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第二章 2節 ショッピングモール

 夏休みだというのに、Rは一日中、読書をしている。俺はそんなRの前の席に座り、新聞を読んだり、インターネットのニュースサイトをチェックしたりしている。Rに、少しは外に出た方がと言いたくもあるが、俺にとってこのような情報収集のための時間は、非常に重要であるし、それに小麦色にやけた女性の肌というのも、俺はあまり好きじゃない。女は大和撫子、その肌は、透き通るよな白が望ましい。まあ、Rに俺の好みを押し付ける理由は特にないので、そこはRが好きにすればいいとは思う。特にRの場合、今の学校には親しい友人がいないので、遊びに行くにも、何かと不自由だろうから。いや、だからこそ俺が、無理やりにでも外に連れ出すべきか? どうなのだろう?


 ふっとRの方を見ると、読書は残りページがあと数枚、という所まで来ていた。Rは黙り込んで、食い入るように文字を追っている。Rの気持ちを知りたくてしょうがなかったが、俺はRの心には触れず、テーブルの上の新聞を取り上げ、読んでいる振りをした。やがてRが声をあげた。


「おわった~~~~~~~!!」


 俺は、ちら、とRの方を見た。どう感じた? などと聞き出そうとは俺はしない。あくまで小説の感想とは、自発的なものでなくてはならないと思っているからだ。強要は出来ないのだ。まあ、本人が質問して欲しそうにしているようであれば、こちらから尋ねてみるのも、やぶさかではないけどね。Rは、最後の数ページをぺらぺらとめくり、読み返していたが、やがて俺を見て言った。


「Mさん?」


「うん?」


「読み終わったんだけど、質問いい?」


「うん、どうぞ」


「ここ」Rは、小説の終わりの方の、あるページを指さした。最後の章だ。

「なんでこんなに淡々とした、終わり方なの? もっと感動的に書けなかったの?」


「ああ……、そこは……。この前言ったように、俺が重視するのは、構造美とストーリーのバランスだ。やたら感動的なだけの結末を、俺は好きになれない。そうなることに、構造的になんらかの意味があるような、結末でなければならなかった。そういう意味で、1巻に限って言えば、俺はうまくやれていると思う」


「ふんふん……、じゃあもう一つ。なんで●●●を、●●●●に●●●●●●なかったの?」


「それは……、書いてあるよ。読み取れる人には、読み取れるようにね」


「どこに?」


俺はページをペラペラとめくり、あるページの最後の数行を指さした。


「ここだ。つまりここに至るまでの、この人物の言葉の中に、お前の疑問に対する答えはある。と同時にこの一文は、今後のストーリーの中で、その答えが再び示されていくであろうことを、示唆してもいるんだ」


「えー? 何言ってるかわからないよ」


「簡単に言えばこうだ、『先を読んでくれ。読めばわかる』」


「えーーー?? ずるーい! ここまで読んだのに、まだ先を読めなんて!」


「まあ、俺の小説とはそういうものだ。それが俺の考える、構造美というものなんだ」


 俺はにやっと笑って、新聞に目を落とした。ちょっと意地悪なようだが、くやしがるRの表情が、うれしかった。Rは奥の部屋に行き、カバンから財布を取り出し、中身を確認している。


「もしかして二巻を買いにいくのか? あわてなくても母親が帰ってくれば、貸してもらえるだろう」


「うん……、そうだよね。でも続きが気になっちゃって」


「大丈夫、小説は逃げないよ。それよりせっかく1冊読み終えたんだから、ご褒美に少し出かけてみようか?」


「え? もしかしてMさんとデート?」


「いや、そういう訳じゃないが……」


「暑いからあんまり外には出たくないけど、いいよ、Mさんと一緒なら!」


 Rは俺が止めるのも聞かず、デートとやらの支度を始めた。と言っても、頭には母親に買ってもらったワークキャップという、あまりデートらしくはない恰好ではあったけれども。


 俺はRと一緒に、しばらく外の空気を楽しんだ。近場のショッピングモールは、空調が効いていて心地よかった。Rとの楽しい時間が、忘れていたある記憶を、俺に思い出させた。そうだ……、なぜ忘れてたんだ。俺にも娘がいた。あの子は今どうしているだろうか。Rとの、この運命的な出会いは……。


 (運命……、だと?)


 突然、俺は背後に視線を感じて、Rの身体から出て素早く振り返った。ショッピングモールの最上階から、赤と白の派手な着物を身に付けた神が、俺達を見下ろし笑っていた。神は着物の裾をひるがえして、手すりの向うに去って行った。


 (どうしたの? 外に出ると、誰かに見られるよ?)


 (ああ……、なんでもない)


 Rは俺の手を取り、引っ張った。そうだ……、俺の後悔は、本当は四巻構成となった本の結末などではなく、こういう何気ない幸せを捨て去ってしまった、一人の父親としての、後悔だったのかもしれない。俺はRの手を強く握り返した。Rが振り向いて、にこりと笑った。

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