないよ。どうせ黒犬のシーンまでは退屈だったし、最後まで読めないかも)


 (おい……。まあ、小説についての正直な感想は、大歓迎だ)


Mさんが再び笑った。


 (じゃあネタバレになってしまうが、あの小説の先について、話をする。「〇の□」というのは、実は4冊で構成された、「■■の●」という小説の第一巻で、それは登場人物の「転生」を扱う物語だ。主人公は何度も死に、何度も生きる。そして脇役である青年Bは、延々と生き続ける。最後にBは迷う。そして悟る。そんなお話だ)

 

 (ふうん。ちょっと待ってね。メモしておくね。えーと……、4冊で構成されていて……。転生が出てくる、物語?)私は、近くにあった紙に、ペンでメモを始めた

 

 (そう、重要なのは「転生」。何度も死に、何度も生き返る。脇役は、B君という名前だ。彼は老人になるまで生き続け、そして迷う)


 (ふうん。わかった。本を読んでいって、この通りになれば、私はあなたが夢とか幻覚じゃないって、信じてもいいわけだね)


 (うん、まあ、それはそうだ。ただ……。もしお前が、お前以外の人に、俺の存在を証明しないといけなくなると、それだけでは不十分だな。それは本を読めばわかることばかりだからな)


 (私は別に、それでもいいけど。充分だけどね)


 (そうか、そうだな……。いや、実は俺は、なぜ俺がこうして転生したのか、ずっと考えていたんだ。 俺には何か、やり残したことがあった気がするんだ。実を言うと、「■■の●」は、構想の段階では、全5冊になる予定だったんだ。俺はもしかしたら、それを書きたくて、それが心残りで、転生したのではないかとね)


 (ふうん……。じゃあ、その5冊目を書けば、みんなあなたのことを、信じるのかな)


 (あるいは……)


 Mさんは天井の、常夜灯を見つめた。しばらくその姿勢で、身を固くして、じっとしていたが、やがてMさんの心の声が聴こえた。


(今はただ、小説が書きたい。それだけだ)


私にはMさんの気持ちが、少しだけわかる気がした。

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