第三章 10節 スパゲティ・カルボナーラと、三保の松原
これで三章終了です。
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物語は半ばをこえて、少しずつ、着陸態勢に入ります。
その夜、母と二人で夕食(Rの作ったスパゲティ・カルボナーラ)を食べながら、三巻読了と、ご褒美の指輪の話をした。そこでRは、Mからもらった指輪が、母親がこっそり用意していたものだと知った。
「ええ?! そんな! Mさんと内緒ごとなんて、ひどいよ!」
母親は、ぺろ、と舌を出して言った。
「ごめんね。たまにはRちゃんを驚かせたくてね。それより3巻読了の私からのご褒美は、三保の松原への日帰り旅行にしたいんだけど、いい?」
「え? みほのまつばら? 何それ……」
三保の松原とは、静岡の景勝地。清水港の東にある、半島の松林である。Mをはじめ、多くの小説家、作家、文豪達が、この地を訪れ、その作品にしたためていた。Mの作品で三保の松原が登場するのは四巻においてである。つまりRの母は、Rが四巻を読む前に、四巻の舞台となる土地の一つである三保の松原を、Rに見せておこうというつもりなのだ。
「えー? それってネタバレ?」
「そうね……。ある意味ネタバレになっちゃうかもね」
「ある意味……? どういうこと?」
二人の横で、コーヒーを飲みながら黙って聞いていたMが、二人の会話に割り込んだ。
「三保の松原はね、ある意味、四巻におけるただの1シーンとしての意味しかないんだけれど、ある意味、■■の●という作品全体を暗示する、すごく重要な風景でもあるんだ。Rには四巻を読む前に、その風景を見ておいて欲しい。そう思って、俺がお母さんに頼んでおいたんだ」
「Mさんが?」
「うん……。詳しくは、Rが四巻を読み終えてから話したいんだけど、特に三保の松原と清水港を、実際に見てもらってから読んで欲しいと思うんだ。一巻から三巻まで、俺の風景描写がすごくわかりづらいというのは、もうRにも感じ取ってもらっていると思う。でね、四巻では、現実の三保の松原と、清水港を見てもらってから、Rに俺の描写を、読んでもらいたい。それが今の俺の願いだ」
「いいけど、それって私じゃなくてもいいんじゃない? Mさんは、あの世にいるいろんな人の、記憶を見れるんだよね? だったら、その松原を見て、その後Mさんの小説を読んだ人も、きっといたんじゃないかな?」
「そうだな……。その通りだ……。じゃあ、逆にこう言おうか。俺はそういう人達の感想に触れて、そしてRと出会って、こう思ったんだ。Rには、三保の松原と清水港を見てから、天人五衰を読んで欲しいんだ。駄目かな?」
「ううん? 駄目じゃないよ? Mさんがそうして欲しいなら、私はそうするよ」
Rの母が言った。
「じゃあ、次の土曜日に清水港にいって、おいしいものを食べて、そのあと松原にゴー!」
「ゴー!」Rが右手を突き上げた。テーブルのお箸に手が当たり、あらぬ方向へと飛び、母とRは笑った。Mもそれを見て、思わず噴き出した。
こうして……。二人とMは、旅行を満喫していた。
「海鮮丼とお刺身、おいしかったね!」Rが言った。
「うん、来てよかった!」母が言った。
Rの母は、Rの肩に手をやって、ぎゅっと引き寄せた。Rはされるがままに、母親に身を預けた。二人は少し歩いて、一番の目的地である、「三保の松原」の、「羽衣の松」にたどり着いた。
(天女の、はごろも……)
(うん……。しっかりと、目に焼き付けておいて欲しい。ここに俺の見た、究極の「美」がある)
(うん……)
それは一見、何の変哲もない松だった。見ようによっては滑稽でもあった。
(でも、これがMさんの考える、美なんだね?)
(ああ……)
少し歩くと、砂浜に出た。空気は澄みきっていて、富士山が美しく見えた。潮の香りが、ここちよく鼻をくすぐった。RはMが自分に読ませたいものってなんだろうと、少し考えながらも、美しい風景を楽しんだ。最後に二人とMは、「清水港マリンターミナル」を訪れた。いくつかの船が接岸された、ちょっと高い位置にある船着き場だ。
(これが清水港のターミナル。ここもよく覚えておいて)
(うん)
Mの書く小説が、現実の海を現しているなら、ここがきっとMのたどりついた、人生最後の海なのだろう。だがもしかしたら「海」という言葉には、もっと深い意味が、隠されているのかもしれない。Rは胸いっぱいに息を吸って、その隠されているかもしれない何かを感じ取ろうとした。ふとRはちらっと母親の顔を見た。母は風を気持ちよさそうに受けながら微笑み、水平線を眺めていた。そんな母を見上げながらRは、お母さんは海に似ている、と思った。母はRの視線に気づき、Rを見おろしにっこりと笑った。Rはうれしくなり、母の手を握って微笑み返した。すう、と息を吸って空を見上げると、富士山をバックに、一羽のカモメが飛んでいた。富士山の、青と白とのコントラストが美しかった。
MとRの物語・第三章<了>




