食事と睡眠
このダンジョンに住むことを決めたが、地面は剥き出しで家具は一切ない。
そもそもこの世界に来たばかりで、何の道具も持っていない。
このままでは『異空間倉庫』にある熊の魔物を調理して食べることは難しい。
だがダンジョン内の魔物や植物は魔力を栄養源としているので、それを魔法で再現できれば食事を作る必要はなくなる。
そのために魔物を観察したいがこのダンジョンにいる魔物は全て倒してしまったので、ダンジョンコアが新たに魔物を生み出すのを待たなければならない。
『魔力視』の魔法でダンジョンコアを見ると魔力はあるようなので、新たに魔物を生み出すことはできるだろう。
そんなに長くは待ちたくはないので、ダンジョンコアを壊さない程度に刺激を与えて防衛本能で魔物を生み出さないか試してみた。
台座の上にある水晶玉のようなダンジョンコアを右指で軽く弾く。
するとダンジョンコアは反応したのか、一匹の魔物を生み出した。
黒い剛毛で全身が覆われ、長く湾曲した鉤爪が特徴的なダンジョンの入り口前にいた熊の魔物と同じ種類の魔物のようだ。
熊の魔物は生み出された瞬間から俺が敵だと理解していたようで、即座に俺までの短い距離を詰めようとしてきたがその体は動かなかった。
既に俺の魔法によって四肢を拘束されていたからだ。
周囲の土を操って作った枷は『硬化』の魔法によってかなり頑丈になっており、熊の魔物の四肢は一切動かすことができていない。
そして枷だけではなく、巨大な檻も同じように魔法で作って閉じ込めた。
檻の外から、複雑な魔方陣だったため少し時間がかかったが『睡眠』の魔法を使った。
熊の魔物はこれまでの騒がしさを忘れたように眠りについた。
完全に無力化したと判断した俺は『魔力視』の魔法を使って、熊の魔物とダンジョンの魔力の動きを調べ始めた。
――魔力を栄養源とする『魔力栄養』魔法の再現ができた。
二時間近くかかったが、これでわざわざ『異空間倉庫』の熊の魔物で食事を作る必要はなくなった。
食糧が不足している場合や、手早く食事を済ませたい場合にもこの『魔力栄養』魔法は使えるだろう。
拘束していた熊の魔物は魔力を吸収してから一匹目と同様の処理をして、低温の『異空間倉庫』に入れた。
食事の問題は解決したので、次は睡眠について考えなければならない。
眠っていてもダンジョンコアから魔物が生み出されるくらいなら『結界』の魔法で侵入を防げるので良いが、魔法があるこの世界では何が起きるかわからない。
だから可能な限り無防備な状態である睡眠の時間をなくしたい。
そもそも寝具がないので快適な睡眠が取れないというのもあるが……。
そこで今回は、睡眠を取らなくても良い魔法または安全に睡眠が取れる魔法を作りたいとこだが、ついでに自身の体を強化できる方法を使おうと思う。
この世界はゲームの世界と違ってレベルアップして強くなることはない。
一時的に『身体強化』などの魔法を使って身体能力を上げることはできるが、魔力が無限にあるわけではないので常に使い続けるわけにはいかない。
必然的に戦闘をしているとき以外に身体能力を強化することはないので、不意打ちで攻撃されると簡単に殺される危険性がある。
その対策として、魔法を使わずとも高い身体能力を持ちたい。
さすがに自身の体を作り変えることは難しいので、魔法でゲームのレベルアップを擬似的に再現できないかと考えた。
レベルアップを再現できれば、身体能力だけでなく全ての身体機能――身体能力とは違って記憶力なども含む――が上がり、睡眠時間も少なくて済むだろう。
既存の知識に含まれる魔法の中にも、身体機能を強化する魔法は何種類もあるので、それを利用して一時的な効果ではなく永続した効果を発揮するようにすれば良い。
――いくつか試作の『レベルアップ』魔法を作ってみたが、全て失敗だった。
やはり、『魔力栄養』魔法とは違って見本なしで作ったので難易度が高かったのだろう。
それでも諦めきれなかったので、睡眠を取らずに作業を続けた。
その合間に何度もダンジョンコアから魔物が生み出されて襲ってきたが、『魔力視』の魔法で魔物が生まれる兆候を確認した瞬間に魔法を放って、一瞥すらせずに魔力を吸収して作業を再開した。
やがてダンジョンコアの魔力が尽き、新たに魔物が生まれることはなくなった。
そしてようやく『レベルアップ』の魔法が完成した。
ほんの少し身体機能を上げるだけで膨大な魔力を消費するが、それでも完成した。
今の俺の魔力量でも『レベルアップ』の魔法を使えば半分以下の魔力量になるので、一日に一回使える程度だろう。
『レベルアップ』の魔法は100回使って、やっと身体機能が2倍になるような効率だ。
ゲームと同じように『レベルアップ』の魔法は積み重ねることで少しずつ強くなる。
それでも『身体強化』の魔法では身体能力しか強化できないとはいえ、『レベルアップ』の魔法とは比べものにならないくらい消費する魔力は少ない。
早速『レベルアップ』の魔法を使おうと思ったが眠気が強すぎて限界だ。
半球状の透明な『結界』の魔法を何重にも張り巡らせることである程度の安全を確保すると、すぐに眠りについた。