閑話、無謀な少年
僕は異世界に行けると聞いたとき、とても興奮した。
毎日勉強しないといけないこんな世界より絶対に良いに決まっている。
すぐに異世界に行こうとしたが、願いを一つ叶えてくれるらしい。
どんな願いにしようか考えるまでもない。
あるアニメに影響されて、かっこいい剣を使ってみたいと思った。
だから、僕は最強の剣士になりたいと願ったんだ。
――異世界に着くと、そこは森の中だった。
周りを眺めていると、一枚の紙が現れた。
その紙はゆっくりと手元まで落ちてきたが、途中で風に煽られてしまい、手で捕らえられずに地面に落ちてしまった。
その紙を拾い上げてみると表面には、この異世界について三つだけまとめられていた。
・ダンジョンが無数に存在し、そこには魔物がいる。
・ダンジョン外に出てくる魔物もいる。
・誰もが魔力を持っているので、魔法を使うことができるようになる。
その紙の裏面を見てみると、『この世界には魔物がいることがわかっただろう。異世界に来たばかりのお前達がすぐに死なないように、何らかの力を与えよう。しかし、あまりに大きな力は与えられない。力を得るには、この紙を胸に当てながら、望む力を願うだけでいい』と書いてあった。
どうやらまた好きな力を得られるようだ。
魔法を使うこともできるなんてとても楽しみな世界だと僕は思った。
魔物なんか簡単に剣や魔法で倒せるさ。
僕は紙を胸に当てながら、最強の魔法を使いたいと願った。
すると、紙が光り出してそのまま僕の体の中へ入っていった。
これで僕は最強の魔法を使えるようになったんだ、と思うと試さずにはいられなかった。
剣がないから最強の剣士になったかは試せないのは残念だけど、魔法なら試せる。
ちょっと遠くにある木を狙って、僕はアニメで見た大爆発する魔法を思い浮かべながら魔法を使った。
――初めて聞く爆発音。
狙った木とともに近くの木も爆発で砕けたけど、思ったほどの威力はなかった。
「……なんで? もう一回!」
僕は納得できなくて、もう一度違う木を狙って魔法を使った。
――しかし、何も起きない。
狙った木に爆発の痕はなかった。
さっきと同じように大きな音がすると思ったのに、期待はずれだ。
魔法を試し終えると、なんだか興奮が冷めたような気がした。
周りには木しかないし誰もこの場所にいない。
そう思うと、急に心細くなった。
「これからどうしよう……」
お腹も減ってきたので、そろそろ何か食べたい。
だから、誰かいないか探そうと思った。
そして、森を闇雲に歩き回っているうちに、足が疲れてきた。
地面に座り込んで休んでいると、遠くから誰かの話し声のようなものが聞こえてきた。
やっと人に会えると思うと嬉しさで一杯だった。
話し声が聞こえる方向に駆け寄ると、見たこともない薄汚れた緑色の人が数人いた。
途中で立ち止まってしまった僕に、その緑色の人達は気づくと、薄く笑ったような気がした。
――怖くなった僕は逃げ出した。
後ろから追って来ているのかわからないけど、とにかく前に走ることしか頭になかった。
森の中をこんなに走るのは初めてで、足場が悪い所で何度も躓きそうになった。
疲れて走れなくなり、荒い呼吸を抑えながら後ろを振り返ってみれば、緑の人達は僕を追って来ていないようだった。
それを確認した僕は、安心して座り込んでしまった。
「もう帰りたいよう……」
いつも怒ってばかりいるお母さんに会いたかった。
いつも遅く帰ってくるけど優しいお父さんに会いたかった。
――涙が溢れてくる。
静かに泣いていると、後ろの茂みから何かが近づいてくる音がした。
風によって茂みが出す音の中に、その音は混ざっていた。
