第一章 13節 快楽の蛇
私は手を差し伸べたまま、椅子から立ち上がってMさんに近づいた。
(待て!! 危険だ。ストップ!!)
Mさんが恐怖に顔を凍りつかせて、後ずさった。
(なんで? 私と触れ合うのがそんなに危険なの?)
(ああ。何度も言うが、この感覚は異常なんだ。俺や神ですらも知らない何かが起こっているのかもしれない。だとしたらその結果何が起こるかもわからないんだ。最悪この宇宙が消滅するかもしれない)
(いいよ、Mさんと一緒に消えられるなら、私はそれでいいの! Mさん、じっとして)
(こ……、これは……)
Mさんの顔は、恐怖と驚きが混ざり合ったものに変わった。その目が魅入られたかのように、私を見ていた。
(R……。駄目だ……、これは俺の感情ではない。俺の思考ではない。お前の脳が、俺の思考を……)
Mさんが、膝を床についた。身体から力が抜けて、立っていられないみたいだ。
(大丈夫、大丈夫よ。私にまかせて。私は、何も怖くないよ)
私はMさんに近づいて、その頭を、Mさんの顔を、私の胸の中に抱きしめた。ものすごい快感が、私の胸から全身に、流れてゆく。Mさんが苦しそうに、私にしがみついて、あえいだ。
(Mさん、気持ちいいよ。この感覚……。もっと私に触って、もっと私を抱きしめて)
Mさんの心が、苦痛に耐えている。私はMさんを強く抱いた手を少し緩めた。私はMさんの顔をゆっくりとあげさせ、軽くキスをした。触れ合う舌と舌を通して、私の身体からMさんの身体に、光る何かが大量に流れ込む。私の腰に触れるMさんの手からも、きらきらと輝く何かが、私の身体に流れ込んでくる。流れは二人の唇と、Mさんの手との間を、まるで太い蛇のようにぬらぬらと這い、私の身体を内側から責めた。私も蛇もぬれていた。蛇は不気味に光り、私の心の中で激しくのたくった。
(Mさん、Mさんの心がわかるよ。二人の心が、つながってる)
蛇はその太さを増し、長さを伸ばし、私の身体の中全体を満たし、その動きを早めた。これ以上の快感には、耐えられそうにない。呼吸が早くなる。目は開いているはずなのによく見えない。Mさんが、私の下でうめいている。Mさんの手が、私の腰から背中に回って食い込んだ。痛い……。何かが震えた。私の心の中の蛇が巨大化し、巨大な口をあけて私を頭から飲み込んだ。蛇は私を口の中でなめまわし、咀嚼し、愛撫した。私はあまりの快感に理性を失い、獣のように吠えながら、蛇の口から逃れようと暴れた。でも逃げられなかった。私は蛇に溶かされた。私の心が快感にしびれた。
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気がつくと、私は台所の床に、Mさんと向かい合って、横たわっていた。さっきの快感を思い出して身震いする。
(Mさん?)
私は起き上がって、、Mさんの肩に触れた。さっきの快感が、そこからまた私の中に、流れ込む。怖くなって私は手をひっこめた。その時私は、Mさんの向うに、誰かがいることに気づいた。小さな裸足。見上げると髪の長い女性だ。きれい……。唇が赤くてなまめかしい。これはもしかして……、さっきMさんが話をしていた、女神……?
「だ……、れ……?」
「はじめまして、Rちゃん。私はあなたの大ファン。そしてあなたは私のペット」
女性は私に顔を近づけて、キスをしようとした。私はあわてて、身を引いてかわした。
「そう、Mが言ってた女神というのは私のこと。MがRちゃんの身体に入っちゃってから、私は心配で心配で、こいつが何かしでかさないかと、ずっと見張っていたの」
女神はぐったりと横たわっているMさんを、にらみつけた。
「なんで私が、あなたのペットなの?」
「ん? それはね、ずっとずっと前から、あなたがこれまでに何度も何度も、私にちょっかいを出してきたからよ。だからずっと、あなたの首に鎖をつけて、観察してきたんだけど、こんな形でMや私と出会うことになるなんて、思ってもみなかったわ」
(Mさん……)
「Rちゃん? あなた、Mに伝えておいてくれる? Rちゃんに手を出したら、私が許さない。あなたがRちゃんをたらしこむ前に、私がRちゃんを快楽のとりこにして、食い殺すからねって」
シャアアアアア!!
それは蛇の威嚇音だった。驚いて女神を見上げると、女神の姿に、巨大なヘビのイメージが重なっていた。その目は金色に光り、蛇は私とMさんを交互に見ながら、獣の形相で威嚇音を発した。私は怖くなって、尻もちをついてガタガタと震えた。
(あ……、あなたが…。あなたがあの蛇だったのね!)
(ウフフ、そうよ。気持ちよかった? さびしくなったら、またいつでも呼んでね。おほほほほほ!!)
美しい顔が蛇と同化しおぞましい姿となった女神は、笑いながらゆっくりと消えていった。
※ほんとはもっと長くて、もっとエロい文章だったんだけど、
なろうの読者層にあわせて、大幅手直ししました。