表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/48

第一章 9節 図書室

 Mさんと、遅くまでは話をした翌日、私は眠い目を擦りながら登校した。体調不良での、1日のお休みにも関わらず、誰から声もかからない、どころか私は誰とも、挨拶すらしない。みんな私を怖がっていた。私の暗い過去、それ原因で私は、クラスでただ一人のけ者になっていた。荒れていた中学時代。私にとっての黒歴史。でも、別にそれはいいんだ。いつものこと。でもMさんの気持ちが、私に伝わる。私を心配している様子だ。大丈夫、大丈夫なんだよと私はMさんに伝えて、自分の席につく。だって、別にいじめられているわけじゃないんだから。授業を聞くともなく聞いていると、Mさんが話しかけてきた。


 (授業、頭に入らないのか?)


 (うん……。勉強が嫌いなわけじゃ、ないんだけどね)


 (そうか……。知識だけなら、俺が与えることは簡単かもしれないが、その手は必要な時にとっておこう。今無理やりやる必要もない。焦らず少しずつ、必要な知識を自分で得ればいい。)


 (うん)


 (それより昼休みに、図書室で小説を書く練習をしないか?「幻の五巻」を執筆するためには、俺はお前の身体を借りて、PCを使って書けばいいんだけど、それだとお前はきっと、つまらないよな。お前さえよければ、一緒に書かないか? もし気が向くようなら、そのためのノウハウを伝授するよ)


 (Mさんの、小説の、ノウハウ?)


 (ああ……)


 憂鬱になっていた私の心に、少し光がさしたように感じた。


 (うん、やってみたい!)


 (いい返事だ。じゃあよろしく。昼休みまでは退屈な時間だが、少しでも頑張っておくように。どんな知識も、小説を書くには、役に立つはずだ)


 (はい!)


 私は閉じていた教科書を開き、顔をあげて先生の顔を見た。先生が驚いたように、私のことを見返し、周囲の友人達が、私の方を指さし、ひそひそと小声で話をする。


 (大丈夫。何も気にならないよ、Mさん。私は私の道を行くからね。Mさんと一緒に)


 退屈な授業に、何度も居眠りしながらも、お昼休みにこぎつけた。母のお手製のお弁当をかきこむように食べて、図書室へ向かった。10台あるPCのうち、あと1台だけ空いている。あわててカードリーダーに、IDカードを通すと、PC借用の手続きをすませた。他の9人のほとんどは、下級生っぽかったが、窓際のひとつの席だけ、見覚えのある男の子が座っていて、頬杖をついて、マウスを動かしていた。


 (俺達の席は、あの男子の後ろか……)


 (うん。明るい窓際が空いてるなんて、ちょっと不思議だね。何かルールでもあるのかなぁ)


 (そうだな、利用者同士の暗黙のルールか。あるかもしれないが、まあ、それほど気にする必要もないだろう)


 私が窓際の、もうひとつの席に近づくと、頬杖をついていた男の子が、驚いたように私を見上げた。


「何?」私は冷たい声で言った。

「い、いや……」男子は、頬杖をやめて姿勢を正した。


 (なんなの? こんなに体格のいい男子まで、私のことを怖がるの?)


 (いや、思春期の男子らしき反応だ。照れてるだけだろう)


 (そうなの?)


 (ああ。90%、断言できる)


 (90%を断言とは言わないでしょ! でもあってるっぽいね)


 男子がちらっとこっちを見た。Rのことが気になる様子だ。


 (いやね。男子なんてみんなエッチなことばっかり)


 (そう、それが男だからね。それより時間がない。PCの電源を)


 (うん)


電源を入れると、OSが立ちあがり、インターネットブラウザーが開いた。


 (それで、どうすればいいの?)


 (「小説 書き方」、でぐぐってみてくれ)


 (ぐぐるって……。Mさん最近の言葉に詳しいのね)


 (もちろん、俺は何でも知ってる。神に消去されてない限りはね)


 検索サイトを表示して、検索ボックスに、「小説 書き方」と入力して、実行キーを押す。大量のサイトが、ずらっと表示された。


 (俺のおすすめのサイトがある。上から2番目を選んでくれ)


 (「いちから学ぶ小説のかきかた」、だね)


私は「いちから学ぶ小説のかきかた」、という文字を、クリックした。小説の書き方なんて、調べるのは初めてで、すごく緊張する。


 (大丈夫だ、小説なんて大したことない。誰にでも書ける)


 (そう?)


