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第三章 8節 文芸部

 次の日、Rは学校の下駄箱の前で、メガネっ子を見かけて挨拶した。


「おはよう」

「あ、Rさん、おはよう」


 彼女の表情に、特に変わりはない。昨日女神に身体を支配されていたことは、たぶん覚えてないんだろうとRは思った。女神はちゃんと、メガネっ子の記憶を消していた。Rは心の中でMに言う。


 (この子が私のストーカーだなんて、なんだか不思議だね)


 (いや、それはただの推測だ。何かの理由があってのことかもしれない。せっかくできた小説友達だ。信じてあげた方がいいよ)


 (うん、小説フレンズだね……)


「あ、Rさん、お昼休みに図書館で、男の子とよく話してるよね?」

「え、うん、なんで知ってるの?」


メガネっ子が頬を赤く染めて、うつむいた。


 (やっぱりこの子ストーカーだよ。私のことスキなんじゃないかな?)

 (そうとも限らないだろう。男子の方に興味があるのかもしれないし)

 (あ、そうだね)


「あの男の子ね……、文芸部の男の子なの。私も文芸部」 メガネっ子が言った。

「え、文芸部? そんな部があるんだ」


 教室に到着し、じゃあ、と言ってRは自席についた。分厚い文庫本をカバンから取り出して読みながら、RはMに話しかけた。


 (文芸部……。私も入った方が、うまく小説書けるかな)


 (まあ、そうは思うが、もうRは3年生だし、今から入っても、そんなに活動は出来ないかもしれないな)


 (そう……。残念)


 (でも、興味があれば入ってみてもいいんじゃないかな。いい友達もいるし)


 (うん……)


 時計を見ると、始業まであと10分と少し。Rはその間、読書に集中することにした。


 (この描写……、すごく難しい……)


Rは何度も何度も、ぺらぺらと、ページをめくって読み返した。やがてMがRに声をかけた。


 (そこに込められているメッセージは結構深いもので、全4巻を、2回読み返して気づけるかどうかという、微妙な所だ。今は飛ばしても構わないと思うが……。少し解説しようか?)


 (うん、おねがい)


 (わかった)


 Mはそのシーンに込めたメッセージを簡単に説明した。簡単ではあるが、今後「■■の●」という作品において、何度も語られる重要ないくつものメッセージが、そこには込められていた。


 (うう……、色んなものを、同時に表してるんだね)


 (そう、そしてそれらはすべて、後になって初めてわかる。だから今は気にせず、読み進めればいい。 それともう一つ、「■■の●」というタイトルとも、深い関わりがある。でもその説明は、またお昼休みにかな)


 (うん。もう予鈴がなりそうだね)


 Rは文庫本をカバンにしまい、教科書を出しながら思う。ひとつのシーンを描きながら、2重にも3重にも、4重にも別の意味を込めるなんて……。文学ってすごい。Mさんってすごい……。私にこんなすごい小説、書けるんだろうか。幻の5巻の執筆は、全部Mさんに任せた方がいいかも……、と、Rは少し、不安になった。


 昼休み。手作りのサンドイッチを食べた後、Rは図書室に向かった。文芸部の男子が、ぶすっとした表情でRを見ている。


「おいR、言ったろ? その席は危険だって」


「大丈夫よ。女の子の霊はもうあの世にいったから」


「え?」


 男子はきょとんとしている。Rは構わず、窓際の席に座り、PCの電源を入れた。


「なあ、昨日の俺の話、信用してくれなかったのかな? からかってるわけじゃないんだけどな」

「うん、わかってるよ」


 (Mさん、この男子に、どう言えば納得してるれるかな?)

 (うーん……)


 Mが困っている。そう、結局人は、自分の目で見たもの、自分の手で触れたものしか信じない。何の根拠もなく信じろ、というのは無理なのだ。人間とはなんて疑い深い生き物なのだろうと、Rは思った。男子に向けて、開かれ初めていたRの心がまた閉じはじめた。男子はそんなRの心の変化を感じとった。男子は言った。


「わかったよ。もう心配ないんだな? 信じるよ。でももし、おかしなものが見えたら言ってくれ。絶対だぞ?」


「うん……。わかったよ、約束する!」Rは右手でいいねのサインを作って微笑んだ。


 RはPCに向かって、検索サイトを開いた。


 (Mさん、「■■の●」っていう、タイトルで検索してみてもいい?)


 (粗筋とかは、ネタばれになるから見ない方がいいが、タイトルの意味する所くらいなら、大丈夫かな)


 (うん、ありがと)


「■■の●」で検索し、それっぽいサイトをいくつかチェックする。ついでに、一巻、二巻、三巻の、サブタイトルについても調べてみた。MもRが調べたそれらの解説に、同意した。



 (なるほどー。じゃあ、第四巻は……)


 (まあ、それは三巻を読み終えての楽しみとしておこう。今理解しておいて欲しいのは、この作品で俺は、「死と再生」というひとつのテーマを、 いくつかの形で提示し、そのいくつかを組み合わせることで、より深みのある大きな物語を提供しようとした、ということだ)


 Rはまた不安になる。まだ四巻まで読んでないから、何も言えないけれど、四巻までで、そのMの企てが完結してるんだとしたら、五巻を書く意味はなくなってしまう。Mにはそんな難題を解決する戦略が、あるのだろうかと……。


 (大丈夫だ。策はひとつあるよ。四巻までで俺が描き切れなかったもの。それを俺は、Rと一緒に書いていければいいなと思ってる)


 あの分厚い文庫本四冊では、描き切れてないものとは一体……。Rはぎゅっと、手を握りしめた。早く続きが読みたくて仕方がなかった。

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