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7 レッドハピネス

 イーセに着いた俺たちは二か所の大聖堂にまずお参りに行った。

 ここは大聖堂が厳密には二か所に別れているのだ。大聖堂内院と外院に分けられる。


 内院と外院のを管理する一族同士で争ったりとか、なかなか一筋縄ではいかない歴史もあるのだけど、観光とは関係のない概念なので、ひとまず放置する。


 まず規則の通りに外院、内院と回った。内院のほうが一般的に知られているアムルテラス教大聖堂である。


「やっぱり、ここは特別な空気が流れてるわね」

 感心したようにサリエラが言った。


 大聖堂の敷地である広大な庭に入ると、気温が下がったような感覚にとらわれる。女神アムルテラス様が近くにいると肌で感じてしまう。

 俺はモロに異端のアサシンだったけど、最高神が女神アムルテラス様という教えは一貫しているので、そこにズレはない。まあ、最高神のほうが異端をどう思っていたかは謎だが。


 こっちは皇帝なので、当然ながら老齢の教皇がやってきて案内をしてくれた。ザール二世とも友達らしい。


「陛下が極めて教義に明るいことは聞き及んでおります。おそらく歴代皇帝でも最も詳しいお方だとか」

「いえいえ。知れてますよ」

 とはいえ、やっぱり気になるのか、いくつか質問をされたので、向こうの想定より三倍ぐらい突っ込んだ回答をしてみた。


 教皇は「な、なんと……」と途中から絶句していた。

「幼い頃から、経典やその注釈書を読んで育ったもので。ほかに娯楽もありませんでしたからね」

 ウソは言ってない。暇つぶしの手段がないから読むしかなかったのだ。それが今になって役立つとは思わなかったが。


「しかし、ここは素晴らしいですね。大聖堂を名乗るだけのことはあるかと思います」

「はい、いまだに全国から参拝に訪れる方はいらっしゃいます。太陽神アムルテラス様の信仰は他国でも行われておりますので」

 そこまでは教皇の言葉も軽快だったのだが――そこから途端に重くなった。


「ただ、参拝の方はだんだんと減ってきているというのが現実ですね……。どうにかしなければと思ってはいるのですが、なかなかきづらい土地にありますし……」

「それ、かなり大問題ですね……。国家第一の神殿に人が来なくなってるわけですから……」


 早いうちにどうにかしないとシャレにならないぞ。


「門前町もどんどんさびれていまして……廃業する店も多いようです。そのせいでさらに活気がなくなっていまして、悪循環ですね……」

 サリエラが「もっと強いボス的な奴を配置するしかないわね」とよくわからないことを言っていたが、よくわからないので、教皇と俺は無視した。


「少し、具体策を考えてみます。ひとまず、門前町にも足を延ばしてみますね」

 こういうのは一つの場所にいてもいい案は浮かばないしな。

 腐るほど、アムルテラス教に関する本は読んでいるんだ。どこかにヒントがあるかもしれない。


 で、門前町はたしかにさびれはじめていた。

 建物が全体的にボロく、空き家になっているようなところも目立っている。


「……旦那様、これはまずいわ。負の空気がしてるわ……」

「だなあ」


 その日の昼はイーセの名物にしてくれと事前に伝えていた。ご当地グルメを食べればなにかしらネタが出てくるかもしれないからだ。


 海が近い場所なので、海産物はおいしい。アワビのステーキなんかも出る。

「うん。食べ物は悪くないわね!」

「ただ、帝国はけっこう海に面してるからな。ここだけの特別なものってほどじゃないんだよな」


 俺は立派な大聖堂を頭に思い浮かべていた。 

 立派な建物ならほかにもある。もっと、目を引くものを作らないと。


 そんなことを考えていたら、料理としてとんでもなく太いパスタが出てきた。


 そのパスタがスープの中に入っている。


「えっ!? このパスタ、おかしいだろ! いくらなんでも太いんじゃないか!?」

 でも、サリエラはさほど不思議そうにも思っていない。


「旦那様、知らないの? イーセパスタって言って、ここのパスタはものすごく太いことで有名なの。大陸でも最大級の太さと言われてるわ」

「スープもやけに甘ったるいな」

「これもイーセパスタの特徴らしいわ。たしかにけっこう好き嫌いは別れるものらしいけどね。でも、昔からこうだから」


 それを聞いていた料理長らしき人間が恐縮してやってきて、普通のパスタに代えようかと言ってきた。たしかに俺は皇帝だから不興を買ったら怖いと思ったのかもしれない。


「いや、こういう料理ならいいんだ。……待てよ」

 これだけ特殊なものなら、いっそ、これを売りだせばいいんじゃないか?


「サリエラ、このイーセパスタは他国では知られてないのか?」

「そうだと思うけど。帝国でもこのあたりだけでしか作られてないし」


「よしっ! イーセに行けばイーセパスタという世界一太いパスタが食えると宣伝するぞ! 世界一と聞けば、気になって行ってみようと思う人間も出てくるはずだ!」


「ああ、それはあるかも……。でも、イーセパスタのためだけに来る観光客はパスタのマニアだけじゃないかしら……。攻撃で言えば、ジャブぐらいのものよ。一撃KOの威力はないわ」


 それはそうだな。まだ、もっと手がいる。


 思案しているうちに料理は進んで、デザートの時間になった。

 やけに赤黒いお菓子だ。

「また、目立ったお菓子だな」

「それはレッドハピネスという名物料理ね。帝都でも買えると思うけど、あくまでも発祥はここよ。ていうか、旦那様、帝都の人間なのに知らないの?」

「隠者だったからな。本当にこういうものに疎いんだ……」


 たしかに食は本を読んだだけでは意識にのぼらないしな。食べ歩きなんて概念は生まれてこのかたなかったし。

 一口、そのレッドハピネスというお菓子を食べてみた。


 俺は目を見開いて、本心からこう叫んだ。


「うまいっ!!!!!」

 なんだ、これは! シンプルなようだけど、実にきめ細やかなクリームだ。いや、クリームなのか? 何かをこしたものか。とにかく、上品な味で、そのくせ、子供でも太鼓判を押したくなるような味だ。


「旦那様、ほんとに観光客みたいな反応ね。ちょっと面白いわ」

 サリエラにとっては、さほど珍しくないものなのかもしれないけど、俺にとったらまったくの初体験だ。

 そして、サリエラの言葉で、ふっと思い至った。


 そうだ、初体験の俺がびっくりしたってことは、このレッドハピネスは観光客をうならせるパワーがあるんだ。


 でも、お菓子があるというだけではまだ弱い。なにせ全国にお菓子ぐらいはあるからだ。

 ならば、むしろこのお菓子を食べてもらえればいいんじゃないか?


「あの、料理長、このレッドハピネスはどれぐらい日持ちしますか?」

 そんなに長く持たないものであることはわかったが、それでもどうにか他国に運んで売れなくもないことがわかった。


「よし! このレッドハピネスをほかの国に出してそこで売る! イーセ名物として売れば絶対に人はイーセという都市に興味を持ってくれる!」


 俺は早速、『愛を知る者』修道会領の首都に当たるナーゴでレッドハピネスを売れるように計画を立てろと家臣に命令した。人口が多く、しかも他国からの商人も多いナーゴで流行れば、こちらにも客は来る。


 これで、復興第一弾の案はできた。


 それと、もう一つはシンボルをもっと目立たせないとな。あくまでもイーセは大聖堂があることでできた町だ。大聖堂に付加価値をつけていかないといけない。


「ちょっと、大聖堂の図書館に行って調べてみるか」


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