熊の魔物
森の中は静かなものだった。
木々は生い茂り、太陽の光はわずかに漏れているだけだ。
時折、鳥の鳴き声が聞こえてくるが魔物がいる様子はない。
もう少し森の奥に行くべきか、と思っていると森が騒がしくなってきた。
魔物がいるのかもしれないので慎重に騒動の中心に向かっていると、次第に下り坂になった。
その付近から地面が荒れ、木の根が折れている箇所も見つかるようになった。
魔物がいる可能性が高まり、足場も悪くなったのでより慎重に行動した。
すると、徐々に不快な臭いがするようになった。
進むにつれ、ますますその臭いは強くなった。
臭いの原因と思わしき場所の近くまで降りると、木々に隠れながら観察した。
一応、魔物に感知される恐れがあるので自身の臭いを消す魔法をかけているが、ついでに目の前の食い荒らされた魔物の血の臭いも抑えられていたらしい。
吐き気を感じない程度まで臭いは抑えられており、観察を続ける余裕も残っていた。
あの捕食された鹿のような魔物もそれなりの大きさだったようだが、その鹿を捕食したと考えられる熊のような魔物はそれよりもずっと巨大だった。
刃物でも傷つけられないような黒い剛毛で全身が覆われ、太くて短い四肢、短い尾、そして長く湾曲した鋭そうな鉤爪。
今は洞窟前の開けた場所で眠っているようだ。
随分強そうな魔物だが、他に食料が見つからないかもしれないので狩りたい。
だが生半可な魔法の攻撃では熊の魔物は殺せそうにないのに、俺の魔力量だと強力な魔法は使えない。
拘束して徐々に弱らせるしかないか。
眠っている熊の魔物に刺激を与えないように注意しながら、地下に魔法で空洞を作り付近の地下水と繋げた。空洞の中に地下水が湧出し始めたので、魔法で水と土を混ぜ合わせ、一気に液状化させて泥にした。
途中で何度か熊の魔物を確認したが、起きる様子がないのでそのまま作業を続けた。
そして、大量の泥が溜まったその空洞を熊の魔物が寝ている地面の下まで広げた。
すると、熊の魔物の重さに地面が耐えられずに崩壊した。
崩壊した地面と一緒に熊の魔物も落下したが、さすがに起きてしまったようで、崩壊した地面の穴から怒りの咆哮が聞こえてきた。
仕上げに、空洞を作った際に出た土砂を崩壊した地面の穴に魔法で投入して、地面を強固に補強した。
ただ地面の下に埋めるだけでも良かったが、驚異的な身体能力で脱出するかもしれないので、空洞の底を泥にして足場を悪くし、そんな身体能力があったとしても十分に発揮できないようにした。
一瞬で殺すことができず、長い間苦しめることになってしまうのは可哀想だが、安全策を取るとこうなってしまった。
殺した後に地下から熊の魔物を取り出すのは面倒だし、魔力を吸収できないので、瀕死の状態となってから熊の魔物の上にある土砂を地表から魔法で徐々に取り除いていった。
ある程度土砂を退けると、瀕死の状態であるはずの熊の魔物は土砂を突き破って地上に出てきた。
しかし、これが限界だったようで熊の魔物は俯せになって倒れた。
しばらくは息があったようだが、やがて息はなくなり、魔力の放出が始まった。
魔力は目には見えないが、なんとなく自分の魔力は感じられる。
今は『魔力視』という魔力を見る魔法を使っているので、魔力を見ることができている。
放出された魔力は近くにいる生物が多く吸収できるとはいえ、状況によって異なるがその魔力の半分ほどは大地へと流れてロスしてしまう。
だから、『吸魔』という魔法を使い、放出された魔力を全て吸収する。
この熊の魔物の魔力を全て吸収し終えると、俺の魔力量は大規模な魔法を数回使えるくらいまで増えた。
さっきまでの少ない魔力量だと、使う魔法を選ぶ必要があった。
熊の魔物を倒す際に魔法で水や土を生み出さずに操作するだけだったのは、その方が魔力の消費が少ないからだ。
魔法は魔力だけで何かを生み出そうとすると、魔力を多く消費する。
だから、少ない魔力量だと創造系の魔法は避ける必要があり、操作系の魔法を使っていた。
早速、増えた魔力を使って異空間を創造した。
異空間の創造には魔力を大量に必要とするので、今の異空間は小さな倉庫くらいの容量しか創れなかったが温度は周りに影響されないので、一度冷やすとその温度を常に保つ。
要するに冷蔵庫として使える。
高温にして料理を保温することもできるが、時間が経つと雑菌が増えそうだ。
それも殺菌の魔法を使えば良さそうだが、今度は料理の味が変わりそうだ。
『異空間倉庫』の魔法は、冷蔵庫か適温で倉庫として使うことが多いだろう。
食料として保存しておくために、熊の魔物の内臓などいらない部分を魔法で取り除いて、血抜きもして、洗浄、殺菌して冷たい『異空間倉庫』に入れた。
この後は『魔力視』を使ったときに見つけたダンジョンを探索するか。