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第三章 7節 太古の竜

 布団に横になり、目を閉じるR。Mと女神は、無言でRを待っていた。


 (Mさん? 終わったよ?)


 (お疲れ様。今日も色々、よく頑張ったな)


 (えへへ)


 (それで、どうやって話を進めるかだが、まず相談しないといけないのは2つ。ひとつ、神に図書室の霊を成仏させてもらうためには? もうひとつ、今日お前の身体に生じた異常について)


 (身体の、異常?)


 (うん、それについては後だ。まず女神に、霊を成仏させるための条件を、言ってもらおう)


 (条件……、そうね……。今Rちゃんが読んでいる、第三巻のクライマックスシーン。そこに出てくるエロチックなシーンを、私とRちゃんで再現する、というのはどうかしら?)


 (却下だ。論外だ ネタバレになってしまうし、Rはまだ未成年だ)


 (そうよね。しょうがない。Rちゃんの身体を借りて、Mとデート)


 (却下だ。そういうエロい条件は、全部却下)


 (デートは別にエロくはないけどね……。他には……、そうね、私とMとのバトルはいったん休戦して、一緒に戦って欲しい相手がいるの。共闘をお願いしてもいい?)


 (戦う? 一体誰と……)


 Mは眩暈を感じた。記憶が少し、蘇るのを感じた。そうだ……、誰かと戦うために、俺は転生した……。誰とだ……、何のために……。神の口からそれを聞くことが出来るのか。それはルール違反にはならないのか。


 (バトルは休戦。ルールはいったんすべて白紙に。それでいいなら、あなたから奪った記憶を戻してあげる)


 Rは黙って、ふたりの会話を聞いている。口を挟める余地などない。Rには二人の会話が、全く理解できないのだから。それによる苛立ちを隠し、RはMにすべてを任せる。Rには確信があったのだ。Mはきっと、Rを悪いようにはしないという確信が……。


 (Rに危険が及ぶことはないのか?)


 (さあ? たぶん及ぶでしょうけど、その相手を放置しておくと、日本はそのうち奴らの手に落ちるでしょう。そうなった時、あなたはRちゃんを守り切れるかしら。でも今ならまだ、間に合うかもしれないのよ)


 (日本が手に落ちる、だと? なら、相手は中国か北朝鮮か、それともロシアか? 韓国やアメリカという解釈もできるが、その可能性は低いよな)


 (今は知る必要はない。その理由はそのうちわかるでしょう。あなたは今は、イエスかノーで、答えればいいのですよ。私と共闘してくれる? してくれるなら、あの霊を成仏させましょう)


 Mは考えた。しかし、考えても何もいい案は出て来なかった。肝心な「相手」の記憶は、女神によって完全に封印されている。鶏がいなければ卵も出現しないし、卵がなければ鶏も生まれないのだ。


 (どうやら思い出すのは無理そうね。当然と言えば当然。ひとつだけ、ヒントを上げましょう。これに触れてみて)


 女神は右手を軽く上げて人差し指を上に向けた。その先端に、赤とオレンジの淡い光を放つ、美しい宝石のような球が現れ、Mに向かって空中をゆっくりと移動した。Mは恐る恐る、右手でそれに触れた。それは記憶の鍵だった。Mの中の、記憶の扉が一つだけ開いた。その扉を細くあけて、恐る恐る隙間から覗き込む。広い広い空間。赤い空。乾いた地面。ずっとずっと遠くに、燃えるリングのようなものが見える。それは……。


 (なんだ、やっぱり地獄門じゃないか……)


 そう、それはまさしく、地獄門であった。ギラギラと燃える炎、そしてぽっかりと空いた、赤黒い空間。それはさっきRの胸から開いて行った亀裂とよく似ているし、平安の世にMが苦労して召喚した、地獄門と全く同じであった。


 (地獄門なら、さっき同様に「裏鬼門うらきもん」で消える。共闘するまでもなくはないか?)


 (そう思うのは早計よ。もう少し見てなさい)


 (ああ……)


 数秒後、Mはぎょっとした。2、3メートルほどだった地獄門は、急速に縦に伸び始めた。もっと正確に言うなら、地獄門を中心とした、上下の空間が、アルミホイルを突き破るように裂け、口を開けた黒い空間から、黒く巨大なものが顔を覗かせ、甲高い咆哮によって、周囲の空気をビリビリと震わせたのだ。その声は、まるで砂嵐のように周囲にまき散らされた。


 (ぐっ……!!)


 荒れ狂った大気が、Mの身体を痛めつける。なんだこれは……。Mは頭上を見上げた。巨大な黒い物は、金属っぽいとげとげしい身体を持つ、頭までの高さが100メートル程はあろうかという、竜だった。いや、もしかしたらスカイツリーほども、あるかもしれない。


 ※作者註:高さ100メートルは、シンゴジラより少し小さく、

      スカイツリーは、634メートル。


 (こ……、これは。 そんな馬鹿な……。何なんだこれは!)