 (うん。難しいのは、ある一線を超えた小説を書く場合だけだ。その前にまず、簡単なルールを、学ぶといい)


 (うん、わかった)


私がそのサイトを開くと、Mさんは、「それだ」と言った。確かに、すごくわかりやすそうなサイトで、私は5分くらい、そのサイトを眺めたあと、Mさんに言った。


 (なんだか、もう書けちゃいそう)


 (なんでもそうなんだ。難しく感じるのは、自分で壁を作っているからだ。その壁を壊すのは、意外と簡単なんだよ。じゃあ一つ、小説を書いてみよう。まずテーマを決める)


 (うん、テーマね。テーマというのは、主題。小説でテーマっていうと、伝えたいことや、書きたいこと。私の書きたいこと? うーーん、なんだろう)


 (最初は思いつくもの、なんでもテーマにしてみるといい。どうしても浮かばない場合は、「自分に欠けているもの」、で考えてみるといい)


 (欠けているもの……。私に、欠けているものは……。お父さん……)


私がそう考えた瞬間、Mさんの動揺が、私に伝わってきた。


 (Mさん、どうしたの?)


 (いや、亡くなった父親をテーマに、というのは、さすがに今のお前には重すぎると思ってね。他にないかな、欠けていると思えるもの)


 (そうね……。私に欠けているもの、ただし、お父さん以外で。携帯電話、新しい靴、かわいいカバン、就職先、やさしいカレシ、なんでも話せる友人……)


 考えているうちに、涙が出そうになってきた。私はなんて不幸なんだろう。欠けているものばっかりだ。本当に涙が出そうになって、あわててハンカチを取り出そうとしたその時……。


「おい、大丈夫か?」


声をかけたのは、後ろの男子だった。振り返ると、私のことを心配そうに見ていた。涙をぽろぽろとこぼしながら、私はかろうじて、「大丈夫」と答えた。


 (いや、大丈夫とはとても思えないな)


Mさんが、心の底からため息をついた。


男子には「この涙は花粉症によるものです、だから心配しないで」と告げて、私は小説に集中することにする。


 (Mさん、私に欠けているものは、私にとって悲しすぎるよ。欠けてるものが、多すぎるんだよ)

 

 (そうでもないかもしれない。例えばお前はさっき、カレシはいないと言った。友人もいないと言った。だけどこの後ろの男子のように、お前を気にかけてくれる者は、存在するんだ。要するに気の持ちようなんだと、俺は思う)


 (そうかな?)


 (ああ、たぶん。小説と同じで、人間関係だって、無理をする必要はない。少しずつ、少しずつ構築していけばいい。どうしても駄目なら、それでもいいと思う。何か一つでも才能があれば、人は許されるんだ。例えば小説の才能とかね)


 (許される? 誰に?)


 (神に。あるいは女神に。理解できないかもしれないが、結局人間とか、神の存在する意味というのは、「新しい物を生むこと」、に尽きるんだ。神はそれを期待し、俺達はそれにこたえる。だから俺達は、生きていられる。もし俺達人間が、「創作」という活動をやめたなら、神は人間を滅ぼし、次の世代の生物に、地球を支配させるだろう。俺たちは、クリエイトするからこそ生かされている。逆に言えば、それ以外のことには、あまり神は興味はないんだ)


 (ふうううううん……)


 (さあ、だいぶ時間が経ってしまった。そろそろ手本を見せよう。今は理解しなくてもいい。感じるんだ。俺の思考を、俺の感情を、俺の息づかいを。まずテーマは、「人間関係」。お前が苦労しているものだ。俺はそこに、ひとつの解を与えることにする。「人間関係より、大切なものなどいくらでもある」 わかるな? お前にはわかるはずだ。そして次に、精神を集中する。これが俺の、集中のためのポーズだ)


 (え……)


 私の右手が勝手に動き、ある形を作った。それに合わせて頭の中に、小さく高い、何かの響くような音が鳴り始めた。


   きゅいいいいぃいぃいいいいいいいぃいぃいん



 (なんなの? この音)


 (「琴線に触れる」、という言葉がある。何かの事象が、ある人の心に共鳴、感銘を与えること。その共鳴のための、アンテナみたいなものが、人の心には存在する。今その感受性を高めたんだ。その効果は、音だけじゃないぞ。手を見て見ろ)


 (あ!!)


 私の右手の回りを、何かが包み込んでいるのが見えた。白、ピンク、黄色、黄緑、そういった色たちが、私の右手をもやっと包み込んで、ゆっくりと回転している。その色は、手から遠ざかるにつれて、薄くなるんだけど、その色の途切れる先端から、丸く白いものが、ぽろり、ぽろりと落ちて、ゆっくりと下に落ちて行き、机にふれると消えた。


 (これは、何なの?)


 (オーラだ。あるいは霊気とも呼ぶ。これを使うと、五感では感じられない現象も、感じ取ることが出来るようになる。聞こえ、そして見え、そして感じ取れるのだ)


 (感じる?)