僕は緑の人達が追って来たという恐怖に襲われ、腰が抜けてしまった。
「誰か助けて……」
思わず声を出してしまった。
そしてついに、茂みから人影が現れた。
反射的に目を瞑っていた僕にその人影は近づいてくる。
僕は死ぬのかな……と思っていると、温かい手で頭を撫でられた。
恐る恐る目を開くと、目の前に厳つい顔をした人がいた。
僕は再び泣きそうになっていると、厳つい顔の人が話しかけてきた。
「どうしたんだ坊主? どこか具合でも悪いのか?」
その人は無愛想な態度ではあったが、言葉には頭を撫でられた手と同じで温かみがあった。
「……具合は悪くないよ。……ただ怖かったんだ」
僕はゆっくりとこれまでのことを話した。
厳つい顔の人は何も言わずに聞いてくれた。
そして僕が話し終えると、厳つい顔の人は言った。
「とりあえず行く当てがないんだろう? ついてこい。俺が面倒を見てやる」
一瞬、厳つい顔の人が似ても似つかない僕のお父さんに見えた。
僕が自分で招いた事態なのに、助けてくれる姿が優しいお父さんに見えたのかもしれない。
「どうした? 早く行くぞ」
いつの間にか、少し離れていた位置で待つ厳つい顔の人を僕は追いかけた。
後日、厳つい顔の人――名前を教えてくれないので僕は今、おじさんと呼んでいる――に聞いた話だと僕が緑の人と呼んでいたのは『ゴブリン』という魔物だった。
その『ゴブリン』が増えてしまって被害を受けた村が、『ゴブリン』の駆除依頼を、魔物を倒すことで生計を立てる冒険者に出した。
その依頼を受けたのが、おじさんだ。
依頼を出した村は、ちょうど故郷に帰る際に立ち寄った村だったようで、宿費代わりに依頼を受けたらしい。
そして、おじさんが『ゴブリン』を駆除して回っているときに、数匹の『ゴブリン』に追いかけられる僕を見つけた、と言っていた。
もしおじさんが、僕を追いかけていた『ゴブリン』を倒してくれなければ、僕は本当に死んでしまっていただろう。
僕はおじさんにたくさんの恩ができてしまったので、いつか恩を返せるように頑張ろうと思う。
これからおじさんは、中規模のダンジョンに行く予定のようだ。
様々な魔物がいるダンジョンに行くのは怖いけれど、おじさんを支えられるように強くなるためには魔物を倒して魔力を得る必要があるらしい。
魔物を倒して魔力を得ると、魔力量というのが増えて魔法をたくさん使えるようになる、とおじさんは言っていた。
おじさんは「坊主が爆発の魔法を一回しか使えず、威力も弱く感じたのは、この魔力量が低いからだ」と教えてくれた。
昨日、おじさんが護身用の剣を僕のために買ってくれたので、アニメのように最強の剣士になれたか確認したけれど、よくわからなかった。
おじさんには剣の才能があると言われたけど、一度もおじさんに勝てなかった。
それでもおじさんのために、魔法も剣も努力していこうと思った。
今はおじさんより弱い僕だけど、いつか必ずおじさんを超えるんだ。
おじさんの友人から聞いた話によると、僕が来てからおじさんが酒を飲むことはなくなったらしい。
一年中お酒を飲んでいたとも言っていたが、僕には想像がつかなかった。
おじさんはこの前もかっこよく一本の剣で魔物を倒していた。
おじさんは僕にとって憧れでもあり、もう一人の親でもある。
お母さんとお父さんにも会いたいけど、その方法は見つからない。
もし会えるとすれば、まずは謝りたい。
何も言わずに異世界に来てしまったからお母さんは怒っているかもしれないけど、また家族みんなで話したいと思う。
おじさんがいるから泣くことはないけど、二度と会えないのは悲しい。
「おじさんと一緒に、会いに行けたらいいな……」
おじさんが寝ている姿を見ながら、僕は呟いた。