 (それはあなたが苦労して得た、太古の竜の記憶。今日本の地下の異次元の相で、その竜が眠っているの。そしてその竜が近年、目を覚まそうとしているの)


 そうだった……。Mは思い出した。前世においてMは、「■■の●」のラストを書き上げるために、そのアイディアを求めて東京の古本屋街をくまなく歩き回り、古文書や研究書を、買い漁っていた。その時に見つけたある不気味な画集。その謎を解いたときに見えた映像、恐怖と、絶望……。


 (M、私はあなたを、前世でもずっと観察していたの。今まで荒ぶる神のように生きてきたあなたが、前世では意外と大人しくて不思議だった。ただの天才小説家として、終わるのかなと正直私は、がっかりしていた。でも、違ったの。あなたはその創作活動を通して、人生の最後の最後に、とんでもない太古の遺物を掘り当てた。それがその、黒い竜の記憶。私は恐怖を覚えながらも、あなたの数奇な運命と、たぐいまれな推理力に、また驚嘆させられたの)


 女神が悲しそうに言う。それはそうだ。神は恐らく、前世でも俺をバトルに誘い、俺はその挑発にのり、まんまと東京の暗がりに潜む、小さな謎を掴んだ。そこまではよかったのだ。しかしその小さな謎が、とんでもなく巨大な鶏を、生んでしまった。そして恐らくその小さな謎は、女神が生まれるよりずっとずっと前に、この宇宙に産み落とされていたのだろう。Mの眼前の、太古の竜がまた吠えた。Mは恐怖に震えながら両耳をふさぐ。扉を閉じればすむことだがそれが出来ない。Mは今、蛇に睨まれたカエルだった。


 (その竜を私と一緒に始末してくれるなら、図書室の霊を、成仏させてあげましょう。どうしますか? M)


 (そ、そんな……。こんな酷い取引なんてあるか!)


ずっと黙っていたRが、たまらず声をかけた。


 (Mさん! 大丈夫。図書室の霊は、私とMさんだけで、何とかしましょう。すぐに戻って。あんまり無茶しないで)


 Mは竜の顔を真っ直ぐに見上げたまま、後ろ手でドアを探り、外へ出た。扉を閉めると、そこは女神がいた。Mはがくっと崩れ落ち、ぜえぜえと息をした。


 (なんてことだ……、あんな化け物が……、日本の地下に?)


 (ええ。ただ、別の位相に潜んでいるから、今は私とあなたくらいにしか、見えないだろうけど。もしかしたら今ならRちゃんにも見えるかも。それでMさん、お返事は?)


 女神は再び真顔で、Mを見つめていた。Mは息を整えながら、女神を睨み返した。全く、地獄門よりよっぽど厄介じゃないか。いや、地獄門が卵で、あの竜が鶏か……。やがてMは、ニヤリと笑って答えた。


 (面白い。やってやろう!)


 Rは、女神とMのやり取りを、黙って聞いていたが、やがてどうしても気になることが浮かび、ずっとそれを質問したくてしょうがなかった。Mが女神との共闘を宣言し、すこし落ち着いた所で、Rはその質問をしてみた。


 (Mさん、女神さん、その龍って放置しておくと、どうなるの?)


Mと女神は、顔を見合わせた。女神がクスっと笑った。


 (そうね。放置でもいいかもしれない。ただね、あの竜が近々、暴れ出すことは、もう私にはわかってるの。私だけじゃない。あの世にいる人達すべてが、これから未来の日本に起こる「記憶」を、共有している。ここ10年ほどの間に、日本に起こったさまざまな災厄を、Rちゃんも知ってるわよね? あれがただの序章だとしたら? もしあの竜が本格的に目覚めたら、アジアのほとんどの国が死滅する。私の知ってるのは、そこまで。それ以上の未来は怖くて見れなかった)


 (未来……。それって絶対に起こるの? 防げないの?)


 (いいえ、防げないこともないわ。未来は変えられる。特にRちゃん、あなたが仲間になってくれれば、きっと)


 (やめろ。Rには危険なことはさせない。絶対にだ)


 (じゃあ、女神さん。私が仲間になれば、図書室の女の子を成仏させてくれる?)


 (ええ、喜んで)


 (お、おい!!)


 女神はあっさりとOKした。


 (MとRちゃんがいれば、心強いわ。今日の会議は、この辺にしておきましょう。私は一度あの世に戻って、阿頼耶識あらやしきのビジョンを、もう一度見直してきます。未来の地球の姿もね……)


 (ここからでも見れるんじゃないのか?)


 (出来るけど疲れるし、あの世のみんなも心配してるからね。一度戻って、報告してきます。図書室の霊も、私があの世に連れて帰ってあげた方が、あの娘の苦痛が少ないからね)


 (なるほど)


 近いうちにまた連絡するから、それまでは小説に集中して、すごい作品を書いてねと言って、女神は去った。Rにとってその瞬間は、ぽかぽかしていた身体が一瞬にして冷めたような感じだった。Rは女神との会話を思い出しながら言った。


 (思ったよりいい人だね、女神さん)


 (いや、アイツは本気になると手に負えない。まだまだ疑ってかかった方がいい。それよりR。今日はいろんなことが起き過ぎた。ゆっくり休むといい)


 (うん……。あ、私の身体の異変というのは?)


 (そうだった……。それもまた今度だな。ゆっくりと吸収し、ゆっくり考えればいい)


 (うん。わかった、そうするよ。おやすみMさん)


 (おやすみ)


 Mは思う。無理せずゆっくり、日本に巣くう魔を鎮静化させ、日本に平穏をもたらせばいい。Rはその時、目をつむってMの遭遇したという巨大な竜を空想しようとしていたが、うまくいかず少し飽きはじめていた。急速に眠りに落ちながらRは思う。私なんかがもし力になれるならなってあげようと。その頃女神は学校の図書室で、泣きじゃくる霊を抱きしめ心の底から謝っていた。図書室は、女神の放つオーラで七色に染まっていた。強烈な負の力を持つ少女の霊というカードをどうにか利用できないかなどという、打算を持っていたことを女神は今は恥じていた。「いきましょう」。そう女神は言って、霊をオーラで覆った。「はい……」。霊が頷くのを見届けて、女神はゆっくりと、慎重に、相転移した。少女の霊は女神の身体にしっかりと抱きついた。彼女のその暗く寒く、辛く長い長い旅は、今ようやく終わったのだ。


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