    きぃいいいぃぃいいいいいん。


 何かが私の心を優しくくるむ。お母さんと一緒にいるときの気持ちとも違う、Mさんに触れられたときとも違う感覚。癒し、っていうのかな。心が、緑色の光に照らされる感じ。


 (うん、感じる。暖かい光)


 (よし、その感覚のまま、もう一度考えてみよう。お前を悩ます「人間関係」。クラスの中で、お前を一番苦しませているのは、誰だ?)


 (誰だろう。男子……、女子……、違う……。先生? 違う。 私を一番苦しめているのは……、私?)


かちゃかちゃかちゃ、と私の手がキーボードを叩く。私にはこんなスピードで、キーボードを叩くことは出来ない。Mさんがやってるんだ。すごいスピード。


 (そうだ、そしてお前は気づいたはずだ。お前はそんな関係を、変えることが出来ると。どうやってそれに気づいた?)


 (私は、少し勉強しようかな、と思った。教科書を開いて、前を見た。先生の顔を。ただそれだけ)


Mさんのキーボードを打つスピードが、さらに速くなった。


 (最後に、お前にはもうわかったはずだ。お前に本当に欠けていたものは、なんだったのかを。お前が変わるきっかけとなったものは、なんなのかを。それは、何だったかな?)


 (それは……、勇気……。あとは興味、とかかなぁ)


 (そうだ。正解だ)


Mさんのキーボードを打つ手が止まった。Mさんが言った。


 (目を開けて、ディスプレイを見て)


 (あ……)


私はいつのまにか、目を閉じていた。ディスプレイには、びっしりと文字が書かれた窓が開いている。


 (これって……、すごい……)


「お前、すごいな」

「え!?」


 さっきの男子が、私の横で、食い入るようにディスプレイを見つめている。私からマウスを奪い取って、くるくるとスクロールさせて、小説を読んでいった。


「なんか急にタイピングを始めたと思ったら、これかよ。お前何者だ?」


 男子がこちらに向いた。目がきらきらと光っている。私は顔が赤くなるの感じて、手で顔を覆って机に伏せた。


 (違うんです違うんです。これは私が書いたものじゃないんです。Mさん助けてーー!)


 照れて顔を上げられずにいる私に、Mさんがすかさず言った。


 (大丈夫、これは正真正銘、お前の考えたストーリーだ。俺はお前に問いかけて、発想を促しただけ。俺の問いへのお前の反応や、イメージを、いい感じに文章化しただけだよ)


 (そう、なの? その「いい感じ」が難しそうなんだけど……)


「う、うん、私が書いた。今書いた。一人で書いた」


「あ、ああ、わかってるよ。でも俺の質問は、何者かっていうことなんだけどね」



「あ、私はR。3年C組。あなたも3年生?」

「R? お前がRか。噂は聞いたことあるけど、全然イメージ違ったよ」


 ああ、この人も私のことを知っている。私って、どんだけ有名人なんだろう? 中学校の時に荒れていて、毎日家を飛び出して警察に補導されて母に迷惑をかけていて……。でもそれだけよ……。その前の私は……。思い出そうとしたけど、その前の記憶には、闇しか見えなかった。


「ごめん、噂なんて関係ないな。俺全然気にしないし。正直言うと、俺も中学の頃荒れてたし」


「そうなんだ。あ、この席っていつも空いているの? 何か知ってる?」


「ああ、だいたい空いてる。ちょっとした怪談があるからな、そこの席には」


「え、怪談?」


「うん。よくある学校の怪談のひとつなんだけど、なるべくなら使わない方がいい。そこにはホントに出るからな、危険なお化けが」


「ふうん……」


「その小説、印刷してもらっていいかな。読ませたい人がいるんだ」


「ええ!? どうしよう……」


 (Mさん、どうしよう)


 (別に問題はないと思う。この作品が、俺のものであると気付く人なんていないだろうし、お前にも、一週間もすればこの程度の作品は、書けるようになる)


 (わかった)


「いいよ。ちょっと待って」


 私が印刷処理をすると、男子は、ゆっくり立ちあがって、プリンターに印刷物を取りにいった。


「ありがとう。俺昼休みはだいたいここにいるから、よかったらまた話そう。じゃあね」


「う、うん」


 (ちょっと予想外の展開だったが、まあ、このような時間も必要だ。小説の書き方は、だいたいわかってもらえたかな?)


 (うん、ありがとう、よくわかったよ!でも私に書けるかどうかは、やってみないとわからないね。それにあんなスピードでは、絶対無理)

 

 (そうだな。俺はさっき3分で書いたけど、初心者は、1時間、2時間、数日かけたりすると思う。まあ、今は感覚さえつかんでもらえればそれでいい。さらにいえば、それがお前の自信につながればね)


 (うん)


自信……、今まで私とは無縁だと思っていた、その言葉が、少しだけ身近に感じられるようになった、気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