第一章 15節 湯船と構想
(かわいいよ、かわいいよMさん)
Rのはじけるような思念が、俺の心にうるさいほど響いてくる。しかしとがめるのもかわいそうだ。俺は我慢することに決めた。俺に出会ってから、Rの思考はいい方向へと向かっている。俺がそう仕向けている部分もあるが、ほとんどは、Rによる自発的な変化だ。いや、それだけか? もしかしたらこうやって、常時心と心を触れ合わせていることによる、共鳴とか共振のようなものも、あるのかもしれない。かつて魔族を操り、この世界を支配しようとした俺とは思えないほど、俺自身の性格も、変わってしまっている。「入れ物」の脳の性能や性質によって、思考や感情が縛られることはあるのだけど、ここまで変質してしまうこともあるのだという事実は、この俺にとっても、驚きだった。神はそんな俺を許すのだろうか? それともそれこそが、神の意志なのか。
Rが服を脱ぎながら、鼻歌を歌い始めた。さっきあれほど、常識を覆すような出来事が起きたというのに、この気楽さはなんだ。いや、この娘はそうなのだ。ちょっとしたことに、敏感に動じてしまうこともあるが、他方、とんでもない事態にけろっとしていることもある。それがこの娘の、非常に危険な部分でもあるし、俺がこの娘に、深く興味をそそられる部分でもあるのだ。
浴槽に半分ほどたまったお湯に、Rが身を沈めた。Rの心が喜んでいる。歪んだ形でしか心を動かせないRにしては、素直すぎる反応で、俺はそんなRをかわいいと思った。Rが俺の心に触れようと、心の指を伸ばしている。
(どうした?)
(ん? ばれちゃった? プロット、うまくいってるかなって気になって)
(ああ……。まだ考えてなかった。まあ、ずっと以前に、ある程度は考えてあったから、いきなり書きながら、考えてもいいかもしれないけどね)
(そうなんだ。今どこまで考えてあるか、少しだけ、教えてもらってもいい?)
(うん……。まず、俺がこの世界で、あの小説を書いていた頃、それは五巻構成となるはずだった。だがその頃、いろいろあって、俺はそれを四巻構成に変更した。時間もなかったし、会心のアイディアが出せず、妥協しちゃったんだ。それにね……。あの作品のラストで、俺はある人物を殺すはずだった。でも、殺せなかった。それをなんとかしたいとは思ってるんだ)
(なんとかって、殺すの?)
(いや、それだとつまらないな。別の視点、別方向から、全く違った形の作品として、俺の作品にぶつけ、衝撃を与えるというのはどうかな。それにより俺の作品は、いったん崩壊させられ、そして読者の脳で、再構築される。ゲシュタルト崩壊、というやつだな。面白いだろ?)
(うーん……、むずかしくてよくわからないよ)
Rはあくびをかみ殺している。この娘にはちょっと、難しすぎたか。
(簡単に言おうか。時代は現代にする。平成の、今だ。そこに、現代の日本の世相や事件を、登場させる。例ば△△総理、△△知事などの政治の話や、地球温暖化、pm2.5、イスラム国などの、世界規模の問題。そういったものを……)
Rの身体が、左右に不規則に揺れ始めた。とうとうお風呂の中で、居眠りを始めたようだ。これでも駄目か……、これでも退屈なのか……、俺は平成の日本の若者に、絶望しかけていた。
(おい、R、起きろ。溺れるぞ)
(う、うん……、むにゃむにゃ)
まあ、しょうがないな。Rだけじゃない。もっとやわらかく噛んで、優しく口移しで与えないと、今の若者は、消化しきれなさそうだ。純文学とは、そんなヤワなものであってはならない。少なくとも、俺の時代には、文学とは硬派のたしなみだった。石△△太郎のような、気骨のある男がリードする晴れ舞台だった。日本は本当に、変わってしまったなあ。まあ、悪い方向だけじゃなく、いい方向にもだが……。俺も少し執筆スタイルを、今風に変えないといけないかもしれないな。そうだ、今を生きる人達は、変化をし続けている。俺も変化し続けなければ。それが神の望むことなのだから。そうしないと人間は、生きてはいられないのだから。
MとRの物語・ 第一章 <了>
お読みくださってありがとうございます。以前別の場所で公開してあった作品を、「なろう」向けにリライトしながら、投稿させていただいています。
ひとまず第一章は、さらっとリライトできましたが、第二章からは大幅手直しが必要で、あと、諸事情により投稿ペースは大幅に落ちると思われますが、よろしかったら気長にお付き合いください。