6 第一回目の行幸場所イーセ
皇帝になって、しばらくの間は慣れないことばっかりで時間が過ぎるのも早かったが、二か月ほどして、だいたいの流れがつかめてきた。
ひとまず、決裁などはできうる限り、前代の皇帝からの優秀な官僚スタッフたちにまかしておく。
ぶっちゃけ、大半は形式的な確認事項だから、そこに時間をとってもしょうがないし、それを丁寧にやっていくと、一日が四十八時間あっても足らないかもしれない。
ちなみに夜は夜で、かなりサリエラといちゃついているので、あんまり時間も取れないのだ。まあ、これに関してはあまり語ることでもないな。とりあえず、サリエラの胸は本当に大きかったということだけ言っておこう。
「旦那様、今日で皇帝就任から四十七日よ。よかったわね」
夜、ベッドの中でくつろいでいるサリエラに言われた。
「何がどうよかったんだ?」
「過去の最低在位記録は四十六日目に暗殺された軍人出身の皇帝だから、最低記録を更新することはなくなったわ」
「それは、たしかによかったかもしれないな……」
ここですぐに殺されたら、後世の歴史家から、やっぱり訳のわからない奴を皇帝に据えてもすぐに消されてしまうのだなどと好き放題に書かれていただろう。
その翌日、四十八日目に太上皇帝で義理の祖父に当たるザール二世と会食をしていた時のことだ。
「そろそろ、おぬしも皇帝の立場に慣れてきたじゃろう」
魚のムニエルを食べながら、ザール二世は言った。
「そうですね。料理が豪華すぎるので食べすぎて、体調を崩さないようにすることだけは気をつけていますが」
「それは大事じゃぞ。飽食で早死にした皇帝はいくらでもおるからのう。さすがにおぬしはまだ若いが、今の無茶がじわじわとダメージになって蓄積していくからな」
「肝に銘じておきます。今、俺が死んだら帝国は絶対に混乱しますしね。皇帝に選んでいただいた手前、それだけは避けたいと思います」
次の皇帝候補がいないままでは最悪、帝国内で内乱が発生する。それは大変よろしくない。
同じ会食の席にいるサリエラが「たくさん食べたら、たくさん食べた分だけ運動すればいいのよ。三時間も走ればそれなりにおなかがすくわ」と拷問と大差ないようなことを言った。
「まあ、走るのはほどほどでよいが。それで、そろそろおぬしにわしが考えておった計画をやってもらいたい」
じっと、ザール二世がこっちを見てきたので、それが今日の本題だとわかった。
「帝国各地を行幸しろというやつですね」
「うむ。観光資源の掘り起こしがミーウェ帝国の直近の課題じゃ。マジで。なにせ主要な街道が帝国を通っておらんほどじゃからの……。あまり商業的に北方の『愛を知る者』修道会領に圧迫されたままでは、いずれ属国のように扱われてしまうぞ」
ザール二世は難しい顔をしていた。
「『愛を知る者』修道会領というと、ナーゴにある修道会本部を中心にずいぶん栄えているようですね。近頃、出回っている馬車の九割はあそこの修道会領で生産されたものです」
トヨターという街でやたらと馬車を作っているという。大型のものはそれなりの規模の工場などもいるはずなので、真似しようがない。
「あそこの修道院領にはドラゴンの紋章を持った武道の一派がいるのよ。一度、お手合わせ願いたいわね」
サリエラはもうちょっと皇帝の妻らしい発言をしてほしい。
「しかしじゃ、『愛を知る者』修道会領にも劣っているものがある。あの土地では観光資源があまりないのじゃ。実際、観光客は少なく、訪れる者の多くは商人だというからのう」
このあたりの知識はさすがに元皇帝だけあって詳しい。
「だって、修道会って基本的に、贅沢をせずに黙々と労働することが神の恩寵につながるって説いてるもの。観光みたいな遊びの要素は二の次なのよ」
なるほど。言われてみれば納得だ。修道会が治めている土地だと、そういうことになるのか。
「だからあそこの武道家たちも驕ることなく、日々、精進しているのよ。負けていられないわ」
サリエラの脳はほぼ筋肉でできているのではないだろうか。本当にそうだったとしても、とくに驚かないぞ」
「こほん、冗談はそのへんにしておくとして、観光立国のためにおぬしには頑張ってもらいたい! 早速、帝国各地を巡ってくれ!」
「わ、わかりました!」
「帝国全土の強い奴に会いに行くわ!」
頼むから、サリエラはコンセプトを変えないでくれ!
●
というわけで、俺は行幸のスケジュールを取り決めてくれと家臣に命令した。
地理的な知識はあるけど、俺自体、清貧を通り越して虐待そのものの人生を送ってきたので、本で手にした知識しか持っていないのだ。そういう意味では、異邦の観光客みたいな感覚でいろんな場所に行けるので、ちょうどよいかもしれない。
そして、まず第一回目の場所として挙げられたのが――
イーセという都市だった。
そりゃ、そうだよなと思った。
イーセは大昔は、帝国最大の都市だったと言われている。
なにせアムルテラス教大聖堂があったからな。周辺諸国も帝国領だった時代は、まさしく国家最大の寺院であった。多くの巡礼者が訪れたし、その結果、大規模な門前町も成立した。
今でもアムルテラス教大聖堂はあるし、帝国の中で最も有名な都市と言っていいだろう。というか、帝都より有名だ。ぶっちゃけ、帝都ツは観光地はなくはないが、少ない。お城の中を見学してもらうわけにもいかないしな。
こうして、俺と妻のサリエラはイーセを目指して、出発した。
妻が走っていこうとか言い出したが、却下して馬車にした。
「走っているところを毒矢なんかで襲われたらどうするんだ。馬車を矢が効かないように頑丈に作っていれば安心だ」
「矢なんかに当たるわけないでしょ」
「いや、毒矢は暗殺でもけっこう使い勝手がいいんだぞ。腕でも足でもいいからとにかく刺さればいけるからな」
俺は俺で新婚夫婦らしい発言ができるように気をつけないといけないな……。
本日も二回更新予定です!