第三章 5節 メガネっ子解放
「どうでもいいが……」、Mが言った。
「その女の子の身体は、お前自身のものか? それとも借り物なのか?」
メガネっ子の身体を持った女神が答えた。
「もちろん借り物。あなた達の様子を観察していたら、この子がRちゃんの後を、ずっと付けていたものだから、ついでに身体の中に、隠れさせてもらってたの」
「え? なんで? ストーカー?」Rが驚く。
「さあ? 心は読んでないからわからないけど、Rちゃんと友達になりたいんじゃないかしら」
「ともだち……」
「私もどうでもいいんだけど」女神が言って、遠い空を見つめる。
「人ばらいをするのも疲れてきたんだけど、どこかいい場所ないかしら?」
女神の言っている「いい場所」というのは、誰に見られることもなく、聞かれることもなく、3人でゆっくり話が出来る場所、ということだ。今の東京に、そんな場所などあり得ない。人が多くてうんざりさせられるか、犯罪者の巣窟のような、危険な暗がりのどちらかだ。
「相談する場所? 学校の図書室は、どうかな?」
「学校にも監視カメラや警報装置があるからな。無理だろう」
「そうね……。まあできなくもないけど、ちょっと面倒ね。あ、Rちゃんの身体の中なんて、どうかしら? きっといい匂いがしててあったかくて、居心地よさそう」
「ええ? Mさんだけじゃなくて、女神さんまで?」Rは少し迷惑そうな表情を見せたが、その声は少し楽しそうだ。
「駄目だ。Rにも、Rの母親にも、これ以上迷惑はかけられない」
「あらそう。じゃあ成仏の話も、聞いてあげられないわねえ」
メガネっ子は、ぷい、と横を向いた。ふくれっ面がかわいい、とRは思った。
「女神さん、いいよ。私の中で、3人で相談しましょう。だからその子の身体は、解放してあげてくれる?」
「さすがRちゃんは、優しいわね。Mとは大違い。いいわ。でも、この子の身体から抜ける時は、記憶を消させてもらわないといけないから、もう少し安全な場所に移動してからにしましょう」
「おい、Rが許しても俺は許さないぞ!」
「Mさん、ごめんね。あと少しだけだよ、我慢してね」
「うんうん、今日のRちゃんはいい子」
Mは思う。まあ、さっきの地獄門についても、相談しておかないといけないから、ここでこのまま解散は危険だ。しょうがない、Mは女神を警戒しながら、Rの身体に戻った。メガネっ子が暗がりに止めた自転車を押し、またがった。
「Rちゃん、こっちよ。ついて来て」
「うん」
今日は少しだけ肌寒い。暗い神社を出て、二人は明るい商店街に向けて、ゆっくりと自転車を漕いだ。
「Rちゃん、ここで手を握って」
「う、うん……」
商店街の外れにある交番の前。Rはメガネっ子の差し出した手を握った。
「この手からRちゃんの身体に移動するから、全力でここから逃げてね。記憶を消されたこの子は、しばらく混乱すると思うから、その間に、見つからないように、そこの角を曲がってね」
「わかった……、やってみるよ」
握った手から、何かがぬるっと入り込んできたのがわかった。不快感はない。むしろ清涼感があって、ここちよい何か。身体が中から癒されるようだ。
(いいわよ、はやくその角に!)
(うん)
記憶を消され、自転車にまたがってぼうっとするメガネっ子。
「あれ? え?」
辺りは真っ暗だ。いつの間に夜に……、左を見ると、灯りのともった交番の中から、お巡りさんがこちらをきょとんとした目でみつめている。思わずメガネっ子は、ぺこりと頭を下げた。
(あたし、何やってるんだろう……)
見上げると見覚えのある商店街の看板。よかった、場所はわかった、帰らなきゃ。メガネっ子は慌てて自転車を発進させた。Rはすでに、全速力でその場から遠ざかっていた。




